エテルノ・レガーメ

りくあ

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第5章︰エーリ学院【前編】

第45話

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「では、実習を始める。今日私が教えるのは、物を作り出す魔法“ファブリケ”だ。」

ホールに集められた生徒達の前には、黒いローブに身を包んだヴェラ(ルシュ様)が立っている。

「へ~…ファブリケって名前だったんだ…。」
「え、嘘でしょ!?魔法の名前を知らずに使ってたの?」

私の前に座っていたユイが、首を後ろに向けて目を丸くしている。

「あ、うん…。知ってないとまずかったかな?」
「確か、呪文の後に魔法名を言わないと発動出来ないんじゃなかった?」
「ユイちゃん。正確には、名前を言った方が成功する確率が高くなるって、教科書に書いてあったはずだよ?」

隣に座っているララが、教科書の内容をスラスラと答え始めた。

「そこの3人。質問があるなら、手を挙げて発言しなさい。」
「す、すみません…!」

ヴェラから私語を注意され、慌てて謝罪をしているララと同時に、ユイが右手を上に伸ばした。

「ルシュ様!質問してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ。」

彼女は手をおろして、その場に立ち上がった。

「ファブリケなどの魔法名は、知らなくても魔法を発動する事は出来るのでしょうか?」
「結論からいえば可能だ。そもそも、魔法名というのは、その魔法をイメージしやすくする為に名前を付けただけだ。名前を知らずとも、イメージを固め、魔法を発動出来れば魔法名を知る必要はない。」
「そうなのですね…。わかりました!ありがとうございます。」

ユイは質問の答えに納得すると、その場に再び腰を下ろした。

「他に質問のある者はいるか?…いなければ早速やってみよう。まずはそれぞれ作りたい物を好きに作りなさい。じゃあ…各自バラけて、怪我などしないように気をつけて。」

生徒達が立ち上がり、ホールの四方八方に散らばると、私達も移動し始めた。

「ねールナちゃん。」

後ろを歩いていたフランが、私の服の袖を軽く掴んだ。

「ん?どうしたの?フラン。」
「ルナちゃんは、もうファブリケって使えるんでしょ?僕に付きっきりで教えてくれない?」
「え、うん…いいけど…。」
「ちょっとフラン!抜け駆けはだめよ!私だってルナにコツがあるなら教えて貰いたいもの!」

前を歩いていたユイが、腰に手を当てて私達の前に立ちはだかった。

「わ、私もイメージの固め方とか…よくわからないから教えて欲しいな…。」
「フラン。ちゃんと出来るようになるまで教えてあげるから、まずはみんなで一緒にやろ?」
「それならしょうがないね。ルナちゃんに従うよ。」



「出来た!出来たわよルナ!」

ユイは、自分の隣に彼女の身長と同じくらいの、大きなクマのぬいぐるみを作り出した。彼女は既にファブリケを使えるが、今までは手のひらに乗せられる程の、小さな物しか作る事が出来なかった。少しコツを教えただけで、あっという間に自分の物にしてしまう彼女は、魔法の才能に長けているのだろう。

「わーすごいよユイ!やっぱりユイはコツを掴むのが早いね。」
「次はもっと大きくて、複雑な物を作ってみるわ!」
「頑張ってね!…ララはどう?」

彼女の元へ近寄ると、その手の平には何も乗っていなかった。

「イメージ…。白い…箱………うぅ…。」
「ララ…大丈夫…?」
「教科書通りにやるのなら簡単なのに…イメージって難しいね…。」
「ララは難しく考えすぎてるのかもね…。もっと肩の力を抜いて、楽にしてやってみたら?」
「力を抜いて?…わかった。やってみるね。」

彼女の元を離れ、壁にもたれかかって座り、項垂れているフランの元へ歩み寄った。

「フランも…上手くってなさそうだね…。」
「あ…ルナちゃん。うーん。やっぱり魔法って難しいや…。」

いつも笑ってばかりいる彼だが、今回ばかりは上手く笑えないようだった。彼の隣に座ると、どこか調子が悪そうに見えた。

「フラン大丈夫?疲れた?」
「え?ううん。平気だよ?」
「本当?顔色良くないみたいだけど…。」
「そう…言われると…。そ…うかな……?」

初めは、またいつもの冗談だと思っていた。しかし、彼は床に身体を打ち付けて倒れ、意識を失っている彼を医務室へと運んだ。



「…?」
「あっ…フラン!」
「ルナ…ちゃん…?」
「あ、だめだよフラン!まだ横になってなきゃ。」

ベッドから起き上がろうとする彼を止め、頭を支えて枕の上にそっと戻した。

「僕…どうしたんだっけ?」
「ルシュ様の実習で、魔法が上手く出来ないって私と座って話してたら、急に倒れちゃったんだよ。ニム先生に見てもらったら、魔法で血を使い過ぎたせいだって。」
「血を?じゃあ、誰かの血を吸ったの?」
「あ、うん…私のが余ってたから…。」

私は、左腕に巻いている包帯を彼に見せると、彼は両手で顔を覆った。

「うわぁ…ごめんルナちゃん…。何やってるんだ僕は…。」
「そんな気にしなくていいよ!私にとってもいい事だったし…!」
「え?血を吸われるのがいい事?」
「あ…えっと…///私、吸われる時全然痛くないの。だから平気!」
「本当?よかった…。痛かっただろうから悪い事しちゃったなって思った…。」
「ほら、これ見て?」

私は、右手首に付けてあるリングを彼に見せながら指をさした。

「それ、いつもつけてるブレスレット?それがどうかしたの?」
「これを見ると、私の血の量がわかるようになってるの。赤だと多くて、紫が正常、青は少ないって、量によって色が変化するの。」
「紫は………正常か。でも、赤になる時なんてあるのかい?常に使ってるのに…。」
「むしろほとんど赤なんだよね…。私は普通より血の生成量が多いんだって。前に、ルシュ様に教えてもらったの。」
「そうなんだ…。それを聞いたら安心したよ。もう少し寝ようかな…。」
「うん。そうして。寝づらいだろうから、私は帰…」

椅子から立ち上がろうとベッドに手をついた。その手に彼はそっと自分の手を重ねた。

「フラン…?どうかした?」
「……僕が寝てる間、手を握っててくれない?」
「え、でも…。」
「お願いルナちゃん。その方が安心して寝られるから…。」

軽く触れていただけの手が、次第に私の手を包み込んだ。冷え切った私の手が少しづつ温まっていくのを感じる。

「わ、わかった…。少しの間だけね…。」
「ありがとう。」

彼は再び目を閉じると、気持ちよさそうに眠り始めた。しばらく黙って座っていると、それを見ていた私自身も眠くなり、大きな欠伸をした。



「ん…。」

木の香りと草花の匂いが混ざり合い、心地いい風がそれらを運んでくる。意識がぼんやりとする中、視界にはいる木々が右から左に流れていく。

「あっ…!起きた?」

前から声が聞こえると、白い髪の毛が揺れ、少年が顔を覗かせた。辺りはすっかり暗くなり、彼が手に持っているランタンが、ほのかに顔を照らしている。

「ルカ?なんで…。」
「…こっちの台詞だよ。どうしてこんな時間にルナが森で寝てるの?」
「え?森?」

彼がここに居るということは、ここは夢の中だ。いつもなら、彼の家のベッドの上で目覚めるはずが、どうしてこの場所で目覚めたのだろうか。
私は彼におぶさり、暗い森の中を移動していた。身体の前面に伝わる彼の温もりと、歩く度に揺れる振動が心地よく感じた。

「覚えてないの?フランを医務室に連れてって、一緒に寝ちゃったの。」
「え?…あ、そっか…寝ちゃったんだ…。」
「なんでこんな所で目覚めたのかはわからないけど…。それよりも、無防備にも程があるよ。…男の前で寝るなんて。」
「それは…フランがいろって言うから…。つい…。」
「…ふーん。」
「ねぇルカ、おろしてよ。私の歩けるから…。」
「あ…うん…。」

彼は歩みを止めて地面にしゃがむと、私は彼の背中から離れた。

「…ルカはなんでここに?」
「薬草を摘みに。」

彼は背を向け再び歩き出すと、その明かりを追いかけるように後を付いて行った。

「こんな真っ暗なのに薬草をとってるの?」
「夜にしか花を咲かせない薬草があって、それを取りに来たの。」
「へぇ…夜にしか花を咲かせない薬草かぁ…。」
「それよりも急いで家に戻ろう。ミグが心配してると思うし、無防備になってる身体がどうなってる事か…。」
「薬草はいいの?まだ取ってないみたいだけど…。」
「自分の身体が大事じゃないの?僕の薬草の心配をしてる場合!?」

珍しく声を荒らげる彼に、驚いて歩みを止めると、彼は私の手首を掴んで強引に歩き始めた。

「だ、大事じゃないわけじゃ…。」
「なら急ごうよ。」
「…うん。」

ミグだったらこういう時、何と言っただろうか。
そんな事が頭をよぎった時、前の方から似たようなランタンの明かりが近づいて来るのが見えた。

「ルカ!」
「あ、ミグ…。」
「よかった…ルナ。怪我は?何ともないか?」
「う、うん。大丈夫。」
「ルカが近くにいて助かった…。家に戻ろう。早く目覚めた方がいい。」
「え、どうして?」
「どうしてって…男の前で寝るなんて無防備だぞ。」
「あ…。」

先程、ルカに言われた事と全く同じ事を彼に言われてしまい、ルカの方をちらりと見ると彼は目を逸らした。

「…後はミグに任せてもいい?」
「あぁ。わかった。」
「…ル、ルカ…」

彼は背を向けて、暗い森の中へ引き返して行った。

「行くぞ。ルナ。」
「うん…。」




「…っ!」
「おはようルナちゃん。」

医務室の白いベッドから身体を起こすと、ベッドに横たわったままのフランが、こちらを見ていた。

「あ…ごめん…。寝ちゃってた…。」
「僕も、ついさっき起きた所だから大丈夫だよ。」
「もう身体は平気?動かせそう?」
「うん。ちょっとだるいけど動けると思う。」
「じゃあ…教室に戻ろっか。」
「そうだね。」

教室に戻る途中、授業を終えたヴェラが前の方からやってきた。

「ああ。…フランだったか?もう大丈夫か?」
「はい。ルシュ様。すみません…貴重なお時間を無駄にしてしまって…。」
「そんなことはどうでもいいが、毎回倒れられては困る。無理のない程度に頑張りなさい。」
「はい。そうします。」
「それと…。」

彼女はフランの元に近寄ると、彼の耳元で何かを囁いた。

「っ…///」

彼は驚いたように目を見開き、血の気のない白い頬がほんのり赤く染まったように見えた。

「程々にしておきなさい。フランドルフルク。」
「…は、はい。」

彼女は靴を鳴らし、私達の後ろへ歩いていった。



「あ、2人共!おかえり。」
「ちょっとフラン。大丈夫なの?ぶっ倒れたって聞いたけど。」

私の席の周りで、ララとユイが待っていてくれた。周りの生徒達は、既に寮に戻ったらしく、教室には彼女達の姿しか残っていなかった。

「ただいま、ララ。」
「大丈夫だよ。ユイちゃんが心配してくれるなんて珍しいね。」
「あたしもそこまで鬼じゃないわよ。ララがソワソワして落ち着かないから、あたしまでなんだか落ち着かなくて…それだけよ。」
「ちょっと…ユイちゃん…!私そんなにソワソワなんて…。」
「ごめんねララちゃん。心配かけて。」
「う、ううん!大丈夫ならいいの!」
「あんた達、まだ運動着のままじゃない。着替えてきなさいよ。」
「あ、そうだったね。そうするよ。」
「私達、先にルナちゃんの部屋に行ってるね。」
「うんわかった!」
「ごめん…僕、今日は部屋で休むよ。」
「…そうね。明日も授業はあるし、しっかり休んだほうがいいわね。」
「じゃあ、また明日ね。」

彼は足早に教室から出ていった。
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