エテルノ・レガーメ

りくあ

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第8章︰エーリ学院〜中級クラス〜【前編】

第70話

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「もー大変だったの…!すごい剣幕で、突っ込めー!ってレミリーに言われた時は…もう…泣きそう…だった…。」
「あーもう…思い出して泣かないでよララ。」

レーガの実習があった翌日、授業が休みだったのでみんなで私の部屋で集まった。話の途中で突然泣き出したララを、隣に座っていたユイが抱きしめて背中を軽く叩いている。

「うー…だってぇ…。」
「ルナちゃん達はどうだったの?」
「タックはどんどん前に出て行ってくれるから、すごくやりやすかったよ。」
「やっぱり近距離武器なら、前に出ないとだよね…。私、魔法の勉強頑張ろうかなぁ…。」
「前衛も後衛も出来るようになったら、すごく戦い方の幅が広がるかもね。」
「ほんと?両方かぁ…頑張ってみようかな…!」
「あ、そうだった…。これ、ユイちゃんにプレゼント。」
「え?なんであたしに?」

フランは、自分の鞄から平たい箱を取り出して、ユイに差し出した。それを受け取った彼女は、リボンを解いて箱を開けると、中にはチョコレートが並んでいた。

「昨日のお詫び。思い切り投げちゃったから…ね。」
「あぁ~…。そうだったわね。」
「それ、前に私達も食べた奴だよね?」
「うん。2人共美味しそうに食べてたから、いいかなって思って。」
「なら有難く頂くわ。」
「なぁフラン。俺への詫びはないんか?」
「アレクくんには、僕が付き添いで医務室行ったじゃないか。」
「あれは詫びちゃうやろ!」
「え?そうかな?」
「せやで!あんなんは当たりま…ぁむ!?」

アレクの隣に座っていたユイが、手に取ったチョコレートを彼の口に詰め込んだ。

「黙って詫びのチョコでも食べなさいよ。」 
「ふぁ…?だってそれ…ユイへの詫びやろ?」
「今のは…あたしからの感謝の気持ちよ。その…ありがとう。…受け止めてくれて。」
「え?や、あの…あれはな…!その…たまたま俺んとこに飛んで来たからで…。フランが狙ったん…やろ?」

恥ずかしそうに俯いているユイを見て、彼は慌てて照れ隠しを始めた。

「ううん。全然。」
「私その時見てたけど…アレクくんが自分からユイちゃんの方に向かってたよ?」
「うん。私も見た。」
「か、完全に無意識やったわ…。まぁ…でも…フランだって、誰か飛んできたら受け止めに行かな!ってなるやろ?」
「アレクくんなら受け止めに行かないよ?僕。」
「薄情もんやな!?」
「あはは…!」

恥ずかしさを笑いで誤魔化し、アレクはその場を和ませた。しかし、2人はしばらくの間、気まずい様子だった。



「ルナ。」

お昼が過ぎた頃、部屋で本を読んでいると窓の前に黒猫が座っていた。窓を開くと、机の上に軽々と飛び乗った。

「ヴェラ…どうしてここに?しかもなんで猫…?」
「堂々と人の姿で扉から来ればよかったか?明日から、学院中の注目の的になること間違いなしだぞ。」
「そ、そうだね…。それで…用事は?」
「お前宛に荷物を贈った。届いていないか?」
「荷物?来てないけど…」

ふと外を見ると茶色いものが視界に入り、窓を開けると1羽のフクロウが茶色の包を届けてくれた。

「あ、来たよ荷物。」
「これをタクトに渡してくれ。」
「もしかして薬?どうして私なの?直接渡せばいいのに…。」
「聞きたいんだろう?薬を飲む理由を。」
「確かにそう言ったけど…なんでわざわざ…。」
「気を回してやったのだから有難く思いなさい。」
「あ、うん…!ありがとうヴェラ。」
「ではまたな。」

黒猫に扮した彼女は、前足を使って器用に窓を開けて走り去って行ってしまった。



ーコンコン

「はーい?」
「あ、タック!私…ルナだけど、入ってもいい?」
「どうぞー。」

別の階にある彼の部屋を尋ねると、机に向かって勉強をしている途中のようだった。

「あ…ごめん。勉強中だった?」
「あーううん。休憩しようかなと思ってたから丁度よかったよ。…麦茶しかないんだけど…いい?」
「うん!ありがとう!」
「その辺適当に座って待ってて。」

床に敷いてあるカーペットの上に腰を下ろすと、私の前に麦茶が入ったコップが置かれた。

「何か用事があって来たの?」
「あーうん!これ、ルシュ様から届けるように言われて…。」

先程彼女から受け取った茶色の包を、彼の前に差し出した。

「あー…薬かぁ…。わざわざありがとう。」
「全然!実は…聞きたいことがあって…。」
「聞きたい事?何?」
「その…。タックが…薬を飲んでる理由が知りたくて…。」
「ルシュ様から聞いたの?」
「詳しくは聞いてないけど…。何があっても血を吸わないって言ってたから…気になっちゃって…。」
「…ごめんルナ。出来ればその…思い出したくないんだ。」
「そっか…。そうだよね…!私の方こそごめん!」
「ううん。薬…ありがとう。」
「うん!じゃあ、私はこれで…またね!」

私は逃げるようにして部屋から出ると、階段を下りている途中でユノさんと出会った。

「あ、ユノさん…。」
「ルナさん?なんで上の階に?」
「ちょっと…タックに用事があって。」
「タック?…あ。タクト?」
「うん!でも、もう済んだからこれから部屋に戻る所で…」
「そっか。」
「あの…ユノさん。」
「何?」
「タックが薬を飲んでるの…知ってますか?」
「知ってるよ。理由、聞いた事あるから。」
「え!?そ、その理由、教えて貰えませんか!」
「…タクト、嫌がると思う。」
「そ、そうですよね…ごめんなさい…。」
「…ちょっとだけなら。」

彼女は階段を上り、私の隣にやってくると耳元で囁き始めた。

「…タクトが血を吸った子が死んじゃったんだって。その子、小さい頃の幼なじみだって聞いた。」
「え…。」
「喋った事、2人の秘密。」
「あ、はい…!わかりました。」
「じゃあまたね。」

ユノさんは軽く手を振って、階段を上って行った。



「それでは皆さん。教科書を見ながら、怪我のないように気をつけて行って下さいね?」
「「はーい。」」

ホールのあちこちにマットが敷かれ、数名のグループに別れて受け身の練習を行う事になった。

「受け身といえば…フランくんが得意だよね?」
「あ、うん。いっぱい投げ飛ばされてきたからね。」
「どんな生活してたらそうなるのよ…。」

呆れているユイの隣で、レミリーが小首を傾げていた。

「教科書を見ろと言われても~…。実際に見てみないとわからないわよねぇ?」
「なら僕がやってみるよ。まずは何からする?」
「えっと…教科書の順番だったら…まずは前方回転受身かな?前方へうつ伏せに転倒する際、頭を保護するために顎を引いて体を丸め、前に1回転することで衝撃を緩和する…。」

ララが地面に教科書を広げると、書かれている内容を読み上げた。

「つまり地面につく時に、前転すればええんやな?」
「そうだね。じゃあ…アレクくん、僕の事投げてくれない?」
「え、俺!?」

フランに投げるように言われたアレクは、驚いて目を丸くしていた。

「この中なら、アレクが1番力があると思うよ。」
「そうね~。」

フランの提案に、レミリーとタックが同意を示した。

「け、怪我しても知らんからな!」 
「そしたら、今度はアレクくんに医務室に連れてってもらうよ。」
「お、おう…。ほんなら行くで…!」

アレクは両手でフランの腕を掴むと、身体を回転させて前方にあるマットめがけて彼を投げ飛ばした。投げ飛ばされたフランは、マットの上で身体を丸めて1回転すると、その場に立ち上がった。

「おお~。」
「すごーい!」
「やっぱり、聞くより見る方がわかりやすいわね~。」

見ていた私達は彼のお手本の様な受け身を見て、歓声をあげた。

「受け身の中だと、これが1番簡単だと思うよ。ただ、投げられた時にうつ伏せになるか仰向けになるかで、前方受身になるか後方受身になるか変わるから、後転も出来るようになった方がいいかもね。」
「えーっと…。後方回転受身は、前方と同じように体を丸め、後方へ回転する。その回転の際は、頭を打たないよう、首を左右どちらかにやや傾け、肩と頭の間で回転する…って書いてあるね。」

先程と同様にララが教科書を読み上げると、今度はタックが小首を傾げるような仕草を見せた。

「首を傾ける…かぁ。ちょっと難しそうだね。」
「まずはマットの上で転がってみたらええんやない?いきなり投げ飛ばされんの怖ないか?」
「そうね。あたしも飛ばされた時、冷静でいられなかったし。」
「ユイちゃん…この間の事、まだ引きずってる?」
「当たり前よ。数ヶ月は忘れないわ。」
「そ、そっか…参ったな…。」

フランは苦笑いを浮かべつつ、頭をかいた。そして私達は、マット上で前転と後転をやってみることにした。



「よっ…!」

教科書に書いてあった通り、首を傾けて後転する方法を実践してみた。しかし途中で身体が斜めに傾き、マットの外で尻もちを着いた。

「痛っ…!」
「ルナちゃん大丈夫?」

思わず声を上げてしまった私の元に、フランが駆け寄ってきた。

「だ、大丈夫!…前転は上手くいったのになぁ。」
「私も…。」

隣にいたララも、後転が上手く出来ない様子だった。

「フラン。やり方のコツ、教えてくれない?」
「じゃあ、一緒にやってみよっか。」

私達は3人でマットの端に並ぶと、フランが腰を下ろした。

「えっとね…まず最初は、手のひらは耳の横に、あごは首につけておへそを覗き込むイメージで。こんな感じね?」
「ふむふむ。」
「次は?」
「後ろに身体を倒して転がるんだけど、 手のひら全体をしっかりマットにつけて、同時にお尻を上げて回りきる。 背中を丸めて、お尻、腰、背中、首の順で床につけて転がるのをイメージしながらやるといいよ。」

彼はそう喋りながら綺麗に後転してみせた。

「お尻…腰…背中…首…!」

彼に言われた通り意識しながら身体を後ろに倒すと、最後まで綺麗に回りきることが出来た。

「やった!出来た!」
「わっ…!で、出来た!」
「よかったね。2人共出来るようになって。」
「ありがとうフランくん!」
「あんた達、今頃出来たの?」

ユイは手で髪を整えながら、こちらに歩み寄ってきた。

「そういうユイは?」
「後転くらい出来るわよ。」
「他のみんなはどうしたの?」
「あっちの方で、アレクがレミリーを投げ飛ばしてたわ。さすがにあたしは怖いからやめておいた…。」
「フランに投げ飛ばされたの、完全にトラウマになってるね…ユイ…。」
「やっぱり、何事もやりすぎるのは良くないね…。」

彼は、ユイを投げ飛ばしてしまった事を心底後悔している様子だった。

「私もまだ、投げ飛ばされるのは怖いなぁ…。」
「なら、自分で前の方に飛んで転がってみたらどうかな?」
「自分でって…どうやるのよ…。」
「んーと…ベッドに飛び込むみたいに、前の方に手をついてそこで回転する感じかな。」

すると彼はマットに飛び込んでいき、くるりと前転をしてみせた。

「なるほど…やってみる!」
「あたしもそれくらいなら出来そうだわ。」
「が、頑張ってみるね…!」

こうして私達は、前転や後転の練習を繰り返し、受け身をとる前提の動作を身につける事が出来た。
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