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第三節 忘却の街6

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 天空に輝く太陽が照らし出す荒涼たる大地に立って、燃え盛る緑の炎のような異形(いぎょう)の瞳が、今、真っ直ぐに、時の彼方に忘れ去られた街を、小高い丘の上から見下ろしていた。
 凛々しく端正なその顔をどこか厳(いかめ)しく歪めて、若獅子の鬣(たてがみ)のような見事な栗毛を荒れ果てた地を渡る疾風に泳がせている。
 彼の纏う鮮やかな朱の衣の長い裾が、吹き付ける風に乱舞した。

 どこか禍々しく、そして神々しくもある異質の気配を醸し出す金色(こんじき)の大剣を背鞘に負った長身の青年。
 金色の二重サークレットを広い額に飾った彼は、他でもない、最強と呼ばれる戦人(いくさびと)、魔法剣士たる青年、ジェスター・ディグであった。

 そして、その僅かばかり後ろには、晴れ渡る空の色を映したような紺碧色の大きな両眼を、どこか驚いたように見開いたリタ・メタリカの王女リーヤティアの姿があった。

「これは・・・・」

 馬の手綱を地面に突き出た岩に結び着けて、リーヤは、ジェスターの異形と呼ばれる緑の瞳が見つめる先を、真っ直ぐに見つめたのである。
 岩山に囲まれた荒涼たる大地の最中、その窪んだ土地に、幾百年もかけて降り積もっただろう砂に埋もれた、さほど大きくない街の遺跡が凄然と横たわっていた。
 朽ち果てて、今や僅かな土壁しか残さない家屋の後。

 石畳の道が通っていただろう場所には、象牙色に輝く砂が、ただ降り積もるばかりであった。

 忘却の街(ファルマス・シア)と呼ばれる、地図にすらその名を残さない、忘れられた街の亡骸が、砂混じりの風の最中に、静かにそこに佇んでいた。
 言葉を失ったままでいるリーヤティアを振り返ることもなく、ジェスターは、いつになく淡々をとした口調で静かに言うのだった。

「此処が・・・・・・アーシェの一族が生まれ、その力を蓄えた土地・・・・・・
真実の名を炎の結晶(アシェ・ギヴィシム)・・・」

「アシェ・ギヴィシム・・・?」

 リーヤは、半ば呆然としたような表情をして、ゆっくりと、ジェスターの端正な横顔を顧みる。
 尚も振り向かぬまま、じりじりと焼け付くように打ち寄せる左胸の痛みを一切その表情には出さずに、彼は、ただ淡々と言葉を続けた。

「400年前・・・・一族から反逆者を出した朱き獅子(アーシェ)の民は、この土地を棄てた・・・・だが、一族の者は、死した時には必ず、この地に還る・・・・」

「それは、どういう意味です・・・?」

「・・・アーシェの者の骸は、アーシェの者の手によって、必ずこの土地に葬られる・・・・それが、一族の慣わしだ・・・・
此処は、死せる一族の力を全て吸収し、生ける一族にその力を開放する地・・・・」

「・・・・・・・・・」

 リーヤは、彼のその意味深な言葉の全てを理解しきれずに、どこか戸惑ったように押し黙ると、まじまじと、どこか影のある面持ちを醸し出す、ジェスターの端正な横顔を見つめるばかりであった。
 リタ・メタリカの美しき姫の艶やかな紺碧の巻髪が、吹き付ける風に浚われて秀麗なその頬にかかる。
 彼女は、一度肩で大きく息をつくと、凛とした強い表情になって、ゆっくりとその桜色の綺麗な唇を開いたのである。

「ジェスター・・・やはり貴方は、アーシェの一族の者だったのですね?
ずっと・・・聞きそびれていました、貴方は、古の呪いに従ってアーシェに産まれたという、双子のうちの一人・・・そうなのですね?」

 強い確信を持った彼女の毅然としたその言葉に、ジェスターは、そこで初めて、燃え盛る炎のような鮮やかな緑玉の瞳を、凛と立つ花のような強い表情をする、リーヤティアの秀麗な顔に向けたのだった。
 何をも語らぬ彼の両眼が、真っ直ぐに彼女の瞳を捕らえる。

 このリタ・メタリカで異形と呼ばれる、燃えるように鮮やかで神秘的な緑の両瞳。

 太陽の光を浴びて金色に輝く見事な栗色の髪の下で、揺れるように輝く緑の炎のような眼差しが、あの夜、彼女の内に起こった奇妙な感覚を再びその体に思い起こさせていく。
 眠っていた何かが呼び起こされるような、体の奥で何かがざわめく、実に不可解で奇妙で、それでいてどこか甘美なあの感覚。

 緑の瞳は異形なり、それ、愛でるは数奇なり・・・・

 その瞳に囚われた者は、神秘の眼差しの虜になり、その運命さえも変えられてしまうと言い伝えられる、彼の持つ異形の瞳。

 軽い眩暈にも似た感覚に襲われて、リーヤは、上質の絹で織られた緋色のマントを羽織る肩を僅かに揺らした。
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