39 / 79
第三節 忘却の街6
しおりを挟む
*
天空に輝く太陽が照らし出す荒涼たる大地に立って、燃え盛る緑の炎のような異形(いぎょう)の瞳が、今、真っ直ぐに、時の彼方に忘れ去られた街を、小高い丘の上から見下ろしていた。
凛々しく端正なその顔をどこか厳(いかめ)しく歪めて、若獅子の鬣(たてがみ)のような見事な栗毛を荒れ果てた地を渡る疾風に泳がせている。
彼の纏う鮮やかな朱の衣の長い裾が、吹き付ける風に乱舞した。
どこか禍々しく、そして神々しくもある異質の気配を醸し出す金色(こんじき)の大剣を背鞘に負った長身の青年。
金色の二重サークレットを広い額に飾った彼は、他でもない、最強と呼ばれる戦人(いくさびと)、魔法剣士たる青年、ジェスター・ディグであった。
そして、その僅かばかり後ろには、晴れ渡る空の色を映したような紺碧色の大きな両眼を、どこか驚いたように見開いたリタ・メタリカの王女リーヤティアの姿があった。
「これは・・・・」
馬の手綱を地面に突き出た岩に結び着けて、リーヤは、ジェスターの異形と呼ばれる緑の瞳が見つめる先を、真っ直ぐに見つめたのである。
岩山に囲まれた荒涼たる大地の最中、その窪んだ土地に、幾百年もかけて降り積もっただろう砂に埋もれた、さほど大きくない街の遺跡が凄然と横たわっていた。
朽ち果てて、今や僅かな土壁しか残さない家屋の後。
石畳の道が通っていただろう場所には、象牙色に輝く砂が、ただ降り積もるばかりであった。
忘却の街(ファルマス・シア)と呼ばれる、地図にすらその名を残さない、忘れられた街の亡骸が、砂混じりの風の最中に、静かにそこに佇んでいた。
言葉を失ったままでいるリーヤティアを振り返ることもなく、ジェスターは、いつになく淡々をとした口調で静かに言うのだった。
「此処が・・・・・・アーシェの一族が生まれ、その力を蓄えた土地・・・・・・
真実の名を炎の結晶(アシェ・ギヴィシム)・・・」
「アシェ・ギヴィシム・・・?」
リーヤは、半ば呆然としたような表情をして、ゆっくりと、ジェスターの端正な横顔を顧みる。
尚も振り向かぬまま、じりじりと焼け付くように打ち寄せる左胸の痛みを一切その表情には出さずに、彼は、ただ淡々と言葉を続けた。
「400年前・・・・一族から反逆者を出した朱き獅子(アーシェ)の民は、この土地を棄てた・・・・だが、一族の者は、死した時には必ず、この地に還る・・・・」
「それは、どういう意味です・・・?」
「・・・アーシェの者の骸は、アーシェの者の手によって、必ずこの土地に葬られる・・・・それが、一族の慣わしだ・・・・
此処は、死せる一族の力を全て吸収し、生ける一族にその力を開放する地・・・・」
「・・・・・・・・・」
リーヤは、彼のその意味深な言葉の全てを理解しきれずに、どこか戸惑ったように押し黙ると、まじまじと、どこか影のある面持ちを醸し出す、ジェスターの端正な横顔を見つめるばかりであった。
リタ・メタリカの美しき姫の艶やかな紺碧の巻髪が、吹き付ける風に浚われて秀麗なその頬にかかる。
彼女は、一度肩で大きく息をつくと、凛とした強い表情になって、ゆっくりとその桜色の綺麗な唇を開いたのである。
「ジェスター・・・やはり貴方は、アーシェの一族の者だったのですね?
ずっと・・・聞きそびれていました、貴方は、古の呪いに従ってアーシェに産まれたという、双子のうちの一人・・・そうなのですね?」
強い確信を持った彼女の毅然としたその言葉に、ジェスターは、そこで初めて、燃え盛る炎のような鮮やかな緑玉の瞳を、凛と立つ花のような強い表情をする、リーヤティアの秀麗な顔に向けたのだった。
何をも語らぬ彼の両眼が、真っ直ぐに彼女の瞳を捕らえる。
このリタ・メタリカで異形と呼ばれる、燃えるように鮮やかで神秘的な緑の両瞳。
太陽の光を浴びて金色に輝く見事な栗色の髪の下で、揺れるように輝く緑の炎のような眼差しが、あの夜、彼女の内に起こった奇妙な感覚を再びその体に思い起こさせていく。
眠っていた何かが呼び起こされるような、体の奥で何かがざわめく、実に不可解で奇妙で、それでいてどこか甘美なあの感覚。
緑の瞳は異形なり、それ、愛でるは数奇なり・・・・
その瞳に囚われた者は、神秘の眼差しの虜になり、その運命さえも変えられてしまうと言い伝えられる、彼の持つ異形の瞳。
軽い眩暈にも似た感覚に襲われて、リーヤは、上質の絹で織られた緋色のマントを羽織る肩を僅かに揺らした。
天空に輝く太陽が照らし出す荒涼たる大地に立って、燃え盛る緑の炎のような異形(いぎょう)の瞳が、今、真っ直ぐに、時の彼方に忘れ去られた街を、小高い丘の上から見下ろしていた。
凛々しく端正なその顔をどこか厳(いかめ)しく歪めて、若獅子の鬣(たてがみ)のような見事な栗毛を荒れ果てた地を渡る疾風に泳がせている。
彼の纏う鮮やかな朱の衣の長い裾が、吹き付ける風に乱舞した。
どこか禍々しく、そして神々しくもある異質の気配を醸し出す金色(こんじき)の大剣を背鞘に負った長身の青年。
金色の二重サークレットを広い額に飾った彼は、他でもない、最強と呼ばれる戦人(いくさびと)、魔法剣士たる青年、ジェスター・ディグであった。
そして、その僅かばかり後ろには、晴れ渡る空の色を映したような紺碧色の大きな両眼を、どこか驚いたように見開いたリタ・メタリカの王女リーヤティアの姿があった。
「これは・・・・」
馬の手綱を地面に突き出た岩に結び着けて、リーヤは、ジェスターの異形と呼ばれる緑の瞳が見つめる先を、真っ直ぐに見つめたのである。
岩山に囲まれた荒涼たる大地の最中、その窪んだ土地に、幾百年もかけて降り積もっただろう砂に埋もれた、さほど大きくない街の遺跡が凄然と横たわっていた。
朽ち果てて、今や僅かな土壁しか残さない家屋の後。
石畳の道が通っていただろう場所には、象牙色に輝く砂が、ただ降り積もるばかりであった。
忘却の街(ファルマス・シア)と呼ばれる、地図にすらその名を残さない、忘れられた街の亡骸が、砂混じりの風の最中に、静かにそこに佇んでいた。
言葉を失ったままでいるリーヤティアを振り返ることもなく、ジェスターは、いつになく淡々をとした口調で静かに言うのだった。
「此処が・・・・・・アーシェの一族が生まれ、その力を蓄えた土地・・・・・・
真実の名を炎の結晶(アシェ・ギヴィシム)・・・」
「アシェ・ギヴィシム・・・?」
リーヤは、半ば呆然としたような表情をして、ゆっくりと、ジェスターの端正な横顔を顧みる。
尚も振り向かぬまま、じりじりと焼け付くように打ち寄せる左胸の痛みを一切その表情には出さずに、彼は、ただ淡々と言葉を続けた。
「400年前・・・・一族から反逆者を出した朱き獅子(アーシェ)の民は、この土地を棄てた・・・・だが、一族の者は、死した時には必ず、この地に還る・・・・」
「それは、どういう意味です・・・?」
「・・・アーシェの者の骸は、アーシェの者の手によって、必ずこの土地に葬られる・・・・それが、一族の慣わしだ・・・・
此処は、死せる一族の力を全て吸収し、生ける一族にその力を開放する地・・・・」
「・・・・・・・・・」
リーヤは、彼のその意味深な言葉の全てを理解しきれずに、どこか戸惑ったように押し黙ると、まじまじと、どこか影のある面持ちを醸し出す、ジェスターの端正な横顔を見つめるばかりであった。
リタ・メタリカの美しき姫の艶やかな紺碧の巻髪が、吹き付ける風に浚われて秀麗なその頬にかかる。
彼女は、一度肩で大きく息をつくと、凛とした強い表情になって、ゆっくりとその桜色の綺麗な唇を開いたのである。
「ジェスター・・・やはり貴方は、アーシェの一族の者だったのですね?
ずっと・・・聞きそびれていました、貴方は、古の呪いに従ってアーシェに産まれたという、双子のうちの一人・・・そうなのですね?」
強い確信を持った彼女の毅然としたその言葉に、ジェスターは、そこで初めて、燃え盛る炎のような鮮やかな緑玉の瞳を、凛と立つ花のような強い表情をする、リーヤティアの秀麗な顔に向けたのだった。
何をも語らぬ彼の両眼が、真っ直ぐに彼女の瞳を捕らえる。
このリタ・メタリカで異形と呼ばれる、燃えるように鮮やかで神秘的な緑の両瞳。
太陽の光を浴びて金色に輝く見事な栗色の髪の下で、揺れるように輝く緑の炎のような眼差しが、あの夜、彼女の内に起こった奇妙な感覚を再びその体に思い起こさせていく。
眠っていた何かが呼び起こされるような、体の奥で何かがざわめく、実に不可解で奇妙で、それでいてどこか甘美なあの感覚。
緑の瞳は異形なり、それ、愛でるは数奇なり・・・・
その瞳に囚われた者は、神秘の眼差しの虜になり、その運命さえも変えられてしまうと言い伝えられる、彼の持つ異形の瞳。
軽い眩暈にも似た感覚に襲われて、リーヤは、上質の絹で織られた緋色のマントを羽織る肩を僅かに揺らした。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
神在(いず)る大陸の物語~月闇の戦記~【第三章】
坂田 零
ファンタジー
魔物達の襲撃に揺れる大国リタ・メタリカを、虎視眈々と狙うサングタール王国。
敵国を迎え撃つため、内海アスハーナへ向かう強者達。
その途中に立ち寄ったタルーファの町は、にわかに闇の魔物の襲撃を受け壊滅状態に陥ってしまう。
ジェスター・ディグが背負う重き運命に気づき始めるリーヤティア。
シルバ・ガイに愛しさを覚え始めるレダ。
そして、邪眼のレイノーラの憑とされたラレンシェイをスターレットは救えるのか。
それぞれが背負う運命と思いが複雑に交錯する幻想抒情詩第三章。
※この作品は活字が好きな人間が、活字を読むことが好きな人向けに書いている本格ファンタジーです。
異世界転生、ギルド、チート、ステ振り等、最近主流と思われる設定は何一つ採用していませんのでご了承ください。
カードで戦うダンジョン配信者、社長令嬢と出会う。〜どんなダンジョンでもクリアする天才配信者の無双ストーリー〜
ニゲル
ファンタジー
ダンジョン配信×変身ヒーロー×学園ラブコメで送る物語!
低身長であることにコンプレックスを抱える少年寄元生人はヒーローに憧れていた。
ダンジョン配信というコンテンツで活躍しながら人気を得て、みんなのヒーローになるべく日々配信をする。
そんな中でダンジョンオブザーバー、通称DOという正義の組織に所属してダンジョンから現れる異形の怪物サタンを倒すことを任せられる。
そこで社長令嬢である峰山寧々と出会い、共に学園に通いたくさんの時間を共にしていくこととなる。
数多の欲望が渦巻きその中でヒーローなるべく、主人公生人の戦いは幕を開け始める……!!
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
神在(いず)る大陸の物語~月闇の戦記~【第二章】
坂田 零
ファンタジー
大大陸シァル・ユリジアン。
その大国リタ・メタリカは、古の呪いにより蘇ったラグナ・ゼラキエルの脅威に晒されていた。
国の各地で魔物が出現し次々と街を壊滅させていく中、【鍵】とよばれる王女リーヤティアはアーシェ一族最後の魔法剣士ジェスター・ディグと共にエトワーム・オリアの町を目指す。
にわかに暗黒竜の襲撃を受けた銀の森の守護騎士シルバ・ガイと青珠の守り手レダ。
ラレンシェイと取り戻そうとするスターレットは父の逆鱗に触れ封魔の塔に幽閉されてしまう。
魔王と呼ばれる魔法使いを封じるため、強者(つわもの)たちが織り成す幻想抒情詩第二章。
※この作品は、ラノベ系の設定でも文章でもありません。
徹底的に設定を練った活字が好きな人間が活字好きな人向けに書いた本格ファンタジー作品となっています。
異世界転生、チート、ギルド、魔法学院、ステ振り等の設定は皆無であり、今現在主流とされていそうな設定は一切使われていませんのでご了承ください。
そのあたりOkな方は是非ご覧ください。
オーソドックスな魔王退治ものでは多分ないです。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ランク外の最弱職スマホマスターが実は最強だった話。
飛燕 つばさ
ファンタジー
この世界では、成人を迎えるとジョブを授かる。戦士や魔法使い。上位ジョブでは、剣聖や賢者も存在する。
主人公のヒビキは、これまで聞いたことのないジョブである『スマホマスター』のジョブを手にする。スマホマスターは謎が多いため、ランク外の最弱職と呼ばれていた。希望を持って王都までやって来たヒビキは、この事実に絶望する。
しかし、このスマホマスターは謎に包まれていただけで、実際には強力な能力を秘めていたのであった。ヒビキは、スマホマスターの能力で戦姫と呼ばれる強力なゲームキャラクターを顕現させて戦わせたり、それ以外の素晴らしい能力に目覚めていく…。
深淵に眠る十字架
ルカ(聖夜月ルカ)
ファンタジー
悪魔祓いになることを運命付けられた少年がその運命に逆らった時、歯車は軋み始めた…
※※この作品は、由海様とのリレー小説です。
表紙画も由海様の描かれたものです。
異世界で生きていく。
モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。
素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。
魔法と調合スキルを使って成長していく。
小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。
旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。
3/8申し訳ありません。
章の編集をしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる