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8 オメガへの道は険しい②※

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「ちょっと待ってて。ローション持ってくる」

 サノユーは俺の髪を撫でた。
 恋人のような距離に、俺は少しだけたじろぐ。

「そんなの持ってたのか。五年前のだろ、それ」

 甘くなりかけた雰囲気をぶち壊そうと、俺は軽く言った。

「非常事態にそなえて定期的に買い替えてる。朝くん、ベータだから濡れないだろ」
「やっぱり俺に使うつもりだったのか」

 サノユーの好意が性欲込みなのは知っていても、生々しい準備のことを聞くとさすがに狼狽えてしまう。
 まあ実際、『非常事態』はこうして発生したわけだから、準備をしていてくれて正解だったとは思うが。

「お待たせ」

 ボトルを手に持って、サノユーは戻ってくる。
 俺の足元に膝をつくと、奴は俺のズボンを脱がしにかかった。
 恥ずかしくなってしまう前に、俺はまた軽口を叩いた。

「案外、こうして世話を焼かれるのは悪くないもんだな。女王様か何かになった気分だ」
「はは、たしかに。では失礼しますよ、陛下」

 下着が床に投げられると、裸にシャツを一枚引っ掛けただけの格好になる。

「勢いで始めちゃったけど、ほんとに朝くんとできるんだ、こういうこと」

 確かめるように撫でながら、サノユーは俺の身体を眺める。
 見られて恥ずかしい身体ではない。むしろトレーニングで作り上げた肉体美は俺の誇りだ。
 が、こうも熱心に見つめられるとなんとなく興奮してきてしまう。
 サノユーの視線を追うと、自分の茎が膨らみはじめているのが目に入った。

「お前も脱げ。俺だけ裸なのは不公平だ」

俺は照れ隠しに言った。

「僕は今日はいいよ。最後までしないし」
「なんでだよ」

 サノユーは眉を下げた。
 頬は上気していて、りんごのようだ。

「だって絶対入んないから」

 俺は鼻を鳴らした。

「こんなときにのんびり屋を発揮するな。いいから入れろ、俺は急ぐんだ」
「触るよ」

 すり、とサノユーの指が尻の溝を撫でた。

「ひゃあっ」

 滑らかで冷たい指だ。
 俺は思わず声を裏返した。

「ほら、こんなに狭くて固いよ。今日は指だけにしとこう?」

 サノユーの指はそこをなぞり続ける。

(あれ)

 知らない感覚に、俺は目を見開いた。
 なんだか気持ちいい。
 唇を撫でられるのに似ているけれど、ずっと感覚が鋭い。
 
「んう……」

 孔の縁から生まれた痺れが、前側へ伝わっていく。
 いつの間にか俺の前はすっかり立ち上がっていた。

「大丈夫。朝くんの準備ができたら、約束通り、ちゃんとオメガにしてあげるから」

 サノユーは目を細めた。

「お前、ふ、そんな、のんき、だから……ん、五年前、オメガの彼氏に、逃げられたんだ、ぞ」

 コンプレックスだと言われたさっきのお返しに、俺は言ってやった。
 声はきれぎれで、格好はつかなかったが。

「かもね。でも」

 サノユーは手を離した。
 ボトルを傾け、手のひらにたっぷりと透明な液体を垂らしている。

「好きなひとを大事にするのって、そんな悪いことかな」

 サノユーの顔から笑みが消えている。
 くちゃりと音を立て、濡れた指が溝に触れた。
 
「ひっ」
 
 ひんやりとしたとろみが俺の後ろにまとわりつく。

「ねえ、どう思う、朝くん」

 ねっとりとそこを捏ねながら、サノユーは訊く。
 俺は少し背筋を寒くした。
 やはりこのアルファは怒らせるとこわい。

「いれるよ」

 指先が孔を押し込んでくる。

「うっ」

 じわじわと襲ってくる異物感に、俺はかたく目を瞑った。
 爪も関節も、何もかもが異質すぎる。
 ベータの身体が、全力で指の侵入を拒んでいる。

「どう?」
「きっつい……」
「まだ指先だけなんだけど」

 サノユーは微笑んだ。

「ね、今日は無理でしょ?僕のはもっと大きいよ」

 反論を封じるように、サノユーのもう一方の手が、俺の前を掴んだ。

「っ!」

 指先で後ろの孔をこじ開けながら、ぱんぱんに膨れた茎に手をすべらせてくる。
 温度の低い手が蛇のようだ。
 蛇は熱に絡みつき、俺の弱いところばかりを狙ってとぐろを巻く。
 先端、くびれ、裏側の筋。

(こいつ、うまい)

 さすがにオメガの彼氏と付き合っていただけのことはある。

「ふ、あ、んあっ」

 俺は鼻声で喘いだ。
 目の前が真っ白になっていた。

「ほら、早く出しちゃえ」

 ぬるぬるとした手のひらが先端を包んだ。
 そのまま上下に擦られると、もうダメだった。
 気持ちいいことしか考えられなくなる。
 触れているのが同居人だということすら、意識から飛んでしまう。

「あ、あ、あ、ああッ」

 ばちんと俺の中で何かが弾けた。
 白い液体が放物線を描いた。
 俺は薄目を開けた。

「あ……」

 軽いショックを受けた。
 サノユーの胸が、俺の出したものでべったりと汚れている。

「うわ……なんかごめん」

 急に現実感が湧いてきて、俺は気まずく謝った。

「普通にうれしいけど?」

 サノユーはにこにこしていた。

「いくときの朝くん、ぷるぷるしててかわいかったし」

 恥ずかしくなるからやめてほしい。

「それより見て。ちゃんと指、最後まで入ったよ」

 言われるまま、俺はこわごわと下を見下ろした。

「ひえ」

 快感に夢中になりすぎた。
 サノユーに言われるまで、指のことを忘れていた。
 たしかに白い中指が、俺の身体の中に根元まで埋まっていた。

「ね?」

 とたんに強烈な異物感が俺を襲う。
 早く抜いてほしい。
 プライドがあるから言わないが。

「指、一本。今日の目標達成」
「もく、ひょう……」
「うん。約束したからには、ちゃんとお前をオメガにしてあげなくちゃいけないから。責任重大」

 サノユーの笑顔に、底知れなさを感じたのはどうしてだろう。



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