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終 節 月影の詩(うた)7
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黒い髪がその肩で軽やかに弾み、背筋が寒くなるほどの冷たい静寂が包み込む虚空に乱舞する。
長い廊下を俊足で駆け抜ける彼女の脳裏には、何故か、あの大魔法使いたる青年の雅やかで秀麗な顔が浮かんできていた。
あの青年なら、確実に自分に憑ついたあの女妖を引き剥がしてくれるはずだ・・・。
まだ、希望は残っている。
長い螺旋階段を、飛び降りるように階下へと駆け抜けて、ラレンシェイは、一際大きな広間に辿りついた。
眼前には大きな鉄の扉がある。
通常の城の構造であれば、間違いなく、此処が入り口なはず。
彼女は、意を決して重い扉を押し開いた。
しかし・・・・
冷たい風と共にその扉の向こうに広がった光景に、彼女は、一瞬愕然として茶色の両目を大きく見開いたのである。
「な・・・・なんだと!?」
その凛とした眼差しの向こうにあったもの・・・・それは、ただ、覆い尽くすばかりの深い暗黒の闇。
右も左も、地面すらどこにあるかもわからない、漆黒に横たわる果てしない闇の世界であったのだ。
この闇の向こう側に何があるのか、全く予想もつかない。
ただ、城の中では感じた事のない、髪を揺らすほどの風がそこには吹いている。
どうしたものかと・・・彼女は、悔しそうな顔つきをして、右手の親指の爪を噛んだ。
その時である・・・・
『・・・・・・・・ラレンシェイ・・・・・・!』
鋭敏なその聴覚に、微かに、闇の向こう側から自分の名を呼ぶ聞き覚えのある声が響いてきて、彼女は、ハッとその肩を震わせた。
「この声は・・・・・」
『ラレンシェイ・・・・聞こえているか・・・・・!?そなたがまだ人であれば・・・・・聞こえるはずだ・・・・・・・!』
怪訝そうに眉根を寄せた彼女の聴覚に、今度こそ確実に、ほんの僅かではあるが聞こえた声、それは明らかに、あのロータスの大魔法使いスターレット・ノア・イクス・ロータスのものであった。
ラレンシェイは、ドレスの裾を持ち上げながら、咄嗟に闇の中に向かって足を踏み出した。
本来なら見事な赤毛であるはずの長い黒髪が、闇の奥から吹き付ける冷たい風に揺れながら棚引いた。
彼女の俊足が、躊躇いもせずに足音すら響かぬ暗黒の空間に飛び込んでいく。
「おぬしなのか・・・・!?ロータスの者・・・・!?・・・・スターレット!!」
何をも見ることのできぬ漆黒の闇の中を、俊足で走り抜けながら、彼の声に呼応するようにラレンシェイは大きく叫んだ。
その次の瞬間だった。
光を持たぬはずの深い闇に、夜空に浮かぶ三日月の如き金色の細い煌(きらめ)きが、不意に伸び上がったのである。
その向こう側に、ゆっくりと浮かび上がる、透き通るような蒼銀の髪。
時に、美しいとさえ形容される雅やかで秀麗なその顔を厳(いかめ)しく歪め、禍々しくも神々しく輝く深紅の瞳で、真っ直ぐにこちらを見つめている。
彼の肢体を取り囲む、蒼き閃光を纏う風。
間違いない、それは、蒼き魔狼(ロータス)一族の大魔法使い(ラージ・ウァスラム)スターレットの姿であった。
「・・・・・ラレンシェイ!そこにいるのか!?」
大きくはっきりと聞こえてきた彼の声に、ラレンシェイは、僅かに嬉々とした表情をすると、次第に近づいてくる彼に向かって叫び返したのである。
「私だ、ラレンシェイ・ラージェだ!おぬしの姿、見えているぞ!!」
そんな彼女の声が、結界の外にいた雅な大魔法使いスターレットの耳にも確実に届いた。
彼女からはこちらが見えている様子、だが、彼からは、夜の闇に曇る果てしない草原の風景しか見ることはできない。
魔王の城の微かな気配を追ってたどり着いたのは、王都リタ・メタリカの南方にある港町サフィームの断崖を望む広大な草原であった。
流石の彼すら破ることのできない暗黒の結界を、何とか少しでも裂くべく、封魔の呪文を口にして幾度目か・・・・
闇を作り出す魔物の力が、僅かに弱ったのか、城を包む結界に小さな亀裂が出来たとみえる。
そこから、あの異国の気高き女剣士の声が返ってきたのだ。
スターレットは、切り立った断崖にその身を置いたまま、深紅の両眼を鋭く細めると、海鳴りと共に打ち寄せる白い波と天空の夜空に浮かぶ頼りない月を背景にして、彼女の声が聞こえた方向に片手を差し伸ばしたのだった。
彼を取り囲んでいた蒼き閃光を纏う風が消え失せ、その代わりに、夜の海から吹き付けた強い風が透き通るような蒼銀の髪を、月明かりの虚空に乱舞させた。
禍々しくも神々しく輝いていた深紅の瞳が、元の綺麗な銀水色へとゆるやかに戻っていく。
「来い!ラレンシェイ!」
リタ・メタリカ語のまま、いつになく強い口調でそう叫んだ彼の眼前の虚空に、細長い光が漂った。
長い廊下を俊足で駆け抜ける彼女の脳裏には、何故か、あの大魔法使いたる青年の雅やかで秀麗な顔が浮かんできていた。
あの青年なら、確実に自分に憑ついたあの女妖を引き剥がしてくれるはずだ・・・。
まだ、希望は残っている。
長い螺旋階段を、飛び降りるように階下へと駆け抜けて、ラレンシェイは、一際大きな広間に辿りついた。
眼前には大きな鉄の扉がある。
通常の城の構造であれば、間違いなく、此処が入り口なはず。
彼女は、意を決して重い扉を押し開いた。
しかし・・・・
冷たい風と共にその扉の向こうに広がった光景に、彼女は、一瞬愕然として茶色の両目を大きく見開いたのである。
「な・・・・なんだと!?」
その凛とした眼差しの向こうにあったもの・・・・それは、ただ、覆い尽くすばかりの深い暗黒の闇。
右も左も、地面すらどこにあるかもわからない、漆黒に横たわる果てしない闇の世界であったのだ。
この闇の向こう側に何があるのか、全く予想もつかない。
ただ、城の中では感じた事のない、髪を揺らすほどの風がそこには吹いている。
どうしたものかと・・・彼女は、悔しそうな顔つきをして、右手の親指の爪を噛んだ。
その時である・・・・
『・・・・・・・・ラレンシェイ・・・・・・!』
鋭敏なその聴覚に、微かに、闇の向こう側から自分の名を呼ぶ聞き覚えのある声が響いてきて、彼女は、ハッとその肩を震わせた。
「この声は・・・・・」
『ラレンシェイ・・・・聞こえているか・・・・・!?そなたがまだ人であれば・・・・・聞こえるはずだ・・・・・・・!』
怪訝そうに眉根を寄せた彼女の聴覚に、今度こそ確実に、ほんの僅かではあるが聞こえた声、それは明らかに、あのロータスの大魔法使いスターレット・ノア・イクス・ロータスのものであった。
ラレンシェイは、ドレスの裾を持ち上げながら、咄嗟に闇の中に向かって足を踏み出した。
本来なら見事な赤毛であるはずの長い黒髪が、闇の奥から吹き付ける冷たい風に揺れながら棚引いた。
彼女の俊足が、躊躇いもせずに足音すら響かぬ暗黒の空間に飛び込んでいく。
「おぬしなのか・・・・!?ロータスの者・・・・!?・・・・スターレット!!」
何をも見ることのできぬ漆黒の闇の中を、俊足で走り抜けながら、彼の声に呼応するようにラレンシェイは大きく叫んだ。
その次の瞬間だった。
光を持たぬはずの深い闇に、夜空に浮かぶ三日月の如き金色の細い煌(きらめ)きが、不意に伸び上がったのである。
その向こう側に、ゆっくりと浮かび上がる、透き通るような蒼銀の髪。
時に、美しいとさえ形容される雅やかで秀麗なその顔を厳(いかめ)しく歪め、禍々しくも神々しく輝く深紅の瞳で、真っ直ぐにこちらを見つめている。
彼の肢体を取り囲む、蒼き閃光を纏う風。
間違いない、それは、蒼き魔狼(ロータス)一族の大魔法使い(ラージ・ウァスラム)スターレットの姿であった。
「・・・・・ラレンシェイ!そこにいるのか!?」
大きくはっきりと聞こえてきた彼の声に、ラレンシェイは、僅かに嬉々とした表情をすると、次第に近づいてくる彼に向かって叫び返したのである。
「私だ、ラレンシェイ・ラージェだ!おぬしの姿、見えているぞ!!」
そんな彼女の声が、結界の外にいた雅な大魔法使いスターレットの耳にも確実に届いた。
彼女からはこちらが見えている様子、だが、彼からは、夜の闇に曇る果てしない草原の風景しか見ることはできない。
魔王の城の微かな気配を追ってたどり着いたのは、王都リタ・メタリカの南方にある港町サフィームの断崖を望む広大な草原であった。
流石の彼すら破ることのできない暗黒の結界を、何とか少しでも裂くべく、封魔の呪文を口にして幾度目か・・・・
闇を作り出す魔物の力が、僅かに弱ったのか、城を包む結界に小さな亀裂が出来たとみえる。
そこから、あの異国の気高き女剣士の声が返ってきたのだ。
スターレットは、切り立った断崖にその身を置いたまま、深紅の両眼を鋭く細めると、海鳴りと共に打ち寄せる白い波と天空の夜空に浮かぶ頼りない月を背景にして、彼女の声が聞こえた方向に片手を差し伸ばしたのだった。
彼を取り囲んでいた蒼き閃光を纏う風が消え失せ、その代わりに、夜の海から吹き付けた強い風が透き通るような蒼銀の髪を、月明かりの虚空に乱舞させた。
禍々しくも神々しく輝いていた深紅の瞳が、元の綺麗な銀水色へとゆるやかに戻っていく。
「来い!ラレンシェイ!」
リタ・メタリカ語のまま、いつになく強い口調でそう叫んだ彼の眼前の虚空に、細長い光が漂った。
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