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第二節 白銀の守り手 青珠(せいじゅ)の守り手1

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 その城は、深く黒い闇の結界により強固に守られていた。
 外界から迫り来るありとあらゆる脅威を防ぐために、昼も夜もなく、暗黒の闇と静寂なる空間に閉ざされたまま、ただ凄然とそこに佇んでいる。

 音もない、光もない、ただ、大いなる静寂だけが支配するその城の一室・・・・
赤い鮮血が点々と床にまだらの斑点を描き、その先の壁際には、端正な顔をどこか苦痛に歪めた黒衣の青年の姿があった。
 煌々(こうこう)と揺れる松明(たいまつ)の火に照らし出され、壁にもたれかかるようにして、彼の体は静かに床に滑り落ちていく。
 深い藍色の長い髪が黒衣の肩に広がった。
 冷たい刃のような輝きを宿す鮮やかな緑の瞳が、ちらりと、その腕の中で長い睫毛を閉じている美麗な女性の顔を見る。
 古の言語を用いて、彼は彼女の名前を呼んだ。

『レイノーラ・・・・・目を醒ませ、私だ、ラグナだ』

 その静かな声が、部屋の中にこだました時、ラレンシェイと言う名であるはずの美麗なその女性は、ゆっくりと睫毛を揺らして、その瞳を開いたのである。
 不意に、そのなだらかな額に紫色の炎が浮かび、それは、一瞬激しく発光すると、闇の者を表す炎の烙印となって彼女の額に浮かび上がった。
 見事な赤毛であったはずの艶(つや)やかな髪が、その根元から闇の色を移したような漆黒に変わり果てていく。

 紫色に輝く炎の烙印をその額に刻んだ彼女が、今、大きく瞳を見開いた。
 茶色であった瞳の色さえ、いまや、青玉のような深い青へと変化し、彼女は、無表情のままゆっくりと、自分の名を呼んだ黒衣の青年にその視線を向けたのである。
 そして、何かに気付いたようにハッとその肩を震わせた。

『ラグナ!』

 魔王と呼ばれたその青年の名を呼ぶと、にわかに彼女の美麗な顔に嬉々と表情が浮かんだ。
 しなやかな肢体をゆるやかに起こすと、彼の体に取りすがり、彼女は、その妖艶な唇で古の言語を紡いだのである。

『お会いしたかった・・・・どうなされました?そのお怪我は?』

『そなたの憑(よりまし)に付けられたものだ、あんずるな、すぐに塞がる』

 魔王と呼ばれた青年ゼラキエルは、薄く笑ってそう言うと、冷酷な光を宿す鮮やかな緑の瞳で、真っ直ぐに、ラレンシェイの・・・いや、炎の烙印を受けレイノーラという名の魔性に変わった彼女の美麗な顔を見たのだった。
レイノーラは、その綺麗な眉を僅かに眉間に寄せて、彼の体に刻まれた深い刃傷に両手を押し当てたのだった。
 しなやかな指先に、後から後から溢れ出る深紅の鮮血が無数の帯を描いていく。

『貴方にこのような傷を負わせるなど・・・ただの人にしては呆れるほどの豪胆さ・・・・ある意味感心いたしますわ』

 なにやら不愉快そうにそう言うと、レイノーラの青玉の瞳が、一瞬カッと眩く発光した。
 彼の傷に押し当てた両手に紫の炎が立ち昇り、その炎が火の粉を散らして消滅したとき、ゼラキエルの体に刻まれていた深い刃傷は跡形もなく消えていたのである。
 ゼラキエルは、愉快そうに凛々しい唇のすみを歪めた。

『そなたの憑(よりまし)としてはもってこいの女だ・・・それに』

『それに・・・・・なんですの?』

 意味深に言葉を止めたゼラキエルの端正な顔を、レイノーラは長い黒髪を揺らしながら怪訝そうな顔つきで覗き込んだ。
 黒く染まったその美しい髪束が、はらりと、彼女の美麗な頬に零れ落ちる。

『そなたがその姿であれば・・・・あのロータスの者は、その心をかき乱される。それがあやつの終わりの時だ、ロータスの者には、最大の苦痛を味わわせてやらねば、な・・・・・』

 そんな彼の言葉に、レイノーラは、妖艶な唇でどこか性悪(しょうあく)に実に愉快そうに微笑んだのだった。

『そういう意図がありましたの・・・?ならば私は、ロータスの者を引き受けましょう、貴方のお手を煩わせることもありませんわ』

 そう言って立ち上がろうとするレイノーラの腕を、ゼラキエルの差し伸ばした手が掴んだ。
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