1 / 44
1 転生するなら俺がよかった
しおりを挟む
きいい、とタイヤが甲高い音をたてる。
フロントガラスの前方には男が立っている。
男は手にしたスマートフォンから顔を上げ、狭い路地の真ん中でこちらを見つめている。
男のきょとんとした顔が、みるみるアップになっていく。
(あー、俺の人生終わった)
ブレーキを思い切り踏んづけながら、榛名恭弥(はるな きょうや)は投げやりになっていた。
ろくにいいことがなかった恭弥の人生は、この日最低値を更新したばかりだった。
そしてこれから、その記録をさらに破って、恭弥は人殺しになるらしい。
もうすぐ轢いてしまう。
一方通行の細道のせいで、ハンドルを切って避けることもできない。
(なんで死ぬのが俺じゃなくて赤の他人なんだよ。転生するならここは俺だろ)
最後の一コンマが永遠のように長く感じる。
鈍い衝撃と真っ赤なフロントガラスを予感して、恭弥は目をぎゅっと閉じた。
だが、待っていた音は鳴らなかった。
こわごわと目を開けると、男がドアガラスからひょっこりと恭弥の方を覗き込んでいた。
ブレーキが間に合ったのか、それとも男が避けたのかはわからないが、間一髪のところで轢かなくて済んだらしい。
ようやく我に返った恭弥は、窓を下げて怒鳴った。
「おい、あぶねぇだろ!」
男は胡散臭い笑顔を向けてきた。
「ごめんごめん、君があんまり昔の恋人に似てたから。見惚れちゃった」
どう聞いても嘘としか思えない、軽薄な声だった。
「は?」
唖然とする恭弥に、男は続けた。
「お詫びにぼくのうちへご招待するよ」
尻上がりのイントネーションで言う、一人称のぼくがまた胡散臭い。
(変な人だ)
自分をナンパしてくる男に、恭弥は初めて遭遇した。
(かかわらない方がいい)
「あの、そういうのいいんで」
恭弥は窓を静かに閉めようとした。男は隙間に手を入れてきた。
「遠慮しなくていいから。あと、これは単なる偶然なんだけど、ぼくさ、今迷子なんだよ」
「それで道の真ん中に突っ立ってたのかよ」
たしかにこのあたりは入り組んでいる。初めて来る人が方向感覚を失うのはよくあることだ。
似たような戸建ての家が無数に並んでいるせいで、某マップアプリを駆使しても、迷うときは迷う。
「ご招待ついでに、ぼくのうちまで乗せていってくれないか?」
「それが目的か……」
恭弥は少しほっとした。
話し方が思わせぶりなだけで、実際に恭弥をどうこうしようとするつもりはなさそうだ。たぶん。
「困ってんなら変な言い方しないで、最初からそう言いなよ。まあ、正直に言われたって連れてかないけど」
「いい車だなぁ。質実剛健って感じ?」
「適当に褒めてなんとかしようとすんじゃねぇ。ってか、俺一応仕事中だし。見てわかるだろ」
恭弥は作業服の袖口をひっぱって見せた。
「この車も、俺のじゃないから。勝手に私用じゃ使えねぇの。悪いな」
男は顔の前でぱんと手を合わせてきた。
「交番まででもいいから。ね? 頼むよ、このままじゃお兄さん遭難死しちゃう」
「こんな都内の市街地で遭難死したらニュースになるよ」
しかも一人称がお兄さんになっている。
このまま問答を続ける面倒さが勝って、恭弥はため息交じりにドアを開けた。
「いいよ。どうせもう会社ないし、乗って」
フロントガラスの前方には男が立っている。
男は手にしたスマートフォンから顔を上げ、狭い路地の真ん中でこちらを見つめている。
男のきょとんとした顔が、みるみるアップになっていく。
(あー、俺の人生終わった)
ブレーキを思い切り踏んづけながら、榛名恭弥(はるな きょうや)は投げやりになっていた。
ろくにいいことがなかった恭弥の人生は、この日最低値を更新したばかりだった。
そしてこれから、その記録をさらに破って、恭弥は人殺しになるらしい。
もうすぐ轢いてしまう。
一方通行の細道のせいで、ハンドルを切って避けることもできない。
(なんで死ぬのが俺じゃなくて赤の他人なんだよ。転生するならここは俺だろ)
最後の一コンマが永遠のように長く感じる。
鈍い衝撃と真っ赤なフロントガラスを予感して、恭弥は目をぎゅっと閉じた。
だが、待っていた音は鳴らなかった。
こわごわと目を開けると、男がドアガラスからひょっこりと恭弥の方を覗き込んでいた。
ブレーキが間に合ったのか、それとも男が避けたのかはわからないが、間一髪のところで轢かなくて済んだらしい。
ようやく我に返った恭弥は、窓を下げて怒鳴った。
「おい、あぶねぇだろ!」
男は胡散臭い笑顔を向けてきた。
「ごめんごめん、君があんまり昔の恋人に似てたから。見惚れちゃった」
どう聞いても嘘としか思えない、軽薄な声だった。
「は?」
唖然とする恭弥に、男は続けた。
「お詫びにぼくのうちへご招待するよ」
尻上がりのイントネーションで言う、一人称のぼくがまた胡散臭い。
(変な人だ)
自分をナンパしてくる男に、恭弥は初めて遭遇した。
(かかわらない方がいい)
「あの、そういうのいいんで」
恭弥は窓を静かに閉めようとした。男は隙間に手を入れてきた。
「遠慮しなくていいから。あと、これは単なる偶然なんだけど、ぼくさ、今迷子なんだよ」
「それで道の真ん中に突っ立ってたのかよ」
たしかにこのあたりは入り組んでいる。初めて来る人が方向感覚を失うのはよくあることだ。
似たような戸建ての家が無数に並んでいるせいで、某マップアプリを駆使しても、迷うときは迷う。
「ご招待ついでに、ぼくのうちまで乗せていってくれないか?」
「それが目的か……」
恭弥は少しほっとした。
話し方が思わせぶりなだけで、実際に恭弥をどうこうしようとするつもりはなさそうだ。たぶん。
「困ってんなら変な言い方しないで、最初からそう言いなよ。まあ、正直に言われたって連れてかないけど」
「いい車だなぁ。質実剛健って感じ?」
「適当に褒めてなんとかしようとすんじゃねぇ。ってか、俺一応仕事中だし。見てわかるだろ」
恭弥は作業服の袖口をひっぱって見せた。
「この車も、俺のじゃないから。勝手に私用じゃ使えねぇの。悪いな」
男は顔の前でぱんと手を合わせてきた。
「交番まででもいいから。ね? 頼むよ、このままじゃお兄さん遭難死しちゃう」
「こんな都内の市街地で遭難死したらニュースになるよ」
しかも一人称がお兄さんになっている。
このまま問答を続ける面倒さが勝って、恭弥はため息交じりにドアを開けた。
「いいよ。どうせもう会社ないし、乗って」
46
お気に入りに追加
109
あなたにおすすめの小説
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています
【本編完結】ふざけたハンドルネームのままBLゲームの世界に転生してしまった話
ういの
BL
ちょっと薄毛な大学生、美髪(みかみ)しげるはゲームのデータを姉に飛ばされた腹いせに、彼女がプレイ途中だった18禁BLゲームの主人公にふざけたハンドルネームを付ける。そして確定ボタンを押した瞬間に起こった地震によって、しげるはそのゲーム、『私立ベイローレル学園』、通称BL学園の世界に転生してしまった。よりによって、しげるが付けたふざけたハンドルネームの主人公『コノハ・ゲー(このハゲ)』として。
「このハゲ……とても愛らしい響きの名前だな」
…んなわけあるか、このボケ‼︎
しげるには強力なハゲ…ではなく光魔法が使える代わりに、『コノハ・ゲー』としか名乗れない呪いが掛かっていた。しかも攻略対象達にはなぜか『このハゲ』と発音される。
疲弊したしげるの前に現れたのは、「この、ハゲ……?変な名前だな」と一蹴する、この世界で唯一と言っていいまともな感性の悪役令息・クルスだった。
ふざけた名前の主人公が、悪役令息とメイン攻略対象の王太子をくっつける為にゆるーく頑張っていく、ふざけたラブコメディ。
10/31完結しました。8万字強、ちょっと長めの短編(中編?)ですがさらっと読んで頂けたら嬉しいです。
※作品の性質上、ハゲネタ多い&下品です。かなり上品でない表現を使用しているページは☆印、R18は*印。お食事中の閲覧にご注意下さい!
※ BLゲームの設定や世界観がふわふわです。最初に攻略対象を全員出すので、悪役が出てくるまで少し時間がかかります。
※作中の登場人物等は、実在の人物や某男児向け機関車アニメとは一切関係ございません。
※お気に入り登録、いいね、しおり、エール等ありがとうございます!感想や誤字脱字報告など、ぜひコメント頂けるととっても嬉しいです♪よろしくお願いします♡
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします
椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう!
こうして俺は逃亡することに決めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる