エテルノ・レガーメ

りくあ

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第7章︰それぞれの過去

第61話

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「ねぇガゼル。こんな感じでどうかな?」
「うーん…。もうちょっと削った方がいいんじゃないか?この辺、尖ってて危ないし。」
「そっか…!じゃあもう少しやってみるね。」

あれから数日が経ち、僕達はガゼルの仕事の手伝いをしていた。何でも屋と称した彼の仕事は、家具の修理からペット探しまであらゆるものが任される。
今日は朝から、近所のお婆さんの家のテーブルを修理する作業をしていた。

「っし…。」
「わぁ…やっぱりガゼルは器用だね。新品みたい。」

彼が修理していた小物入れが完成したのを見て、その仕上がりに驚きの声を上げた。

「そうか?…まあまあだな。」
「私も頑張らなきゃ。」
「お前は頑張ってる方だろ。たった数日で今までやってなかった事が、そこまで出来るようになったんだからな。」
「そ、そうかな?」
「あぁ。飲み込みは早いし、仕事は丁寧だし、いつも助かってるよ。教会での仕事だって、随分慣れてきたじゃないか。」

ガゼルの手伝いがない日は、教会で薬を作る仕事をする事になっている。おかげで魔法の扱いも徐々になれ、本を借りて魔法の勉強もするようになっていた。

「もっと効率良く作れるようになるといいんだけど…。」
「もっと自分に自信持てよ。お前みたいに何でもやれる奴、そうそう居ないぞ?」
「そこまで言われると、照れるなぁ…。」
「おーい。2人共~。」

森の方角から、両手に籠を持ったフランが戻って来た。

「おかえりーフラン。」
「お前…またそんなに摘んで来たのか?」
「えへ。」
「えへ…じゃない!全く…。」

ガゼルはフランの頭を軽くチョップすると、腰に手をあてため息をついた。

「大丈夫だよガゼル。私が頑張って薬にするから。」
「ルナがいいならいいけど…。そのうち、森の薬草を全部摘んじまうんじゃないか?」
「そしたら新しい薬草を育てるよ。そうすればまた摘めるよね?」
「お前そこまでして薬草摘みたいのか…?」
「うん!だって楽しいもん!」
「そ、そうか…ならいいけど…。」

フランの満面の笑みに圧倒され、ガゼルは反論するのを諦めてしまった。
彼はここに来てから、毎日が楽しくて仕方ない様子だった。それまでも楽しそうな生活をしていたように見えたが、鼻歌を歌いながら薬草を摘んでいる彼の姿を見ると、今まで以上に充実した毎日を送っていると思える。
一方僕も、毎日楽しい日々を過ごしている。しかしその分、気がかりな事もいくつか浮き彫りになってきた。
1つは、ウナとの距離感が微妙な事。ガゼルの話では、慣れれば人懐っこいと言っていたが未だに慣れる気配が無い。僕が知っている限りでも、これ程までに人見知りをするとは思っていなかった。
もう1つはルナの事だ。夢の中で湖に突き落とされた時以来、夢を見る事がなくなってしまった。ミグに会う事もなく、彼等がどうしているのか気になるが、今の僕にはどうする事も出来ない。

「…ルナちゃん?」
「え?あ、ごめん。何の話?」
「ちょっと早いけど、お昼にしようかーって話。いいよね?」
「あ、うん!」
「ガゼルくん。今日のお昼はなーに?」
「んー。サンドイッチかな。」
「えー。それ昨日も食べなかった?」
「気のせいだろ?」

楽しそうに会話している彼等を見て、心のもやもやがどこかへ飛んでいってしまう様な気がした。



「兄さーん。船が来たわよ~。」

家に入ろうとすると、海辺の方角からフェリの大きな声が聞こえてきた。

「船?」
「あ!そうか…今日だったな。」
「どうかしたの?」
「今日、ギルドのマスターが来る予定だったんだ。」
「そ、そうなの!?」
「へー。会ってみたいな、マスターって人に。」
「よし、じゃあ一緒に行くか。」

僕達は小走りで、船着場のある海岸を目指した。桟橋の側に船が停められていて、フェリと話をする2人の人影が見えた。

「あ、兄さん。」
「やぁガゼル。久し…」

僕達の方を見た、青年の琥珀色の瞳と目が合った。彼の顔が凍りついた様に固まっている。

「マスター?」
「え?あ、ごめんごめん。まさかルナが居るとは思わなくて…。」
「え!ルナ!?」

彼の隣にいた紅芋色の鮮やかな髪をした女性が、僕を目がけて駆け寄って来た。彼女は両手を広げて、ルナの身体を包み込むようにして抱きついた。

「わっ…!」
「ルナ~久しぶりだねぇ~。まさかこんな所で会えるなんて~。」
「え、あの…その…。」
「ラヴィ。ルナが困ってるぞ?」

彼女の名前を聞いた事がなく、どう呼ぶべきか迷っていると、隣にいたガゼルが彼女の名前を呼んだ。

「あ…ごめんよ?つい。」
「ううん…平気…!」
「なんだよ、お前等知り合いだったのか?」
「あ、うん。前にギルドでお世話になった事があって…。」
「サトラテールに知り合いがいるって話は、マスターの事だったのね。」

桟橋の先にいたフェリとクラーレさんがこちらに歩いてきた。隣にいるフランを見て、彼は右手を差し出した。

「隣の彼は…初めましてだね。僕はクラーレ。ギルド“エテルノ・レガーメ”のマスターをしてるよ。」
「初めてまして。フラン・ルドルフです。」

差し出された手を握り返し、クラーレさんは驚いた表情をしていた。

「ぇ……フラン………ルドルフ?」
「…?」
「あたしはラヴィーサ!よろしくねーフラン。」
「あ、はい。よろしくね。」

2人の間に割り込むように手を伸ばし、ラヴィもフランと手を握りあった。

「長旅で疲れただろうし、まずは飯にしましょうマスター。」
「あ、うん…そうだね。」

フランの名前を聞いてから冴えない表情をしている彼は、ガゼルの後ろを追いかけるように歩き始めた。



「あ…!おかえりクラーレ!」
「ウナ!ただいま。」

家で昼食を作って待っていたウナが、彼を見るなり抱きついた。ここに来てから初めて見る彼女の笑顔に、心の奥がチクリと痛む様な気がした。

「悪いなウナ。迎えに行けなくて。」
「大丈夫。クラーレ来るって聞いてたから。ご飯…出来てるよ。」
「ありがとうウナ。じゃあ、運びましょうか。」
「わ、私も手伝います…!」
「フラン。テーブルと椅子、運ぶの手伝ってくれるか?」
「うん。いいよ。」

テーブルを2つ繋げ、大人数で食卓を囲んだ。

「ウナ。教会の仕事の方はどう?辛くないかい?」
「ううん。楽しいよ。」
「忙しい時期でも頑張ってくれてるわ。今はルナちゃんにも、薬を作るの手伝って貰ってるし。」
「そうなんだね。今日は僕も手伝うよ。」
「助かるよ。俺ら今別の仕事で、そっちを手伝えなくてさ。」
「僕、午後からガゼルくんの手伝いするから、ルナちゃんはクラーレさんと教会の手伝いしたらどう?」
「え、いいの?」
「午前中に沢山集めて来たから、人手が必要だろうし。」
「じゃあそうするね。」
「あたしは船の整備しておくよ。」
「おし。午後からも頑張りますか。」

昼食後、僕達はそれぞれ別れて作業に取りかかった。



「ふぅ…。」

机に置かれた大量の薬草を前に、一息つくと隣に座っていたクラーレさんが声をかけてきた。

「ルナちゃん大丈夫?」
「だ、大丈夫です!」
「これ、フランくんが摘んだんだってね。彼1人でこれだけの量取ってくるなんてすごいよね。」
「ほんとですね…。………僕じゃ絶対無理だなぁ…。」
「え?」
「ぁ…。」

思わず気が緩んでしまい、ルナとして取り繕うのを忘れてしまった。

「…また変わっちゃった?」
「は、はい…。」

ルカである事を悟った彼は、離れた場所で作業しているフェリとウナに聞こえないように声を抑えて話し始めた。

「不思議には思ってたんだよね。この島で、どうして普通に居られるのかなって。」
「やっぱり…神聖な力の影響なんでしょうか?」
「そうだと思うよ。吸血鬼を寄せ付けない為のものだしね。君がいなかったら消えてたと思うよ…。」
「そ、そう…ですよね…。」
「フランくんはどうなの?…吸血鬼…なんじゃないの?」
「そうなんですけど…。なぜだか僕達にも分からなくて。」
「…………まさかね。」
「へ?」
「あぁ…独り言だよ。もうちょっとだし、頑張ろう。」
「あ…はい!」



「ルナちゃん。フランくん。ちょっといいかな?」

夕飯を終えて片付けをしていると、クラーレさんが調理場にやって来た。

「どうしました?」
「これから墓参りに行くんだけど、よかったら2人も行かない?手伝って欲しいんだ。」
「僕でいいなら是非。」
「私も大丈夫ですよ。」
「ありがとう。じゃあ行こうか。」

それぞれの手にランタンを持ち、森で花を摘んで、その先にある丘の上にやって来た。辺り一面に大小様々な石碑が並んでいて、その間を通って奥へ歩みを進めた。

「ルカくんも来た事なかったよね?」
「え…。」
「大丈夫だよフラン。今はルカだって事も、僕達が吸血鬼だって事も知ってるから…。」
「そ、そうなんだね…。」
「ここが僕の両親の墓だよ。」

大きな石碑が2つ並び、その隣に小さな石碑が寄り添うように立っていた。彼はその前にしゃがみこみ、それぞれの墓の前に花を添えていく。

「この小さいのは…?」
「産まれてくるはずだった弟だよ。」
「弟…。」

石碑にはそれぞれ名前が掘ってある様に見える。

「左から、母のセシル。父のルドルフ。弟のフランだよ。」
「僕と…同じ名前…。」
「君の名前を聞いた時びっくりしたよ。名前がフランで、姓がルドルフなんだもん…。本当の名前は?」
「フランドルフルク…です。ルドルフって姓は、ルカくんが考えてくれたんだ。」
「僕もまさか…お父さんの名前だったとは…。」

クラーレさんはフランの方を向き、真っ直ぐ彼の目を見つめた。

「これは…僕の考えなんだけど…。君とは…なんとなく血の繋がりを感じるんだ。」
「え…?」
「この島に吸血鬼が寄りつけないのは知ってるよね?もしも吸血鬼が島に上陸するようなら、聖なる力でたちまち消え去るはずだ。」
「けど僕達は消えなかった…。」
「僕は元々人間だから、大丈夫なんだと思う。けどフランは…。」
「…君がもし僕の弟だったら、人間だって事になる。」
「ありえないよ。僕は、レジデンスで育てられたんだよ?赤ん坊の時なんて覚えてないけど、子供の頃遊んでいた記憶はあるよ。」
「なら産みの親は覚えてる?僕の母から産まれていないっていう確証はあるの?」
「ない…けど…。」
「でも…クラーレさん。僕やヴェラみたいに、フランの中にもう1人別の人が居るようには思えないです。」
「確かにそこは僕も引っかかってたんだよね…。」
「………僕は…。」
「フラン、ひとまずヴェラ…ルシュ様に聞いてみない?何か知ってるかもしれないし。」
「うん…。」
「話し込んじゃってごめんね。そろそろ戻ろうか。」

僕達は来た道を引き返して、ガゼル達の家に戻って行った。
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