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第10章 夢の中の現実

第10章 夢の中の現実 5~Never throw out anyone

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第10章 夢の中の現実 5~Never throw out anyone


●S-1:車輪神社境内

 もしもこの神社に宮司や神主が常駐していたら、大変なことだったろう。
 少女がスクーターに乗って参道を入ってきたのだ。
 沙那だった。
 しかもスクーターには荷物がてんこ盛り。
 よくぞ転倒しないものだと思われるほどだった。

「積みすぎたかなー。でも、おっけい。ここまで来れたんだからだいじょーぶ!」
 
 沙那がむんとガッツポーズする。
 動きも表情も相変わらず子供っぽい。
 よくぞこれほど真っすぐ育ったと思われるほどだ。

「ちょっとドキドキするねー」

 顔を出して肩の上に乗ったイズミに話しかける。
 体長10センチほどの水の妖精だ。
 一糸纏わぬ裸の少女のような姿をしている。
 何故か紗那に懐いているのだ。

 イズミは小さく頷く。
 ここまでくれば一蓮托生である。

「さ。いくよー」
 スクーターを押しんがら例の車輪らしき円盤に近づくと。

「沙那っ!」
 誰かの呼ぶ声が響いた。
 沙那が声の方に振り向くと、猫のモモを抱きかかえた姉の優海が立っていた。
 息を切らしているから、走ってきたのかもしれない。

「あれ?お姉?」
 沙那がきょとんとした。
「どーしたのー?」

「どうしたもこうしたも……何をしてるの?」
 優海の言うことももっともだった。
 キャンプ用品やらなにやらスクーターに満載して神社の参道を押して歩いてるのを見たら、さすがに誰でも驚く。
 たくさんの荷物を積んで出かけるのを見かけて、尾行してきたのだ。

「ん?んー?前に話したでしょ。新世界の冒険シーズン2に行ってくるんだよー」
 
「さ、沙那……」
 これは流石に尋常じゃない。
「帰ろう?」

「ふっふっふー。お姉がどういうキャラ位置かはわからないけどー。こっちと行き来がしやすくなったら一緒に行くパターンかもしれない」
 沙那の中ではいまだに夢なのだ。
「むこーの入り口は判ったけど、こっちから行くときのむこーの出口の場所がはっきりしてからねー」

 にぱっと笑って沙那はスクーターを押す。
 ちょっとでもバランスを崩したら転びそうだ。
 どう見ても車じゃないと運べなさそうな量に見える。
 若さとは恐ろしい。
 無理、無茶、無謀の三無主義だ。

「ちょ……ちょっと!」

「じゃ、行ってくるねー!」
 沙那はおもちゃにしか見えない銃を円盤の12時のあたりに載せた。
 あちらの世界由来のものはこの銃か、イズミくらいしかない。
 
 虹色の光が雲のように湧き出した。
 イリュージョンなマジックショーのドライアイスの煙の様でもあった。
 手をぶんぶんと振った沙那がスクーターを押しながら円盤に触れる。
 虹色の光が迸った。
 竜の城の時と同じだ。
 もちろん優海には判らない。

 唖然とする優海の腕の中からするりと猫のモモがすり抜けて、沙那へと飛んだ。
 僅かの差だった。
 クローリーとは違い、モモはギリギリのタイミングで沙那に飛びついた。
 何を感じた本能なのか、あるいはただご主人様に甘えようとしただけなのか。

 優海は目の前で、沙那がスクーターやモモをを連れて消えていくのを眺めることしかできなかった。
 慌てて円盤に近づいて、触ってみるが……何も起きない。
 向こうの世界に関わるものを一切持っていないからだった。
 周囲を見回し、沙那がどこかに隠れていないかと探してみる。

「沙那ーっ!?」

 忽然と消えたとしかいう他なかった。
 狐につままれた感じだった。
 マジックで驚くふりをする仕込みの観客のようですらあった。
 優海の脳裏に『神隠し』という言葉が浮かんだ。
 もしかしたら、世に言う神隠しの一つはこれなのかもしれない。





●S-2男爵領/最前線

 攻め寄せてきていた蛮族軍は潮が引くように後退していく。
 一部の砦に猪人オークが取りついていたが、シュラハトが剣を振るっての必死の防戦でなんとか撃退していた。
 クローリーも火炎爆発球ファイヤーボールを景気よくぶっ放し続けて、構成要素マテリアルコンポーネントが少し心許ない。
 総攻撃ではない程度とはいえ、それでも蛮族軍の圧力は凄まじかったのだ。

 戦闘は一度敵を後退させたら終わりなわけではない。
 数的有利な側は何度でも押し寄せてくるだろう。
 そして、兵士も武器も減少していく防御側は常に不利なのだった。
 クローリーの魔法のタネが尽きたり、シュラハトが倒れたりすればそこからあっさりと瓦解するだろう。
 

「いやあ……なんとかって感じっスなあ」
 よっこらしょという感じでクローリーは腰を下ろした。
 元気そうに振舞ってはいるが疲労は否めない。

 士気を維持するために領主自らが最前線に立たねばならない状況なのだった。
 今ここで緊張の糸が途切れれば、男爵軍は瓦解する。

「もう一押し来たらヤバかったっスな」

「普通に考えたら、追撃するチャンスかもしれねぇな」
 シュラハトが呟いた。
 戦闘で最も相手に損害を与えやすいのは追撃である。
 こちらも疲労が著しいが、敵も退るようならこちらよりも厳しいのかもしれない。
 配下にまとまった数の騎兵がいたのなら、迷わず繰り出しただろう。

「それはダメでござるよ。ブホゥ」
 賢者セージだった。
 いつもの擦り切れたジーンズにアニメTシャツ姿ではない。
 カーキ色に近い薄緑の不揃いな上下に、雑草を縛り付けていた。
 迷彩……のつもりなのかもしれない。
「釣り野伏の可能性もあるでござる」

「なんだそりゃ?」
 聞き慣れない言葉にシュラハトが不思議そうな顔をする。

「逃げると見せかけて、追ってきた敵を伏兵で叩く戦法でござる。敵の方が数が多いのだから、少し怪しいでござろう」

 賢者セージは逆さにした羽釜のようなヘルメットを被っていた。
 実はスパイク付きヘルメットのピッケルハウベのようなデザインを注文していたのだが、製作中に戦闘になってしまい、中途半端な状態で使っているのだった。
 少しみすぼらしいので、漁業用の網を被せて枯草を生やしている。
 おかげで余計に格好が悪い。

「守るだけでは士気が下がりやすいが、援軍が来るまで耐えれば反撃の機会はあるでござろうよ。ブヒョウ」

「……意外とまともなことも言うんだな」
 シュラハトは頷いた。
 敵が妙な動きをするときは何かを仕掛けている場合は少なくない。 
 警戒するのは尤もだった。

「お。軍曹殿でスナ」
 マーチスが賢者セージに気取った敬礼をした。
「第2話以降のヘルメットは網を被ってるのが良いんでスナア」

「違いますぞ。網が付いているのはカービーでござる。途中からBARの射手になるのでござるよ」
 賢者セージの鼻息が荒い。
 オタクはオタク知識を披露すると自慢げである。
「いつも、カービー!右に回れ!でござる」

 賢者セージは咳払いすると、皺がれた声を作って見せた。
「……ごほん。チェックメイト・キング・ツー、こちらホワイト・ロック応答せよ」
 ドラマ・コンバット!のサンダース軍曹のマネをしてみる。

「さすが賢者セージ殿デスナ!旧吹替版とハ!」
 そして、二人で肩を組んでコンバット・マーチを口ずさみ始める。

「お前ら……また、わけのわからねえことはじめやがって」
 シュラハトがこめかみを抑える。

「……いえ。極限の状況だからこそバカをやるんデスヨ」
 マーチスが微笑んだ。
「ワタクシたちは元々戦闘員ではありマセン。実はかなり恐ろしいのデス。そう、他の兵士たちと同じデス」
 周りでへたり込んだり、涙ぐんでる兵士たちを見回す。

「カラ元気でも出さなければ正気を保てマセン」
 マーチスのマスケット銃の銃剣には血糊が付いていた。
 彼もまた必死に戦ったのだろう。
「ココが正念場ですシナ」

 カストリア子爵からの援軍はまだ来ない。
 見捨てられるとは思わないが、動員と進軍で数日は掛かるはずだ。
 計画だけ存在する鉄道が完成していれば、あっという間に来援できたであろうが。
 それほどのインフラの完成はまだまだ数年は先だ。

「あとはルシエさんの空襲でどれだけの効果があるかですが……まだ1隻しかありませんシネエ」

 まさにその言葉と同時に、空が陰った。
 ルシエが指揮する飛行船ディルクロがゆっくりと通過して行くところだった。
 そして、ぽとりと筒を落とす。
 高度は100m程度なので、狙い違わずクローリーの傍に音を立てた。

 薄いミスリル鉱で作られた連絡筒で、本陣向けに優先で送るためのものだ。
 クローリーが拾って、開けると羊皮紙の文書が入っていた。
 文書というほどのものでもない。殴り書きに近い。

『領地外縁、南西5マイル石柱ポスト付近に進軍数軍勢あり。推定2万以上』
 
 クローリーの顔が強張る。
「方角からするとカストリアじゃなさそうっスな。帝国からの援軍っスか?タイミング良すぎっスが」

 そして文字は続く。

『教会の神殿騎士の姿あり』

「……敵ってことっスな」
 クローリーは眉を顰めた。
 先の戦いでもバラント男爵は神殿騎士団を連れていた。
 それも大魔法を使うエルフを擁して。
「普通に考えると、今夜か明日の朝には到着しそうっスな」

 援軍は間に合うだろうか。
 いや。そもそもが蛮族相手だけならまだしも、他の領主たちまで攻めてくるのではとてももたない。
 推定される兵力2万というのは、男爵子爵レベルの話ではないのだ。
 もっと上、あるいは複数の領主が同盟を結んでいるのかもしれない。

 おかしい。何かがおかしい。
 ここのところ、こんな辺境の小さな男爵領を攻撃する勢力が後を絶たない。
 豊かになりつつあるとはいえ、それは食糧の確保に目途がたっている程度だ。
 隣国がちょっかいをかけてくるのは判るが、様々な勢力が目をつけるほどのものではないはずだった。

「……何が狙いなんスかねえ」

「クロ。お前が誰かの恨みを買ってるとかな」
 シュラハトは笑ったが、実は的を得ていることには全く気付いていなかった。
「ちいっと戦争起こり過ぎだな。だがこいつは……」
 剣の柄でこんこんと自分の肩を叩く。
 肩が凝ってるわけではないが、そもそも鎧のせいで叩いても効果はないだろう。
「乱が起きる前触れなのかもな」




●S-3:アレキサンダー=カストリア領境/山岳地

 カストリア子爵の援軍はクローリーやシュラハトが考えていたよりも遥かに早く、動き出していた。
 援軍要請が届いた数時間後にはカストリア領を出立していたのだ。
 すでに騎兵と軽装歩兵が主体になった先遣隊が、主力に先んじて強行軍で山越えをしつつある。
 迅速などと生易しいものではない。恐るべし対応力だった。
 指揮をするのはアリシア姫。
 当主であるアルベヒトが、男子でなかったことが惜しいと常々口にするような姫だった。

 剣に秀でているわけでも、魔術が巧みなわけでもない。
 だが、果断にして行動が迅速。
 眉目秀麗なために目立つと同時に支持者も多い。
 普段着のドレスに胸甲を付けただけのような馬に跨る姿は、伝説や神話に登場する勝利の女神の様ですらあった。
 後世になっても度々、その活躍が語り継がれることになる女性の一人だった。

 慌てて準備もそこそこに飛び出してきたからの恰好であったのだが、それがさらに勇ましく神格化されそうであった。
 彼女にとって正直なところアレキサンダー男爵領自体はどうでも良かった。
 クローリーが戦死していても驚きはするが、落胆はしないだろう。
 想うことはただ一つ。
 将来の伴侶と決めたリシャルの存在が彼女を動かしていた。

 若く、美形で、頭脳明晰、文武両道の少年はそろそろ20歳に近いが、相変わらず少年の面影を残していた。
 容姿ももちろんだったが、子爵家を背負う次期当主としても期待していた。
 彼女自身だけでなく、両親も部下たちも皆が期待を寄せる人物だ。
 例え時代が治世でも乱世でも、傑出した存在になるに違いないと考えられていた。
 男爵領が滅びるとなればリシャルもただでは済まないだろう。
 最悪の事態にあっても、必ず救出したかった。
 その強い思いが素早い行動を可能にしていた。

 配下の騎士たちからすれば、アリシアが実は男でリシャルが姫なら最高の組み合わせと状況だと思っていたようだが、そこまで上手くはいかない。
 救い出す対象が美しい姫なればさらに絵になるであろうに。
 今回ばかりは立場が逆だが、それでも充分にモチベーションとなってはいた。
 なにより彼らは対蛮族の任を与えられたハーバル辺境伯爵麾下の戦闘貴族の兵士たちなのだ。
 相手が蛮族と聞けば奮い立つ。
 帝国創生から1000年経っていてもそれは変わらなかった。
 最前線の兵士たちは帝国中枢のように腐ってはいない。

「あと数年経てば馬より早く軍勢を移動させる魔法の街道を作ると伺ってはいましたけど、それが今あれば良かったですわ」
 アリシアは本気でそう感じていた。
 鉄道の理屈は聞いても良くは判らなかった。
 ただ、どうやら魔法的な新しい移動手段だとだけは理解した。
 どういうものか想像もつかないが、あのエルフたちは自信ありげだった。
「どうせなら空を飛んで大勢を運べるような魔法が欲しいところでしたのに」

 まさか飛行船などがあるとは思いもよらない。
 飛行魔法の存在自体は知っていたが、それが困難な魔法であることも聞き及んでいた。
 必要な構成要素マテリアル・コンポーネントがきわめて高価だったからなのだ。
 
 気持ちは逸るアリシアだったが、部下たちを無理には急かしずぎたりはしない。
 強行軍は士気の維持が重要なのだ。
 士気が下がれば疲労もしやすくなる。
 精神が弱れば肉体を蝕んでしまうものなのだ。
 そのことをよく理解している彼女は、鼓舞こそするが叱咤はしない。
 それにこの速さはすで十分と言えるほどに常識を逸脱するほどのものだったからだ。

 あと半日と掛からずに予想される戦場へは辿りつける。
 順調に進めば帝国軍と同時か、あるいはより早く到着しそうだった。
 もちろん、蛮族以外の軍勢が動いていることをアリシアは知る由もない。
 時代が大きく動き出していた。
 アリシアが願っていた時代が到来しつつあったことを、この時の彼女はまだ知らなかった。
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