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第四節 息吹(アビ・リクォト)6
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その時、深き地中に眠る紫水晶のような彼の右目が、視界の隅に何者かがうごめく姿を捕らえた。
僅かに鋭く細められた視線の先に、地面にぐったりと横たわったままのあの少女の姿がある。
同じ頃、アノストラールもまた、何かの気配を感じ取ったのか、ふと、美貌の顔から笑顔を消したのだった。
彼の黒き瞳もまた、ゆっくりと、地面に横たわるあの少女を見ると、どこか悲痛な面持ちで細い眉を眉間に寄せると、静かに唇を開くのだった。
『・・・・・この集落の女と子供は、何とか洞穴から逃がすことが出来た・・・・だが、男達は救いきれなかった・・・・』
そこまで言って、アノストラールは、ゆっくりと、背後で鋭い表情をしているシルバに向き直ったのである。
どこか鋭利な輝きを宿す彼の黒い瞳が、揺れる銀の前髪の下から真っ直ぐにシルバの右目を見つめすえている。
『・・・私を封じたあの魔物・・・ツァルダムは、竜狩人(ドラグン・モルデ)だ・・・・おぬしと同じな』
『おまえを封じるぐらいだ、大方、そんなとこだろうと思っていたさ』
低い声で答えたシルバの言葉尻に、ふと、どこか驚いたような響きを持つレダの声が重なった。
『・・・・・・・竜狩人(ドラグン・モルデ)!?』
僅かに見開かれたレダの紅の両眼と、ふと彼女の顔を見たシルバの澄んだ紫の右目がぶつかった。
本来、竜族に属する魔物の類には、通常の攻撃呪文は通じない。
竜族の持つ魔力が強力過ぎて、その効力を全て弾き返してしまうからである。
しかし、俗に竜狩人と呼ばれる者たちは、竜族に匹敵する強力な力を持つ呪文をいともたやすく扱うことができるのだ。
だが、その呪文の効力はあまりにも大きすぎるため、場合によっては術者の命をも奪う時があるという・・・・
竜狩人は、その呪文に耐えられるだけの強靭な肉体と秀でた才能を持ちえる者にしか成ることはできない。
父の仇であるこの青年が、まさにそれだと言うのだ・・・
~ そなたは、その者には勝てない・・・・
ふと、リューインダイルの言ったあの言葉が脳裏を過ぎり、レダは、にわかに口惜しそうな表情をすると、どこか苦々しい声色で短く言葉を紡ぐのだった。
『貴方は・・・・・竜狩人(ドラグン・モルデ)だったの?』
『・・・・・・・ああ、まぁな』
いつもの通り、実に冷静な声でそう答えたシルバと、その端正な顔を睨むように見るレダの合間に、言い知れぬ不穏な緊迫の糸が張り詰めたことを察知して、アノストラールが、どこか怪訝そうに小首を傾げた。
『おぬしらの間に・・・・何があったのかは知らぬが・・・・
青珠の守り手よ、先にこれを返しておこう・・・
これがないと、青珠の森はおろか、レイルすら命が危ういだろう』
そう言ってゆっくりと差し出したアノストラールの掌に、ひどく穏やかで優しい輝きを放つ、さほど大きくはない青玉の球が静かに浮かび上がってきたのである。
それはまさしく、魔物の手によって【魔王の種】と共に青珠の森から持ち出された、青珠に宿る全ての命を司る【息吹(アビ・リクォト)】と呼ばれる秘宝であった。
『【息吹(アビ・リクォト)】・・・・』
先程まで、ひどく怖い顔をしていたレダの表情が、どこかほっとしたように緩んだ。
吹き付ける風に、高く結われた藍に輝く艶やかな黒髪が、音もなく揺れている。
『あの魔物の手から、これを守ってくれたのね・・・・ありがとう』
そう言って、小さく微笑んだ彼女の秀麗な顔に、天空から差込み始めた、金色の太陽の破片が零れ落ちた。
『礼には及ばん、飛んだ醜態を晒すことにはなったが・・・・
そなたも、あの魔物に命を奪われなくて良かったな?苦戦しただろう?』
アノストラールの静かな声に、レダは、どこかうつむき加減になって、青く輝く【息吹】に、ゆっくりとしなやかな指先を伸ばしながら、答えて言うのだった。
『リューイに救われたの・・・・・・私はいつも、救われてばかりいる』
『仕方あるまい、そなたは、青珠の守り手となってまだ日が浅い。
それに、白銀の守護騎士ほど戦慣れもしておらぬだろうしな』
どこか可笑(おか)しそうな表情を湛えて、アノストラールは、その黒い瞳をちらりと、先程から鋭い表情であの少女を見つめているシルバに向けた。
彼の澄んだ紫色の右目が、なにやら複雑そうな表情をして、そんなアノストラールの視線を受け止める。
その次の瞬間だった。
~ シルバ!
シルバの脳裏に、森に残して来たサリオ・リリスの声が響き渡ったのである。
「!?」
~ 魔物が・・・・!リューインダイルが戦ってる!早く来て!!シルバ!!
あ!きゃあぁぁっ!!
『アノストラール・・・!』
助け求めるサリオの声に、シルバが、鋭い声色で竜である青年の名を呼んだ。
振り返ったアノストラールの美貌の顔が、にわかに厳(いかめ)しい顔つきに変わる。
同時に、レダの手に柔らかな輝きを放つ【息吹(アビ・リクォト)】が携えられた時、ざわりと周囲の空間が揺らいだのだった。
咄嗟に剣を構えたシルバの視界で、あの瀕死の少女の体が、むくりとそこに起き上る。
僅かに鋭く細められた視線の先に、地面にぐったりと横たわったままのあの少女の姿がある。
同じ頃、アノストラールもまた、何かの気配を感じ取ったのか、ふと、美貌の顔から笑顔を消したのだった。
彼の黒き瞳もまた、ゆっくりと、地面に横たわるあの少女を見ると、どこか悲痛な面持ちで細い眉を眉間に寄せると、静かに唇を開くのだった。
『・・・・・この集落の女と子供は、何とか洞穴から逃がすことが出来た・・・・だが、男達は救いきれなかった・・・・』
そこまで言って、アノストラールは、ゆっくりと、背後で鋭い表情をしているシルバに向き直ったのである。
どこか鋭利な輝きを宿す彼の黒い瞳が、揺れる銀の前髪の下から真っ直ぐにシルバの右目を見つめすえている。
『・・・私を封じたあの魔物・・・ツァルダムは、竜狩人(ドラグン・モルデ)だ・・・・おぬしと同じな』
『おまえを封じるぐらいだ、大方、そんなとこだろうと思っていたさ』
低い声で答えたシルバの言葉尻に、ふと、どこか驚いたような響きを持つレダの声が重なった。
『・・・・・・・竜狩人(ドラグン・モルデ)!?』
僅かに見開かれたレダの紅の両眼と、ふと彼女の顔を見たシルバの澄んだ紫の右目がぶつかった。
本来、竜族に属する魔物の類には、通常の攻撃呪文は通じない。
竜族の持つ魔力が強力過ぎて、その効力を全て弾き返してしまうからである。
しかし、俗に竜狩人と呼ばれる者たちは、竜族に匹敵する強力な力を持つ呪文をいともたやすく扱うことができるのだ。
だが、その呪文の効力はあまりにも大きすぎるため、場合によっては術者の命をも奪う時があるという・・・・
竜狩人は、その呪文に耐えられるだけの強靭な肉体と秀でた才能を持ちえる者にしか成ることはできない。
父の仇であるこの青年が、まさにそれだと言うのだ・・・
~ そなたは、その者には勝てない・・・・
ふと、リューインダイルの言ったあの言葉が脳裏を過ぎり、レダは、にわかに口惜しそうな表情をすると、どこか苦々しい声色で短く言葉を紡ぐのだった。
『貴方は・・・・・竜狩人(ドラグン・モルデ)だったの?』
『・・・・・・・ああ、まぁな』
いつもの通り、実に冷静な声でそう答えたシルバと、その端正な顔を睨むように見るレダの合間に、言い知れぬ不穏な緊迫の糸が張り詰めたことを察知して、アノストラールが、どこか怪訝そうに小首を傾げた。
『おぬしらの間に・・・・何があったのかは知らぬが・・・・
青珠の守り手よ、先にこれを返しておこう・・・
これがないと、青珠の森はおろか、レイルすら命が危ういだろう』
そう言ってゆっくりと差し出したアノストラールの掌に、ひどく穏やかで優しい輝きを放つ、さほど大きくはない青玉の球が静かに浮かび上がってきたのである。
それはまさしく、魔物の手によって【魔王の種】と共に青珠の森から持ち出された、青珠に宿る全ての命を司る【息吹(アビ・リクォト)】と呼ばれる秘宝であった。
『【息吹(アビ・リクォト)】・・・・』
先程まで、ひどく怖い顔をしていたレダの表情が、どこかほっとしたように緩んだ。
吹き付ける風に、高く結われた藍に輝く艶やかな黒髪が、音もなく揺れている。
『あの魔物の手から、これを守ってくれたのね・・・・ありがとう』
そう言って、小さく微笑んだ彼女の秀麗な顔に、天空から差込み始めた、金色の太陽の破片が零れ落ちた。
『礼には及ばん、飛んだ醜態を晒すことにはなったが・・・・
そなたも、あの魔物に命を奪われなくて良かったな?苦戦しただろう?』
アノストラールの静かな声に、レダは、どこかうつむき加減になって、青く輝く【息吹】に、ゆっくりとしなやかな指先を伸ばしながら、答えて言うのだった。
『リューイに救われたの・・・・・・私はいつも、救われてばかりいる』
『仕方あるまい、そなたは、青珠の守り手となってまだ日が浅い。
それに、白銀の守護騎士ほど戦慣れもしておらぬだろうしな』
どこか可笑(おか)しそうな表情を湛えて、アノストラールは、その黒い瞳をちらりと、先程から鋭い表情であの少女を見つめているシルバに向けた。
彼の澄んだ紫色の右目が、なにやら複雑そうな表情をして、そんなアノストラールの視線を受け止める。
その次の瞬間だった。
~ シルバ!
シルバの脳裏に、森に残して来たサリオ・リリスの声が響き渡ったのである。
「!?」
~ 魔物が・・・・!リューインダイルが戦ってる!早く来て!!シルバ!!
あ!きゃあぁぁっ!!
『アノストラール・・・!』
助け求めるサリオの声に、シルバが、鋭い声色で竜である青年の名を呼んだ。
振り返ったアノストラールの美貌の顔が、にわかに厳(いかめ)しい顔つきに変わる。
同時に、レダの手に柔らかな輝きを放つ【息吹(アビ・リクォト)】が携えられた時、ざわりと周囲の空間が揺らいだのだった。
咄嗟に剣を構えたシルバの視界で、あの瀕死の少女の体が、むくりとそこに起き上る。
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