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第1話 聖女と浮浪人
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「『この先の人生きっと善い事が待っているはずだ』と神はおっしゃっておりますわ」
目の前の青年に、わたしはそう告げた。
すると彼の表情は、ぱっと明るくなった。
「ありがとう、聖女様!」
「ええ。再び悩み立ち止まることがありましたら、いつでもいらっしゃってくださいまし」
意気揚々とかけていく青年を笑顔で見送った。
かちゃんとドアが閉まる。
人がいなくなった教会でわたしは一息つく。
ゴーン、ゴーン。時計塔の鐘が遠くから鳴り響く。今日の仕事が終わる合図だ。
わたしはヒオラ。この街で聖女をしている。
聖女とは神の声を聞き、人々の不安を取り除き、安らぎを与える存在。
国難が迫れば神託によって国を導き、危機を退ける存在。
そして。
「今日も疲れましたわ……」
わたしに限ってだが、なぜかお嬢様言葉縛りをさせられている存在。
なんの悪戯か、お嬢様言葉しか話せないのだ。
聖女という高貴そうな役目とお嬢様言葉がマッチしているからなんとかなってはいるが、それ以外の仕事についたらどうなっていたことか。
心の声まではお嬢様言葉を強制されているわけではないため、いつも内心でははっちゃけてストレス発散している。
どうしてお嬢様言葉しか話せなくなってしまったのか。その過去をふと思い出す。
そう、あれは確か学校に行き始める前のこと。
近所に住んでいた男の子とよく話していたのだ。
集合場所は決まって寂れた小屋で、わたしたちはそこを二人だけの秘密基地としていた。
……まて、戻りすぎた。
もっと後のことだ。
そういえばあの男の子、今頃どうしているのだろう。
会わなくなって久しい。
閑話休題。
そう、あれは13歳の時。
わたしは中等部へ通い、日々勉学に励んでいた。
成績優秀で光魔法への適性が高く、回復魔法が得意で、神の声を聞くことも出来たわたしは、将来は聖女になることを周囲から望まれていた。わたし自身もきっとそうなるんだろうなと薄々感じていた。
そんなある日のことだった。
夢の中で、わたしには前世があると神が語りかけてきた。前世の記憶を知りたいかと問われ、好奇心から頷いてしまった。すると頭の中に違う人の一生が流れ込んできたのだ。一気に記憶が押し寄せたため頭が痛くなった。
前世のわたしは社会人だった。推し活のためにがむしゃらに働き続けた結果、婚期を逃して気付けば3ピー歳。推しがいるから自分は幸せなんだと思い続ける毎日。その推しというのが乙女ゲームのキャラクターだった。グッズには総額いくら使ったかわからない。
推しとはまた違うのだが、そのゲームの主人公のことも好きだった。尊敬の念を抱いていたというのが近いだろうか。かっこいいお嬢様で悪にも恐れず立ち向かい、時には可憐さもあり、周りのイケメンが次々に主人公を好きになるのも頷けるなと感じていた。
だからだろう。トラックに轢かれて死ぬ間際のわたしは、来世があるのならこの主人公のように生きたいと思ってしまった。お嬢様言葉しか話せなくなったのはそのせいかもしれない。確かに、憧れてはいた。だが、お嬢様言葉縛りというのはなんか違うんじゃないか。
神はこんなこと初めてでよくわからないと言っていた。どうにもならないようだった。
お嬢様言葉しか話せないのは辛すぎる。この先の人生もこのままなのだろうか。前世で失敗したので、今世はうまく生きたいのだけれど。
かちゃり。
教会の扉が開く音がした。
過去の記憶に潜っていた意識が現実世界へ戻ってくる。
視線を向けると汚れの目立つ風体の男が一人。腰に剣を佩いている。仕事終わりのようだ。
焦茶の髪は後頭部で結ってある。いかにも浮浪人といった見た目だった。
「申し訳ございませんわ。本日のお仕事は既に終了しておりまして、また日を改めてきていただけると嬉しいですわ」
わたしは明るい口調で男へ呼びかける。
基本的に就業時間が終わって以降の相談は対応していない。残業をしたところで代金は出せないと言われているからだ。
「あー終わっちまったのか。折角走って来たのに……」
「少しでしたら構いませんわ」
彼の落胆した顔と声音にわたしは思わずそう答えてしまう。
彼はこちらに近づいてくる。
そしてわたしの前までやってきた。
「何に悩んでおられますの?」
「実は俺、記憶喪失でさ。幼少期のことを全然思い出せないんだ。家族のことも友人のことも」
「それは……大変でしたわね」
沈痛な面持ちで彼を見つめる。
しかし、彼の表情は想像したよりも不思議と明るいように感じた。
「それで、今日はなぜここにいらっしゃいましたの?」
「この街の名前、初めて聞いたときさピンと来たんだよ。だから、俺は昔ここに住んでいたのかもしれないと思って。そんで教会ってところにいる聖女サマは神様の声が聞こえるって小耳に挟んで、俺は本当にこの街に縁のある人なのか知りたくなって、野を超え山を越え来たってわけ」
「遠路はるばるわたくしに会いに来てくださったのですわね」
「なんかその言い方だと俺がお前に恋焦がれているみたいだからやめてくれ」
呆れた顔を浮かべる男。
「大変失礼いたしましたわ。でも、聖女の美貌を一目見たいと来られる方々も多いんですのよ」
「自分で言うかそれ……」
ツッコミはスルーする。
実際とても多いのだ。相談事でもあるのかと思いきや、顔を見に来ただけとか。わたしはアイドルか。
一呼吸置き、場の空気を戻す。
「では、お手を拝借してもよろしくて?」
「ああ」
男は右手を差し出した。
わたしはその手を優しく取る。
「お名前を聞いてもよろしくて?」
「シュダだ」
「シュダ」
わたしは彼の名前を復唱し、静かに目をつぶる。
静寂が訪れる。
教会の敷地は広大なため、近くに建物はあまりない。そのため、近場を通る人も滅多におらず、都市であるこの街の中にしては独特な空間を形成している。また、教会は壁も厚い。
世界にただ二人しかいなくなったかのように錯覚する。
そんな無音の空間でわたしには第三者の声が聞こえていた。
神の声。
まるで赤子に語りかけるように優しく、大海を思わせるように壮大で、美しくも儚い声。
どれほど時が経っただろうか。わたしは目を開く。
目の前ではシュダが眉を顰めていた。
「なにか気になることでもありまして?」
結果を言うより前に表情についての疑問が口を出た。
「いや、ここまできてなんだが、ほんとに神サマとかいるのかなと思ってさ」
「いますわ。しっかり声も聞こえましたわ」
「うさんくせぇ……」
「神の御前で失礼なことを言わないでくださいまし」
異国では信仰の文化がない所もあると聞く。きっとこの教会にだってダメ元で来たのだろう。記憶喪失だと告白したときの表情が特に暗くなかったことからも、合っている可能性は高い。信仰に疎い国からやってきたのでは、疑心暗鬼になるのも仕方がないと思った。
「で、結果は?」
深く息を吸い、吐き出してから答える。
「『この街を歩き続ければ思わぬことから真実に辿り着くだろう。だが、真実は重く苦しいものかもしれない。どう向き合うかはあなた次第だ』と神はおっしゃいましたわ」
「ふーむ。まあ、記憶喪失って時点で俺の過去はやばい感じなんだろうなって覚悟しているから大丈夫だ。とりあえず散策しまくるしかないってことか」
ふと、彼についていきたくなった。
記憶を巡る冒険が楽しそうだったからだ。
聖女の仕事で疲れていたわたしの心は、非日常を求めていたのかもしれない。
就業後はいつも暇しているし、ちょうどいい。
「よろしければ、お供しますわよ」
「まじ? 来たばっかでなんもわかんないから助かるわ!」
屈託なく微笑むシュダ。
その笑みに釣られてわたしの口角も上がっている気がした。
「では、変装してきますので少々お待ちくださいませ」
「聖女サマって大変なんだな……」
教会の脇にある小屋へとわたしは向かった。
珍しく気分が高揚していた。
目の前の青年に、わたしはそう告げた。
すると彼の表情は、ぱっと明るくなった。
「ありがとう、聖女様!」
「ええ。再び悩み立ち止まることがありましたら、いつでもいらっしゃってくださいまし」
意気揚々とかけていく青年を笑顔で見送った。
かちゃんとドアが閉まる。
人がいなくなった教会でわたしは一息つく。
ゴーン、ゴーン。時計塔の鐘が遠くから鳴り響く。今日の仕事が終わる合図だ。
わたしはヒオラ。この街で聖女をしている。
聖女とは神の声を聞き、人々の不安を取り除き、安らぎを与える存在。
国難が迫れば神託によって国を導き、危機を退ける存在。
そして。
「今日も疲れましたわ……」
わたしに限ってだが、なぜかお嬢様言葉縛りをさせられている存在。
なんの悪戯か、お嬢様言葉しか話せないのだ。
聖女という高貴そうな役目とお嬢様言葉がマッチしているからなんとかなってはいるが、それ以外の仕事についたらどうなっていたことか。
心の声まではお嬢様言葉を強制されているわけではないため、いつも内心でははっちゃけてストレス発散している。
どうしてお嬢様言葉しか話せなくなってしまったのか。その過去をふと思い出す。
そう、あれは確か学校に行き始める前のこと。
近所に住んでいた男の子とよく話していたのだ。
集合場所は決まって寂れた小屋で、わたしたちはそこを二人だけの秘密基地としていた。
……まて、戻りすぎた。
もっと後のことだ。
そういえばあの男の子、今頃どうしているのだろう。
会わなくなって久しい。
閑話休題。
そう、あれは13歳の時。
わたしは中等部へ通い、日々勉学に励んでいた。
成績優秀で光魔法への適性が高く、回復魔法が得意で、神の声を聞くことも出来たわたしは、将来は聖女になることを周囲から望まれていた。わたし自身もきっとそうなるんだろうなと薄々感じていた。
そんなある日のことだった。
夢の中で、わたしには前世があると神が語りかけてきた。前世の記憶を知りたいかと問われ、好奇心から頷いてしまった。すると頭の中に違う人の一生が流れ込んできたのだ。一気に記憶が押し寄せたため頭が痛くなった。
前世のわたしは社会人だった。推し活のためにがむしゃらに働き続けた結果、婚期を逃して気付けば3ピー歳。推しがいるから自分は幸せなんだと思い続ける毎日。その推しというのが乙女ゲームのキャラクターだった。グッズには総額いくら使ったかわからない。
推しとはまた違うのだが、そのゲームの主人公のことも好きだった。尊敬の念を抱いていたというのが近いだろうか。かっこいいお嬢様で悪にも恐れず立ち向かい、時には可憐さもあり、周りのイケメンが次々に主人公を好きになるのも頷けるなと感じていた。
だからだろう。トラックに轢かれて死ぬ間際のわたしは、来世があるのならこの主人公のように生きたいと思ってしまった。お嬢様言葉しか話せなくなったのはそのせいかもしれない。確かに、憧れてはいた。だが、お嬢様言葉縛りというのはなんか違うんじゃないか。
神はこんなこと初めてでよくわからないと言っていた。どうにもならないようだった。
お嬢様言葉しか話せないのは辛すぎる。この先の人生もこのままなのだろうか。前世で失敗したので、今世はうまく生きたいのだけれど。
かちゃり。
教会の扉が開く音がした。
過去の記憶に潜っていた意識が現実世界へ戻ってくる。
視線を向けると汚れの目立つ風体の男が一人。腰に剣を佩いている。仕事終わりのようだ。
焦茶の髪は後頭部で結ってある。いかにも浮浪人といった見た目だった。
「申し訳ございませんわ。本日のお仕事は既に終了しておりまして、また日を改めてきていただけると嬉しいですわ」
わたしは明るい口調で男へ呼びかける。
基本的に就業時間が終わって以降の相談は対応していない。残業をしたところで代金は出せないと言われているからだ。
「あー終わっちまったのか。折角走って来たのに……」
「少しでしたら構いませんわ」
彼の落胆した顔と声音にわたしは思わずそう答えてしまう。
彼はこちらに近づいてくる。
そしてわたしの前までやってきた。
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「実は俺、記憶喪失でさ。幼少期のことを全然思い出せないんだ。家族のことも友人のことも」
「それは……大変でしたわね」
沈痛な面持ちで彼を見つめる。
しかし、彼の表情は想像したよりも不思議と明るいように感じた。
「それで、今日はなぜここにいらっしゃいましたの?」
「この街の名前、初めて聞いたときさピンと来たんだよ。だから、俺は昔ここに住んでいたのかもしれないと思って。そんで教会ってところにいる聖女サマは神様の声が聞こえるって小耳に挟んで、俺は本当にこの街に縁のある人なのか知りたくなって、野を超え山を越え来たってわけ」
「遠路はるばるわたくしに会いに来てくださったのですわね」
「なんかその言い方だと俺がお前に恋焦がれているみたいだからやめてくれ」
呆れた顔を浮かべる男。
「大変失礼いたしましたわ。でも、聖女の美貌を一目見たいと来られる方々も多いんですのよ」
「自分で言うかそれ……」
ツッコミはスルーする。
実際とても多いのだ。相談事でもあるのかと思いきや、顔を見に来ただけとか。わたしはアイドルか。
一呼吸置き、場の空気を戻す。
「では、お手を拝借してもよろしくて?」
「ああ」
男は右手を差し出した。
わたしはその手を優しく取る。
「お名前を聞いてもよろしくて?」
「シュダだ」
「シュダ」
わたしは彼の名前を復唱し、静かに目をつぶる。
静寂が訪れる。
教会の敷地は広大なため、近くに建物はあまりない。そのため、近場を通る人も滅多におらず、都市であるこの街の中にしては独特な空間を形成している。また、教会は壁も厚い。
世界にただ二人しかいなくなったかのように錯覚する。
そんな無音の空間でわたしには第三者の声が聞こえていた。
神の声。
まるで赤子に語りかけるように優しく、大海を思わせるように壮大で、美しくも儚い声。
どれほど時が経っただろうか。わたしは目を開く。
目の前ではシュダが眉を顰めていた。
「なにか気になることでもありまして?」
結果を言うより前に表情についての疑問が口を出た。
「いや、ここまできてなんだが、ほんとに神サマとかいるのかなと思ってさ」
「いますわ。しっかり声も聞こえましたわ」
「うさんくせぇ……」
「神の御前で失礼なことを言わないでくださいまし」
異国では信仰の文化がない所もあると聞く。きっとこの教会にだってダメ元で来たのだろう。記憶喪失だと告白したときの表情が特に暗くなかったことからも、合っている可能性は高い。信仰に疎い国からやってきたのでは、疑心暗鬼になるのも仕方がないと思った。
「で、結果は?」
深く息を吸い、吐き出してから答える。
「『この街を歩き続ければ思わぬことから真実に辿り着くだろう。だが、真実は重く苦しいものかもしれない。どう向き合うかはあなた次第だ』と神はおっしゃいましたわ」
「ふーむ。まあ、記憶喪失って時点で俺の過去はやばい感じなんだろうなって覚悟しているから大丈夫だ。とりあえず散策しまくるしかないってことか」
ふと、彼についていきたくなった。
記憶を巡る冒険が楽しそうだったからだ。
聖女の仕事で疲れていたわたしの心は、非日常を求めていたのかもしれない。
就業後はいつも暇しているし、ちょうどいい。
「よろしければ、お供しますわよ」
「まじ? 来たばっかでなんもわかんないから助かるわ!」
屈託なく微笑むシュダ。
その笑みに釣られてわたしの口角も上がっている気がした。
「では、変装してきますので少々お待ちくださいませ」
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