上 下
3 / 75

第一節 鋼色の空1

しおりを挟む
       *
 黒絹の夜空には、刃のような三日月。
 頼りない月が照らし出す街道沿いの森の中で、象牙色の上質なドレスを纏うその女性は、茶色の髪を振り乱しながら、髪と同じ色をしたその瞳を、湧き上がるに大きく見開いて、突如眼前に姿を現した黒絹のローブを纏う女妖にひたすら恐れ慄いたのだった。

「ひ・・・・ひぃ・・・・!!」

 悲鳴にならない声を上げて、彼女は、夜露に濡れる草の上に尻餅をつくように倒れ込み、がくがくと顎を震わせて後退(あとづさ)りする。
 輝く水色の瞳を、さも愉快そうに細めると、魔物の白い顔が邪な微笑で彩られた。
 夜の闇を映したような長い黒髪が、まるで、地を這う蛇の如く、虚空にゆらゆらと揺らめいている。
 まったく血の気のない死者の如き白い頬。
 滴る鮮血の色にも似た女妖の紅い唇が、にやりと三日月型に歪んだ。

『おや・・・・そのように怖がらずともよかろう?そなたに良い物を与えてやるゆえ』

 女妖の細い右腕が緩やかに黒絹のローブから伸びて、差し伸ばされた細い指先が、激しい恐怖にその身を女性の額を掴んだ。

「あ・・・・あぁ・・・・ああ!!」

 何の抵抗も出来ぬまま、女性はその全身に冷たい汗をにじませて、強張る唇でうめきとも悲鳴ともつかない高い声を上げる。
 がちがちと歯を鳴らす彼女の口を、女妖の左手が無理矢理こじ開け、その中に、鶏卵ほどの大きさをした黒い楕円の球体を押し込めたのだった。

「・・・・がはっ!!」

 むせる彼女の額を、細腕には似合わぬ凄まじいで掴み上げ、赤い唇で邪に笑いながら、黒き楕円の球を吐き出そうとするその口元すらも凄まじい力で押さえつける。
 女性は、その余りの苦しさに必死に足をばたつかせ、女妖の手を掴んでもがくが、振りほどく事など出来なかった。

 やがて意識がとなり、口の中に押し込まれた黒き楕円の球がミシミシと音を立てて割れると、そこから飛び出した何かが、彼女の体内へと急速に吸込まれていったのである。

 女性は、白目を、崩れるようにその場に倒れ伏した。
 そんな様子を、赤い唇でニヤニヤと笑いながら見つめていた女妖は、恐ろしい程邪な表情にその顔を歪め、まるで母親が子供に語りかけるように言うのだった。

『はよう大きうなれ・・・・成熟するまで、そなたの気配は術者とてわからぬゆえ・・・・まもなく、あの忌々しい男が此処にくるはず・・・・よく働くのだぞ・・・・そなたは、いくらでもをゆえ』

 暗い森の中に差し込む頼りない月の光が、女妖の邪悪な横顔を淡く照らし出していた・・・・

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

転生王子はダラけたい

朝比奈 和
ファンタジー
 大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。  束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!  と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!  ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!  ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり! ※2016年11月。第1巻  2017年 4月。第2巻  2017年 9月。第3巻  2017年12月。第4巻  2018年 3月。第5巻  2018年 8月。第6巻  2018年12月。第7巻  2019年 5月。第8巻  2019年10月。第9巻  2020年 6月。第10巻  2020年12月。第11巻 出版しました。  PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。  投稿継続中です。よろしくお願いします!

護国の聖女、婚約破棄の上、国外追放される。〜もう護らなくていいんですね〜

ココちゃん
恋愛
平民出身と蔑まれつつも、聖女として10年間一人で護国の大結界を維持してきたジルヴァラは、学園の卒業式で、冤罪を理由に第一王子に婚約を破棄され、国外追放されてしまう。 護国の大結界は、聖女が結界の外に出た瞬間、消滅してしまうけれど、王子の新しい婚約者さんが次の聖女だっていうし大丈夫だよね。 がんばれ。 …テンプレ聖女モノです。

チート転生~チートって本当にあるものですね~

水魔沙希
ファンタジー
死んでしまった片瀬彼方は、突然異世界に転生してしまう。しかも、赤ちゃん時代からやり直せと!?何げにステータスを見ていたら、何やら面白そうなユニークスキルがあった!! そのスキルが、随分チートな事に気付くのは神の加護を得てからだった。 亀更新で気が向いたら、随時更新しようと思います。ご了承お願いいたします。

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~ 

ファンタジー
「詰んだ…」遠い眼をして呟いた4歳の夏、カイザーはここが乙女ゲーム『亡国のレガリアと王国の秘宝』の世界だと思い出す。ゲームの俺様攻略対象者と我儘悪役令嬢の兄として転生した『無能』なモブが、ブラコン&シスコンへと華麗なるジョブチェンジを遂げモブの壁を愛と努力でぶち破る!これは優雅な白鳥ならぬ黒鳥の皮を被った彼が、無自覚に周りを誑しこんだりしながら奮闘しつつ総愛され(慕われ)する物語。生まれ持った美貌と頭脳・身体能力に努力を重ね、財力・身分と全てを活かし悪役令嬢ルート阻止に励むカイザーだがある日謎の能力が覚醒して…?!更にはそのミステリアス超絶美形っぷりから隠しキャラ扱いされたり、様々な勘違いにも拍車がかかり…。鉄壁の微笑みの裏で心の中の独り言と突っ込みが炸裂する彼の日常。(一話は短め設定です)

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

処理中です...