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番外編

第20話 行方

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「美術館、なかなか楽しかったぞ」
 
「それはよかったですわ」

 美術館から出たわたしたちは、通りを適当に練り歩く。

 シュダがこの街に残ると言ってから、数週間ほど経過した。
 ドラゴンを討伐した暁として騎士団に誘われて所属することになったものの、仕事のほうはなかなか厳しいらしい。
 朝から晩まで基礎の基礎からみっちり叩き込まれているとか。

 シュダの剣筋はかなり独特なものだ。
 
 しかし騎士団の団員としては統率された行動が求められる。基本となる動きを習得しなくてはならないのだ。
 
 既に覚えのある動きとは別に新たな動きを身に付けるのは意外と難しい。
 それは最初に覚えた動きが無意識下に刷り込まれているからだ。
 危機が訪れた時、身体が反射的にその動きをしてしまう。それでは駄目なのだ。

 シュダはだいぶ手こずっているようで、仕事帰りに会う際は疲れ切った顔をしていた。

 けれど今日は休日。
 
 羽根を伸ばしたからか、いつもより生き生きとして見える。 
 
 シュダの記憶は戻り、街を巡る必要性はなくなったが、いまでもこうして街を散策している。なんとなく、習慣になってしまったようだ。
 
 今日美術館に行ったのは、シュダに見てほしいものがあったからだ。

「『聖女の先導』、とても美しかったと思いますわよね?」
 
「ああ。百年くらい前にこの国に実際にいた聖女サマを描いたやつな。混迷しきった民を導く姿が凛々しかったな」

『聖女の先導』とは、百二十年ほど昔に実在した聖女カラーメラをモチーフとした絵画だ。
 
 彼女は強敵国との戦時下において、一方的に虐げられるしかなかった民を奮起づけ、互角の勝負にまで持ち込み、歴史に名を残した偉大な聖女だ。

 麗しい金の長髪。燃えるような赤の瞳。彼女のトレードマークと言えるこれらの部位は絵画でも際立って描かれている。

「わたくしもいつかは描かれてみたいものですわね」
 
「こないだのドラゴンの件じゃだめなのか?」
 
「あれは戦闘を見た人がいないので、絵にするのは厳しいと思われますわ」
 
「……確かに」
 
「それに、そもそもの話ドラゴン如きではまだまだ足りませんわ」
 
「ドラゴンじゃ駄目なら、なにすりゃいいんだよ」
 
「不可能を可能にするくらいの……天地がひっくり返るようなことを成し遂げれば、語り継がれるようになりますわ」
 
「無理じゃね?」
 
「無理ですわね……」

 正直、自分がそんなことを成し遂げられる気がしない。
 
 そもそもそんな機会などやってくるのだろうか。今のところこの国は平和そのものだ。たまにドラゴンみたいなのが現れることはあるが。
 
 聖女としての名を轟かせたいが、国が平和じゃなくなるのも困りものだ。
 二つを天秤にかけたら国が平和でいてくれるほうが嬉しいので、歴史に残る夢は諦めよう。

「そんで、この後はどうするんだ?」
 
「公園に行って限定クレープでも食べようかしらと」

「限定クレープ?」

「月に一度、決まった時間にしか販売されない希少性の高いクレープですわ。生地と中のクリームの相性が抜群で、クレープのことしか考えられなくなるくらい絶品らしいですわよ」

「美味そうだな……俺も食ってみたいわ」

「それでは、一緒に行きましょうか」

 ――――――――――
 
 長蛇の列に並んでクレープを買い、そのへんの空いた場所で食べることにした。

 一口含むと、とろけるような味わいが口全体に広がる。
 並んだ甲斐があるなぁと次々に食べ進めていると、手元にあったはずのクレープが気付けばなくなっていた。
  
「美味しかったですわー」

「はえぇな! 俺まだ三口目だぞ!?」

 シュダが半分以上残っている自分のクレープとわたしの手元を見比べて声を上げる。
 
「こんなに美味しいものなら一瞬で食べてしまいますわ。一人一個という制限がなければあと二十個は買いましたのに……」

「店は個数制限設けて大正解だな。なかったらヒオラ一人に掻っ攫われてるわ」

 二十個じゃなく三十個くらいいけるかも……? いや四十個? とわたしが考えていると、現実に意識が吸い寄せられた。

「おや? あの人は……?」

 近くのベンチに見覚えのある人が座っていたのだ。

「どしたんだ、ヒオラ」

「あの人、見覚えありませんこと?」

「ん? あれ、ペンダントを盗んだ人じゃね?」

 そう、あれはまだシュダの記憶が戻っていない頃。赤いペンダントを巡る騒動があり、駆けつけて踏み行ったのだ。
 
 その後、聴取を受ける関係でなかなか帰してもらえなかった苦い記憶まで出てきた。
 
 ……これ以上考えるのはやめよう。 

「やはりそうですわよね。随分と複雑な表情をしていらっしゃいますわね。少し行ってみましょうか」

「……人の悩みを聞きに行くなんて聖女らしいな」

 後ろでシュダがブツブツ言っていたが、足音が聞こえてきたのでついてきているようだ。
 
 わたしたちが近付くと、青年は表情を明るくした。

「あ、あなたは! 聖女様じゃないですか!」

「ち、ちがいますわ!?」

 断定するような口調で言われたため、動揺して噛んでしまった。
 聖女だと名乗っていないはずなのに、なぜバレた……? 回復魔法をかけたからだろうか。

「このあいだは傷を治していただきありがとうございます。誰かに似ているとずっと思っていたのですが、聖女様しかいないなと確信しまして」

 どうやら後々になって気付いてしまったようだ。
 今から挽回できるだろうか。
 
「よく似ていると言われますが別人ですわ。おほほほ」

 シュダが妙な眼差しを向けてきている気がするが、たぶん気のせい。
 
「ではそういうことにしておきますね。それで、聖女様のそっくりさんたちに伝えたいことがあったのです」

 そっくりさん……まあいいか。

「お礼以外にもあるんですの?」

「ええ。事件の詳細とその後についてです」

 すると彼は、真剣な顔つきで話し始めた。
  
「あのペンダントはうちの家宝でして、それがいつの間にか盗まれて骨董品屋に売られていたようです。取り戻すにも高価すぎてとても自分に払えるものではありませんでした。なので……つい盗んでしまったんです」

 彼は苦しそうに顔を歪める。

 ペンダントの事件って意外と複雑だったんだなと今になって思い知り、驚いた。  

「それで、ペンダントはどうなったんだ?」

 シュダがしれっと会話に入ってきた。
  
「店の方に戻されました。家宝だという僕の証言に根拠がなかったので。……でも、問題はここからなんです」

 ここから?
 話は終わる雰囲気だったのに、本題はまだのようだ。 

「あの骨董品屋が数日前、放火にあいました。犯人は不明。店主の方は行方不明だそうです」

「初耳ですわ……」

 この街ではあちこちで小さな事件がちょこちょこ起こっている。
 
 全てを知り尽くすのは、街の広さ的にも難しい。
 だから知らないうちに事件が起こっていることもあるのだ。

「焼け跡から、あのペンダントは見つかっていません。火事でぐちゃぐちゃになってしまったので、そのせいかもしれませんが。でも僕はなんだか恐ろしい予感がするんです」

「不吉なフラグを立てないでくださいまし……」
 
「フラグってなんだ?」

 わたしが自然と口にしてしまった言葉にシュダが食い付く。

「なんでもありませんわ」

 前世で使っていた言葉だと説明するのは億劫なので、軽くあしらう。
  
「それで……実はあのペンダントには何かが封印されて眠っているんです。詳しくは僕もわからないのですが、それが解かれれば非常にまずいことになります」

「ええと、なぜそんなものが家宝なのかしら?」

「かつて僕の祖先が奴を封印したからでしょう。その暁のようなもの……だと思います。危険なものだから、他の人の手に絶対渡ってはいけなかったんです。それなのに……僕は……」

 彼は固く握りこぶしを作り、やるせない思いを吐露する。

「元気を出してくださいまし。わたくしたちがなんとかいたしますわ!」

「しれっと俺を混ぜるな」

「あら? シュダは協力してくださらないのかしら?」

「仕事のほうが忙しくて……」

「民の為に戦うはずの騎士が、民の為に尽力してくださらないなんて……」

 縋るような目で見ると、シュダは諦めたように眉を下げた。
 
「……わかったわかった。俺も協力するから」

「本当にいいんですか!? 聖女様のそっくりさんもお隣の方も大変じゃないですか?」

 青年は果敢に尋ねてくる。

「これくらい任せてくださいまし! そうですわよね? シュダ?」

「あ、ああ」

 歯切れが悪かったが、まあいいか。

「では、お願いします! 僕は休日の昼間はたいていこの公園にいるので、何か進展があったら教えてください。僕の方でも家の倉庫を漁って、ペンダントについて有力な情報が得られないか探しておきます」
 
 ――――――――――
 
 夜、静かな部屋で読書をしていたらコンコンとドアが叩かれた。

「ヒオラ! フウラはいるか!?」

 父の声だ。
 切羽詰まったようなその声音を聞いて、わたしは鍵を開けて招き入れる。

 父は白髪混じりの髪を、走って乱れたのか手で梳いていた。
 額には汗をかいており、表情には焦りが浮かんでいる。

「フウラは来てませんが……どうされましたか、お父様?」
 
「……まだ家に帰ってきてないんだ」

 父は深刻な口調で告げる。

 フウラはわたしの妹だ。
 まだ幼さの残る愛らしい容姿で、周囲からの評判も良い。好奇心旺盛で、よく街を一人歩きしている。

 しかし、この時間に家にいないというのはなにかが起こっていると考えるべきだろう。 

「ちょっと街をぶらついてくると言って、昼過ぎに家を出てから戻ってきてないから……てっきりヒオラの家に来ているのかと思ったのだが……」

 フウラはたまにわたしの家にやってくることがある。
 
 喧嘩した時、落ち込んだ時など、理由は様々だが、まあ基本的には逃げ隠れする場所のような感じで使われているのだ。

 だから父がわたしの家にフウラが来ていると考えたのも頷ける。
 けれどヤマは外れ、フウラはここにいない。
 
「わたくしが探してきますわ。一応お父様は家で待機してくださいまし。入れ違いになることもあるかもしれませんわ」

「わかった。気を付けてな」

 まだ戸惑いの抜けきらない顔で、父はわたしを見送った。

 ――――――――――

 まず、警邏の方へ事情を話した。探すのを手伝ってくれるようだったのでお願いする。

 自分の足でも探し回った。

 夜の街は昼間と違って、しんと静まり返っている。一部酒場が立ち並ぶ区画は賑わいを見せるが、フウラは未成年なのでそちらには行かないだろう。
 
 暗い道を光魔法で照らしながら、フウラが行きそうな場所を片っ端から散策する。

「フウラー! フウラー!」

 声を上げても建物に反響するだけで、フウラの返事はない。

 この街は基本的には安全だ。
 昼間は人通りが多いため、大きな事件は起きにくい。
 
 ただ、日が暮れかけてからは違う。
 路地裏の、特に奥まったところは大変危険だ。
 
 もちろん女一人で入るには危険である。
 
 けれどそこにフウラがいる可能性は十分あり得る。
 
 わたしは微かに震える手をぐっと握りしめ、路地裏の奥へと進んで行こうとして……軽装では心許ないと家へ引き返すことにした。
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