青女と8人のシュヴァリエ

りくあ

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第3章:使命

第26話

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「ただいまー!」

ソファーに座ってぼんやり外を眺めていると、部屋の扉が勢いよく開き、パニが戻って来た。しかし、先程一緒に出て行った王子の姿はどこにも無い。

「王子様の世話はもう良いのですか?」
「今はファリン様と食事してるから、しばらくは平気。ボク達の食事は、部屋に持って来てくれるらしいから、ここで待つように言われたの。」
「…世話?」
「ボクはガルセク様の世話係なんだ。身の回りの事を手伝ったり、色んな物を準備したりする仕事だよ。」
「俺が運ぶ伝令を用意するのも、世話係様の仕事だ。」
「…仕事いっぱい。」
「そうだねー。でも、ボクはジンガくんみたいに剣の腕が良い訳じゃないし…。雑用くらいしか、役に立てないんだよね。」
「謙遜する必要は無いと思います。先程の盗賊への対応、見事でした。」
「えへへ…ありがと!そう言って貰えると嬉しいな。」
「…棒飛ばす道具、あれ何?」
「あぁ…クロスボウの事ね。飛ばした棒の事を矢って言って、弦…この紐の力を使って矢を発射するの。」
「…凄い。」
「やったぁ!アスールちゃんにまで褒められちゃった。」

ーコンコン

部屋の扉が叩く音が聞こえ、何度か見かけた男性がやって来た。彼の後ろから次々と女性が現れ、部屋になだれ込んで来た。
彼女達はテーブルの上に皿を並べ始め、あっという間に料理で埋め尽くされた。

「大っきいお肉!美味しそ~。」
「治癒士はナイフを使った事があったか?」
「…ナイフ?」

彼はその場から立ち上がり、私の側に腰を下ろした。

「これがナイフだ。肉や魚を切る為に使う。」

ナイフを手に取り、フォークで肉を抑えて刃を滑らせる。口に入る大きさに切った肉を、私に差し出した。

「整備士が、何でもやらせろと言っていた。やってみろ。」
「…分かった。」
「アスールちゃん頑張れ!」

パニの声援を受け、肉に刃を突き立てる。ジンガのようにすんなりとはいかなかったが、何とか1口大に切り分ける事が出来た。

「そう言えば、アスールちゃんの家族は、まだ見つかって無いんだよね?」
「はい。」
「何の手がかりも無し?」
「そうですね…捜索願いも無いそうです。」
「ねー。アスールちゃん。さっき外に出た時、何か思い出した事とか無かった?」

肉を切る手を止め、外の風景を思い返す。辺り1面岩だらけの光景は、今まで見た事が無いはずだが…そう思う根拠はどこにも無かった。

「…分からない。」
「そっかそっか!まぁ、少ししか外に出てないもんね。食べ終わったら、少し散歩でもしよっか!」
「俺達は、王子様を待っていた方が良いのでは…?」
「大丈夫大丈夫ー。書き置きを残しておけば心配ないよ。」

食事を終えた私達は、彼女の提案で街の中を見て回る事にした。
すっかり暗くなった街の中は、道の端に立っている棒が光を放っている。

「…光る棒。」
「あれはねー。街灯って言うんだよ。ビエントで見た事ない?」
「…がいとー?」
「電気を流すと光る装置だよ。ビエントでは風の力を利用した風力発電で電気を作って、それで街を照らしてるの。アリファーンは…確か火力発電だったと思う。」
「…ふうよく?かよく?」
「アスールちゃんには、まだ早かったかな?電気って言うのは、光の属性の仲間なの。だから、ボクとかアスールちゃんも、こうやって魔法を使えば…。」

彼女が前方を指さすと、指先が光り輝いた。近くで光を浴びた私の髪は、黒から青に色を変える。

「…指光る?」
「どう?明るいでしょ!」
「…私も出来る?」
「もちろん!だってほら、馬車の中で使ったでしょ?」

魔法を使った覚えの無い私は、首を傾げた。

「あれ…?もしかして無意識?」
「あの光は、世話係様の魔法じゃ無かったんですか?」
「ボクじゃないよ。盗賊くんがアスールちゃんを掴もうとした時、アスールちゃんの身体が光ったの。」
「魔法を全身で光らせる事は、可能なんですか?」
「出来ない事も無いけど、そこまでする必要はないかなー。手を使うのが1番楽だし、無駄に魔力を消耗するしね。多分…咄嗟に掴まれそうになったから、ビックリしたんだと思う。」
「…ビックリ?」
「驚くって事!例えばー…。あ!あんな所にガルセク様がー!」

右前方を指さすパニの指先に視線を送るが、そこに王子の姿は見えなかった。

「どう?ビックリした?これが驚…」
「おいパニ。急に名前を呼んでどうした?」
「うわぁぁぁー!?」

彼女は大きな声をあげ、後ろを振り返る。すると、私達の後ろに立つ王子の姿があった。

「…居た。ビックリ。」
「ち、違うのー!こういう事じゃなくて…」
「で?俺が作り笑いをしながら堅苦しい食事をしている間に、貴様等は観光を楽しんでいたと?」
「もー!1人で外に出ないでって書いたのに!」
「…おーじ、1人で外出られない?」
「おい貴様。その言い方だと、俺が1人では何も出来ないみたいではないか。」
「ある意味そうだけどね。」
「出来ない訳ではない!行動が制限されているだけだ。」
「…せーげん?」
「今日会った盗賊くんみたいに、ガルセク様の事を狙う悪い人が沢山居るの。だから、ボク達が付き添って身の安全を守らないといけないんだよ。」
「全く…息が詰まって仕方ないな。」

王子はため息をつき、大通りを歩き出した。パニも彼の後に続き、側に寄り添って歩いて行く。
国の中で2番目に偉い彼でも、何でも思い通りに出来る訳では無い事を知った。



「治癒士。そろそろ風呂に入って寝よう。」

街の散策から戻って来た私達は、用意された部屋の奥にある風呂場へ向かった。

「え!?2人で一緒に入るの!?」

2人で揃って歩き出す私達を見て、パニが驚きの声をあげる。

「何か変でしょうか?」
「普通は1人で入るものだよね!?」
「溺れたら心配だからと、誰かが付き添うようにしているんです。」
「じゃあじゃあ、ボクも一緒に入る!」
「流石に3人では狭いと思うのですが…。」
「じゃあ今日は、ボクがアスールちゃんと入りたい!」
「治癒士はそれで良いか?」

首を縦に振ると、パニは私の手を引き風呂場の扉を開いた。
服を脱いでさらに奥の扉を開くと、そこは建物の外だった。日中暑かったとはいえ、流石に夜は空気が冷たく感じる。

「見て見て!露天風呂!」
「…ろてーぶろ?」
「外にあるお風呂の事だよ。結構熱いだろうから、気を付けて入ってね?」

そう言うと彼女は桶でお湯をすくいとり、身体にかけてからゆっくりとお湯に浸かった。私は彼女の真似をしてお湯に身体をつけると、不思議な匂いがする事に気が付いた。

「…変な匂い。」
「これは、温泉っていうの。匂いは…硫黄っていう温泉独特のものだね。」
「…いおー?」
「うーん。何て説明するのがいいかな…?モーヴくんなら説明出来そうなんだけど…。」
「…モブ?…誰?」
「モーヴ・ヘリオトロープ。ボクと同じ親衛隊の1人で、ガルセク様の教育係!この間、会ったはずだけど…。薄ーい紫色の髪をしてて、右目が前髪で隠れてる人。…覚えてない?」
「…会った。名前、今聞いた。」
「あーそっか。名乗って無かったんだね。彼は凄く真面目だから、ちょっと態度が冷たいって言うか…。あ!今の話は、モーヴくんに言わないでね…?」
「…分かった。」
「じゃあもしかして、アウルムくんも名前を知らない?」
「…アルトの双子のおとーと?」
「そうそう。アウルム・ラークスパー!彼は護衛係なの。」
「…ごえーの仕事?」
「うん。ガルセク様は、魔族討伐の視察とか…危ない所にも行かなきゃいけない時があるから、そう言う時に彼を連れて行くの。」
「…危ない所、アニは行かない?」
「3人で行く事もあるよ?でも…ボクはお留守番が多いかな。」

彼女は少し俯き、両手でお湯をすくいとった。橙色の瞳から、ほんの一瞬だけ光が消えたように見えた。

「ねーねー!それより、騎士の皆とお風呂に入ったって本当?」
「…多分。」
「ローゼくんと入った時はどうだった!?彼、どこから身体洗ってた!?」
「…分からない。」
「じゃあ今度、一緒に入った時に見ててくれない?それで、どこから身体を洗ってたかボクに教えて欲しいな!」

彼女の問いの意味がわからず、首を傾げる。

「…何で?」
「ローゼくんに興味があるから!」

ますます意味がわからず、反対側に首を傾げる。

「……何で?」
「そーだなー…。ローゼくんって、すっごく可愛いでしょ?ボク、可愛いものがすっごく好きなんだ!だからすっごく興味があるし、何でも知りたい!って思っちゃうの。」
「…よく分からない。」

可愛いという感情も、好きという感情も…私はまだよく分からない。

「アスールちゃんは、ローゼくんを可愛いとは思わない?ボクの見立てでは、絶対女性物の服が似合うと思うんだけどなー。」
「…ロゼ、ドレス嫌がってた。」
「え!?何その話!聞かせて聞かせて!」
「…お湯出る。」
「ねぇねぇ!もっと詳しく聞かせてよ~!」

風呂を終えて布団に入ると、パニが私の側へ歩み寄った。彼女はベッドの端に頭と肘を乗せ、私の方をじっと見つめている。瞳の輝きは、すっかり元に戻っていた。

「さっきの話、聞かせて?」
「…何の話?」
「ドレスの話!ローゼくんが嫌がってたって…彼がドレスを着たって事?」
「…ぶとーかい行った時、私とロゼがドレス着た。」
「どうしてそんな事になったの?」

私は、仮面舞踏会に潜入し、調査をした時の話を彼女に話した。寝る前に誰かの話を聞きながら眠ったことはあったが、話をする側になった事は無かった。

「へ~!そんな事があったんだ!いいなぁ見たかったなぁ。ローゼくんのドレス姿。」
「…そんなに好き?」
「うん!でも、今回の旅で、アスールちゃんの事も好きになっちゃった!」
「…私好き?」
「ねぇ。今度、時間のある時に城へ遊びにおいでよ!もっとアスールちゃんとお話したいし、何なら、魔法の使い方を教えてあげてもいいから!」
「…分かった。ゆびきい。」
「指切りかな?おっけー!約束だよ?」

ジンガが風呂から戻って来た後も彼女の会話は止まることなく、気が付いた時には次の日の朝を迎えていた。
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