青女と8人のシュヴァリエ

りくあ

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第1章:黒髪の少女

第3話

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「ヴィーズさんが来るなんて珍し...」

布製の椅子に座っていた女性が、何かを言いかけてその場に立ち上がった。ボサボサの長い髪で目元が隠れているが、こちらに視線を向けているように見える。

「ビオくんにも、この子を紹介しようと思って。」
「その...子の名前は...?」
「彼女はアスールちゃん。もしかして...知ってる?」
「...俺にそんな、小さい子供の知り合いが...居る訳無いじゃないですか。」
「だよねー。ちょっと聞いてみただけだよ。」
「それだけの為にわざわざここへ...?」
「ううん。ちょっとビオくんの意見も聞きたくて。座っても良いかな?」
「...どうぞ。」
「アスールくん。ちょっとごめんね。」

地面から身体が浮き上がり、近くの椅子に座らされた。先程座った椅子よりも柔らかく、背中全体を包み込むような形をしている。

「アスールちゃんが来た経緯は、あんまり興味無いだろうから省略するとして...。この子、記憶喪失みたいなんだ。明日家族を探しに行くんだけど、ビオくんはどう思う?」
「どう...と言うと?」
「都合の良い記憶喪失か...それとも奴隷か...はたまた魔族か。」
「...魔族では無いです。」
「どうして…そう断言出来るんですか?」
「彼女の瞳は、俺と同じシトリンアイです。魔族が光の属性を宿して居るとは思えません。」

そう言うと、自身の手で伸び放題の前髪を持ち上げた。すると、暗い紫色の髪の間から黄色の瞳が顕になり、私の方に視線を向けた。

「奴隷の線も薄いだろうし...やっぱり、僕達の考えすぎかもしれないね。」
「...名前は?」
「えっ...。」

女性に名前を聞くと、その場に居た全員が私の方を向いた。

「...私、アスール。...名前は?」
「ビ、ビオレータ・ツンベルギア...です。」
「...驚いたなぁ。アスールちゃんの方から話しかけるなんて。」
「え?...どういう事ですか?」
「私から説明します。実は...」

私は近くに置かれた本を引っ張り出し、表紙を開いた。黒い空の絵が描かれていて、近くに文字が添えられているが内容はさっぱり分からない。

「記憶喪失は聞いた事ありますけど、感情喪失は聞いた事がありません。」
「ビオくんでも心当たりなし...か。記憶が戻れば感情も戻るのかな?」
「逆に、感情が戻れば思い出す事もあるかもしれませんね。」
「...これ、読んで。」
「え?...これ?」
「これは...。星座の本ですね。」
「アスールちゃん。今日はもう遅いから、明日僕が読んであげるよ。これからお風呂にも入らないといけないし...。」
「...読んで。」
「なんか…あれだね。ビオくんと会ってから、色んな事に興味を示し出したと言うか...。」
「ローゼくんにも懐いてましたけど、ビオレータさんにもかなり気を許しているように見えます。」

椅子から飛び降り、手に抱えた本を女性に差し出す。

「...読んで。」
「何でそんなに必死なんですか...。」
「読むまで気が済まなそうだから、少しだけ読んであげてくれない?その間、僕達で部屋の準備をしよっか。」
「そうですね。空き部屋に布団を用意しましょう。物置にあったと思うので...探して来ます。」
「準備が済んだら迎えに来るから、それまでビオくんと一緒に居てね?」

白髪の青年に向かって、首を縦に振る。すると、2人はその場から立ち上がり、部屋を去って行った。

「こちらに座って下さい。」

女性に促され、隣に並んで腰を下ろす。彼女は本を手に取り、表紙を開いた。

「どこを読んで欲しいんですか?」
「...これ。」

私は、沢山並ぶ絵のうちの1つを指さす。

「...天の川ですか。」
「…あま...の...?」

彼女は、パラパラとページをめくり進める。

「地上から観察される銀河系の姿です。肉眼では、恒星のほとんどは遠すぎて星として見分ける事が出来ないので、夜空を横切るように存在する雲状の光の帯として見えます。これが天の川です。」

彼女が指をさした絵は、黒い空に白い点が川のような形を作っていた。

「...天の川。」
「星が好きなんですか?」
「…好き?」
「すいません。...感情が無ければ、好き嫌いも分かりませんよね。他にはどれを読みますか?」
「...これ。」
「これは流星です。流れ星そのものはそれ程珍しくありません。時間をかけて夜空を眺めていれば、1つ2つは見る事が...」

その後、彼女は星という物について様々な話を聞かせてくれた。すると、扉の開く音が聞こえ、足音と共に橙髪の青年が部屋にやって来た。彼の手には、大きな紙の袋が握られている。

「良かった。間に合ったみたいだな。」
「今日はやけに人が来ますね...。あなたは何の用ですか?」
「彼女にこれを。孤児院から借りて来た。」

彼の手から袋を受け取り、彼女は中を覗き込んだ。

「いつまでも、副団長の服…とはいかないだろうからな。ところで...彼はどこへ行った?」
「寝る為の部屋を準備すると言ってました。そのうち来ると思うので、渡しておきます。」
「わかった。」

会話を終えたのか、彼は静かに部屋を立ち去った。

「...これ何?」
「あなたの着る服だそうです。見ますか?」

私が首を縦に振ると、彼女は袋の中から布の塊を取り出した。色とりどりの布が、身体に沿った形をしている。裾がヒラヒラしていて、手触りは柔らかい。

「2人共お待たせ。あれ...?その服は?」

知らぬ間に部屋へ戻って来た白髪の青年が、机に広げられた服を手に取った。

「ジンガさんが、孤児院から借りて来たそうです。」
「なるほどその手が...!」  
「後でお礼を言わないとですね。」
「さぁ、本を読むのはおしまいです。俺はまだ仕事がありますから、後はお2人に任せます。」
「ありがとうビオくん。助かったよ。」
「...おやすみ。また明日。」

私は桃髪の女性の真似をして、彼女に向かって手を振った。茶髪の青年と再び手を繋ぎ、足元の本を避けながら部屋を出る。

「星座の本、面白かった?」

廊下を歩きながら、窓の外へ視線を向ける。しかし、先程の本に描かれていた絵のような光景はどこにも見当たら無かった。

「...すっかり元通りですね。」
「うーん。ビオくんにあって僕に無いもの...なんだろう?」
「親近感が湧いたのでしょうか?彼は髪質も似ていますし…瞳の色も同じですから。」
「でもそれだと、ルーくんやグリくんに触れた理由がわからないんだよね。2人は髪も短いし、瞳の色も違ってる。それに、感情が無いのに好き嫌いが別れるって言うのも不思議じゃない?」
「言われてみると確かに...。彼女だけに感じる何かがあるんでしょうか...。」
「アスールちゃんは見ていて飽きないし、不思議な子だね。」

彼は私の方を向き、目を細めた。彼は時々、こうした不思議な顔をする。

「ところでヴィーズ様...お風呂なんですけど...。私1人では不安なので一緒に手伝ってもらえませんか...?」
「もちろん構わないよ。僕もそのつもりだったし、アスールちゃん1人に任せるのも心配だしね。」
「良かった...。それなら安心しました。」
「ルーくんにはお姉ちゃんが居たよね?流石に一緒にお風呂は入ら無かった?」
「私はお兄様と入る事が多かったですね。お姉様は1人で入ってましたから...。」
「そっか。お兄ちゃんも居たんだったね。」
「そう言うヴィーズ様は、姉どころかご兄弟もいませんでしたよね?アスールくんをお風呂に入れる事に、何の抵抗も無さそうなのは...何故ですか?」
「ちょっとアスールちゃんの前では言えないかなぁ~。もう少し大人になってからじゃないとね。」
「わ、わかりました...。これ以上は...聞かない事にします。」
「さぁアスールちゃん。お風呂で温まってから寝ようね。」

次に連れていかれた部屋は、あまり広くは無いが物が少なかった。中央に長い椅子が置かれ、壁際には扉のついた木枠や大きな鏡が並んでいる。
椅子の上に先程受け取った袋を置き、青年達は中から服を取り出し始めた。

「後は寝るだけだし、これで良いかな?」
「良いと思います。あまり着込むとかえって寝辛いでしょうから。」
「服は自分で脱げるかな...。アスールちゃん。これからお風呂に入るから、着てる服を脱げるかな?」

私は首を縦に振り、身につけていた服を脱ぎ始めた。

「わ...!?ま、まだ心の準備が...!」
「なんでルーくんが準備する必要があるの?」
「す、すみません...。意識してしまったら駄目ですよね...。平常心...平常心...。」

全ての服を脱ぎ終え、風呂場と思われる方へ歩き出す。

「あ、アスールちゃん待って...!僕達も一緒に...」
「...大丈夫。」
「え、ほんと...?1人で平気?」
「...へーき。」
「本人もこう言ってますし...私達はここで待ちませんか?」
「じゃあ、何かあったら僕達を呼んでね。」

扉を開き、奥の部屋へ足を踏み入れた。先程の部屋より遥かに大きな空間が広がっていて、中央の窪みから、白い煙が立ち昇っている。

「アスールちゃーん。大丈夫ー?」

遠くの方から、白髪の青年の声が聞こえた。

「壁際に洗い場があるから、そこで身体を洗ってねー?」

壁の方に視線を向けると、鏡と蛇口が備え付けられていた。歩み寄り、置かれた椅子に座って蛇口を捻る。足元の桶に水を貯め、側に置かれた白い固形物に手を伸ばす。
身体を洗い終え、中央の窪みの中へ身体を沈めた。しばらくして全身が温まったことを確認し、先程の部屋へ戻る。
扉を開くと、中央の椅子に座る青年達の姿があった。

「あ、おかえり。ちゃんと身体洗えた?」

白髪の青年に向かって、首を縦に振った。差し出された服を受け取ると、頭から被って袖に腕を通した。

「入浴は一通り出来るみたいですね。」
「うん。着替えも手伝わなくて大丈夫そう。」

着替え終わり、廊下へ続く扉に向かって歩き出す。すると、後ろから茶髪の青年に腕を掴まれた。

「ちょ、ちょっと待って!髪を乾かした方が良いよ。こっちに座って。」

手を引かれ、鏡の前に置かれた椅子に座らされた。茶髪の青年は筒状の道具を手に持ち、私の髪に触れた。筒の中から風が吹き出し、髪が風に乗ってふわふわとなびく。温風で濡れた髪を乾かし、ようやく部屋を出る事が出来た。



「今日はこの部屋で寝てね。」

長い廊下と階段を登り、ようやく次の部屋に辿り着いた。最初に目覚めた部屋と同じくらいの広さで、ほんのり光が差し込む窓際に布団が置かれている。手を引かれ、布団の上に座らされた。

「1人で眠れるか...少し心配ですね。私、アロマを持って来ます。」
「うん。わかった。」

茶髪の青年がその場を離れ、部屋を出て行った。すると、白髪の青年がこちらへ歩み寄り、足元に畳まれた布団を持ち上げた。

「歩き回って疲れたでしょ?寝転がっていいよ。」

言われた通りに横になり、枕に頭を乗せた。柔らかい布団が、身体全体を包み込む。

「寝るまで僕がここに居るから、安心して眠ってね。」

身体がじんわり温まっていき、次第に瞼が重くなっていく。

「明日は仕事があるから一緒に行けないけど...。家族が見つかることを祈ってるよ。...大丈夫。ちゃんと家まで送り届けるからね。」

彼の声がどんどん小さくなっていき、私は眠りについた。
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