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第12章︰出会いと別れの先
第107話
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「あれ?雑巾…どこに置いたっけ?」
「はいこれ。そっちの棚に置きっぱなしになってたよ。」
「あ、ありがとうルカくん!」
翌日、僕はイルムと共に教会の掃除を手伝っていた。ここ数日の間、1日のほとんどを彼女と過ごしていた影響で、行動パターンや考えている事がなんとなく分かるようになっていた。
「イルムって、掃除の仕方が丁寧だよね。手早く済ませてるように見えるけど、すごく綺麗だし…何かコツとかあるの?」
「うーん…。慣れ…かな?子供の頃からずっとそうだったから…!」
「偉いね。子供の頃から掃除を手伝ってたの?」
「手伝ってたんじゃなくて…掃除をする仕事をしてたの。」
「え?そうなの?でも、イルムってお父さんもお母さんも居たよね…?子供のうちから仕事なんて、する必要ないのに…。」
「その…小さい頃にお父さんが大きな借金を抱えちゃって…。生活が苦しくなったから、私も働く事にしたの。昔から掃除だけは得意だったから、色んな人の家を回って掃除をする仕事をしてたんだよね。」
「そうだったんだ…。」
「そんな私を、マスターがギルドに誘ってくれたの。ギルドの受付と、シェリアさんと一緒に家事をしてくれればいいからって、住む場所も仕事も与えてくれた。マスターは、私達家族の恩人なの。」
「そっか…。クラーレさんらしいなぁ…。」
彼は、記憶を無くした僕にも手を差し伸べてくれた。彼の優しさは、誰に対しても温かく、傷を癒してくれる魔法のようだった。
「…掃除、終わった?」
後ろにあった扉がゆっくりと開き、ウナがそっと顔を覗かせた。
「あ、ごめんねウナちゃん!もうすぐ終…」
扉の方を向いたまま歩き出したイルムは、足元に置いてあった箒に足を引っかけて体制を崩した。テーブルに積み上げていた本に手がぶつかり、大量の本が彼女の上になだれ落ちた。
「イルム!大丈夫!?」
慌てて彼女の元に駆け寄ると、本の隙間から伸びていた彼女の手を掴んだ。
その瞬間、視界がぐにゃりと歪み、周りの風景が色彩を失ってしまった。机も椅子も色とりどりの本が並べられた本棚も、全てが灰色に変わっている。
「え?あれ…?」
「痛てて…。」
本を退けて身体を起こした彼女は、色彩を失ってはいなかった。鮮やかな杏色の髪の毛が、灰色の景色の中でより一層鮮やかに見える。
「あれ!?周りが灰色になってる!」
「そうだ…ウナは!?」
「…いるよ。」
ウナは元いた場所から動いておらず、扉の前で立ち尽くしていた。彼女も同じように色彩が残り、この状況に動揺しているようだった。
「何がどうなったんだろう…。」
「わかんない…。とりあえず…フェリとガゼルの所に行ってみる?外がどうなってるか確認したいし…。」
「フェリは倉庫整理してた。…こっち。」
扉を開けて廊下を通り、礼拝堂を通り過ぎた。太陽の光に照らされて鮮やかに輝いているはずのステンドグラスも、白と黒の濃淡しか感じられなくなっていた。
先頭を歩いていたウナが扉を開くと、部屋の中には色彩を失ってしまったフェリが、椅子に座って動きを止めていた。それはまるで、彼女が石に変えられてしまったかのようだった。
「フェリ…!」
ウナは慌てて彼女の元に駆け寄ったが、いくら触れても彼女が動く事はなかった。
「なんで…どうして…。」
「ウナ…落ち着いて。きっと、元に戻す方法があるはずだよ。それを探してみよう。」
「探すって…どうすれば…?」
「んー…。イルムは何か思いつかない?」
「え?うーん…そうだなぁ…。」
口元に手を触れて考え込んでいる彼女の腰辺りに、角張った赤い物が見えた。
「あれ?イルム、後ろ…」
「え!な、何!?」
「後ろに何かついてるみたい。ちょっと後ろ向いてみて?」
「こ、こう…?」
彼女が僕達に背を向けると、1冊の赤い本が彼女の身体にくっついていた。
「本…くっついてる…。」
「へ?本?」
「さっき、本に埋もれた時かな?けどなんでこんな所にくっついて…」
本を掴んで引っ張ると、前に立っていたイルムが本に引き寄せられるように、数歩後ろに下がった。
「わわ…!」
「駄目だね…完全にくっついてるみたい…。」
「そ、そんなぁ…!」
「この本は…色あるね。」
「ん?確かに…。」
「中を開いてみたら?何か書いてあるかも!」
「あーうん…。」
本の中身を確認したいのは山々だが、女の子の腰についた本をめくるというのは、男の僕がしていいものなのかどうか少々戸惑っていた。
「どうしたの?」
「ウナ…代わりに見てくれない?」
「うん…わかった。」
ウナはイルムの後ろに立つと、本をめくり始めた。
「このページしか開けない。」
「変な本だね…。1ページしか開けないなんて…。」
「そこに何か書いてない?」
「えっと…。“ミラの神殿であなた達を待っています”って書いてある。」
「ミラの神殿って?」
「森の奥にある建物の事だよ。毎日ウナが神殿へ行って、ミラ様にお祈りをしてるんだ。…とにかく神殿に行ってみない?」
「そうだね!今はそれしか手がかりがないし…。」
「ウナも行く。」
「じゃあ3人で行こう。」
僕達は教会を後にし、ミラの神殿に向かって歩き出した。
「ここが神殿なの?」
「そう。」
灰色の植物が生い茂る森を通り抜け、開けた場所に石の柱が建っていた。石畳の床の上を歩き、柱の間を通って奥に進むと、下へ降りる階段の前で僕達は立ち止まった。
「この辺りには誰もいないみたいだけど…中にいるのかな?」
「…多分。」
「いつもウナがお祈りしてる場所が1番奥だったよね?とりあえずそこまで行ってみる?」
「うん。」
階段を降りた先に広がっている石造建築の空間は、以前見た風景と全く変わっていない様子だった。ルナの姿でこの場所に来た時は、女性の姿を模した像の前でウナがミラ様に祈りを捧げていた。しかし、部屋の奥に存在するはずの像はどこにも見当たらなかった。
「ミラ様の像が…ない。」
「なんで像が無くなっ…」
「お待ちしていました。」
聞いた事の無い声が聞こえ、後ろを振り返った。すると、髪の長い大人の女性がこちらにゆっくりと近付いてきた。髪と目の色がウナとそっくりで、まるで彼女を成長させた姿のようだった。
「あ、あなたは…?」
「私はミラ。ここであなた方を待っていました。」
「ミ、ミラ様!?」
「ミラ様がいるわけない!何十年も前に亡くなってるもん!」
「その通りです。人間としての身体は、ここの地下に眠っています。」
「それをどうやって信用したら…。」
「まずはお話しましょう。その為にあなた方を呼んだのです。さぁ、こちらへどうぞ。」
彼女はゆっくりと歩き出すと、壁にそっと手を触れた。すると彼女の前に扉が現れ、扉を開けて中に入っていった。
僕達も彼女の後に続いて中へ入っていくと、部屋の中央に椅子とテーブルが用意されていた。
「どうぞお座りに。ゆっくりお話しましょう。」
そう言うと、彼女は側にあった椅子を引いて座るように促した。
「あまりゆっくりしていられないんだけど…。」
「私の魔法で、あなた方3人以外の全ての時間を止めています。心配はありません。」
「凄い…そんな魔法もあるんだ…。」
「私の話を聞いくださったら、魔法を解いて元通りにします。どうか話を聞いて頂けませんか?」
「ま、まぁ…聞くだけなら…。」
「ありがとうございます。では、私が産まれた所から…」
「え!?」
こうして僕達は、ミラと名乗る女性から半ば強引に話を聞かされる羽目になった。
彼女はこの島で産まれ育った。魔法の才能に秀でていた彼女は、その力で作物を育て、数日で建物を作り上げるなどして急速に島を発展させていった。
彼女が産まれてから10年程経ったある日、吸血鬼の集団がこの島に乗り込んで来た。彼女は自身の力で吸血鬼達を追い払い、島の危機を救った。
その後彼女は、吸血鬼の脅威から島を守るべく、島周辺に結界を施した。
「ミラ様が島を発展させたのは聞いたけど…その後の事は知らなかった。」
「書物や文献等で後世に伝えられていたとしても、全てが伝わる訳ではありませんからね。無理もありません。」
「それでそれで?島に結界を張った後はどうしたの?」
「吸血鬼について知る為に海を渡り、吸血鬼を研究している街へ行きました。」
「吸血鬼を研究?そんな所があるの?」
「はい。エアフォルシェンという街です。」
「エア…フォルシェン…。」
僕はその名前を聞いて、どこかで聞いた事のあるような違和感を感じた。
「エアフォルシェンでは、吸血鬼を捕まえて人体実験を行っていました。」
「じ、人体実験…。」
「初めは私も異を唱えました。吸血鬼と言えど、人や動物と同じ生き物ですから…。ですが、吸血鬼から人々を守る為には、知る必要がありました。やむを得ない犠牲だったのです。」
「っ…。」
言い返したい気持ちをぐっと堪え、膝の上で強く手を握り締めた。
その後、研究員数名を島に連れて帰った彼女は、エアフォルシェンでの研究結果を元に島で吸血鬼の研究を始めた。
その数年後、彼女が作り出した結界が破られ、島は再び吸血鬼の脅威にさらされてしまった。結界の維持で力が弱まっていた彼女は、吸血鬼に捕まって連れ去られてしまった。
「その後は…どうなったの?」
「知らない場所で目を覚ました私は、吸血鬼達の実験に利用されました。」
「それって…エアフォルシェンでやってた人体実験と同じ様な事を…?」
「はい…。私そっくりのクローンを大量に生み出し、様々な実験を行っていました。その内容の全てはわかりませんが…人間から身を守る為の方法や、子孫繁栄の効率化などを探っていたようです。」
「そんな…。」
「ですが、私は彼等を責める事は出来ませんでした。人間も、同じ事をしていたのですから…。」
「確かにそうだね…。」
彼女は、その後の事を再び語りだした。
その実験を指揮していた吸血鬼と接触した彼女は、残っていた力を振り絞ってその吸血鬼を封印する為の魔法を発動した。しかしその影響で自身の魔力を使い果たし、彼女はそこで息を引き取ったという。
「身体を失い、魂だけの存在になってしまった私は、大量に作られたクローン達の行く末を見届ける事にしました。ある者は吸血鬼の餌となり、またある者は実験の対象となり、逃げ出した際に死んでしまった者もいました。」
「っ…。」
隣で話を聞いていたイルムは、口元を手で覆い涙を流していた。彼女の背中にそっと手を触れ、落ち着かせる為に優しく背中をさすった。
「私がこの話をしたのには理由があります。あなた方…いえ、正確には…あなたに伝えたい真実があるのです。」
彼女は、僕の隣に座っているウナを真っ直ぐに見つめた。
「私…?」
「ここまでの話をしている間、あなたの反応を見ていました。その様子だと…記憶を失っているのですね…。」
「どうして、記憶ないの…わかったの?」
「私があなたの過去を知っているからです。…これから伝える真実は、あなたの人生を大きく変えてしまうかもしれない。それでも過去の記憶を、取り戻したいと思いますか?」
「過去の記憶…。」
「ウナ…とりあえず聞いてみて、信じるかどうかは後で決めたらどうかな?」
「…わかった。聞く。」
「わかりました…。あなたは……大量に作り出された、私のクローンの1人なのです。」
「…。」
彼女は驚きのあまり、言葉を失っていた。目と口を開いたまま、真っ直ぐ前を見つめて動きを止めている。
「実験が行われていた施設から抜け出したあなたは、吸血鬼と人間の領土の間にある洞窟に逃げ込みました。そこに住みついていた動物達に助けられ、あなたはなんとか生き延びていました。」
「洞窟って…僕がウナを見つけた所…?」
「はい。」
僕がウナと出会ったのは、確かに洞窟の中だった。あの時の彼女は言葉を話す事が出来なかったが、身振り手振りでそこに住む動物や害獣を必死に守ろうとしていた。この話が本当なら、彼女が洞窟にいた事や害獣を庇っていた事の辻褄が合う。
「………だ。」
「ウナ…?」
「嘘だ!違う!ウナはウナ!作り物じゃない!」
彼女はその場に立ち上がり、部屋を飛び出して行った。
「ウナちゃん!」
それを追いかけるように、イルムも部屋の外に駆け出した。
「ルカさん…でしたよね?」
「は、はい…。そうですけど…。」
「あなただけに話したい事があります。今晩、空に月が上ったら…1人でこの部屋に来てください。」
「…わかりました。」
「はいこれ。そっちの棚に置きっぱなしになってたよ。」
「あ、ありがとうルカくん!」
翌日、僕はイルムと共に教会の掃除を手伝っていた。ここ数日の間、1日のほとんどを彼女と過ごしていた影響で、行動パターンや考えている事がなんとなく分かるようになっていた。
「イルムって、掃除の仕方が丁寧だよね。手早く済ませてるように見えるけど、すごく綺麗だし…何かコツとかあるの?」
「うーん…。慣れ…かな?子供の頃からずっとそうだったから…!」
「偉いね。子供の頃から掃除を手伝ってたの?」
「手伝ってたんじゃなくて…掃除をする仕事をしてたの。」
「え?そうなの?でも、イルムってお父さんもお母さんも居たよね…?子供のうちから仕事なんて、する必要ないのに…。」
「その…小さい頃にお父さんが大きな借金を抱えちゃって…。生活が苦しくなったから、私も働く事にしたの。昔から掃除だけは得意だったから、色んな人の家を回って掃除をする仕事をしてたんだよね。」
「そうだったんだ…。」
「そんな私を、マスターがギルドに誘ってくれたの。ギルドの受付と、シェリアさんと一緒に家事をしてくれればいいからって、住む場所も仕事も与えてくれた。マスターは、私達家族の恩人なの。」
「そっか…。クラーレさんらしいなぁ…。」
彼は、記憶を無くした僕にも手を差し伸べてくれた。彼の優しさは、誰に対しても温かく、傷を癒してくれる魔法のようだった。
「…掃除、終わった?」
後ろにあった扉がゆっくりと開き、ウナがそっと顔を覗かせた。
「あ、ごめんねウナちゃん!もうすぐ終…」
扉の方を向いたまま歩き出したイルムは、足元に置いてあった箒に足を引っかけて体制を崩した。テーブルに積み上げていた本に手がぶつかり、大量の本が彼女の上になだれ落ちた。
「イルム!大丈夫!?」
慌てて彼女の元に駆け寄ると、本の隙間から伸びていた彼女の手を掴んだ。
その瞬間、視界がぐにゃりと歪み、周りの風景が色彩を失ってしまった。机も椅子も色とりどりの本が並べられた本棚も、全てが灰色に変わっている。
「え?あれ…?」
「痛てて…。」
本を退けて身体を起こした彼女は、色彩を失ってはいなかった。鮮やかな杏色の髪の毛が、灰色の景色の中でより一層鮮やかに見える。
「あれ!?周りが灰色になってる!」
「そうだ…ウナは!?」
「…いるよ。」
ウナは元いた場所から動いておらず、扉の前で立ち尽くしていた。彼女も同じように色彩が残り、この状況に動揺しているようだった。
「何がどうなったんだろう…。」
「わかんない…。とりあえず…フェリとガゼルの所に行ってみる?外がどうなってるか確認したいし…。」
「フェリは倉庫整理してた。…こっち。」
扉を開けて廊下を通り、礼拝堂を通り過ぎた。太陽の光に照らされて鮮やかに輝いているはずのステンドグラスも、白と黒の濃淡しか感じられなくなっていた。
先頭を歩いていたウナが扉を開くと、部屋の中には色彩を失ってしまったフェリが、椅子に座って動きを止めていた。それはまるで、彼女が石に変えられてしまったかのようだった。
「フェリ…!」
ウナは慌てて彼女の元に駆け寄ったが、いくら触れても彼女が動く事はなかった。
「なんで…どうして…。」
「ウナ…落ち着いて。きっと、元に戻す方法があるはずだよ。それを探してみよう。」
「探すって…どうすれば…?」
「んー…。イルムは何か思いつかない?」
「え?うーん…そうだなぁ…。」
口元に手を触れて考え込んでいる彼女の腰辺りに、角張った赤い物が見えた。
「あれ?イルム、後ろ…」
「え!な、何!?」
「後ろに何かついてるみたい。ちょっと後ろ向いてみて?」
「こ、こう…?」
彼女が僕達に背を向けると、1冊の赤い本が彼女の身体にくっついていた。
「本…くっついてる…。」
「へ?本?」
「さっき、本に埋もれた時かな?けどなんでこんな所にくっついて…」
本を掴んで引っ張ると、前に立っていたイルムが本に引き寄せられるように、数歩後ろに下がった。
「わわ…!」
「駄目だね…完全にくっついてるみたい…。」
「そ、そんなぁ…!」
「この本は…色あるね。」
「ん?確かに…。」
「中を開いてみたら?何か書いてあるかも!」
「あーうん…。」
本の中身を確認したいのは山々だが、女の子の腰についた本をめくるというのは、男の僕がしていいものなのかどうか少々戸惑っていた。
「どうしたの?」
「ウナ…代わりに見てくれない?」
「うん…わかった。」
ウナはイルムの後ろに立つと、本をめくり始めた。
「このページしか開けない。」
「変な本だね…。1ページしか開けないなんて…。」
「そこに何か書いてない?」
「えっと…。“ミラの神殿であなた達を待っています”って書いてある。」
「ミラの神殿って?」
「森の奥にある建物の事だよ。毎日ウナが神殿へ行って、ミラ様にお祈りをしてるんだ。…とにかく神殿に行ってみない?」
「そうだね!今はそれしか手がかりがないし…。」
「ウナも行く。」
「じゃあ3人で行こう。」
僕達は教会を後にし、ミラの神殿に向かって歩き出した。
「ここが神殿なの?」
「そう。」
灰色の植物が生い茂る森を通り抜け、開けた場所に石の柱が建っていた。石畳の床の上を歩き、柱の間を通って奥に進むと、下へ降りる階段の前で僕達は立ち止まった。
「この辺りには誰もいないみたいだけど…中にいるのかな?」
「…多分。」
「いつもウナがお祈りしてる場所が1番奥だったよね?とりあえずそこまで行ってみる?」
「うん。」
階段を降りた先に広がっている石造建築の空間は、以前見た風景と全く変わっていない様子だった。ルナの姿でこの場所に来た時は、女性の姿を模した像の前でウナがミラ様に祈りを捧げていた。しかし、部屋の奥に存在するはずの像はどこにも見当たらなかった。
「ミラ様の像が…ない。」
「なんで像が無くなっ…」
「お待ちしていました。」
聞いた事の無い声が聞こえ、後ろを振り返った。すると、髪の長い大人の女性がこちらにゆっくりと近付いてきた。髪と目の色がウナとそっくりで、まるで彼女を成長させた姿のようだった。
「あ、あなたは…?」
「私はミラ。ここであなた方を待っていました。」
「ミ、ミラ様!?」
「ミラ様がいるわけない!何十年も前に亡くなってるもん!」
「その通りです。人間としての身体は、ここの地下に眠っています。」
「それをどうやって信用したら…。」
「まずはお話しましょう。その為にあなた方を呼んだのです。さぁ、こちらへどうぞ。」
彼女はゆっくりと歩き出すと、壁にそっと手を触れた。すると彼女の前に扉が現れ、扉を開けて中に入っていった。
僕達も彼女の後に続いて中へ入っていくと、部屋の中央に椅子とテーブルが用意されていた。
「どうぞお座りに。ゆっくりお話しましょう。」
そう言うと、彼女は側にあった椅子を引いて座るように促した。
「あまりゆっくりしていられないんだけど…。」
「私の魔法で、あなた方3人以外の全ての時間を止めています。心配はありません。」
「凄い…そんな魔法もあるんだ…。」
「私の話を聞いくださったら、魔法を解いて元通りにします。どうか話を聞いて頂けませんか?」
「ま、まぁ…聞くだけなら…。」
「ありがとうございます。では、私が産まれた所から…」
「え!?」
こうして僕達は、ミラと名乗る女性から半ば強引に話を聞かされる羽目になった。
彼女はこの島で産まれ育った。魔法の才能に秀でていた彼女は、その力で作物を育て、数日で建物を作り上げるなどして急速に島を発展させていった。
彼女が産まれてから10年程経ったある日、吸血鬼の集団がこの島に乗り込んで来た。彼女は自身の力で吸血鬼達を追い払い、島の危機を救った。
その後彼女は、吸血鬼の脅威から島を守るべく、島周辺に結界を施した。
「ミラ様が島を発展させたのは聞いたけど…その後の事は知らなかった。」
「書物や文献等で後世に伝えられていたとしても、全てが伝わる訳ではありませんからね。無理もありません。」
「それでそれで?島に結界を張った後はどうしたの?」
「吸血鬼について知る為に海を渡り、吸血鬼を研究している街へ行きました。」
「吸血鬼を研究?そんな所があるの?」
「はい。エアフォルシェンという街です。」
「エア…フォルシェン…。」
僕はその名前を聞いて、どこかで聞いた事のあるような違和感を感じた。
「エアフォルシェンでは、吸血鬼を捕まえて人体実験を行っていました。」
「じ、人体実験…。」
「初めは私も異を唱えました。吸血鬼と言えど、人や動物と同じ生き物ですから…。ですが、吸血鬼から人々を守る為には、知る必要がありました。やむを得ない犠牲だったのです。」
「っ…。」
言い返したい気持ちをぐっと堪え、膝の上で強く手を握り締めた。
その後、研究員数名を島に連れて帰った彼女は、エアフォルシェンでの研究結果を元に島で吸血鬼の研究を始めた。
その数年後、彼女が作り出した結界が破られ、島は再び吸血鬼の脅威にさらされてしまった。結界の維持で力が弱まっていた彼女は、吸血鬼に捕まって連れ去られてしまった。
「その後は…どうなったの?」
「知らない場所で目を覚ました私は、吸血鬼達の実験に利用されました。」
「それって…エアフォルシェンでやってた人体実験と同じ様な事を…?」
「はい…。私そっくりのクローンを大量に生み出し、様々な実験を行っていました。その内容の全てはわかりませんが…人間から身を守る為の方法や、子孫繁栄の効率化などを探っていたようです。」
「そんな…。」
「ですが、私は彼等を責める事は出来ませんでした。人間も、同じ事をしていたのですから…。」
「確かにそうだね…。」
彼女は、その後の事を再び語りだした。
その実験を指揮していた吸血鬼と接触した彼女は、残っていた力を振り絞ってその吸血鬼を封印する為の魔法を発動した。しかしその影響で自身の魔力を使い果たし、彼女はそこで息を引き取ったという。
「身体を失い、魂だけの存在になってしまった私は、大量に作られたクローン達の行く末を見届ける事にしました。ある者は吸血鬼の餌となり、またある者は実験の対象となり、逃げ出した際に死んでしまった者もいました。」
「っ…。」
隣で話を聞いていたイルムは、口元を手で覆い涙を流していた。彼女の背中にそっと手を触れ、落ち着かせる為に優しく背中をさすった。
「私がこの話をしたのには理由があります。あなた方…いえ、正確には…あなたに伝えたい真実があるのです。」
彼女は、僕の隣に座っているウナを真っ直ぐに見つめた。
「私…?」
「ここまでの話をしている間、あなたの反応を見ていました。その様子だと…記憶を失っているのですね…。」
「どうして、記憶ないの…わかったの?」
「私があなたの過去を知っているからです。…これから伝える真実は、あなたの人生を大きく変えてしまうかもしれない。それでも過去の記憶を、取り戻したいと思いますか?」
「過去の記憶…。」
「ウナ…とりあえず聞いてみて、信じるかどうかは後で決めたらどうかな?」
「…わかった。聞く。」
「わかりました…。あなたは……大量に作り出された、私のクローンの1人なのです。」
「…。」
彼女は驚きのあまり、言葉を失っていた。目と口を開いたまま、真っ直ぐ前を見つめて動きを止めている。
「実験が行われていた施設から抜け出したあなたは、吸血鬼と人間の領土の間にある洞窟に逃げ込みました。そこに住みついていた動物達に助けられ、あなたはなんとか生き延びていました。」
「洞窟って…僕がウナを見つけた所…?」
「はい。」
僕がウナと出会ったのは、確かに洞窟の中だった。あの時の彼女は言葉を話す事が出来なかったが、身振り手振りでそこに住む動物や害獣を必死に守ろうとしていた。この話が本当なら、彼女が洞窟にいた事や害獣を庇っていた事の辻褄が合う。
「………だ。」
「ウナ…?」
「嘘だ!違う!ウナはウナ!作り物じゃない!」
彼女はその場に立ち上がり、部屋を飛び出して行った。
「ウナちゃん!」
それを追いかけるように、イルムも部屋の外に駆け出した。
「ルカさん…でしたよね?」
「は、はい…。そうですけど…。」
「あなただけに話したい事があります。今晩、空に月が上ったら…1人でこの部屋に来てください。」
「…わかりました。」
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レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
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