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10 初恋と王様②
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「ってことで、別れて?」
付き合ったときと同じ気軽さで、奴は言った。
「急に言うなよ」
呆気にとられていて、それしか言葉が出てこなかった。
鈍器で頭に殴りかかられた気分だった。
しかも殴った奴は、何でもないことのような顔をして平然としている。
「別にいいじゃん。お前、俺のこと好きでもなんでもなかったっしょ」
がつん。
もう一発、来た。
別にいい?
好きでもなんでもなかった?
(待ってくれ、俺は)
書庫に座り込んで過ごした、穏やかな午後の光景が頭の中に広がった。
同じ速度で、視界が潤んで歪んだ。
そうして初めて、俺は恋というものを知った。
(そんな、俺は)
よりにもよって、この浮世離れした本の虫に、恋をしていたらしかった。
気づくのが致命的に遅すぎた。失いそうにならなければわからなかった。
始まりは妥協だったからだ。
「それは、そうだけど」
とっさに嘘をついた。
俺だけが奴を好きだと声に出して認めるのは、ひどく胸が痛んで、できなかった。
ちゃんと嘘をつけていたかはわからない。声は震えていたかもしれない。
「でも、ひどいじゃないか。お前の方から付き合おうって言ってきたくせに」
「それはごめん。俺が間違ってたんだ」
素直に謝られてしまうと、どう責めていいかわからなくなった。
「俺もちゃんと、アルファだったんだよ……」
耳を塞ぎたくなった。
ちゃんとしたアルファはベータのお前を愛さない。そう言われているのと同じだった。
「泣くなよ」
「泣いてなんかない。お前なんかのために、この俺が泣くわけないだろ。うぬぼれるな」
幼馴染は俯いていた。
「じゃあな。もう、うちには来るなよ。別れたのに家には通ってくるって、変だろ?」
ズボンのポケットに手を入れて、俺は無理に笑った。
意地悪のつもりではなかった。最後の賭けだった。
面倒なオメガと、大好きな本とを天秤にかけたら、いつもの奴ならば本をとる。
だが、奴は神妙な顔で頷いた。
「わかった。もう来ない。ほんとごめんな」
奴は本当に、二度と家にはやってこなかった。
幼稚園のころから続いていた友情は壊れたきりになった。
俺は賭けに負けた。
本とセットにしてさえ、俺はオメガに勝てなかった。
誰より価値があるはずの、この俺が。
自分の存在が、まるごと不要だという烙印を押された気がした。
俺の中で恋と敗北が、しっかりとイコールでつながれた。
むろん今はもう、奴については吹っ切れている。
奴に見る目がなかったのだ。奴なんかを好きになった俺も同じく、見る目がなかった。
奴の結婚式には参加した。心から祝福さえしてやった。
あんな奴のためにいつまでも苦しんでいるのは、プライドが許さなかった。
それでも、あんなみじめな思いを繰り返すのは、もうごめんだった。
そんな子どもの恋でトラウマなんて、と思うかもしれない。セックスはおろか、キスさえしたかどうか怪しい仲だったのに。
俺だってそう思う。
過去にとらわれるなんてばかばかしい。
もっと俺にふさわしい相手との恋で上書きすればいい。
だが口で言うわりに、俺は恋に憶病になっていた。
俺という王が治める王国に、たったひとりで暮らしていれば、誰も傷つけず、誰にも傷つけられない。
考えてみれば、そんな気持ちだった気もする。
「うーん」
サノユーは何か夢でも見ているのだろうか、隣で身じろぎしはじめた。
隠れるように、俺は毛布を頭からかぶった。
やがてサノユーの寝息がふたたび規則正しく聞こえてきた。また寝てしまったようだった。
毛布から目だけ出して、サノユーの方をぼんやりと見た。寝ぐせのひどい後ろ頭だ。
サノユーが失恋したとき、俺は彼にある種の連帯感を感じていた。
ああ、ここにもぶざまな恋をした奴がいる。俺だけではなかった、と。
同時に、俺よりも気の毒なアルファが存在したことに救われていた気もする。
アルファでもみじめになることはある。
俺がオメガに負けたのは、生まれそこないのベータだったからじゃない。
(ちょっとひどかったかな、俺)
柄にもなく、俺は反省しはじめた。
(それなのに)
サノユーは俺を好きだと言ってくれた。
たしかに俺は魅力が天元突破しているから愛されて当然だ。
が、俺が愛を返さなかったばかりに、サノユーはもう五年もずっとみじめなままでいる。
(そう考えると本当に可哀想な奴だな、サノユーは)
少しずつ罪悪感が増えていく。
(俺はぬくぬくと胡坐かいてただけなのに)
思いを返さなくてもアルファに愛してもらえる。
それが俺をどれだけ安定させてきたことだろう。
俺という王にかしずく献身的な騎士サノユーの図が、頭に浮かんだ。
(こうして客観視すると、俺が嫌な奴に思えてくる)
自分のずるさに初めて気づいて、俺はふたたび毛布の中に隠れた。
(起きたら、ちょっとだけ優しくしてやろっと)
求愛を受け入れるのは無理でも、そのぐらいはしてやらないといけない気がする。
付き合ったときと同じ気軽さで、奴は言った。
「急に言うなよ」
呆気にとられていて、それしか言葉が出てこなかった。
鈍器で頭に殴りかかられた気分だった。
しかも殴った奴は、何でもないことのような顔をして平然としている。
「別にいいじゃん。お前、俺のこと好きでもなんでもなかったっしょ」
がつん。
もう一発、来た。
別にいい?
好きでもなんでもなかった?
(待ってくれ、俺は)
書庫に座り込んで過ごした、穏やかな午後の光景が頭の中に広がった。
同じ速度で、視界が潤んで歪んだ。
そうして初めて、俺は恋というものを知った。
(そんな、俺は)
よりにもよって、この浮世離れした本の虫に、恋をしていたらしかった。
気づくのが致命的に遅すぎた。失いそうにならなければわからなかった。
始まりは妥協だったからだ。
「それは、そうだけど」
とっさに嘘をついた。
俺だけが奴を好きだと声に出して認めるのは、ひどく胸が痛んで、できなかった。
ちゃんと嘘をつけていたかはわからない。声は震えていたかもしれない。
「でも、ひどいじゃないか。お前の方から付き合おうって言ってきたくせに」
「それはごめん。俺が間違ってたんだ」
素直に謝られてしまうと、どう責めていいかわからなくなった。
「俺もちゃんと、アルファだったんだよ……」
耳を塞ぎたくなった。
ちゃんとしたアルファはベータのお前を愛さない。そう言われているのと同じだった。
「泣くなよ」
「泣いてなんかない。お前なんかのために、この俺が泣くわけないだろ。うぬぼれるな」
幼馴染は俯いていた。
「じゃあな。もう、うちには来るなよ。別れたのに家には通ってくるって、変だろ?」
ズボンのポケットに手を入れて、俺は無理に笑った。
意地悪のつもりではなかった。最後の賭けだった。
面倒なオメガと、大好きな本とを天秤にかけたら、いつもの奴ならば本をとる。
だが、奴は神妙な顔で頷いた。
「わかった。もう来ない。ほんとごめんな」
奴は本当に、二度と家にはやってこなかった。
幼稚園のころから続いていた友情は壊れたきりになった。
俺は賭けに負けた。
本とセットにしてさえ、俺はオメガに勝てなかった。
誰より価値があるはずの、この俺が。
自分の存在が、まるごと不要だという烙印を押された気がした。
俺の中で恋と敗北が、しっかりとイコールでつながれた。
むろん今はもう、奴については吹っ切れている。
奴に見る目がなかったのだ。奴なんかを好きになった俺も同じく、見る目がなかった。
奴の結婚式には参加した。心から祝福さえしてやった。
あんな奴のためにいつまでも苦しんでいるのは、プライドが許さなかった。
それでも、あんなみじめな思いを繰り返すのは、もうごめんだった。
そんな子どもの恋でトラウマなんて、と思うかもしれない。セックスはおろか、キスさえしたかどうか怪しい仲だったのに。
俺だってそう思う。
過去にとらわれるなんてばかばかしい。
もっと俺にふさわしい相手との恋で上書きすればいい。
だが口で言うわりに、俺は恋に憶病になっていた。
俺という王が治める王国に、たったひとりで暮らしていれば、誰も傷つけず、誰にも傷つけられない。
考えてみれば、そんな気持ちだった気もする。
「うーん」
サノユーは何か夢でも見ているのだろうか、隣で身じろぎしはじめた。
隠れるように、俺は毛布を頭からかぶった。
やがてサノユーの寝息がふたたび規則正しく聞こえてきた。また寝てしまったようだった。
毛布から目だけ出して、サノユーの方をぼんやりと見た。寝ぐせのひどい後ろ頭だ。
サノユーが失恋したとき、俺は彼にある種の連帯感を感じていた。
ああ、ここにもぶざまな恋をした奴がいる。俺だけではなかった、と。
同時に、俺よりも気の毒なアルファが存在したことに救われていた気もする。
アルファでもみじめになることはある。
俺がオメガに負けたのは、生まれそこないのベータだったからじゃない。
(ちょっとひどかったかな、俺)
柄にもなく、俺は反省しはじめた。
(それなのに)
サノユーは俺を好きだと言ってくれた。
たしかに俺は魅力が天元突破しているから愛されて当然だ。
が、俺が愛を返さなかったばかりに、サノユーはもう五年もずっとみじめなままでいる。
(そう考えると本当に可哀想な奴だな、サノユーは)
少しずつ罪悪感が増えていく。
(俺はぬくぬくと胡坐かいてただけなのに)
思いを返さなくてもアルファに愛してもらえる。
それが俺をどれだけ安定させてきたことだろう。
俺という王にかしずく献身的な騎士サノユーの図が、頭に浮かんだ。
(こうして客観視すると、俺が嫌な奴に思えてくる)
自分のずるさに初めて気づいて、俺はふたたび毛布の中に隠れた。
(起きたら、ちょっとだけ優しくしてやろっと)
求愛を受け入れるのは無理でも、そのぐらいはしてやらないといけない気がする。
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