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【12、溺愛】

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 レイトショー前。
 平日の映画館は閑散としていて、ロビーには私たちと大学生みたいなグループしかいなかった。
 
 私の心には、会社を出るときに妙子に言われた言葉が刺さったままだった。

 人には言えない関係。
 私には10年も付き合ってる彼氏がいて、今、こうして私の隣にいる樹くんは、いわゆる、私の浮気相手…
 騙されてお金とられたほうが、むしろましなのかも…

 だけど、それを妙子に言われたくなかったって苛立ちもあり、私は変な笑い方をして、つい樹くんに言ってしまった。

「樹くん、聞いて聞いて。
今日ね、『並木くんが転勤してからなんか雰囲気変わった?』とか、同期に言われてしまったよ」

 樹くんは、それを聞いてきょとんと不思議そうにする。

「え?そうかな?
ああ…でも、微妙に色っぽくなった??」

「微妙ってなによっ?それはお姉さんに言う言葉じゃないでしょ!」

 私は拗ねた!
 だから、ばしっと彼の腕を叩く。
 俺は可笑しそうに笑った。

「だってほんとの事じゃん!」

「もぉ!!可愛いんだか可愛いくないんだか!」

「可愛いっていうなよ、嘘でもいいからカッコいいって言えよ!」

「だって可愛いじゃん!」

「なんかそれムカつく!」

 「バカにされてあたしもムカつく!」

 叩くだけじゃ足らず、私は肩から彼に体当たりする…も、彼の方が一枚上手で、思い切り抱き止められてしまう。
 私はハッとして思わず逃げた。

「…もぉ!」

 彼は、可笑しそうにひたすら笑ってた。
 こういうの、なんか楽しいし、なんかどきどきする。
 
 でも…
 この関係は、堂々と誰かに言える関係じゃない…
 あたしだって、堂々と「デートだから!」っ反論したかったし、樹くんは人を騙すような人じゃないって言ってやりたかった…
 だけど、言えない…

 まだ灯りがついたままの席に座りながら、私は無意識にため息をついてしまった。

「……どうしたん?」

 そんな私を、樹くんが覗きこんでくる。
 私は、はっとした。

「え?」

「ため息とか…」

 そう聞かれて、私はなんて答えていいかわからずに、なんとなく変な答え方をしてしまった。

「……うーん…
あたし、そんなに雰囲気変わったかなぁって…」

「俺には変わったように見えないけど?」

「樹くんは、わからないかもしれないけどさ…っ!
もし、そんな極端に雰囲気変わったとしたら…
あのね、女って怖いんだよ?」

「は?ナニソレ?」

「信ちゃんが転勤してから変わったとか…ね。
バレちゃうじゃない…」

「何が?」

「あたしに、信ちゃん以外に……誰かいること」

「………」

 私がそう言うと、樹くんが、一瞬、困惑したような顔をした。
 樹くんに申し訳なかった。

 バレたらいけないって気持ちもあるし、堂々としたいって気持ちもある。
 私自身がどうしたらいいかわってないのに、こんなこと言われても、樹くんだって困るよね。

 でも…
 今、ここで彼が「店長と別れて俺と付き合おう」って言ってくれたら、私、ほんとに別れてしまうかも…

 私は、ほんとに嫌な女だ。
 変な笑い方をしたまま、私は、彼の顔を覗き込んでしまう。

「あたし自分で、こんなことできる人間とは思ってなかったから…
樹くんといるとカルチャーショックばっかり!」

「後悔してんの?」

 私の意図する意味と違う受け取り方をされて、私は慌てて否定した。

「してないよ!だってあたしが…
あたしが、そうしたかったんだから…
……なんか、ごめんね…」

 場内の灯りが消えて、周りが暗くなる。

 私はうつむいて、黙り込んだ。

 ほんと、あたし、どれだけ嫌な女なんだろう…

 自己嫌悪と、樹くんに対する罪悪感で、なんだか胸が締め付けられる。
 そんな私の頬に、暖かな手が触れた。

 樹くんの手だ…
 愛しい手のぬくもり…

 私は、ゆっくり彼を振り返る。
 そんな私の唇に、彼は、ふんわりと優しいキスをした。

 もぉ…
 なんでこの人は…
 こんなにもあたしを浚ってしまうの…? 
 どうしたらいいの…
 この人が好き…

 私の心は、どんどん彼に溺れてしまう。
 それが嬉しくもあり、恐怖でもあった。

 
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