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第四節 蒼き疾風の咆哮9

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 いまだ鮮血の斑点が残る彼の首筋に、甘い熱を帯びる妖艶な唇が触れ、重なる素肌はやけに暖かく、そして、ひどく心地が良い。

 舞うように揺れた長く艶やかな紅の髪が、彼の秀麗な頬を柔らかく撫でている。
 甘やかな唇から零れた、吐息のような微かな声が、不意に、彼の名を呼ぶと、まるで、甘露(あまつゆ)が降るような悩まし気な響きをもって、その耳元でそっと何かを囁いた。

 紡ぎ出された異国の言葉が、やけに甘美に共鳴し、その耳の奥にいつまでも残って離れなくなる。
 幾度となく重なる唇。

 その体の位置を入れ替えながら、素肌を辿る指先には、もう愛しさしか感じられなくなっていた。
 なだらかな丘陵を描く彼女の白い胸に、優しい雨粒にも似た感触で、長い指先が触れる。

 美麗な頬をふわりと撫でる、柔らかな蒼銀の髪。
 夜露が滴るように、彼女の綺麗な首筋を伝った暖かな唇。
 草木の香りと共に、その体に残って離れない肌の香り。
 少年のようなあどけなさを残す銀水色の瞳が、心根からの愛しさを宿して、甘く潤んだ茶色の瞳を柔らかに見つめている。

 そんな彼の秀麗な頬にかかる髪束を、片手でそっと撫で上げながら、漣のように押し寄せる甘く切ない衝動に、彼女は、そのしなやかで美しい体を反らせた。

 薄紅色の妖艶な唇が、異国の言語で、甘露が如く囁く吐息のような微かな言葉。
 その耳元に唇を寄せて、彼女の国の言葉で、彼もまた、そっと何かを囁き返す。

 広い背中を両腕で強く抱きしめて、揺れる前髪の合間から覗く、潤んだ茶色の瞳がゆっくりと見開かれていく。

 微熱で火照る白く滑らかな素肌の上で、たゆたいながら揺れている、長く艶やかな紅の髪。
 その美麗な頬が、色付き始めた楓の如き紅淡色に上気し、その唇からは、吐息のような甘い叫びが零れた・・・・・

 ざわめく木々の合間に、夜を告げる夕映えの風が、涼しいやかな音色を響かせて緩やかに吹き抜けていく。
 夢と見紛うような長くも短い時の流れに、夜の女神がその両腕を伸ばし、幾千幾万の星々を引き連れて、広大な大地と共に覆い尽くそうとしていた・・・・


 

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