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終 節  月影の詩(うた)15

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 へディートに連れられて、ランドルーラの入り口へと足を運んだジェスターの緑玉の瞳に飛び込んできたのは、その四肢を何か鋭利な物で切り裂かれ、心臓を抉り出された無残な若い娘の遺骸であった。

 こういう遺骸を、以前、どこかで見たことがある・・・・
 確か、人の心臓を食らってその力を蓄えていく、ガフダ(紅血鳥)と呼ばれる鳥の魔物がいたはずだ・・・・それに殺された人間が、以前も、このような骸を晒していた筈。
 どす黒く変色した血貯まりが、未だに強い死臭を放ち、それを眺めている村人達の顔は、戦々恐々として言い知れぬ恐怖に慄いていた。

 形の良い眉を眉間に寄せて、鋭い視線で無残な骸を見やるジェスターの鋭敏な聴覚に、ひそひそと囁かれる村人の声が飛び込んで来る。

「リンデルの宿場が、魔物に襲われたって話は、やっぱり本当だったんだ・・・」

「此処も危ないかもしれないな・・・・」

 鋭利に輝くジェスターの緑玉の瞳が、ちらりと、背後を見やった。
 やはり、此処から北は、魔物の巣窟になっているとみえる。
 そんな彼の腕にしがみつきながら、へディートが、恐怖に歪んだ茶色の両眼で彼の凛々しく端正な顔を見上げたのだった。

「やっぱり・・・・魔物の仕業なの?」

「多分な・・・・・ローディ一家は、これからエトワーム・オリアに戻ると言っていたな?」

 そう言って、鋭い表情をするジェスターの視線が、恐怖に歪んだへディートの可愛らしい顔を顧みる。
 彼女は、艶やかな琥珀の髪の下で肩を震わせながら小さく頷いた。

「王都に引き返せとパルヴィスに伝えろ、ランドルーラから先は、恐らく、魔物との戦場だ」

「え!?」

 驚いたように茶色の瞳を見開いたへディートの綺麗な頬に、長い琥珀の髪がかかった。
 イリーネと姉妹だけあって、へディートの顔立ちや表情は、どこか彼女に似ている。

 しとやかで物静かな姉と違い、彼女は、実に天真爛漫で明るい娘であるが、あと数年もすれば、きっと、イリーネのように落ち着いた美しい女性へと変わっていくのだろう・・・・
 ジェスターは、自分の腕にしがみついているへディートの体を、静かに離した。

 その次の瞬間。

 天空で鳴く風の精霊の声が、不意に、甲高い警告の声を発したのである。
 その声が伝えてきた事柄に、ジェスターは、閃光の如くその鮮やかな緑玉の両眼を煌かせた。

 とたん、彼は、紫の衣の長い裾を翻し、俊足で宿の方へと駆け出したのである。
 若獅子の鬣の如き見事な栗色の髪が、太陽の断片を纏い金色に輝いた。

「どうしたの!?アラン!?」

 思わず、へディートがその背中を追いかけようとするが、こちらを振り返らぬまま、彼は、彼女に向かって叫んだのだった。

「来るな!そこにいろ!」

「待って!アラン!アランデューク!!」

 そんなへディートの声に足を止めることもなく、彼の姿は、急速に眼前から遠ざかって行ったのである。

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