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第7章︰それぞれの過去
第66話
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「ルナ。起きなさい。」
硬いコンクリートの上で目を覚ますと、私の身体を揺すっているヴェラの姿があった。身体を起こして辺りを見回すと、処々崩れかけている四角い建物が左右にズラリと並んでいた。
「ここは…?」
「フランの夢の中だ。随分殺伐とした場所だな。」
「うん…なんか空気がピリピリしてるね…。」
「フランを探すぞ。私から離れない様にしなさい。」
「うん!」
しばらく街のような場所を歩いていると、少し離れた場所で建物が崩れる音が聞こえた。
「向こうか。」
「行こうヴェラ!」
建物の崩れた場所につくと、瓦礫の上に1人の少年が立っていた。彼の両手に剣が握られ、服はあちこち擦り切れて汚れているように見える。
「フラン…!」
「…ルナちゃん。」
「何故建物を崩している。」
「あいつを…消す為だ…。」
「あいつ?」
「…ルナ!」
ヴェラが私の腕を掴み、右へ走り出した。すると私達のいた場所に光線が放たれ、地面が粉々に崩れた。
「これは驚いた。お前以外の奴がここに来るなんてな。」
私達の左側にある建物の上に、フランそっくりの少年が立っていた。しかし、彼の目は優しそうな青い瞳ではなく、つり上がった赤い瞳をしている。
「お前が吸血鬼のフランか。」
「お前達はなんだ?俺様の夢に入って来るとは非常識な奴等だな。」
「こ、この人だね…。」
「そっちの小娘は見た事があるな…。あぁ…俺様に血を差し出した娘か。お前の血は中々美味であった。また俺様に血を吸われに来たのか?そうかそうか…」
「そ、そんな訳ないでしょ!?」
「その反抗的な態度はなんだ。お前のような小娘が、この俺様に盾突くなど…」
「黙れ!」
いつの間にか彼の隣に迫っていたフランが剣を振り、彼の身体を切り裂いた。彼はその場に倒れ、ドロドロに溶けて消えていった。
「分身か…。」
するとフランは別の建物に飛び移り、私達の右の方へ走って行ってしまった。
「あ、待ってフラン!」
「追うぞ。」
「うん!」
「お前も…飽きもせずよくやるものだ。」
「君には渡さない!」
建物に囲まれた広場のような場所で、2人は剣を交えていた。
「フラン!」
「来ないで!…こいつは僕が…消さなきゃいけないんだ…!」
「お前はこいつから話を聞きたいんじゃなかったのか?消してしまっては話が出来ないだろう。」
「話?俺様と一体何の話をすると言うんだ?」
「こいつも分身だ…!話をするなら本体を捕まえないと…!」
「わかった。では、私達は本体を確保しよう。」
「え!フランは!?」
「あいつなら問題ないだろう。行くぞ。」
フランを残し、私達は来た道を戻って行った。
「どうやって探すの?結構広そうだけど…。」
「簡単だ。魔力の流れを感じ取ればいい。」
「流れを感じ取る…?」
「今のお前には出来ないだろうな。帰ったら教えてやろう。」
「あ、うん…。」
前を歩いている彼女の後ろを付いていくと、赤い扉の前で立ち止まった。他の建物と全く変わらないように見えるが、彼女はその建物の中に入っていくと、階段を上り始めた。建物内にはたくさんの部屋があり、扉がずらりと並んでいる。
「本当にここなの?」
「ルナはここで待ちなさい。60秒数えたら、3階にある赤い扉の部屋に来なさい。」
「え?なんで?」
「いいから。言う通りにしなさい。」
「は、はぁい…。」
彼女の背中を見送ると、階段に座って1から数字を数え始めた。60まで数え終えると、階段を上って3階にある赤い扉の前にやって来た。
「ここ…かなぁ…?」
「入りなさいルナ。」
「あ、うん!」
部屋の中からヴェラの声が聞こえ、扉を開けて中に入った。床には赤い絨毯が敷かれ、壁紙は目が痛くなるような赤色で、窓に備え付けられているカーテンも同じような鮮やかな赤色をしていた。さらに、ヴェラが座っているソファーを含む、部屋の家具全てが真っ赤に染まっている。
「何ここ…目がチカチカする…。」
「俺様の部屋に入れるなんて、有難く思えよ…小娘。」
「ぅわ!?」
先程フランと争っていた赤眼の彼が、身体の後ろで腕を縛られて椅子に座らされていた。ヴェラに捕まった様に見えるが、本人にその自覚はないのか脚を組んで堂々と座っている。
「立ってないで座りなさい。」
「う、うん…。」
「おい。座るなら床に座れ。お前のような奴に座るような場所は…」
「黙りなさいフランドルフルク。」
「………ふん。」
ヴェラに睨みつけられた彼は喋るのをやめて、鼻を鳴らした。
「なんか…座りづらいから立ってるよ…。」
「好きにしなさい。」
「そういえば…60秒数えたのってなんだったの?」
「こいつを押さえ込むのに、1分あれば充分だと思ったからよ。1分でも長いくらいだったわ。」
「そ、そっか…。」
その発言に、彼女が味方で本当に良かったと心の中で密かに思った。
「みんな!」
勢いよく扉を開けて、青眼のフランが部屋に飛び込んできた。
「フラン!よかった無事で…。」
「あ…うん…。ルシュ様…申し訳ありません。本来、僕がすべき事なのに…。」
彼はヴェラの前に立ち、深く頭を下げた。
「別にいいわ。」
「女1人にペコペコするとは、情けない男だなお前は。」
「ルシュ様は、僕を育てて下さった方だよ。人の事を見下してばかりいる君には言われたくない。」
「俺様に対してそこまで言えるようになったか。少しは成長したんじゃないか?」
「座りなさいフラン。すでに契約を交わして、嘘をつけないようにしているから、お前の聞きたい事を全て聞くといいわ。」
「ありがとうございます。」
彼は向かい側のソファーに座ると、赤眼の彼を真っ直ぐに見つめた。
「僕は人間で…君は吸血鬼なんだよね?」
「あぁそうだ。」
「なら君の親は?僕の親と一緒なの?」
「俺様に親はいない。お前の親など知らん。」
「僕等を育ててくれたのは…ラギト様なんだよね?」
「それはお前も知っての通りだ。」
「じゃあ…少し前にルナちゃんの前に君が出てきた時…あれはどうやったの?」
「知らん。」
「知らん…って…。」
「美味そうな匂いがして目を覚ましたら、そこの娘が居ただけだ。」
彼は組んでいた脚のつま先を、私の方に向けてそう言った。
「嘘は言ってないようだな。お前自身、身体を乗っ取る方法を知らないのか?」
「フランを消せば出られると思っている。…それ以外の方法は知らん。」
「なるほど。それでお前達は争っていたんだな。」
「フランは…無意識のうちにそれをやってたって事なんだね…。」
「無意識だと?毎回毎回、俺様を見つけては殺しにかかるのを、全く意識していないと言うのか?」
「あ、うん。全く自覚なかったよ。」
「貴様…この俺様をなんだと思って…。」
「夢の中で殺し合っていたなんて、思い出したくないだろうからな。ここであった事を覚えていないのも、そのせいだろう。」
「…話は以上か?」
「ううん。君に言いたい事がある。」
「なんだ。」
「もう…殺し合うのはやめない?」
「なら身体を寄こせ。」
「それは出来ない…。」
「話にならないな。お前は俺様を殺さない事でメリットがあるだろうが、俺様がお前を殺さないメリットは全くないぞ。」
「そんな事ないよ。身体を渡す以外の事なら、出来る限り君の思い通りに出来る。」
「例えば?」
「うーん…そう言われると難しいなぁ。」
「ならば俺様が、そこの娘が欲しいと言えばくれるのか?」
「え!?」
「それは駄目。」
「ではどうしろと言うんだ。」
「後の事はあんた達2人で話し合いなさい。私達は戻るわ。」
「ありがとうございました。ルシュ様。このご恩はいつか必ず。」
「ルナ。行くわよ。」
「あ、うん…!また…後でねフラン。」
「ルナちゃんもありがとう。また後でね。」
目を開けると、ヴェラが作り出した部屋が視界に広がり、ソファーの上で身体を起こした。すでに目を覚ましていた彼女は、目の前で紅茶をすすっている。後ろのベッドに横になっているフランは、まだ眠ったままになっていた。
「あれを説得するのは難しいだろうな。」
「どうして?」
「お前も見ただろう?あいつのクソ生意気な態度を。」
「口悪いよ…ヴェラ…。」
「さすがのフランでも、丸め込むのに時間がかかるだろう。寝ている間にレジデンスに連れて帰る。お前も一緒に帰るぞ。」
「え、今から?」
「移動するなら夜がいいと、前にも言っただろう?クラーレには私から手紙でも書いて置こう。挨拶なんてしてる暇はないからな。」
「そっか…わかった。」
彼女の足元から黒猫が姿を現した。彼はヴェラの使い魔のルルだ。
「ルル。フランは任せたぞ。」
「はい。お任せ下さい。」
「では行こう。」
私は彼女と手を握ると、黒い霧の中に入って行った。
レジデンスに無事戻って来た翌日、朝食を食べ終えた後、ヴェラと魔法の修行をする事になった。
「うーーーん…。」
中庭のベンチに座っている彼女の前に立ち、頭を抱えていた。
「考えるな。感じろ。」
「そんな事言われても…。」
フランの夢の中に入った時、魔力の流れを感じ取る方法について話をしていた。今それを実際にやっているのだが、突然やれと言われて出来る訳がなかった。目の前にいる彼女は離れた場所で作り出された分身だが、見た目はもちろん喋り方から性格まで驚く程にそっくりだった。
「そもそも魔力って目に見えるものじゃないよね?」
「当たり前だ。だから感じろと言っている。」
「んー…。」
「…ルナちゃん。」
「あ、フラン!」
ここへ戻って来てから部屋で寝たままになっていたフランが、中庭にやって来た。
「もう話をつけたのか?思ったより早かったな。」
「互いに身体を動かすという事で合意した。」
「…!?」
普段のフランからは考えられない口調で話し始めた彼を見て、目を丸くした。彼の瞳をよく見ると、左は青色、右は赤色とくっきり色が分かれていた。
「お互い出たい時に出てきて身体を動かすって感じかな。」
「そ、それ…コロコロ人格が変わっちゃって逆に怖いよ…。」
「何が怖いのか、俺様には全く理解が…」
「性格が真逆過ぎるからだよ!!!」
「そうかな?僕は面白いと思うけど。」
「エーリでは今まで通りフランが出るべき…って、名前が同じだとややこしい!」
「フランとルドルフに分けたらどうだ?」
私達の会話を聞いていたヴェラが、名前を分けるという提案をした。
「なら僕がフラ…」
「何を言っている!俺様がフランに決まって…」
「えー。今まで僕がフランって名乗ってたんだから、僕がフランであるべき…」
「いいや。俺様の方が本物なのだからフランであるべき…」
「あーもう!ますますややこしい!」
しばらく彼等のやり取りは続き、ヴェラは呆れて部屋に戻ってしまった。
「よろしくねルドルフ。」
「…ふん。」
結局、人間のフランが吸血鬼のフランを論破し、人間の方をフラン、吸血鬼の方をルドルフと呼び分ける事になった。話が落ち着いた所で、彼は私の隣に腰を下ろした。
「よくそれで2人で身体を使おうって言う結論に辿り着けたね…。」
「僕1人だと、吸血鬼としての能力が落ちちゃうんだよね。なんとなく引け目を感じて、今まで自分から血を吸った事なかったから…。」
「そこは俺様の出番って訳だ。血を吸う事に抵抗はないし、魔法の才能を持ち合わせているからな。」
「確かにルドルフの魔法凄かったなぁ!光の魔法使ってたよね?」
「俺様は光と闇が得意だ。それぞれ上級魔法も扱える。」
「すごいすごい!フランは全然魔法使えないのにね。」
「全然使えない訳じゃないよ。…苦手だってだけで…。」
「魔法に関しては、俺様の方が優れている。」
「ルナちゃんにまで言われるとへこむなぁ…。」
「ごめんごめん!その分フランは、身のこなしは凄いし、剣の腕だって飛び抜けてるもんね。」
「そうだな。俺様もそこそこ剣は扱えるが…」
「あれで扱えてると思ってるの?ただ振り回しているだけじゃないか。」
「なんだと!?」
「け、喧嘩しないでよ!」
「だから僕達、バランスがいいんだよ。強く出なきゃいけない所はルドルフに任せられるし、誰かと協調性を必要とする時は僕が適任だしね。」
「俺様もそこは同意だ。」
「ただ、今まで僕が出てた事が多かったから、あんまりルドルフは出て来れないかもしれないね。」
「そこは別に構わん。他の奴と馴れ馴れしくするのは好かんからな。」
「え?でもさっき、ルナちゃんとは仲良くなりたいって…」
「え?」
「そ、そんな訳があるか!この俺様がルナと仲良くする必要は…」
「あ、名前で呼んでくれた!」
「っ…!」
「あれ?おーい?ルドルフー?…どっか行っちゃった。」
「あはは。照れちゃったのかもね。」
「行動も多少はルドルフに影響されると思うから…変な事しようとしたらごめんね?」
「変な事って?」
「さぁ?ルドルフ次第だよ。」
「えー!」
「話も落ち着いたし、朝ご飯食べてくるよ。またね。」
「あ、うん!」
彼はいつもと変わらぬ様子で、手を振りながら廊下へと戻って行った。
「フランの中に、もう1人フランが居たなんてびっくりしたね。」
「うん。見た目はほとんど変わらないのに性格が全く違うから、すごく違和感があるんだよねぇ。」
夢の中で私とルカはソファーに座り、彼等の話をしていた。
「僕達は似てて良かったね。」
「ほんと!ルカがルドルフみたいだったら私はどうなってた事か…。」
「あはは!それ、ちょっと見てみたいかも!」
「やめてよー!」
後ろの方で扉が開く音が聞こえ、ミグが奥の部屋から出て来た。
「…おかえり。」
「た、ただいま。」
彼は一言そう言い残すと、階段を上って自分の部屋へ行ってしまった。
「…あれからミグと話し合ったんだけどね。気持ちの整理がつくまで、もうちょっとかかるかもしれない。」
「ありがとうルカ。…たまには喧嘩くらいしないとね!溜め込むのは…良くないし…。」
「ルナ、疲れは溜め込んでない?」
「あー…ええと…。」
「はい。横になって。マッサージしてあげる。」
「あ、ありがとうルカ…。」
ルカにマッサージをしてもらいながら、ミグの事を考えていた。私の気持ちを彼に伝えるべきか、それとも彼が考えを整理するまでそっとしておくべきなのか。溜め込まれた疲れが無くなっていき、心のもやもやだけが溜まったままになっていた。
硬いコンクリートの上で目を覚ますと、私の身体を揺すっているヴェラの姿があった。身体を起こして辺りを見回すと、処々崩れかけている四角い建物が左右にズラリと並んでいた。
「ここは…?」
「フランの夢の中だ。随分殺伐とした場所だな。」
「うん…なんか空気がピリピリしてるね…。」
「フランを探すぞ。私から離れない様にしなさい。」
「うん!」
しばらく街のような場所を歩いていると、少し離れた場所で建物が崩れる音が聞こえた。
「向こうか。」
「行こうヴェラ!」
建物の崩れた場所につくと、瓦礫の上に1人の少年が立っていた。彼の両手に剣が握られ、服はあちこち擦り切れて汚れているように見える。
「フラン…!」
「…ルナちゃん。」
「何故建物を崩している。」
「あいつを…消す為だ…。」
「あいつ?」
「…ルナ!」
ヴェラが私の腕を掴み、右へ走り出した。すると私達のいた場所に光線が放たれ、地面が粉々に崩れた。
「これは驚いた。お前以外の奴がここに来るなんてな。」
私達の左側にある建物の上に、フランそっくりの少年が立っていた。しかし、彼の目は優しそうな青い瞳ではなく、つり上がった赤い瞳をしている。
「お前が吸血鬼のフランか。」
「お前達はなんだ?俺様の夢に入って来るとは非常識な奴等だな。」
「こ、この人だね…。」
「そっちの小娘は見た事があるな…。あぁ…俺様に血を差し出した娘か。お前の血は中々美味であった。また俺様に血を吸われに来たのか?そうかそうか…」
「そ、そんな訳ないでしょ!?」
「その反抗的な態度はなんだ。お前のような小娘が、この俺様に盾突くなど…」
「黙れ!」
いつの間にか彼の隣に迫っていたフランが剣を振り、彼の身体を切り裂いた。彼はその場に倒れ、ドロドロに溶けて消えていった。
「分身か…。」
するとフランは別の建物に飛び移り、私達の右の方へ走って行ってしまった。
「あ、待ってフラン!」
「追うぞ。」
「うん!」
「お前も…飽きもせずよくやるものだ。」
「君には渡さない!」
建物に囲まれた広場のような場所で、2人は剣を交えていた。
「フラン!」
「来ないで!…こいつは僕が…消さなきゃいけないんだ…!」
「お前はこいつから話を聞きたいんじゃなかったのか?消してしまっては話が出来ないだろう。」
「話?俺様と一体何の話をすると言うんだ?」
「こいつも分身だ…!話をするなら本体を捕まえないと…!」
「わかった。では、私達は本体を確保しよう。」
「え!フランは!?」
「あいつなら問題ないだろう。行くぞ。」
フランを残し、私達は来た道を戻って行った。
「どうやって探すの?結構広そうだけど…。」
「簡単だ。魔力の流れを感じ取ればいい。」
「流れを感じ取る…?」
「今のお前には出来ないだろうな。帰ったら教えてやろう。」
「あ、うん…。」
前を歩いている彼女の後ろを付いていくと、赤い扉の前で立ち止まった。他の建物と全く変わらないように見えるが、彼女はその建物の中に入っていくと、階段を上り始めた。建物内にはたくさんの部屋があり、扉がずらりと並んでいる。
「本当にここなの?」
「ルナはここで待ちなさい。60秒数えたら、3階にある赤い扉の部屋に来なさい。」
「え?なんで?」
「いいから。言う通りにしなさい。」
「は、はぁい…。」
彼女の背中を見送ると、階段に座って1から数字を数え始めた。60まで数え終えると、階段を上って3階にある赤い扉の前にやって来た。
「ここ…かなぁ…?」
「入りなさいルナ。」
「あ、うん!」
部屋の中からヴェラの声が聞こえ、扉を開けて中に入った。床には赤い絨毯が敷かれ、壁紙は目が痛くなるような赤色で、窓に備え付けられているカーテンも同じような鮮やかな赤色をしていた。さらに、ヴェラが座っているソファーを含む、部屋の家具全てが真っ赤に染まっている。
「何ここ…目がチカチカする…。」
「俺様の部屋に入れるなんて、有難く思えよ…小娘。」
「ぅわ!?」
先程フランと争っていた赤眼の彼が、身体の後ろで腕を縛られて椅子に座らされていた。ヴェラに捕まった様に見えるが、本人にその自覚はないのか脚を組んで堂々と座っている。
「立ってないで座りなさい。」
「う、うん…。」
「おい。座るなら床に座れ。お前のような奴に座るような場所は…」
「黙りなさいフランドルフルク。」
「………ふん。」
ヴェラに睨みつけられた彼は喋るのをやめて、鼻を鳴らした。
「なんか…座りづらいから立ってるよ…。」
「好きにしなさい。」
「そういえば…60秒数えたのってなんだったの?」
「こいつを押さえ込むのに、1分あれば充分だと思ったからよ。1分でも長いくらいだったわ。」
「そ、そっか…。」
その発言に、彼女が味方で本当に良かったと心の中で密かに思った。
「みんな!」
勢いよく扉を開けて、青眼のフランが部屋に飛び込んできた。
「フラン!よかった無事で…。」
「あ…うん…。ルシュ様…申し訳ありません。本来、僕がすべき事なのに…。」
彼はヴェラの前に立ち、深く頭を下げた。
「別にいいわ。」
「女1人にペコペコするとは、情けない男だなお前は。」
「ルシュ様は、僕を育てて下さった方だよ。人の事を見下してばかりいる君には言われたくない。」
「俺様に対してそこまで言えるようになったか。少しは成長したんじゃないか?」
「座りなさいフラン。すでに契約を交わして、嘘をつけないようにしているから、お前の聞きたい事を全て聞くといいわ。」
「ありがとうございます。」
彼は向かい側のソファーに座ると、赤眼の彼を真っ直ぐに見つめた。
「僕は人間で…君は吸血鬼なんだよね?」
「あぁそうだ。」
「なら君の親は?僕の親と一緒なの?」
「俺様に親はいない。お前の親など知らん。」
「僕等を育ててくれたのは…ラギト様なんだよね?」
「それはお前も知っての通りだ。」
「じゃあ…少し前にルナちゃんの前に君が出てきた時…あれはどうやったの?」
「知らん。」
「知らん…って…。」
「美味そうな匂いがして目を覚ましたら、そこの娘が居ただけだ。」
彼は組んでいた脚のつま先を、私の方に向けてそう言った。
「嘘は言ってないようだな。お前自身、身体を乗っ取る方法を知らないのか?」
「フランを消せば出られると思っている。…それ以外の方法は知らん。」
「なるほど。それでお前達は争っていたんだな。」
「フランは…無意識のうちにそれをやってたって事なんだね…。」
「無意識だと?毎回毎回、俺様を見つけては殺しにかかるのを、全く意識していないと言うのか?」
「あ、うん。全く自覚なかったよ。」
「貴様…この俺様をなんだと思って…。」
「夢の中で殺し合っていたなんて、思い出したくないだろうからな。ここであった事を覚えていないのも、そのせいだろう。」
「…話は以上か?」
「ううん。君に言いたい事がある。」
「なんだ。」
「もう…殺し合うのはやめない?」
「なら身体を寄こせ。」
「それは出来ない…。」
「話にならないな。お前は俺様を殺さない事でメリットがあるだろうが、俺様がお前を殺さないメリットは全くないぞ。」
「そんな事ないよ。身体を渡す以外の事なら、出来る限り君の思い通りに出来る。」
「例えば?」
「うーん…そう言われると難しいなぁ。」
「ならば俺様が、そこの娘が欲しいと言えばくれるのか?」
「え!?」
「それは駄目。」
「ではどうしろと言うんだ。」
「後の事はあんた達2人で話し合いなさい。私達は戻るわ。」
「ありがとうございました。ルシュ様。このご恩はいつか必ず。」
「ルナ。行くわよ。」
「あ、うん…!また…後でねフラン。」
「ルナちゃんもありがとう。また後でね。」
目を開けると、ヴェラが作り出した部屋が視界に広がり、ソファーの上で身体を起こした。すでに目を覚ましていた彼女は、目の前で紅茶をすすっている。後ろのベッドに横になっているフランは、まだ眠ったままになっていた。
「あれを説得するのは難しいだろうな。」
「どうして?」
「お前も見ただろう?あいつのクソ生意気な態度を。」
「口悪いよ…ヴェラ…。」
「さすがのフランでも、丸め込むのに時間がかかるだろう。寝ている間にレジデンスに連れて帰る。お前も一緒に帰るぞ。」
「え、今から?」
「移動するなら夜がいいと、前にも言っただろう?クラーレには私から手紙でも書いて置こう。挨拶なんてしてる暇はないからな。」
「そっか…わかった。」
彼女の足元から黒猫が姿を現した。彼はヴェラの使い魔のルルだ。
「ルル。フランは任せたぞ。」
「はい。お任せ下さい。」
「では行こう。」
私は彼女と手を握ると、黒い霧の中に入って行った。
レジデンスに無事戻って来た翌日、朝食を食べ終えた後、ヴェラと魔法の修行をする事になった。
「うーーーん…。」
中庭のベンチに座っている彼女の前に立ち、頭を抱えていた。
「考えるな。感じろ。」
「そんな事言われても…。」
フランの夢の中に入った時、魔力の流れを感じ取る方法について話をしていた。今それを実際にやっているのだが、突然やれと言われて出来る訳がなかった。目の前にいる彼女は離れた場所で作り出された分身だが、見た目はもちろん喋り方から性格まで驚く程にそっくりだった。
「そもそも魔力って目に見えるものじゃないよね?」
「当たり前だ。だから感じろと言っている。」
「んー…。」
「…ルナちゃん。」
「あ、フラン!」
ここへ戻って来てから部屋で寝たままになっていたフランが、中庭にやって来た。
「もう話をつけたのか?思ったより早かったな。」
「互いに身体を動かすという事で合意した。」
「…!?」
普段のフランからは考えられない口調で話し始めた彼を見て、目を丸くした。彼の瞳をよく見ると、左は青色、右は赤色とくっきり色が分かれていた。
「お互い出たい時に出てきて身体を動かすって感じかな。」
「そ、それ…コロコロ人格が変わっちゃって逆に怖いよ…。」
「何が怖いのか、俺様には全く理解が…」
「性格が真逆過ぎるからだよ!!!」
「そうかな?僕は面白いと思うけど。」
「エーリでは今まで通りフランが出るべき…って、名前が同じだとややこしい!」
「フランとルドルフに分けたらどうだ?」
私達の会話を聞いていたヴェラが、名前を分けるという提案をした。
「なら僕がフラ…」
「何を言っている!俺様がフランに決まって…」
「えー。今まで僕がフランって名乗ってたんだから、僕がフランであるべき…」
「いいや。俺様の方が本物なのだからフランであるべき…」
「あーもう!ますますややこしい!」
しばらく彼等のやり取りは続き、ヴェラは呆れて部屋に戻ってしまった。
「よろしくねルドルフ。」
「…ふん。」
結局、人間のフランが吸血鬼のフランを論破し、人間の方をフラン、吸血鬼の方をルドルフと呼び分ける事になった。話が落ち着いた所で、彼は私の隣に腰を下ろした。
「よくそれで2人で身体を使おうって言う結論に辿り着けたね…。」
「僕1人だと、吸血鬼としての能力が落ちちゃうんだよね。なんとなく引け目を感じて、今まで自分から血を吸った事なかったから…。」
「そこは俺様の出番って訳だ。血を吸う事に抵抗はないし、魔法の才能を持ち合わせているからな。」
「確かにルドルフの魔法凄かったなぁ!光の魔法使ってたよね?」
「俺様は光と闇が得意だ。それぞれ上級魔法も扱える。」
「すごいすごい!フランは全然魔法使えないのにね。」
「全然使えない訳じゃないよ。…苦手だってだけで…。」
「魔法に関しては、俺様の方が優れている。」
「ルナちゃんにまで言われるとへこむなぁ…。」
「ごめんごめん!その分フランは、身のこなしは凄いし、剣の腕だって飛び抜けてるもんね。」
「そうだな。俺様もそこそこ剣は扱えるが…」
「あれで扱えてると思ってるの?ただ振り回しているだけじゃないか。」
「なんだと!?」
「け、喧嘩しないでよ!」
「だから僕達、バランスがいいんだよ。強く出なきゃいけない所はルドルフに任せられるし、誰かと協調性を必要とする時は僕が適任だしね。」
「俺様もそこは同意だ。」
「ただ、今まで僕が出てた事が多かったから、あんまりルドルフは出て来れないかもしれないね。」
「そこは別に構わん。他の奴と馴れ馴れしくするのは好かんからな。」
「え?でもさっき、ルナちゃんとは仲良くなりたいって…」
「え?」
「そ、そんな訳があるか!この俺様がルナと仲良くする必要は…」
「あ、名前で呼んでくれた!」
「っ…!」
「あれ?おーい?ルドルフー?…どっか行っちゃった。」
「あはは。照れちゃったのかもね。」
「行動も多少はルドルフに影響されると思うから…変な事しようとしたらごめんね?」
「変な事って?」
「さぁ?ルドルフ次第だよ。」
「えー!」
「話も落ち着いたし、朝ご飯食べてくるよ。またね。」
「あ、うん!」
彼はいつもと変わらぬ様子で、手を振りながら廊下へと戻って行った。
「フランの中に、もう1人フランが居たなんてびっくりしたね。」
「うん。見た目はほとんど変わらないのに性格が全く違うから、すごく違和感があるんだよねぇ。」
夢の中で私とルカはソファーに座り、彼等の話をしていた。
「僕達は似てて良かったね。」
「ほんと!ルカがルドルフみたいだったら私はどうなってた事か…。」
「あはは!それ、ちょっと見てみたいかも!」
「やめてよー!」
後ろの方で扉が開く音が聞こえ、ミグが奥の部屋から出て来た。
「…おかえり。」
「た、ただいま。」
彼は一言そう言い残すと、階段を上って自分の部屋へ行ってしまった。
「…あれからミグと話し合ったんだけどね。気持ちの整理がつくまで、もうちょっとかかるかもしれない。」
「ありがとうルカ。…たまには喧嘩くらいしないとね!溜め込むのは…良くないし…。」
「ルナ、疲れは溜め込んでない?」
「あー…ええと…。」
「はい。横になって。マッサージしてあげる。」
「あ、ありがとうルカ…。」
ルカにマッサージをしてもらいながら、ミグの事を考えていた。私の気持ちを彼に伝えるべきか、それとも彼が考えを整理するまでそっとしておくべきなのか。溜め込まれた疲れが無くなっていき、心のもやもやだけが溜まったままになっていた。
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天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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