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第三節 忘却の街7

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 そんな彼女に気付いているのかいないのか、ジェスターは、再び、異形の緑の眼差しを朽ち果てた街の遺跡に戻すと、鮮やかな朱の衣を翻し、ゆっくりとその足を古の街の遺跡へと向けたのだった。

「・・・・・着いて来い」

「何をするのです?」

「来ればわかる」

 怪訝そうな顔つきをするリーヤが、緋色のマントと紺碧色の巻き髪を砂混じりの風に揺らして、背鞘に金色の大剣を負ったジェスターの朱の衣を足早に追いかけていく。
 足元に絡みつく象牙色の砂を蹴りながら、朽ち果てた街の遺跡に足を踏み入れると、魔法を司る者ではないリーヤティアにも、得体の知れぬ奇妙で不思議な気配が、その体に確実に触れてきた。
 足元の砂から沸き立つように吹き上がる、熱くもあり冷たくもあり、神々しくも禍々しい、優しくも険しい、相反する二つの得体の知れぬ何かが、彼女のしなやかな四肢を撫でるように通り過ぎていく。

「・・・・一体、何なのです・・・?この地のこの奇妙な・・・・」

 綺麗な眉を眉間に寄せ、どこか鋭い視線でジェスターの背中を見つめたまま、リーヤティアは彼に聞いた。
 しかし、そんな彼女に振り返る事もなく、いつもなら、またあの無粋な口調で何かを言っていよう彼が、低めた声で淡々として言うのである。

「これがこの地に蓄えられたアーシェの力だ・・・・・・お前、自分の身は自分で守ると言ったな?」

「言いました」

「その言葉、忘れるなよ」

「・・・・・どういう意味です?貴方は、一体何が言いたいのですか?」

「すぐにわかる・・・・・」

 そう言った彼の片手が、ふと、朱の衣を纏う左胸を押さえた。
 砂混じりの風に揺れる見事な栗毛の髪の下で、焼け付くような苦痛にしかめられたその表情を、リーヤからは伺い知ることは出来ない。
 そんな素振りも、彼は一切彼女には見せない。

 大きく肩で息をついて、燃えるような鮮やかな緑玉の瞳を細めると、彼は、砂に埋もれ、荒れ果てた街の丁度中心に位置する場所にある、神殿であった場所へと足を踏み入れたのだった。

 かつては、荘厳(そうごん)で豪華であっただろう朽ち果てたアーシェの神殿は、今やその石作りの天井すら抜け落ち、ただ、瓦礫と砂に埋もれた廃墟と化していた。
 だが、象牙色の砂に覆われ、崩れそうな数本の柱が残るだけの石の床に、たった一箇所だけ、砂に侵食されていない奇妙な場所があった。

 その傍らに立ち、リーヤは、そこに刻まれている紋章を目にして、秀麗な顔を怪訝そうな表情に歪めたのである。
 砂の侵食を拒むような白い床に刻まれた、その炎を纏う獅子の紋章は、呪われた一族と歴史書に名を残すアーシェ一族の紋章に相違ない・・・・。

 彼女は、晴れ渡る空の色を宿した両眼を、ふと、隣に立っているジェスターの端正な横顔に向けた。
 ロータスの一族と並び、膨大な魔力を司る大魔法使い(ラージ・ウァスラム)を生み出したアーシェの一族は、400年前、一族から反逆者を出したがために、この地を棄てざるを得なかった・・・。

 鋭い無表情をしたまま無言で、炎の獅子の紋章を見つめている彼の顔を、殊更怪訝そうに覗き込みながら、リーヤは何かを言おうと桜色の唇を開きかけた。
 その時、ふと、そんな彼の右の掌(てのひら)が、紋章の上へとかざされたのである。
とたん、そこに刻まれた紋章が、にわかに朱(あか)く眩い閃光を放ち、轟音と共にゆるやかに振動すると、アーシェ一族のその首長の血族にしか開くの出来ない神殿の隠し扉が、白い石の床を滑るようにゆっくりと左右に開いたのである。

「これは・・・・・!?」

 驚愕したように、紺碧色の両目を大きく見開いたリーヤの目の前を、朱の衣がゆっくりと通り過ぎていく。
 太陽の光に金色に輝く見事な栗毛の髪が、荒野を渡る風に乱舞した。
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