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第10章 夢の中の現実

第10章 夢の中の現実 8~Angel blowing the trumpet(ラッパを吹く天使)

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第10章 夢の中の現実 8~Angel blowing the trumpet(ラッパを吹く天使)

●S-1:男爵領/農場前広場・銃座

「うおおおおお……弾切れでござる」

 帝国陣営がエルフの大魔法と怯えていた嵐が去った。
 銃弾の嵐に打倒された数百という帝国兵の死傷者があたりに転がってはいた。
 だが、突入した帝国兵は3000を超えていた。
 密集陣形だったとしても二千発に満たない銃弾では壊滅させるほどの力はなかった。

前進!フォーラ前進フォーラ!」

 大混乱だった帝国兵だったが、その後方から騎士団が前進してくるとまた状況が変わった。
 騎士団は目的に前進していたわけではあったが、それによって帝国兵たちの退路は断たれてしまった。
 退れば騎士たちに踏みつぶされる。
 騎士にとって庶民や雑兵は人間ではない。
 平気で轢き潰すだろう。
 
 結果として騎士団が督戦隊のような形になった。
 退けば死ぬ。
 進んでも死ぬかもしれないが運が良ければ助かる可能性が少しある。
 選択肢はなかった。
 帝国兵たちは前進を始めた。


「これは……無念でござる。俳句を詠む時でござるな」
 
 そして賢者セージは傍らのヴァーニィへ視線を落とす。

「童よ。男爵邸に行くでござるよ」

「……やだ」
 ヴァーニィは賢者セージを睨んだ。
「僕はここで紗那様をお護りするために最後まで戦うんだ」

「狼狽えるな!」
 賢者セージは叫ぶ。
 彼の好きなアニメのセリフの真似であった。
「紗那を守るためにお主は男爵邸に向かうのでござるよ」

「え……?」

「紗那は男爵邸で子供や老人や負傷者を守っているのでござる。お主がそれを助けに行かなくてなんとする!」

「でも……」

「命令でござる。早くゆけい!」

「は、はい!」

 賢者セージの剣幕にヴァーニィは慌てて立ち上がる。
 少年の体には大きすぎるマスケット銃を握り、一瞬だけ賢者セージを振り向いてから走り出した。

「死ぬではないぞ……」
 賢者セージは小さく口の中で呟いた。


「敵が!敵が来る!」
 銃手として来ていたドワーフが悲鳴を上げる。
 彼はもともと戦闘要員ではない。
 鍛冶師なのだ。
 
「ふははははは!やつらにはこう言ってやるのだ。馬鹿めナッツでござる」

「な、何言ってるんだあんた!?」

「……一度言ってみたかっただけでござる」
 賢者セージが小さく笑う。
「さ。お主らも逃げるでござるよ」

「あんたは?」

「拙者はお主らの撤退を援護するでござるよ。さあ、さっさと行くでござる」
 臆病で引きこもりのオタクの姿はそこにはなかった。
 未だに男が漢であった昭和の遺物がそこにいた。
 今日より明日、明日より明後日と未来が希望に満ちていた時代の人間なのだ。

「戦争はやはり数でござるな。クロ殿」
 迫りくる帝国兵たちを見た。
 十字砲火で敵が士気喪失して潰走するのを期待したが、今一つ効果が薄かったのかもしれない。
 弾数が足りな過ぎたのだ。
 数万発あったら効果抜群だったろう。
 ウォーゲームマニアでもあった彼はユニットが士気モラルチェックに失敗して『混乱』というマークがつくかと思っていたが、どうやらそうはいかなかったようだ。

「やはり、最後はアレでござるな」
 撃ち終わった火薬の煤を指にとって、自分の頬にバッテンを描いた。
 マスケット銃を手に取って構える。
「やられはせん!やられはせんぞお!」

 言ってみたかった。
 彼の笑顔にはそう書いてあった。
 死ぬまでオタク!





●S-2:世界のどこか/虹色の光

 視界は虹色の光で包まれていた。
 紗那にはもう判っている。
 夢の世界で世界を渡る時に見る光景なのだ。
 この状態はそう長くはない。
 ほんのわずかの時間だ。

 やがて見えてくるはずだ。

 今度はどのあたりに出るのだろうか。
 アニメや映画だとそれまでとは違った、でも重要な場面と場所にさっそうと登場するのがセオリーだった。
 古びた神社とかなにやら曰くのある場所か入り口だったのだから、今度の出口もまた神秘的などこかだろう。
 精霊の泉とか、それっぽい遺跡とか、あるいは最初に見た召喚儀式の間とか。

 さあ。来るぞ!
 と紗那は身構えた。
 
「不思議な冒険始まる~♪」

 子供のころに繰り返して見たアニメの主題歌が口に出た。
 ワクワクが止まらない。
 夢の中の物語なのだからきっと面白楽しい展開があるはず。


 紗那の見ている風景が変わった。

「とーちゃーく!」

 辺りを見回す。
 きっと新しい何かが……。

 が、そこで見たものは見慣れた風景だった。

 男爵邸の中庭。

 何か特別な建物とかはない。
 ただの広い庭である。
 装飾や植木に拘ってもいないので、なかなかに殺風景……なはずだった。

 が、今はそうではない。
 避難民や負傷者が集まり、ある者は横になり、ある者は震えて毛布を被り、精神的にも体力的にも少し余裕のある者は炊き出しの手伝いをしている。

「お……おー?お祭りの準備、じゃないよねー?」
 沙那が首を傾げる。
 そもそも人が集まるような場所ではないのだ。
 状況が呑み込めない。
 
「きゅっきゅっきゅーっ!」
 バタバタバタと丸っこいぬいぐるみの様なペンギンたちが走ってくる。
 クローリーが沙那のために作った自律型ゴーレムたちである。
 通称ペンギン親衛隊とも呼ばれるが、この地でペンギンを実際に見たことある者はほとんどいないので正しい姿なのかなかなかに怪しい。
 沙那の話と画伯的な落書きを基に制作されていたからだ。
 基本的に魔法プログラムが『沙那を御守する』まま、戦闘の忙しさで放置されていたので、することがなくて中庭で警護していた。
 沙那がいなければほとんどただのぬいぐるみだ。

「お。おー!ぺんぎんくんたち元気ー?」
 走り寄ってくるぺんぎんたちを迎えるように、沙那はスクーターから降りて抱き上げる。
 体長1m近いので下手な子供よりも重いのだが、ぺんぎん好きな沙那には気にならない。

「きゅっきゅーっ」
 抱かれたペンギンが沙那の胸の谷間に埋まる。
 すりすりすり。

「しかし……これはいったい……」
 沙那は周囲を見回す。
 雰囲気がいつもと違う。
 なにやら尋常じゃない。

「沙那様ーっ!」

 少年の声がした。
 ヴァーニィだ。
 沙那の姿を見つけて仔犬のように駆け寄る。

「あ。バニーちゃん。元気そーだねー」

「……バニーじゃないです。ヴァーニィです」
 ヴァーニィはぷるぷると首を振った。
 沙那はいつもそういう呼び方をしている。
 なんでも可愛くしようとするアホの子なのだ。

「えー?うさちゃんでも可愛いと思うけどなー」

「で、でも、ご無事でよかったです!」
 ヴァーニィには安堵の色が見える。

「ぶじ?なーに?それ?」
 沙那が眉を顰める。
「これ、どーかしたのー?なんか人いっぱいだけどー」

「化け物とか謎の軍勢とかが攻めてきたんです!」

「む?むー?」
 沙那が怪訝そうにしていると戦闘の鬨の声や剣戟の音が遠くから聞こえてきた。
「どゆこと?」

「早く安全な場所にお逃げください!」

「どこに?」

「え、えーっと……」
 この小さな男爵領に逃げる場所はないのだ。
 強いて言えば港から船に乗るとかもあるにはあるが。
 事情をよく知らないバーニィには飛行船は思いつかない。
「と、とにかく。ここは僕が守りますから」

「バニーちゃんが?」

「はい!賢者セージ様が沙那様を御護りしろと」

「あのブ……じゃない、賢者セージが?んんん?その本人は何処に?」

「敵の大軍を前に……僕を逃がすために……」
 ヴァーニィは涙ぐんでいた。
 賢者セージが逃がしてくれたことを理解しているのだ。
「農場の前で立ちはだかっていますが……エルフ魔法の種が切れて……」

「ふむふむふむ……。よーく判った!……いや判ってないけど判った!」
 沙那は適当に頷いた。
「これはあれだね。みんなが大ピンチの時に颯爽とボク、登場!な状態だね!」

 なんと都合の良い展開!と沙那は思った。
 夢の中の世界だから、沙那に都合の良いストーリーが展開してるのだろう。
 と考えた。
 ならば……。

「ボクの出番ってことかー!」
 スクーターに縛り付けた荷物を慌てて下す。
 かなり雑な感じだったので、取り付けロープを解くと文字通りドサドサと音を立てる。
 
 ごつん。
 
 一際、重く大きなものが下す時にスクーターに当たった。
 衝撃でポトリとマフラーが外れて落ちる。
 キャンプなどに使う発電機だった。
 電気製品を動かすつもりだったのだ。
 ホームセンターで購入した混合燃料もあるのでなかなかの重量だった。
 法律で携行缶へのガソリンの購入規制が厳しいので、スクーターの燃料も兼ねてだいぶ買い込んできていた。

 他にも重いタンクやらなにやら。
 図鑑全集もなかなかの重量と大きさを誇る。
 よくぞスクーターに積み込んだものだった。

「ま、いいか。このくらいで」

 大きくバランスを崩すものだけ下すと、スクーターに跨る。
 なにやら事態は一刻も争うような雰囲気だ。


「あの……沙那様。それは……?」
 ヴァーニィにはスクーターが何か判らない。
 何か不思議なモノにしか見えない。

「ん。えーっと。ボクの世界の馬!……みたいなものだよ」

「馬……」
 小さい。
 とヴァーニィは思った。
 乗用馬どころか、ポニーとしてもだいぶ小さく見える。

「あ、でも……」
 エルフの馬と思えば不思議はないのかもしれない。
 それにしても小さい。
 なにより生き物には見えない。
 だが、ぺんぎんの存在を考えればそういうものなのかもしれない。

「ふっふっふー。あ、バニーちゃん、この子をよろしくー」
 沙那がひょいっとヴァーニィに投げてよこす。
 猫のモモだ。
 あまり大きくないので投げやすいのかもしれない。

「わっ」
 慌ててヴァニーは猫を受け取った。
 彼が知ってる猫とは違って小ぎれいで毛並みも良い。

「それ、ボクの猫だから大事に扱ってねー」

「さ、沙那様は……」

「ボクは……騎兵隊かな!」
 にぱっと笑ってスターター・ボタンを押す。
 すぐにエンジンに火が入る。
 整備状態も良好な上に、毎日動かしていたので一発始動だ。

 ただ……とても煩かった。
 マフラーがないスクーターがこれほど煩いとは沙那も思ってもみなかった。
 まるでスーパーカーか古いアメリカ車のようだ。

「じゃ。ちょーっと行ってくるねー!」
 沙那はアクセルを回した。
 スクーターがウイリーしそうな勢いで走り出す。



●S-3:男爵邸/農場

「おお……これは……」
 
 賢者セージは呟いた。
 どこからともなく爆音が鳴り響いていた。

「まさしく、天使のラッパのようでござるな……」

 彼が思い浮かべたのはヨハネ黙示録であった。
 昭和末期から平成初期は世紀末だというので様々な噂や都市伝説が流行った。
 特にノストラダムスの大予言などは連日、TVで特集されるほどだった。
 
 そして、よりオタク度が高いと黙示録ネタは鉄板だ。
 世界の終末になるとラッパを吹く7つの天使が現れるという。
 そのラッパの音が響くとき、世界が終わりを告げる……らしい。

「第一の御使いラッパを吹きしに……」

 黙示録の一説が口をついて出る。
 オタクの嗜みである。
 いよいよ自分は死ぬのだ。
 そう思って目を瞑る。

「しかし……天使のラッパとはなんとも……北関東風でござるなあ……」

 目前には突撃してくる帝国兵たちの姿があった。



「うーん……これは……」

 スクーターの爆音が響き渡っていた。
 ここで三連エアホーンがあれば、昭和の暴走族よろしくパラリラパラリラ鳴らすと似合うかもしれない。

 元々が街中での使用しか想定されていないスクーターは、砂利まじりの未舗装路グラベルの走行には合わない。
 がたがた揺れるし、なにより車輪の径が小さいために路面にハンドルを取られやすい。

「こんなことならオフロードかモタードに乗るべきだったなー……ギア付き乗れないけどー」

 油断すると転倒しそうだ。
 タイヤもオンロード用なので危険極まりない。
 
 ただ、マフラーなしの爆音は凄まじい。
 戦闘中の兵士たちの注目を浴びるほどである。

「よし。イズミちゃん!」

「はい?」
 沙那の髪の毛の中から、10センチくらいの裸の少女が顔を出す。
 水と泉の精霊女王……沙那命名イズミちゃんだ。

「良く判らないけど、あれ!あれ、お願い!まほーの力をフルパワーで!」
 沙那が左手でミニスカートの中……脚のホルスターから銃を取り出す。
 クローリーが作った、精霊の魔力で動く銃だった。
 ミスリル鉱で作られているためにとても軽い。
 プラスティックのエアガンかそれ以下の重量だ。

 形は現代の銃とはかけ離れていて、クラシックなマスケットのピストルのようだった。
 表面には蔦のような幾何学模様が刻まれており、魔力充填量を表示する宝石が3個埋め込まれている。
 魔力が注入されると1個づつ光が点る……ハズだ。

「うん。どのくらい?」

「目いっぱい!ここは見せ場だからねー!全力も全力!魔力マナちから最大でー!」

「はーい」

 イズミの全身が魔力のオーラに包まれる。
 沙那やクローリーしか見えないのだが。
 今まで、そこまでの姿を見せたことはない。



「黙示録の天使は7つでござったな。これはさっきから続いていて1つ目なのか2つ目以降なのか……」

 賢者セージはぼんやりと考えていた。
 夜中に国道をのろのろと爆走する集団を思い浮かべる。
 あれは睡眠妨害であったな……と。

 黙示録のラッパの音は、次第に大きく、そして近づいてきているようだった。

「うむ。これは天使の姿が見られるかもしれないでござるな」

 賢者セージは目を開ける。
 死を覚悟していたが、なかなかその時が来ない。
 そして……。

 見えた!
 爆音立てて走ってくるスクーターと、それに跨る少女の姿が。

「む?……天使の割に露出度が少ないでござるな。なによりもっと胸は小さい方が好みでござ……」

 その時。
 光の奔流が走った。
 沙那が構えた銃から伸びた光が辺りを薙ぎ払う。

 一薙ぎで数百の帝国兵が吹き飛んだ。
 そして、二薙ぎ目が更に数百の兵士をなぎ倒した。

「……なんでござるか!デタラメにも程があるでござるー!?」



「ちょっとぉ。イズミちゃん。なんか……思ってたよりも凄いことになってるんだけどー!」

「……だって、沙那は全力でって言った」

「いや!そーだけどー!」

「抑えたほうが良い?」

「……ううん。このままいこー!ここはボクのターンだし!」

 沙那は次々に銃で辺りを打ち払っていった。
 その姿はまさに、賢者セージが思い描く終末の天使そのものだったのかもしれない。



●S-4:前線

「なんだ……あれは……」

 イストが目にしたものはまさに彼が欲してやまないエルフの大魔法の様だった。
 兵士を薙ぎ払う謎の光。
 彼が今まで見知ったエルフの大魔法の比ではない。
 射程とか関係ないかの様だった。
 
 それまでエルフの大魔法の多くは100mくらいが有効射程だった。
 それが……先ほどのエルフの礫と同じかそれ以上の射程があるようだ。
 あれこそが大魔法。
 戦略兵器足りえるものに思えた。

 数度、光の刃が煌めき、最先頭の軽装用兵団はもとより、その後方の騎士団までが打倒されていった。
 教会が送り込んだエルフの大魔導士チュアルも巻き添えになって倒れていた。
 訳が分からない。
 クローリーはいつ、どうやって、あのようなエルフを手に入れたのだろう。
 何の報告もなかったはずだ。

 あれでは5千どころか、帝国軍の半数があっという間に討ち取られるだろう。
 前線は大混乱だった。
 傭兵も騎士も関係ない。
 死を呼ぶ光から逃げるために逃げ惑っていた。
 
 必死に後方へ逃げる。
 一歩でもあの恐るべきエルフの少女……死神から離れたいのだ。

「これは……しかし」
 彼も落ち着こうと必死だ。
「……この敗北は私のせいではない。ヘインリヒ王の無能さ故のものだ。そう。私は関係ない」
 平静を取り戻すために責任を他者に押し付けたかった。



「沙那様だー!」
 残った防塁に立て籠もって、絶望な気分にあった男爵軍が歓声を上げた。
 先の戦いでも銃を煌めかせて戦場を駆けた少女のことは誰もが知っていた。
「おお……確かに……」
 それは彼らにとって勝利の女神の様だった。

「奥様だー!」
「奥方様が来たぞー!」
「沙那様ー!」
「奥様、バンザイ!」


「奥様違うーっ!」
 歓声が流石の沙那にも聞こえてきた。 
 いくら爆音を立ててるとはいえ、人の叫び声は判別できる。
 ここは全力で否定しなければ!
「超絶無敵美少女の沙那ちゃんだよー!」
 厚かましかった。

「沙那奥様ー!」
 女性の声だった。

「ちょっとー!?今のマリちゃんだよねー!?訂正してー!」
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