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三章.
6話.ある特殊部隊の男が見た惨状〈一〉
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「A班、B班、C班。全隊員任務遂行に全力を注げ!任務の実行を許可する!」
警視庁特殊捜査課特殊部隊所属。隊長宮下総一郎のTRXを介した号令に合わせて、複数箇所に待機していた特殊部隊の隊員達が京都の山林を切り開き建設された研究施設━━NBIの周囲で各々動き始めた。
その日は青空を漂う雲が、尋常じゃ無い速度で流れていたことを俺は脳裏に焼き付けていた。テロ、凶悪犯罪の未然防止。権力者の護衛補助。多くの事件に俺は携わってきた。
四十歳で、この特殊部隊の隊長に任命されて十年間。残り数ヶ月で五十の手前になる。多くの修羅場を乗り越えてきたが、俺は今回の任務には只ならぬ気色の悪さを感じていた。
「刑事の勘ってぇ、ヤツだろうかなぁ……」
「隊長、任務に集中して下さぁーーい」
「うるせぇよ。小娘ぇ」
俺たちは部隊揃いのヘルメットと防弾ベストを身に纏う。盾を軽々と持ち上げて、俺の横で唯一の女隊員が小声で口元に片手を添えて悪戯げに笑う。長い髪がヘルメットからはみ出ており、一目で認識ができた。
「いつもの『特殊部隊の鬼』の顔に戻りましたね」
「隊長にその口の聞き方はなんだ」
俺の手前にいた今回が初任務の鞍馬 甚助が女隊員を真面目に注意する。甚助は警視庁のお偉いさんの息子で、仲間からコネクションによる配属ではと冷ややかな視線を浴びることがあった。俺はそうは思わない。若くして熱い魂を持って仕事に取り組む、良い青年だと思っている。
「いいんだ鞍馬。コイツの無礼さには、もう慣れちまった。今回の任務には腑に落ちない事が多い。任務内容は簡潔に言えば、非人道的な実験を繰り返しているらしい研究所の壊滅だ。何故、俺たちが駆り出されている。命令の概要として研究所所長━━檻咲 恭蔵の身柄確保だぁ?そんなもん、法的処置でどうにでもなるだろうよ。研究者に戦闘能力なんかねーはずだからよぉ」
「そして、こんなに大それた人員で私達が出動するのにも関わらず、上はそれを世間に隠し通そうとしている」
女隊員が俺の考えに、疑問点を追加する。
「でも……取り敢えず戦闘になったら危険だから、自分らを出動させたんですよ!なら、頑張るしかないです!」
鞍馬が人一倍やる気になっている。俺にとっては密売組織のアジトじゃーあるまいし、研究所に令状を突き付ける作業に武装した部隊の必要意義が不明だ
この京都の山中にある研究所は外から見る限り、それ程のセキュリティーの頑丈さは視認出来なかった。あまりにも情報量が少な過ぎる。上は何故俺たちに、この研究所の素性を明かすことを最低限拒んでいる。
「A班の表面入口の侵入成功の報告が来ました!」
十数人でのグループに分かれての作戦は、多数の入口からの侵入が鉄則であった。この研究所の地図だけは手に入れていた為、俺は三班編成で今回の任務を遂行する事を決定した。
表面入口のA班。二階窓から侵入を試みるB班。建物裏手にある非常口から三階への移動を目的とした俺を含めたC班だ。どの班にも、共に数々の任務を遂行してきた遣り手を混ぜて編成している。
「じゃあ、俺たちも行くぞッ!」
非常口の施錠をサイレンサー付きの拳銃で破壊し、非常階段の中で六人で列になっていた俺たちも階段を、足音を殺しながら移動し始めた。俺の予想通り、すんなり三階まで、行く手を拒むものなく侵入出来た。
「おいおい、研究施設にしては……やけに静かじゃねーか」
俺たちC班は、無機質な壁に複数の白い扉が続いている廊下にH&K MP5短機関銃を向け厳戒の姿勢で静止した。だが、余りにもフロアは閑散としていた。研究施設の割には人影一つ見えない。全て個人の研究部屋であろうか。扉を開けて視認したが連なる個室の中にも誰も居ない。
「おかしいですねぇ……隊長」
「研究員の全員で慰安旅行だったら……俺達の上の目につくような研究をしているとは……到底思えない程に平和なんだけどよぉ」
それにしても、人気が無さすぎた。一階のA班の状況次第で、二階壁面にて待機するB班にも指示を出すつもりでいた。考えているとTRXに通信があった。俺はハンドマイクを耳に押し付ける。
『……こちらA班。一階、各部屋を目視したのですが何もありません。独断専行のため、お叱りになって頂いて構わないのですが、二階も一目したところ同様の状況でして』
「臨機応変も、時には必要なことだろう。今後は慎むように。取り敢えず、A班B班。共に三階に集まってくれ。現状確認を経て、上階へと進む」
我々C班のもとに、A班とB班共に集合した。改めて俺はこれからの動きについて確認する。
「これから、上階━━四階五階に向かおうと思う。緊急時は即座に連絡するように」
俺自身、科学に対しての知識はまるで無かったが、長ったらい数式や何らかの薬品を投与されたであろう哀れな実験用マウスの入った透明の箱が並べられている時点で高度な研究が行われていることは分かった。無機質な色で配色された空間には、謎の心地悪さが感じられた。
ここからは四階へ、全班で行動しようとしたがB班の隊員がエレベータでの移動を提案してきた為、A班とC班は非常階段。B班は俺たちが使用していた非常階段の直線上先にある、エレベータで移動することになった。
「本当に……もぬけの殻なのでしょうか?」
「だったら、それはそれで何もなくて何よりなんだが」
しかし、本当にそうであれば本部に連絡し、完全に差し押さえてその不正な実験物を押収して一件落着だ。
そうだと楽なんだがと思考を巡らせながら、四階非常口前に整列していた最中。フロア全体を激しくも一定間隔の破裂音が響き渡り、俺たちの安直な理想論が音を立てて崩壊させられたのだ。
俺たちはライオットシールドを前に置き、立ち膝の姿勢で狭い扉から廊下へ進攻する。
そこには、両腕を強制的にゴツいマシンガンに接合させられ、視界以外が動作していない人間が血を流していた。いや、違う。俺の乏しいボキャブラリーで言い表すに、改造人間だろう。改造人間の背後には、エレベータの扉前で死に絶えたB班の隊員達が積み重なっている。改造人間の上半身を染めていた鮮血は、俺の仲間の返り血であったのだ。
「おい……おいおいおい!何なんだぁ?ありゃあ」
俺は状況の理解に時間がかかったが、思考する時間を与えてはくれないようだった。両腕の兵器を床に引きずり火花を散らして、こちらに加速してきた。奴が俺たちを視認したのだ。
「後方は階段に戻れ!間に合わねぇ奴は横の部屋に飛び込め!盾は通用しねえぞおおお!!」
屍となったB班の傍には、無惨に砕けたライオットシールドが転がっていたのだ。俺たちが盾として使うライオットシールドは、それなりに耐久力がある。それが破壊されるとなると両腕の兵器は俺たちにっとって絶望的な、殺戮兵器だということを意味する。防弾ベストは通用するだろうか。
「このバケモノ野郎がぁぁぁ!」
若気の血が沸点に到達してしまったのか、仲間の死に理性が吹っ飛んでしまったのか。鞍馬甚助が一人、容赦なく殺すことにのみに特化した、人間性の感じられない改造人間に挑み走っていく。
甚助の標的に向けられた短機関銃が、奴のマシンガンの前では玩具に見える。甚助の咆哮に、階段へ退避した隊員達は扉の隙間から顔を覗きこませ女隊員は無謀だと甚助の背に叫ぶ。俺も甚助の名前を呼ぶことしかできなかった。
スタンスタンタンタン。
マシンガンの強烈な発砲音により、皆の叫び声が甚助の最期に届くことは無かった。地道な訓練の賜物か、それとも死に際の甚助に与えられた一生分の運が奇跡となったのか。甚助の短機関銃からの銃弾は奴の胸に一発。額に一発撃ち込まれたのだ。
向かって行った甚助は、改造人間の手前で三発。甚助の上半身に大きな穴を開けた。一発の重さが違いすぎたのだ。しかし、甚助の身体はマシンガンの重みのある銃弾に軽く吹き飛ばされ、大量の血飛沫あげた。肩と胸と腹に一発ずつの弾丸を受けたのだ。即死だった。俺は瞳孔を開いたまま殉死させてしまった部下へ駆け寄り肩を抱えて、俺は鞍馬甚助の名を叫んだが返答は帰ってこなかった。
俺と甚助をマシンガンから発生した火薬臭い煙が包んだ。俺と甚助に残りの隊員たちも走って来る。
甚助の奇跡的な一発で額に穴を開けさせられた改造人間は、首を背に反りピクリともしない。
俺は近くで、そのマシンガンを一目しある銃の名を思い出した。
XM307 ACSW━━アドバンスト・クルー・サーブド・ウェポン。
俺は疑念の闇を払拭すべく、改造人間らの前に立った。
(ありえない。そんなことは、あるべきじゃねエ!)
前にした改造人間を見ると、想像よりも数十センチほど大きく感じる。ブカブカとした大きな白衣を着た改造人間の腹に俺は銃を向けた。
「来るなッ!!」
白衣の中。背中。腰の辺りから左右もう二本の腕が伸び出ている。ブカブカな白衣の所為で気づかなかったのだ。両手に持たれたマシンガンが再びその発砲を始めた。最初に目にした加速は、腰から腕とは異なる方向に伸びた脚のせいだった。
俺たちの目の前で披露されたマシンガンの恐怖に恐れ慄く隊員達を容赦なく、撃ち抜いていく。俺は二丁のXM307 ACSWの間に低い姿勢で短機関銃を構えて、ひたすらに撃ち続けた。先程よりも、荒くなった銃弾は数だけ撃つと途中で止んだ。俺は白衣を引き千切る。俺の短機関銃の銃弾が、腹にめり込み据えられた、もう一人のヒトの頭蓋骨を砕いた。
XM307 ACSWはアメリカ軍が開発した基本的に二人用のマシンガンだった。だからといって、二人の人間を合体させて片方の人間の両手にはマシンガンを接合し照準を合わせさせ、もう一人の人間には重たい武器を持ち運ぶための機動力と発砲という行為を行わせるなど。こんなの……人間が許されることじゃないだろう。
「なんっっつー、バケモンだ。もう一人、腹に頭と腕、脚までもがくっ付いてる」
俺は正直、振り返りたくなかったが被害状況を確認するため振り返り、目を細めた。俺の視界から煙が晴れた時、半分以上の隊員が銃弾を浴びて、意識を消失させて倒れているか、意識はあるが重傷を受けていた。
「隊長、一旦退避しましょう」
マシンガンの発砲を咄嗟に避けたために、無傷であった女隊員が体制を整えることを提案して来る。当たり前だ。このままだと、更に死人が増えるかもしれない。
「すまない。亜里沙、ここの指揮を頼む。外に出して救護班に連絡してくれ。救護班が来るまでの応急処置と、この番号に連絡をするんだ。俺の名前を言えば直ちに来てくれるだろう」
女隊員━━俺のそこそこの刑事人生で最も優秀だと思える警察官が、この赤崎亜里沙であった。彼女の類まれな状況把握の力と冷静さ、運動神経に俺は幾度と助けられている。今の惨劇も亜里沙は咄嗟に、横の部屋に飛び込んで銃弾を浴びた仲間を部屋に引っ張り込み追撃を防いだのだ。
だからこそ、信頼できる。
「隊長も一緒に戻りましょう」
「すまねぇ。俺は、上階に進む」
「宮下さん!ご同行願います……」
「隊長命令だ。先に戻っていてくれ…………頼む。お前にしか頼めないことなんだ」
「上にもバケモノがいるかもしれないじゃ無いですか。だったら私も……」
亜里沙は俺を見ずに、転がる無惨な改造人間の骸を視界に入れながら下唇を人差し指の先でなぞる。
「俺に何かあった時、今後の隊員を率いれる器量のあるヤツはお前しかいねぇんだよ」
俺の訴えに溜息を吐き、亜里沙はエレベーターの側を向く俺と反対方向に足を進めた。意識のある隊員たちを助け合わせて非常階段を降り、外へ向かった。
「ちっ……。俺は一体何をしてるんだ」
予想を超越した状況、未来ある若者である隊員を殉死させてしまった事で頭がイカれちまったのかもしれない。ただ一人、残された俺は改造人間の両腕に短機関銃を発砲した。残弾が切れるまで、俺は撃ち続けた。上半身を占めていた人間の心臓が確実に止まった。
「多分テメエは此処の科学者だったんだろうな」
千切れ飛び散る肉片の中から、名前や担当研究室の書かれた血がこびり付くネームカードが出てきた。その名前や情報にまでは、気が向かなかった。
俺は改造人間からXM307 ACSWを奪い、引きずりながらエレベーターに乗った。五階に何が待ち構えていようと。俺は無機質な壁の色とは真逆な、黒々に染まった闇に葬り去らなければいけない実験を繰り返していたであろう、この施設を潰さないといけない。
俺一人を乗せたエレベーターの扉が、音を立てて開いた。
(そうか。アイツらが最期に見たのは、こんな光景だったのか)
「よぉ、バケモノ」
扉の前には、同様に改造人間が似た型のマシンガンを構えていた。
俺は扉が開く前から、トリガーに指をかけていた。迷わずXM307 ACSWをその胴体に殆ど距離も開けずに撃った。スタンタンと数分前に俺たちに音を立てた殺戮兵器を、人であったバケモノに連射する。改造人間は勢いよく、その胴体を数メートル先まで飛んだ。尚、撃つことをやめない。四本の脚と四本の腕が力無く動かなくなっても、発砲を俺は止めなかった。
もしも、同じ改造人間が二体、三体いたら確実に俺は死んでいたことだろう。
「このデカ銃━━XM307 ACSWはグレネードランチャーなんだよ。変な改造しやがって……お前らは知らなかっただろ。そんな知識も無い素人に負けない程には、場数は踏んでんだよ……こちとら。刑事を舐めんじゃねーぞ」
二体目の哀れな改造人間も二人のニンゲンが重機関銃と共に接合されていた。
「取り敢えず、扉の開いている部屋から片っ端に潰してくしかなさそう……いや、誰か居るな」
考えるまでもなく、今まで一階から四階のフロアーとは異なり、部屋から微小な青白い光が漏れ、人の気配が感じ取ることができた。
肩や膝から鋭い痛みが感じられた。俺の両肩と右膝からは、ドクドクと血が流れていた。いつ負った傷だろうか。分からねえ。そんなことは、今は些細なことだった。
警視庁特殊捜査課特殊部隊所属。隊長宮下総一郎のTRXを介した号令に合わせて、複数箇所に待機していた特殊部隊の隊員達が京都の山林を切り開き建設された研究施設━━NBIの周囲で各々動き始めた。
その日は青空を漂う雲が、尋常じゃ無い速度で流れていたことを俺は脳裏に焼き付けていた。テロ、凶悪犯罪の未然防止。権力者の護衛補助。多くの事件に俺は携わってきた。
四十歳で、この特殊部隊の隊長に任命されて十年間。残り数ヶ月で五十の手前になる。多くの修羅場を乗り越えてきたが、俺は今回の任務には只ならぬ気色の悪さを感じていた。
「刑事の勘ってぇ、ヤツだろうかなぁ……」
「隊長、任務に集中して下さぁーーい」
「うるせぇよ。小娘ぇ」
俺たちは部隊揃いのヘルメットと防弾ベストを身に纏う。盾を軽々と持ち上げて、俺の横で唯一の女隊員が小声で口元に片手を添えて悪戯げに笑う。長い髪がヘルメットからはみ出ており、一目で認識ができた。
「いつもの『特殊部隊の鬼』の顔に戻りましたね」
「隊長にその口の聞き方はなんだ」
俺の手前にいた今回が初任務の鞍馬 甚助が女隊員を真面目に注意する。甚助は警視庁のお偉いさんの息子で、仲間からコネクションによる配属ではと冷ややかな視線を浴びることがあった。俺はそうは思わない。若くして熱い魂を持って仕事に取り組む、良い青年だと思っている。
「いいんだ鞍馬。コイツの無礼さには、もう慣れちまった。今回の任務には腑に落ちない事が多い。任務内容は簡潔に言えば、非人道的な実験を繰り返しているらしい研究所の壊滅だ。何故、俺たちが駆り出されている。命令の概要として研究所所長━━檻咲 恭蔵の身柄確保だぁ?そんなもん、法的処置でどうにでもなるだろうよ。研究者に戦闘能力なんかねーはずだからよぉ」
「そして、こんなに大それた人員で私達が出動するのにも関わらず、上はそれを世間に隠し通そうとしている」
女隊員が俺の考えに、疑問点を追加する。
「でも……取り敢えず戦闘になったら危険だから、自分らを出動させたんですよ!なら、頑張るしかないです!」
鞍馬が人一倍やる気になっている。俺にとっては密売組織のアジトじゃーあるまいし、研究所に令状を突き付ける作業に武装した部隊の必要意義が不明だ
この京都の山中にある研究所は外から見る限り、それ程のセキュリティーの頑丈さは視認出来なかった。あまりにも情報量が少な過ぎる。上は何故俺たちに、この研究所の素性を明かすことを最低限拒んでいる。
「A班の表面入口の侵入成功の報告が来ました!」
十数人でのグループに分かれての作戦は、多数の入口からの侵入が鉄則であった。この研究所の地図だけは手に入れていた為、俺は三班編成で今回の任務を遂行する事を決定した。
表面入口のA班。二階窓から侵入を試みるB班。建物裏手にある非常口から三階への移動を目的とした俺を含めたC班だ。どの班にも、共に数々の任務を遂行してきた遣り手を混ぜて編成している。
「じゃあ、俺たちも行くぞッ!」
非常口の施錠をサイレンサー付きの拳銃で破壊し、非常階段の中で六人で列になっていた俺たちも階段を、足音を殺しながら移動し始めた。俺の予想通り、すんなり三階まで、行く手を拒むものなく侵入出来た。
「おいおい、研究施設にしては……やけに静かじゃねーか」
俺たちC班は、無機質な壁に複数の白い扉が続いている廊下にH&K MP5短機関銃を向け厳戒の姿勢で静止した。だが、余りにもフロアは閑散としていた。研究施設の割には人影一つ見えない。全て個人の研究部屋であろうか。扉を開けて視認したが連なる個室の中にも誰も居ない。
「おかしいですねぇ……隊長」
「研究員の全員で慰安旅行だったら……俺達の上の目につくような研究をしているとは……到底思えない程に平和なんだけどよぉ」
それにしても、人気が無さすぎた。一階のA班の状況次第で、二階壁面にて待機するB班にも指示を出すつもりでいた。考えているとTRXに通信があった。俺はハンドマイクを耳に押し付ける。
『……こちらA班。一階、各部屋を目視したのですが何もありません。独断専行のため、お叱りになって頂いて構わないのですが、二階も一目したところ同様の状況でして』
「臨機応変も、時には必要なことだろう。今後は慎むように。取り敢えず、A班B班。共に三階に集まってくれ。現状確認を経て、上階へと進む」
我々C班のもとに、A班とB班共に集合した。改めて俺はこれからの動きについて確認する。
「これから、上階━━四階五階に向かおうと思う。緊急時は即座に連絡するように」
俺自身、科学に対しての知識はまるで無かったが、長ったらい数式や何らかの薬品を投与されたであろう哀れな実験用マウスの入った透明の箱が並べられている時点で高度な研究が行われていることは分かった。無機質な色で配色された空間には、謎の心地悪さが感じられた。
ここからは四階へ、全班で行動しようとしたがB班の隊員がエレベータでの移動を提案してきた為、A班とC班は非常階段。B班は俺たちが使用していた非常階段の直線上先にある、エレベータで移動することになった。
「本当に……もぬけの殻なのでしょうか?」
「だったら、それはそれで何もなくて何よりなんだが」
しかし、本当にそうであれば本部に連絡し、完全に差し押さえてその不正な実験物を押収して一件落着だ。
そうだと楽なんだがと思考を巡らせながら、四階非常口前に整列していた最中。フロア全体を激しくも一定間隔の破裂音が響き渡り、俺たちの安直な理想論が音を立てて崩壊させられたのだ。
俺たちはライオットシールドを前に置き、立ち膝の姿勢で狭い扉から廊下へ進攻する。
そこには、両腕を強制的にゴツいマシンガンに接合させられ、視界以外が動作していない人間が血を流していた。いや、違う。俺の乏しいボキャブラリーで言い表すに、改造人間だろう。改造人間の背後には、エレベータの扉前で死に絶えたB班の隊員達が積み重なっている。改造人間の上半身を染めていた鮮血は、俺の仲間の返り血であったのだ。
「おい……おいおいおい!何なんだぁ?ありゃあ」
俺は状況の理解に時間がかかったが、思考する時間を与えてはくれないようだった。両腕の兵器を床に引きずり火花を散らして、こちらに加速してきた。奴が俺たちを視認したのだ。
「後方は階段に戻れ!間に合わねぇ奴は横の部屋に飛び込め!盾は通用しねえぞおおお!!」
屍となったB班の傍には、無惨に砕けたライオットシールドが転がっていたのだ。俺たちが盾として使うライオットシールドは、それなりに耐久力がある。それが破壊されるとなると両腕の兵器は俺たちにっとって絶望的な、殺戮兵器だということを意味する。防弾ベストは通用するだろうか。
「このバケモノ野郎がぁぁぁ!」
若気の血が沸点に到達してしまったのか、仲間の死に理性が吹っ飛んでしまったのか。鞍馬甚助が一人、容赦なく殺すことにのみに特化した、人間性の感じられない改造人間に挑み走っていく。
甚助の標的に向けられた短機関銃が、奴のマシンガンの前では玩具に見える。甚助の咆哮に、階段へ退避した隊員達は扉の隙間から顔を覗きこませ女隊員は無謀だと甚助の背に叫ぶ。俺も甚助の名前を呼ぶことしかできなかった。
スタンスタンタンタン。
マシンガンの強烈な発砲音により、皆の叫び声が甚助の最期に届くことは無かった。地道な訓練の賜物か、それとも死に際の甚助に与えられた一生分の運が奇跡となったのか。甚助の短機関銃からの銃弾は奴の胸に一発。額に一発撃ち込まれたのだ。
向かって行った甚助は、改造人間の手前で三発。甚助の上半身に大きな穴を開けた。一発の重さが違いすぎたのだ。しかし、甚助の身体はマシンガンの重みのある銃弾に軽く吹き飛ばされ、大量の血飛沫あげた。肩と胸と腹に一発ずつの弾丸を受けたのだ。即死だった。俺は瞳孔を開いたまま殉死させてしまった部下へ駆け寄り肩を抱えて、俺は鞍馬甚助の名を叫んだが返答は帰ってこなかった。
俺と甚助をマシンガンから発生した火薬臭い煙が包んだ。俺と甚助に残りの隊員たちも走って来る。
甚助の奇跡的な一発で額に穴を開けさせられた改造人間は、首を背に反りピクリともしない。
俺は近くで、そのマシンガンを一目しある銃の名を思い出した。
XM307 ACSW━━アドバンスト・クルー・サーブド・ウェポン。
俺は疑念の闇を払拭すべく、改造人間らの前に立った。
(ありえない。そんなことは、あるべきじゃねエ!)
前にした改造人間を見ると、想像よりも数十センチほど大きく感じる。ブカブカとした大きな白衣を着た改造人間の腹に俺は銃を向けた。
「来るなッ!!」
白衣の中。背中。腰の辺りから左右もう二本の腕が伸び出ている。ブカブカな白衣の所為で気づかなかったのだ。両手に持たれたマシンガンが再びその発砲を始めた。最初に目にした加速は、腰から腕とは異なる方向に伸びた脚のせいだった。
俺たちの目の前で披露されたマシンガンの恐怖に恐れ慄く隊員達を容赦なく、撃ち抜いていく。俺は二丁のXM307 ACSWの間に低い姿勢で短機関銃を構えて、ひたすらに撃ち続けた。先程よりも、荒くなった銃弾は数だけ撃つと途中で止んだ。俺は白衣を引き千切る。俺の短機関銃の銃弾が、腹にめり込み据えられた、もう一人のヒトの頭蓋骨を砕いた。
XM307 ACSWはアメリカ軍が開発した基本的に二人用のマシンガンだった。だからといって、二人の人間を合体させて片方の人間の両手にはマシンガンを接合し照準を合わせさせ、もう一人の人間には重たい武器を持ち運ぶための機動力と発砲という行為を行わせるなど。こんなの……人間が許されることじゃないだろう。
「なんっっつー、バケモンだ。もう一人、腹に頭と腕、脚までもがくっ付いてる」
俺は正直、振り返りたくなかったが被害状況を確認するため振り返り、目を細めた。俺の視界から煙が晴れた時、半分以上の隊員が銃弾を浴びて、意識を消失させて倒れているか、意識はあるが重傷を受けていた。
「隊長、一旦退避しましょう」
マシンガンの発砲を咄嗟に避けたために、無傷であった女隊員が体制を整えることを提案して来る。当たり前だ。このままだと、更に死人が増えるかもしれない。
「すまない。亜里沙、ここの指揮を頼む。外に出して救護班に連絡してくれ。救護班が来るまでの応急処置と、この番号に連絡をするんだ。俺の名前を言えば直ちに来てくれるだろう」
女隊員━━俺のそこそこの刑事人生で最も優秀だと思える警察官が、この赤崎亜里沙であった。彼女の類まれな状況把握の力と冷静さ、運動神経に俺は幾度と助けられている。今の惨劇も亜里沙は咄嗟に、横の部屋に飛び込んで銃弾を浴びた仲間を部屋に引っ張り込み追撃を防いだのだ。
だからこそ、信頼できる。
「隊長も一緒に戻りましょう」
「すまねぇ。俺は、上階に進む」
「宮下さん!ご同行願います……」
「隊長命令だ。先に戻っていてくれ…………頼む。お前にしか頼めないことなんだ」
「上にもバケモノがいるかもしれないじゃ無いですか。だったら私も……」
亜里沙は俺を見ずに、転がる無惨な改造人間の骸を視界に入れながら下唇を人差し指の先でなぞる。
「俺に何かあった時、今後の隊員を率いれる器量のあるヤツはお前しかいねぇんだよ」
俺の訴えに溜息を吐き、亜里沙はエレベーターの側を向く俺と反対方向に足を進めた。意識のある隊員たちを助け合わせて非常階段を降り、外へ向かった。
「ちっ……。俺は一体何をしてるんだ」
予想を超越した状況、未来ある若者である隊員を殉死させてしまった事で頭がイカれちまったのかもしれない。ただ一人、残された俺は改造人間の両腕に短機関銃を発砲した。残弾が切れるまで、俺は撃ち続けた。上半身を占めていた人間の心臓が確実に止まった。
「多分テメエは此処の科学者だったんだろうな」
千切れ飛び散る肉片の中から、名前や担当研究室の書かれた血がこびり付くネームカードが出てきた。その名前や情報にまでは、気が向かなかった。
俺は改造人間からXM307 ACSWを奪い、引きずりながらエレベーターに乗った。五階に何が待ち構えていようと。俺は無機質な壁の色とは真逆な、黒々に染まった闇に葬り去らなければいけない実験を繰り返していたであろう、この施設を潰さないといけない。
俺一人を乗せたエレベーターの扉が、音を立てて開いた。
(そうか。アイツらが最期に見たのは、こんな光景だったのか)
「よぉ、バケモノ」
扉の前には、同様に改造人間が似た型のマシンガンを構えていた。
俺は扉が開く前から、トリガーに指をかけていた。迷わずXM307 ACSWをその胴体に殆ど距離も開けずに撃った。スタンタンと数分前に俺たちに音を立てた殺戮兵器を、人であったバケモノに連射する。改造人間は勢いよく、その胴体を数メートル先まで飛んだ。尚、撃つことをやめない。四本の脚と四本の腕が力無く動かなくなっても、発砲を俺は止めなかった。
もしも、同じ改造人間が二体、三体いたら確実に俺は死んでいたことだろう。
「このデカ銃━━XM307 ACSWはグレネードランチャーなんだよ。変な改造しやがって……お前らは知らなかっただろ。そんな知識も無い素人に負けない程には、場数は踏んでんだよ……こちとら。刑事を舐めんじゃねーぞ」
二体目の哀れな改造人間も二人のニンゲンが重機関銃と共に接合されていた。
「取り敢えず、扉の開いている部屋から片っ端に潰してくしかなさそう……いや、誰か居るな」
考えるまでもなく、今まで一階から四階のフロアーとは異なり、部屋から微小な青白い光が漏れ、人の気配が感じ取ることができた。
肩や膝から鋭い痛みが感じられた。俺の両肩と右膝からは、ドクドクと血が流れていた。いつ負った傷だろうか。分からねえ。そんなことは、今は些細なことだった。
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