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3 不憫くんの旅立ち

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 寮の前には、派手な柄シャツを着た男たちがうろうろしている。
 恭弥は少し離れた駐車場に車を停めた。
 
「荷物、持ってきます」
「その敬語やめて? お兄さんさびしい」
「や、俺なりのけじめなんで……」

 変人のペースに巻き込まれたくないせいでもあった。もごもごと言って、恭弥は寮へ急いだ。あたりはもう暗くなり始めている。
 鉄階段をのぼりはじめると、怖い男たちはいっせいに恭弥をじろりと見た。
 
「えっと、あの、ここに住んでた工員です、荷物とりにきました、すいません、邪魔しないんで」

 恭弥はあわてて説明した。

「寮母さんからお話は聞いているでしょう。早くしてくれるかな?」

 オールバックの男が言った。黒いシャツに黒いズボンを合わせ、耳や首に金のアクセサリーをじゃらじゃらとつけていた。優しい言葉遣いがかえってすごみを醸し出している。

「は、はい!」

 恭弥は怯えた声を出して、部屋に駆け込んだ。
 つんとした匂いが鼻を刺した。長年男たちを住まわせ続けたことで、部屋には体臭がじっとりとしみついている。ふだんなら気にも止めないにおいだ。
 そんなものが急に気になるようになったのは、きっと車中で自称アランの香水を嗅いでいたせいだろう。
 恭介は気を取り直して、自分のベッドに向かった。
 この寮では部屋に二段ベッドをふたつ置いて、一部屋四人で住むようにしてある。プライバシーの保護は貧弱なカーテン頼りだ。
 個人スペースが限られているので、荷物も当然少ない。服をリュックに雑に詰め込んで、恭弥の荷造りはすぐに終わった。
 相部屋だったバングラデシュ人が、入れ替わりに荷物をとりに来ていた。
 彼は言葉があまりわからないせいか、家族から電話があったとき以外は物静かな男だった。人間関係が面倒だった恭弥にとっては、いいルームメイトだったと思う。
 恭弥は小さく会釈をして、部屋を出た。もう彼とも会うことはないのだろう。
 少しだけ感傷的になって、恭弥は駐車場に戻った。
 
(って……)

 恭弥は思わず立ち止まった。
 LED電球の冷たい光の下、恭弥が乗ってきた銀色のワゴンを、やくざたちが取り囲んでいる。
 車内には当然、自称アランがいるはずだ。
 アランのピンチのようだった。いくらなんでも、無関係の他人をやくざ沙汰に巻き込むわけにはいかない。
 
「す、すみません、その人、うちの会社とは関係ないんで!」

 恭弥は割って入った。
 すると自称アランは助手席から、「よっ、おかえり」と恭弥に向かって手を挙げた。実にのんきだ。
 
「ってことで……」

 アランはやくざに向き直って続けた。
 
「引っ越しが終わるまで、この車、貸してくれない? これからぼく、この子とドライブなの。別にタクシーでもいいけど味気ないし」

 どうやらピンチでもなかったようだ。自称アランの図太さに、恭弥は唖然とした。

(いや、殴られるだろ、どう考えても)

 さすがに庇いきれない、と恭弥が逃げ腰になったときだった。
 つるつるの頭に手を当て、やくざのひとりがぺこっと頭を下げた。

「あ、はい、もちろんっす。佐島(さじま)さんのお友達でしたら、そのぐらいは、はい」
「榛名くん。使っていいって」

 何があったのかは知らないが、やくざは冷や汗をかいているし、アランは得意そうに笑っている。

「ついでに、明日でいいんだけど。この車、うちまで取りにきてくれる?」
「あ、はい。明朝、若い衆を遣いに出しますんで」
「悪いね。じゃ、榛名くん、乗って」

 恭弥はがちがちに強張りながら運転席に乗り込んだ。
 もしかして、この怖い男たちより怖い奴なのか、自称アランは。

「怖がらなくっていいって。ほんと、たまたまだから。
『それもうちの差押え財産だ、降りろゴラ』みたいなこと言ってきたから、『君、どこの組の人?』って聞き返してみたら、たまたま、知り合いが幹部やってる組で」

 言い訳がましく、アランは言った。

「……そう、ですか」

 知り合いが組の幹部をやっている時点でそうとう不味い気がする。この人、銀行口座を凍結されなくていいんだろうか。

(これ、俺まじで明日の朝、海に浮かぶわ)

 さようなら、バングラデシュ人。彼ならば恭弥の死を少しは悼んでくれるだろうか。
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