青女と8人のシュヴァリエ

りくあ

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第1章:黒髪の少女

第1話

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「ん…。」

瞼を開くと、白い天井が視界に広がった。柔らかい布の上に手を付き、ゆっくりと身体を起こす。
部屋に差し込む橙色の光を頼りに、窓の側へ歩み寄った。建物の外から、微かに人の話し声が聞こえる。窓を離れ、ドアノブを回して扉を開いた。
長い廊下を、ひたすら真っ直ぐ進んで行く。何枚かの扉を通り過ぎた先に、階段を見つけた。手すりに手を伸ばし、1歩1歩踏みしめながらゆっくり降りていく。
声のする方へ歩いていくと、緑が生い茂る場所で何かを振り回す複数の人影を見つけた。

「でやぁー!」
「はっ…!」

細い棒と光る棒がぶつかり合い、甲高い音が鳴り響く。しばらくその様子を眺めていると、私の存在に気が付いた青年の1人がこちらへ駆け寄って来た。

「目が覚めたんだね!」

風が吹き、橙色に染まった白い髪が揺れた。高い位置にあった水色の瞳が下へとさがり、私と同じ高さから真っ直ぐこちらを見つめている。

「どこか痛い所は無い?」
「…ない。」
「そっか。なら良かった。」
「ヴィーズさーん!その子はー?」

遠くの方から、髪の長い女性が声を投げかけた。

「一緒に行こう。」

手を差し伸べた彼の横を通り過ぎ、女性の方へ向かって歩き出す。彼女の隣には、無表情の青年が立っていて、先程ぶつけ合っていた光る棒を両手に握りしめていた。

「名前は?」

自分の名前を問われ、何と答えれば良いのか分からず首を傾げる。すると、白髪の青年が後ろから駆け寄り、私の代わりに言葉を発した。

「彼女はアスールちゃん。僕が連れて来たんだ。」
「アスール?なんか…あんまりこの子らしく無いような気が…。」
「知り合いか?」
「いや…そうじゃ無いけど…。アスールって、青って意味でしょ?この子の髪は、真っ黒だよ?」

私の目線の高さに合わせて、女性がその場にしゃがみ込む。こちらへ手を伸ばし、肩から髪の毛をすくい上げた。
私の髪は、彼女のように真っ直ぐでは無かった。右へ左へくねくねと曲がり、髪同士が絡み合っている。

「…確かにそうだね。僕が見た時は青かったんだけど…おかしいなぁ…。」
「大丈夫ですか?お疲れなんじゃ…。」

話をしている私達の元へ、背の高い青年が駆け寄って来た。彼の髪は、太陽のような赤い色をしている。

「ルスケアさんは、心配しすぎじゃない?さっきまであんなに動いてたんだし、大丈夫だよ。」
「それはそうだけど…。」
「整備士の言う通りだ。副団長はこれくらいじゃ疲れたりしない。」
「ジンくん…流石に僕だって、疲れる時は疲れるよ?」
「今日の訓練はここまでにしましょう。そろそろ夕食の時間ですし。」
「そうだね。アスールちゃんも、お腹が空いただろうし。」

彼等の視線が、再び私の方へ向けられる。どうやら、アスールというのが私の名前らしい。

「じゃあこれ、片付けてくるね!」

女性が背を向け、建物の方へと歩き出す。手を伸ばし、彼女の服を掴んだ。

「わ!な、何?」
「もしかすると…ローゼくんと一緒に行きたいのかも。」
「え?なんで僕…?」
「お前の武器は、俺が片付けておく。」
「私も手伝うよ。3人で先に行ってて下さい。後から追いかけます。」
「わかった。行こうローくん。」
「う、うん。それはそうと…そのままだと歩き辛いから、手を離してくれない?」

どうすればいいか分からず、首を傾げる。

「困ったなぁ…。どうしよう。」
「何かを掴んでると安心するみたい。知らない場所に来て戸惑ってるだろうから…手を繋いであげたら?」
「えー…。仕方ないな…。ほら、掴むならこっちにして。」

服から手を離し、差し出された手を握りしめる。彼女の体温が、手を通してじんわりと伝わってきた。

「わっ…冷たっ…。」
「暖かくなってきたとはいえ、ちょっと薄着だったな?」
「これ、ヴィーズさんの服だよね?なんでこの子が着てるの?」
「着ていた服が濡れてたんだ。だから、洗濯しようと思って。」
「え…。それって…脱がせたって事…?」
「仕方なかったんだよ。濡れたままの服を着ている方が、風邪を引くかもしれないでしょ?」
「まぁ…そういう事なら…?」
「早く中に入ろう。ご飯を食べたら、身体も温まるだろうからね。」

彼女に手を引かれ、白髪の青年と共に長い廊下を歩き始めた。しばらく歩いて行くと、何かが焼けるような匂いがした。

「…焼ける匂い。」
「焼ける匂い?」
「調理場から匂いがするのかな?アスールちゃんは鼻が利くんだね。」
「結構距離あるけど…。まさか、魔族じゃないよね?」
「どうだろう。今の所、僕達に危害を加えるとは思えないけど…。」
「どこで見つけたのかとか、どうして連れ帰ったのかとか…後で教えてくれるんだよね?」
「もちろん。みんなが揃った時に話すつもりだよ。」

彼が扉を開き、中へと足を踏み入れる。部屋中に焼けた匂いが充満し、様々な匂いと混ざり合っていた。

「グリくん。何か手伝う事はある?」
「なんだ?てめぇが手伝いに来るなんて、珍し…誰だ?そいつ。」

白と黒が混ざったような灰色の髪の青年が、ゆっくりとこちらへ歩み寄った。

「彼女はアスールちゃんだよ。しばらくここで保護する事になると思う。ユーくんに聞いてみない事には、どうなるか分からないけどね。」
「で?こいつにも料理を手伝わせようってか?」
「ううん。さっき起きたばっかりで、昼前から何も食べてないから…何か食べさせてあげたいと思ってね。身体も冷えてるみたいだし。」
「そういう事なら、ちょっと待ってろ。」

灰髪の青年は私の頭に軽く手を乗せ、その場を立ち去った。

「頭を撫でられるのは平気なのかな?」

白髪の青年が、私の頭に向かって手を伸ばす。反射的にその手を避け、女性の後ろに身を隠した。

「あれ…?」
「ヴィーズさん…この子に何かやらかしたの?」
「ま、まだ何もしてないよ!?」
「でも、避けられている事は間違いなさそうだね。」
「うぅ…。僕もアスールちゃんと仲良くしたいのになぁ…。」

彼はその場にしゃがみ込み、膝に顔を埋めた。

「おいヴィーズ。こんな所で座るんじゃねぇよ。座るなら向こうで座れ。」

木の板を持った灰髪の青年が、私達の前を通り過ぎて隣の部屋の扉を開けた。歩き出した女性に手を引かれ、隣の部屋に向かうと椅子に座るよう促される。
すると、私の前に白い器が置かれた。

「昨日のシチューが残ってた。これでも食ってろ。」
「えー。残り物?簡単にでいいから、何か作…」
「じゃあてめぇが作れよ。こっちは飯の支度で忙しいんだから、つべこべ言うな。」

白い液体に、緑色の丸いものと橙色の四角いものが浮かび、白い煙を立てている。
じっと見つめていると、灰髪の青年が私に向かって光る棒を差し出した。

「熱いから気を付けて食べろよ。」

彼から受けとった棒を握りしめ、大きく腕を振り上げる。すると、隣に立っていた女性がすかさず私の腕を掴んだ。

「ちょっと待ったー!も、もしかして…スプーンを使った事無いの?」
「…スプー?」
「おいおいまじかよ…。なぁ…こいつ、貴族の屋敷から逃げ出してきた奴隷とかじゃないだろうな?」
「確かに…!それなら首輪をしててもおかしくないね。」

私の首には、ひも状の輪っかが掛けられている。目を覚ました時から既に身につけていて、いつどこで誰が付けたのかは分からない。

「僕は違うと思うな。もし奴隷だったら、手枷や足枷もしてるはずだし。」
「そっか…。じゃあ…違うのかな?」
「ま、この話は後でじっくりするとして…まずは、スプーンの使い方を教えてあげないとね。」
「本当に世話がやけるなぁ…。いい?スプーンは、こうやって…」

スプーンと呼ばれる光る棒を使い、彼女は白い液体をすくって見せた。息を吹きかけて煙を飛ばし、口の中へ運ぶ。

「ほら、やってみて。」

再び渡されたスプーンを使い、彼女の真似をして液体を口に含んだ。甘い匂いが鼻を抜け、口いっぱいに広がる。色の付いた固形物もすくい取り、次々と口へ運んで行く。

「そうそう。上手い上手い。」
「なんか、赤ちゃんを見てるような気分になるね。」
「ガキの子守りなんて、俺は御免だ。後は任せたぞローゼ。」
「はいはい。どーせみんな、僕に押し付けるんでしょ。もう諦めたよ。」
「僕からしたら、羨ましい限りだけどね。」
「ヴィーズさんは、日頃の行いから改めた方が良いんじゃない?」
「うっ…。」
「…もっと食べる。」
「え?もう全部食べたの!?」

空になった器を差し出すと、白髪の青年が器を受け取り、椅子から立ち上がった。

「おかわりを貰ってくるよ。ちょっと待っててね。」

器を持って奥の部屋へ向かう彼を見送り、しばらくして複数の足音が聞こえて来た。
扉が開き、先程会った無表情の青年と背の高い青年が部屋の中へやって来る。だが、部屋に入って来たのは、彼等だけでは無かった。

「あ!ユオダスさん…おかえり。今日は早かったね。」
「ちょいローゼ!俺も帰ってきたんやけどー?」
「はいはい。アルもおかえり。」
「なんやねん全く…年下のくせに。」
「やめろアルトゥン。今はそれどころじゃ無いだろう。」
「す、すんません…。」

後ろの方に立って居た、一回り身体の大きな青年が私の方へ歩み寄る。

「お前がヴィーズの言っていた少女か。」

彼の燃えるような赤色の瞳が、私を見下ろした。

「アスールって名前らしいよ。ユオダスさんと同じ髪色なのに、変な感じだよね。」
「変?何が変なん?」
「アスールって言葉は、青って意味が…」
「そんな事はどうでもいい。名前以外にわかる事は?」
「ヴィーズさんが、みんな集まってから話すって言ってた。今わかるのは…名前と、スプーンを使った事が無いって事くらいかな。」
「え?スプーンを使った事がない?」
「名前より変わってへんか?それ…。」
「いきなり振り上げたからびっくりしたよ。あ、ヴィーズさんは、この子が食べたシチューのおかわりを貰いに行って…」

彼女が喋り終わるのとほぼ同じタイミングで、奥の部屋の扉が開いた。白髪の青年と灰髪の青年が立て続けに部屋へやって来る。2人の手には、先程見た木の板が握られていた。

「アスールちゃんお待たせー。おかわりはもう無…あ、2人共おかえり。いつの間にかみんな集まったね。」
「ヴィーズ。いつまでも勿体ぶっていないで、早く話そう。」
「まずは夕食の時間でしょ?騎士だったら、時間は守らないとね?」
「お前がそれを言うか…?」
「突っ立ってねぇでさっさと運べ。」
「はーい。みんなで準備すれば、早く話せるかもね?」
「…アルトゥン。俺達も手伝おう。」
「了解!団長の手が必要ないくらい、俺がパパっと準備したるでー!」

金髪の青年が元気よく部屋を駆け抜け、テーブルの上はあっという間に沢山の器で埋め尽くされていった。
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