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第10章 夢の中の現実
第10章 夢の中の現実 2~New World
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第10章 夢の中の現実 2~New World
●S-1:花厳邸
実のところ紗那は暇を持て余し気味だった。
この世界の設定年齢だと高校卒業目前のはずなのだが、行方不明だった扱いなので高校には入っていなかった。
同級生たちは大学入試の追い込みで忙しい。
早い子は推薦入学の試験が近いから余計に大変だ。
しかし、紗那にはすることがない。
困ったことに高卒認定試験(大検)を受けるか、高校に一年生として入学するかの選択肢しかなかった。
登校拒否でもないのにとは思ったが、制度は制度、仕方がない。
つまり、猛勉強するか、春になるのを待つかになる。
もちろん勉強は……面倒だった。
それよりも、どうせ夢の世界のままなら色々と見て回りたかった。
冒険だ!
行動範囲を広げたい。
そう思った。
ケーキバイキングだって夢の中なら3個以上食べられるはずだ。
「お姉ー。表のバイク貰って良ーいー?」
紗那は姉の優海に訊いてみた。
「良いけど。ほったらかしだったから動くかな?……それにどうせなら、もうちょっとしたら自動車の免許取れるんだから、それで車にしたら?」
優海の言うことも尤もだった。
スクーターは手軽だが、安全性は車の方がずっとマシだった。
それに……。
即断即決!は紗那のモットーだ。
何よりも、夢のが覚めないうちに行動すべきだと考えていた。
夢は寝ているレム睡眠時の30分ほどしかないといわれている。
ダラダラしてたらせっかくの夢の世界が終ってしまうかもしれない。
悪夢なら願い下げだが、今のところなかなか愉快な夢なのだ。
父はもうすぐ18になる紗那のために自動車を買ってあげようとまで言い出していた。
娘に何かしてあげることが嬉しいのは世のお父さんたちの習いなのかもしれない。
何がいいかな?軽はぶつかったときに怖いな。
外車でも良いが最初はすぐぶつけそうだから中古だな!などと鼻歌を歌いながら呟いていたりもした。
「ん。原付の免許は1日でとれるっていうから、とりあえずはって感じかなー」
紗那は免許制度に詳しくはないので、ネットで検索した結果だ。
確かに学科試験でとれるのだ。
実技講習もあるものの。
自転車の延長で行けそうな気がしていた。
「そういうのもありかも」
優海も少し考え込んだ。
「でも、飛ばさないでよ?紗那は度胸だけは良いからちょっと心配」
「度胸だけってなーにー?」
「全く誰に似たのやら」
たぶん姉妹とも基本的な性格は変わらないかもしれない。
あるいは母親からなのか。
思い切りの良さは折り紙付きだ。
おかげでクローリーは少なからず振り回され続けてきたのだ。
数日して、紗那は原付免許を取得した。
試験自体が久しぶりだったので少し緊張して行ったが杞憂だった。
油断はできないが、心配していたほどではなかった。
16歳で取得可能なくらいのものだから、なんとかなるものだ。
むしろ……実車を動かす時の方が大変だった。
エンジンをかけるという動作自体が自転車にはなかったから、音と振動にかなり驚いた。
迂闊にアクセルを開けるとすごい勢いで飛び出そうとする。
これはなかなかに恐ろしい。
そして紗那は確信した。
「うん。遠出するときは、お姉に車を出してもらおー!」
大通りはできるだけ走りたくない。
慣れるまでは当分、近場だけにしようと心に決めた。
それでも行動範囲はかなり広くなった気がした。
今までなら自転車にはちょっと遠く、バス移動は少し面倒だった場所も、スクーターならそこそこ気軽に行けた。
なかなかに便利だった。
しかし、それだけだとただのプーでしかなかった。
これはいけない!と感じた紗那だが、じゃあ、何を行動すれば良いか思いつかない。
「まいったー。便利すぎて何してよいか思いつかなーい!」
油断するとぼんやり動画を見ていたりの生活になりそうだった。
目的を見失うとどう行動して良いか判らない。
若さゆえかもしれない。
もう少し年を取っていれば、ゆったりまったりゴロゴロするのだろうが。
気ばかり焦るようになる。
そうか。面白仲間がいないからかもしれない。
異世界っぽい時はなかなか忙しかった。
誰かが『何か』をやらかしてくれたり、『何か』事件が起きたりと目まぐるしかったからだ。
あれもない、これもない、で色々作ったり考えたりするのもだ。
今は、同級生たちは受験準備で忙しいし、遊びに付き合えるのは卒業を控えて単位に余裕がある優海くらいしかいない。
もちろん、水族館に生ぺんぎんを見に優海に連れて行ってもらったりもした。
縫いぐるみも買ってもらったし、お小遣いをもらったり。
どうも、いまだに妹を子供のように思っている節はあったが。
「ボク、けっこー大ピンチかもしれない……」
●S-2:自宅/沙那部屋
「イズミちゃん!」
「はい」
紗那が呼びかければすぐに顔を出すイズミだ。
いつものように紗那の髪の毛の中に潜り込んでいて、必要な時に顔を出す。
動物と違い、普段は完全に消えておけるところが謎だ。
精霊便利すぎる。
「冒険するよー!なんでもいいからー!」
「ぼうけん……?」
イズミが首を捻る。
「毎日が冒険だけど」
「ううん。もっとピンチっぽい事件とかー」
「わたしはいつも毎日がピンチ……」
「なんで?」
「魔獣が……こっち見てる」
イズミが指さす先には……。
猫がいた。
紗那の愛猫モモだ。
イズミが顔を出すとフー!と唸って睨む。
猫は何かが見えると良く聞くが、どうやら精霊なども見えるのかもしれない。
「凶暴な魔獣」
「あれ、猫。可愛いよー?」
「吠えてる。絶対に猫違う。魔獣」
「だいじょぶだいじょぶー!」
「食べられそうな気がする」
「ないないない!」
「フー!!!」
「魔獣!」
「こらこらこら。仲良くしなさーい!」
沙那もお手上げだ。
精霊と猫の組み合わせとかって何かの番組で見たかなあ?と考えた。
思いつかなかったが、深夜アニメでありそうだと思った。
たぶん、夢の中の世界は沙那の知識と記憶から構築されているはずだからだ。
●S-2:市街地郊外
沙那が現代の現実世界に帰還してから、3ヶ月は経っただろうか。
秋も終わろうと、かなり気温が下がってきた頃である。
ほぼ毎日乗っているせいか、スクーターにもそこそこ慣れてきた。
推薦入試が続々と始まり、旧クラスメートたちも受験あるいは発表を待つ状態になっていた。
悲喜こもごもと言いたいところだが、この時期ならほとんどが指定校推薦ばかりで、そもそも落ちない。
よほど何かをやらかさない限りは99%は合格という日本らしいシステムだった。
一発受験ではなく、高校3年間の成績如何によって決定するので、「●●高校なら平均評定xx以上」などの基準をクリアしていればよい。
だが、沙那はそもそも高校に通ってないので、その評価はない。
エスカレーター式の内部選考で高校、大学にも行けたはずなのだが。
友達が次々に大学進学を決めているのを横目に見るのは、お祝いの気持ちもあるが同時に少し辛い。
自分が取り残されてる感覚が拭えないのだ。
1年遅れくらいならまだ良い。
さすがに3年以上となるとなかなか心にクるものがある。
自分だけが社会からはみ出てしまったようにも感じる。
長い人生、まだまださ!と割り切るには沙那は若すぎた。
世間の目は厳しい。
最初は心配気だった旧クラスメートたちも、少しづつ距離を取り始めている。
それとも、それは沙那の被害妄想なのだろうか。
焦りなのか、沙那はふらっとスクーターで出かけるようになった。
といっても夜遊びではない。
パパ活するほどお金に困っているわけでもない。
ただ、山や砂浜などに行き、ボーっとながめるだけだった。
それも朝から夕方まで。
暗くなるまでにはちゃんと帰宅する健康的?な生活だ。
紗那が遂に暗黒面に……はならなかった。
なにせここは夢の中。
面白そうなイベント以外は学校生活なんかなんのその。
夢の中の新エピソードを探しに奔走していただけだった。
「ううむ。そろそろ何か動きがあっても良さそうなのにぃ……」
そんな紗那を家族は温かい目で見守っていた。
3年半分を取り戻すのに苦労しているのだろうと。
そして、今日も今日とてスクーターを走らせる。
出かけようとすると、モモがついてきた。
いや、追ってくる。
家の外には出したくないのだが、沙那から逸れまじ!と猛然と走ってくる。
そして、飛びついてくる。
もう、猫というより犬である。
せっかく再会できたご主人様に逃げられたくはないのだろう。
閉じ込めておけないので、沙那は諦めてスクーターに乗せるようになった。
足元のインナーポケット……ちょっとした小物やペットボトルが置けるくらいのスペースに、ちょうどすっぽり入った。
見た目の大きさのわりには意外と猫はスリムである。
シート下のヘルメットを入れるスペースに押し込むより、窮屈さはないような気がした。
位置的にも走行風が当たるような場所ではないのも安心感はある。
欠点は飲み物を置いておくスペースがなくなることだったが、スクーターを運転しながらジュース飲むわけじゃないから良いかと割り切った。
イズミは『魔獣』が近くにいることを嫌がってはいたが。
両親や姉は学院への復学と高等部への進学の手配をしてくれているようだったが、任せっきりになっている。
どうも何か違う。
冒険の切欠が足りない!
そう考えていた。
せっかくの夢の中、第二部のストーリーの始まるエピソードが何も始まっていないのだ。
「これはおかしい……」
沙那はぐぬぬとなっていた。
「さな。焦ってる?」
イズミがひょいっと顔を出す。
「焦ってる!」
断言した。
「なかなか新展開が発生しないー!」
「しんてんかい……」
イズミは何とも言えない。
そもそも紗那の元いた世界の状況もさっぱり把握できていない。
判ることは魔法っぽい便利なものがあることだけ。
それに紗那が何を求めているのかも見当つかない。
「あれは?」
イズミが身を乗り出して指さす。
「ん?」
その先には鳥居があった。
郊外によくある神社である。
日本は至る所に小さな社があるものだ。
ここは八百万の神の国。
トイレの神様さえ何柱もいるのだ。
「あー。こういうのあちこちにあるよー」
一瞬、期待してしまった紗那は少しがっかりした。
寂れた神社は珍しくない。
神主や宮司が常駐していないのも普通の光景だ。
昔々はいたのかもしれないが、後継者不足なのか経営不振なのか。
それでも荒らされないのは日本の不思議なところかもしれない。
「くるわ神社……でも、ひらがななのは珍しいかなー」
鳥居の横には四角い石の柱が建っており、林立したススキのせいでかなり隠れてしまっている。
そこに、辛うじて判別できるような擦り切れた文字が彫り込まれていた。
かなり風化している。
「クルワッ!って感じなのかなー」
紗那はけらけらと笑った。
どう考えても擬音か何かにしか見えない。
「ふひひひひ」
背後からしわがれた笑い声が聞こえた。
老婆の声だった。
紗那はキターッ!と思った。
彼女の感覚では、 こういう場面では謎の怪しい老人が登場するものなのだ。
見ると腰の曲がった小柄な老婆だった。
平均より小さめの紗那より更に背が低いだろう。
昔の日本人は小柄なのだ。
「罰当たりなこと言っちゃあイカンぞお」
老婆ははっきりとした口調だった。
アニメに出てくる老婆に活舌の悪いキャラクターはまずいないのと同じ気がした。
総入れ歯が飛び出しそうな雰囲気はない。
「ここはくるわ様を祭っておるのじゃ」
「くるわ様ー?」
紗那は首を傾げた。
神様じゃなくて妖怪か物の怪の類なのかも?と紗那は少し思った。
「くるわは、廓じゃよ。若い子には判らんかもしれんがのう」
通りすがりの謎の老婆はこくこくと頷きながら喋る。
空想ガムなのか、バーチャルガムなのか、何かを咀嚼してるように顎を小刻みに動かしている。
「昔は貧しい家の娘さんが売られたりしてのう。男を相手に商売するような場所を遊郭と言んじゃが、廓ともいう」
「……神社でそんないかがわしいことやってたのー?」
「違うわい」
老婆はくわっと吠えた。
もしかしたらこの老婆こそが謎の妖怪くるわ様なのかもしれないと、紗那は思った。
「そういう悲惨な身の娘さんたちが逃げ出して、自ら命を絶ったりすることが多かったのじゃ……と云われておる」
「ここで?」
「ここではない。が、その魂を鎮めるために建てられたそうな」
「へー」
紗那は何となく曖昧に頷いた。
日本にはその手のものは少なくない。お地蔵様だっていわくありのものも良くある。
馬の供養のために馬頭観音の石仏や祠すらある、
「悲しい話があったんだねー」
そうとしか言えない。
悲話は辛すぎる。
無意識に距離を置きたくなる。
なによりツッコミどころが難しい。
「じゃから、笑ったりしちゃいかんぞ」
「はーい」
そりゃ、確かに不謹慎だったかも。
紗那も心の中で少し反省した。
B心の中のサルが反省のポーズをしていた。
自分はそういう人たちに比べればずいぶんと恵まれているのだ。
たとえ夢の中でも。
そう考えると神社に不思議な感覚を受けるものだ。
「じゃ。お詫びにお参りしてくるー」
「お。それはええことじゃ」
寂れているとはいえ、小さな神社も一応は管理する人がいる。
少額のお賽銭でも足しにはなる。
くるわ神社は山の上……という感じではない。
鳥居の前には数段の石の階段があるが、その先に続く参道は平らに近い緩やかな上り坂だった。
日本の神社は本当に不思議でこれという様式に纏めることが難しい。
狛犬が猪だったり個々によって違う。
鳥居があることくらいが共通点だが、山の上だったり海の中だったり、どこにでもどのような形でも作られていることがある。
田んぼの真ん中に建っていても不思議はないのだ。
くるわ神社も平らな何もないような土地にぽつんと建っていた。
神社らしい雰囲気のあるものはというと、傍に湧水を湛えた泉があるくらいだろうか。
紗那が覗いてみると泉には大きなメダカ(としか紗那には思えなかった)ような小魚がちらほら見える。
昔は手水の水はこの泉から引いていたのかもしれない。
全体的に平らなのでスクーターを押して行っても行けそうだったが、さすがの紗那でも憚られた。
「いちおー、神社だしねー」
小さな駐車場(のような空き地)にスクーターを止めて、モモを胸に抱きかかえた。
置いていくのも可哀そうに思っただけだった。
他に人の姿が見えないようなところだから、猫くらい連れても良いかなと考えたのだ。
マナー的にはペット同伴はあまり良くはないが、不思議と猫は神社にいることが多いので大丈夫かもしれない。
「にぃ」
モモが鳴いた。
無鳴じゃないのは高貴な血筋に見えても雑種であるからだろう。
「にぃ」
そして、モモは総毛だった。
「……あれ?どうしたのー?」
紗那の胸でいつもと違う様子を見せた愛猫が少し気になった。
今にも暴れ出しそうだ。
「さな」
しかし、いつもはモモを警戒して出てこないイズミまでが顔を出した。
「あれ、みて」
「あれって?」
紗那はイズミの視線の先を目で追った。
境内の中に別に小さな社があった。
何というのか紗那には判らないが、小さな社がいくつもあるのは珍しくはない。
大抵はその神社に祭られている神様に関係するものであることが多い。
そこには、丸いバイキングの盾のようなモノがぶら下がっていた。
すっかり薄汚れてはいるが、かつては彩色されていたものらしく、剥げかけた赤い塗料のようなものも見える。
何か見たことがあるようなないような。
「……鍋の蓋。落し蓋とか?」
紗那は首を傾げた。
「にぃ」
モモが鳴いた。
「変な感じする」
イズミが少し険しい顔をした。
「だいたいこういう昔の怪しいものって、今見ると変なものばかりなんだよー」
興味のない人から見れば、たいていが変なものではある。
「ダーツの的とかも、こんな感じだよねー」
TVのバラエティ番組に登場するプレゼント当てのダーツにも見えなくもない。
「あれ?……でも、これ、どっかで見たようなー?」
紗那は罰当たりなことに『それ』を指で突いてみた。
ぼっ。
一瞬、輝く虹色の光。
「あ」
沙那は齧り付くようにガン見する。
かすれた模様をじぃっと見る。
何か文字のようなものが……。
「ふひっ」
笑いが込み上げてきた。
「み、見つけたー!第2部スタート!」
「?」
「にぃ」
「イズミちゃん、モモ、えらいっ!そーゆーことかー!」
沙那はそっくり返るように笑った。
爆笑といって良い。
「どういうこと?」
イズミの方が困惑していた。
「変な匂いがしてるだけだったけど……」
「ふっふっふー。これをよく見よ!」
丸い盾なのか的なのか判らないものを荒々しく鷲掴みする。
「これ、前に見たルーレットに似てるでしょー?」
「ルー……あ……」
イズミも紗那の言わんとすることが理解できた。
「ボク、判っちゃったんだなー。この後の展開がね」
沙那が触るたびに、虹色の光が瞬く。
「これってさ。あの、どこでもドアだよね?きっとー。ということは、今度は便利なチート・アイテムをもっていって、あっちで科学力のパワーで無双するパターンじゃないかなーって」
「どんな?」
「戦闘機とかミサイルとかー!これはすごいよー!」
「さな」
イズミは何気なく訊いた。
「さなは、それを使うのが得意なの?」
「……使うどころか、ニュースで見たくらいしかしらないけどねー」
当然だった。
武器といっても、銃すら日本で許可を取るのは簡単ではない。
自衛官や警察官なら少しはあり得るくらいだろうか。
現代人の紗那は刀すら使えない。
いや。包丁の使い方すら怪しいくらいだ。
「やっぱ、便利アイテムしかないかー。マーちんとかヒンカばーちゃんとかがいればいろいろ思いつきそうなんだけどー」
紗那の言う面白仲間たちの顔が浮かんだ。
だいたい、本物の拳銃だってきちんとした使い方が判るわけじゃない。
引き金引けば良いんでしょ?くらいなのだ。
分解整備なんて無理無理無理だ。
夢の中でもなければあんなに上手く銃を扱えるはずはなかった。
いや、しかし。
ここは夢の中だと考えればワンチャンあるかもしれない。
「だいたい、てっぽーとかミサイルとかスーパーやホムセンで売ってなかったしねー」
とりあえず、現実っぽい世界に来る前の生活を思い出そうとした。
足りないもの……いっぱいありすぎて困る。
そもそも電気のない世界で使えるモノは限られてくる。
現代のツールは電気に依存しすぎている。
「キャンプ用品とかー。サバイバルできそうなものは使えるハズ!」
クローリーとシュラハト、マリエッラの4人で旅していた時にも、キャンプ用品が欲しかったくらいだ。
とはいえ、絶対的なアドバンテージのあるモノって何だろうか。
電気、ガス、石油などを使わないとなると……。
知恵熱が出そうだった。
今まで役に立ったのはないがっただろうか。
石鹸にリンスに……。
「あ」
紗那はハッとした。
「知識だ!」
高度な技術や機械、学力などを背景にしなくても役立つもの。
紗那が思いついたのは「こどものずかん」だった。
小学校低学年を対象にしたものなら、あちらでも受け入れやすいかもしれない。
子供でも理解しやすいような言葉で、図解入りで説明されているからだ。
失敗が多く動く時もあるという気まぐれ蒸気機関にしたって、色々書いてあった。
気がする。
確か『こどものずかん』全集の『こうつう・くるま・でんしゃ』にあった。
飛行機の翼の原理とかも書いてあったから……と考えると夢が広がった。
「よーし。ボク、チートしちゃうぞー!」
沙那はスクーターに向かって駆け出した。
彼女が見落としていたものに、古い苔生した石柱があった。
ススキに埋もれて隠れてはいたが。
そこには『くるわ』神社の文字と共に漢字が書かれていた。
車輪、と。
どうやらそれで『くるわ』と読むらしかった。
●S-1:花厳邸
実のところ紗那は暇を持て余し気味だった。
この世界の設定年齢だと高校卒業目前のはずなのだが、行方不明だった扱いなので高校には入っていなかった。
同級生たちは大学入試の追い込みで忙しい。
早い子は推薦入学の試験が近いから余計に大変だ。
しかし、紗那にはすることがない。
困ったことに高卒認定試験(大検)を受けるか、高校に一年生として入学するかの選択肢しかなかった。
登校拒否でもないのにとは思ったが、制度は制度、仕方がない。
つまり、猛勉強するか、春になるのを待つかになる。
もちろん勉強は……面倒だった。
それよりも、どうせ夢の世界のままなら色々と見て回りたかった。
冒険だ!
行動範囲を広げたい。
そう思った。
ケーキバイキングだって夢の中なら3個以上食べられるはずだ。
「お姉ー。表のバイク貰って良ーいー?」
紗那は姉の優海に訊いてみた。
「良いけど。ほったらかしだったから動くかな?……それにどうせなら、もうちょっとしたら自動車の免許取れるんだから、それで車にしたら?」
優海の言うことも尤もだった。
スクーターは手軽だが、安全性は車の方がずっとマシだった。
それに……。
即断即決!は紗那のモットーだ。
何よりも、夢のが覚めないうちに行動すべきだと考えていた。
夢は寝ているレム睡眠時の30分ほどしかないといわれている。
ダラダラしてたらせっかくの夢の世界が終ってしまうかもしれない。
悪夢なら願い下げだが、今のところなかなか愉快な夢なのだ。
父はもうすぐ18になる紗那のために自動車を買ってあげようとまで言い出していた。
娘に何かしてあげることが嬉しいのは世のお父さんたちの習いなのかもしれない。
何がいいかな?軽はぶつかったときに怖いな。
外車でも良いが最初はすぐぶつけそうだから中古だな!などと鼻歌を歌いながら呟いていたりもした。
「ん。原付の免許は1日でとれるっていうから、とりあえずはって感じかなー」
紗那は免許制度に詳しくはないので、ネットで検索した結果だ。
確かに学科試験でとれるのだ。
実技講習もあるものの。
自転車の延長で行けそうな気がしていた。
「そういうのもありかも」
優海も少し考え込んだ。
「でも、飛ばさないでよ?紗那は度胸だけは良いからちょっと心配」
「度胸だけってなーにー?」
「全く誰に似たのやら」
たぶん姉妹とも基本的な性格は変わらないかもしれない。
あるいは母親からなのか。
思い切りの良さは折り紙付きだ。
おかげでクローリーは少なからず振り回され続けてきたのだ。
数日して、紗那は原付免許を取得した。
試験自体が久しぶりだったので少し緊張して行ったが杞憂だった。
油断はできないが、心配していたほどではなかった。
16歳で取得可能なくらいのものだから、なんとかなるものだ。
むしろ……実車を動かす時の方が大変だった。
エンジンをかけるという動作自体が自転車にはなかったから、音と振動にかなり驚いた。
迂闊にアクセルを開けるとすごい勢いで飛び出そうとする。
これはなかなかに恐ろしい。
そして紗那は確信した。
「うん。遠出するときは、お姉に車を出してもらおー!」
大通りはできるだけ走りたくない。
慣れるまでは当分、近場だけにしようと心に決めた。
それでも行動範囲はかなり広くなった気がした。
今までなら自転車にはちょっと遠く、バス移動は少し面倒だった場所も、スクーターならそこそこ気軽に行けた。
なかなかに便利だった。
しかし、それだけだとただのプーでしかなかった。
これはいけない!と感じた紗那だが、じゃあ、何を行動すれば良いか思いつかない。
「まいったー。便利すぎて何してよいか思いつかなーい!」
油断するとぼんやり動画を見ていたりの生活になりそうだった。
目的を見失うとどう行動して良いか判らない。
若さゆえかもしれない。
もう少し年を取っていれば、ゆったりまったりゴロゴロするのだろうが。
気ばかり焦るようになる。
そうか。面白仲間がいないからかもしれない。
異世界っぽい時はなかなか忙しかった。
誰かが『何か』をやらかしてくれたり、『何か』事件が起きたりと目まぐるしかったからだ。
あれもない、これもない、で色々作ったり考えたりするのもだ。
今は、同級生たちは受験準備で忙しいし、遊びに付き合えるのは卒業を控えて単位に余裕がある優海くらいしかいない。
もちろん、水族館に生ぺんぎんを見に優海に連れて行ってもらったりもした。
縫いぐるみも買ってもらったし、お小遣いをもらったり。
どうも、いまだに妹を子供のように思っている節はあったが。
「ボク、けっこー大ピンチかもしれない……」
●S-2:自宅/沙那部屋
「イズミちゃん!」
「はい」
紗那が呼びかければすぐに顔を出すイズミだ。
いつものように紗那の髪の毛の中に潜り込んでいて、必要な時に顔を出す。
動物と違い、普段は完全に消えておけるところが謎だ。
精霊便利すぎる。
「冒険するよー!なんでもいいからー!」
「ぼうけん……?」
イズミが首を捻る。
「毎日が冒険だけど」
「ううん。もっとピンチっぽい事件とかー」
「わたしはいつも毎日がピンチ……」
「なんで?」
「魔獣が……こっち見てる」
イズミが指さす先には……。
猫がいた。
紗那の愛猫モモだ。
イズミが顔を出すとフー!と唸って睨む。
猫は何かが見えると良く聞くが、どうやら精霊なども見えるのかもしれない。
「凶暴な魔獣」
「あれ、猫。可愛いよー?」
「吠えてる。絶対に猫違う。魔獣」
「だいじょぶだいじょぶー!」
「食べられそうな気がする」
「ないないない!」
「フー!!!」
「魔獣!」
「こらこらこら。仲良くしなさーい!」
沙那もお手上げだ。
精霊と猫の組み合わせとかって何かの番組で見たかなあ?と考えた。
思いつかなかったが、深夜アニメでありそうだと思った。
たぶん、夢の中の世界は沙那の知識と記憶から構築されているはずだからだ。
●S-2:市街地郊外
沙那が現代の現実世界に帰還してから、3ヶ月は経っただろうか。
秋も終わろうと、かなり気温が下がってきた頃である。
ほぼ毎日乗っているせいか、スクーターにもそこそこ慣れてきた。
推薦入試が続々と始まり、旧クラスメートたちも受験あるいは発表を待つ状態になっていた。
悲喜こもごもと言いたいところだが、この時期ならほとんどが指定校推薦ばかりで、そもそも落ちない。
よほど何かをやらかさない限りは99%は合格という日本らしいシステムだった。
一発受験ではなく、高校3年間の成績如何によって決定するので、「●●高校なら平均評定xx以上」などの基準をクリアしていればよい。
だが、沙那はそもそも高校に通ってないので、その評価はない。
エスカレーター式の内部選考で高校、大学にも行けたはずなのだが。
友達が次々に大学進学を決めているのを横目に見るのは、お祝いの気持ちもあるが同時に少し辛い。
自分が取り残されてる感覚が拭えないのだ。
1年遅れくらいならまだ良い。
さすがに3年以上となるとなかなか心にクるものがある。
自分だけが社会からはみ出てしまったようにも感じる。
長い人生、まだまださ!と割り切るには沙那は若すぎた。
世間の目は厳しい。
最初は心配気だった旧クラスメートたちも、少しづつ距離を取り始めている。
それとも、それは沙那の被害妄想なのだろうか。
焦りなのか、沙那はふらっとスクーターで出かけるようになった。
といっても夜遊びではない。
パパ活するほどお金に困っているわけでもない。
ただ、山や砂浜などに行き、ボーっとながめるだけだった。
それも朝から夕方まで。
暗くなるまでにはちゃんと帰宅する健康的?な生活だ。
紗那が遂に暗黒面に……はならなかった。
なにせここは夢の中。
面白そうなイベント以外は学校生活なんかなんのその。
夢の中の新エピソードを探しに奔走していただけだった。
「ううむ。そろそろ何か動きがあっても良さそうなのにぃ……」
そんな紗那を家族は温かい目で見守っていた。
3年半分を取り戻すのに苦労しているのだろうと。
そして、今日も今日とてスクーターを走らせる。
出かけようとすると、モモがついてきた。
いや、追ってくる。
家の外には出したくないのだが、沙那から逸れまじ!と猛然と走ってくる。
そして、飛びついてくる。
もう、猫というより犬である。
せっかく再会できたご主人様に逃げられたくはないのだろう。
閉じ込めておけないので、沙那は諦めてスクーターに乗せるようになった。
足元のインナーポケット……ちょっとした小物やペットボトルが置けるくらいのスペースに、ちょうどすっぽり入った。
見た目の大きさのわりには意外と猫はスリムである。
シート下のヘルメットを入れるスペースに押し込むより、窮屈さはないような気がした。
位置的にも走行風が当たるような場所ではないのも安心感はある。
欠点は飲み物を置いておくスペースがなくなることだったが、スクーターを運転しながらジュース飲むわけじゃないから良いかと割り切った。
イズミは『魔獣』が近くにいることを嫌がってはいたが。
両親や姉は学院への復学と高等部への進学の手配をしてくれているようだったが、任せっきりになっている。
どうも何か違う。
冒険の切欠が足りない!
そう考えていた。
せっかくの夢の中、第二部のストーリーの始まるエピソードが何も始まっていないのだ。
「これはおかしい……」
沙那はぐぬぬとなっていた。
「さな。焦ってる?」
イズミがひょいっと顔を出す。
「焦ってる!」
断言した。
「なかなか新展開が発生しないー!」
「しんてんかい……」
イズミは何とも言えない。
そもそも紗那の元いた世界の状況もさっぱり把握できていない。
判ることは魔法っぽい便利なものがあることだけ。
それに紗那が何を求めているのかも見当つかない。
「あれは?」
イズミが身を乗り出して指さす。
「ん?」
その先には鳥居があった。
郊外によくある神社である。
日本は至る所に小さな社があるものだ。
ここは八百万の神の国。
トイレの神様さえ何柱もいるのだ。
「あー。こういうのあちこちにあるよー」
一瞬、期待してしまった紗那は少しがっかりした。
寂れた神社は珍しくない。
神主や宮司が常駐していないのも普通の光景だ。
昔々はいたのかもしれないが、後継者不足なのか経営不振なのか。
それでも荒らされないのは日本の不思議なところかもしれない。
「くるわ神社……でも、ひらがななのは珍しいかなー」
鳥居の横には四角い石の柱が建っており、林立したススキのせいでかなり隠れてしまっている。
そこに、辛うじて判別できるような擦り切れた文字が彫り込まれていた。
かなり風化している。
「クルワッ!って感じなのかなー」
紗那はけらけらと笑った。
どう考えても擬音か何かにしか見えない。
「ふひひひひ」
背後からしわがれた笑い声が聞こえた。
老婆の声だった。
紗那はキターッ!と思った。
彼女の感覚では、 こういう場面では謎の怪しい老人が登場するものなのだ。
見ると腰の曲がった小柄な老婆だった。
平均より小さめの紗那より更に背が低いだろう。
昔の日本人は小柄なのだ。
「罰当たりなこと言っちゃあイカンぞお」
老婆ははっきりとした口調だった。
アニメに出てくる老婆に活舌の悪いキャラクターはまずいないのと同じ気がした。
総入れ歯が飛び出しそうな雰囲気はない。
「ここはくるわ様を祭っておるのじゃ」
「くるわ様ー?」
紗那は首を傾げた。
神様じゃなくて妖怪か物の怪の類なのかも?と紗那は少し思った。
「くるわは、廓じゃよ。若い子には判らんかもしれんがのう」
通りすがりの謎の老婆はこくこくと頷きながら喋る。
空想ガムなのか、バーチャルガムなのか、何かを咀嚼してるように顎を小刻みに動かしている。
「昔は貧しい家の娘さんが売られたりしてのう。男を相手に商売するような場所を遊郭と言んじゃが、廓ともいう」
「……神社でそんないかがわしいことやってたのー?」
「違うわい」
老婆はくわっと吠えた。
もしかしたらこの老婆こそが謎の妖怪くるわ様なのかもしれないと、紗那は思った。
「そういう悲惨な身の娘さんたちが逃げ出して、自ら命を絶ったりすることが多かったのじゃ……と云われておる」
「ここで?」
「ここではない。が、その魂を鎮めるために建てられたそうな」
「へー」
紗那は何となく曖昧に頷いた。
日本にはその手のものは少なくない。お地蔵様だっていわくありのものも良くある。
馬の供養のために馬頭観音の石仏や祠すらある、
「悲しい話があったんだねー」
そうとしか言えない。
悲話は辛すぎる。
無意識に距離を置きたくなる。
なによりツッコミどころが難しい。
「じゃから、笑ったりしちゃいかんぞ」
「はーい」
そりゃ、確かに不謹慎だったかも。
紗那も心の中で少し反省した。
B心の中のサルが反省のポーズをしていた。
自分はそういう人たちに比べればずいぶんと恵まれているのだ。
たとえ夢の中でも。
そう考えると神社に不思議な感覚を受けるものだ。
「じゃ。お詫びにお参りしてくるー」
「お。それはええことじゃ」
寂れているとはいえ、小さな神社も一応は管理する人がいる。
少額のお賽銭でも足しにはなる。
くるわ神社は山の上……という感じではない。
鳥居の前には数段の石の階段があるが、その先に続く参道は平らに近い緩やかな上り坂だった。
日本の神社は本当に不思議でこれという様式に纏めることが難しい。
狛犬が猪だったり個々によって違う。
鳥居があることくらいが共通点だが、山の上だったり海の中だったり、どこにでもどのような形でも作られていることがある。
田んぼの真ん中に建っていても不思議はないのだ。
くるわ神社も平らな何もないような土地にぽつんと建っていた。
神社らしい雰囲気のあるものはというと、傍に湧水を湛えた泉があるくらいだろうか。
紗那が覗いてみると泉には大きなメダカ(としか紗那には思えなかった)ような小魚がちらほら見える。
昔は手水の水はこの泉から引いていたのかもしれない。
全体的に平らなのでスクーターを押して行っても行けそうだったが、さすがの紗那でも憚られた。
「いちおー、神社だしねー」
小さな駐車場(のような空き地)にスクーターを止めて、モモを胸に抱きかかえた。
置いていくのも可哀そうに思っただけだった。
他に人の姿が見えないようなところだから、猫くらい連れても良いかなと考えたのだ。
マナー的にはペット同伴はあまり良くはないが、不思議と猫は神社にいることが多いので大丈夫かもしれない。
「にぃ」
モモが鳴いた。
無鳴じゃないのは高貴な血筋に見えても雑種であるからだろう。
「にぃ」
そして、モモは総毛だった。
「……あれ?どうしたのー?」
紗那の胸でいつもと違う様子を見せた愛猫が少し気になった。
今にも暴れ出しそうだ。
「さな」
しかし、いつもはモモを警戒して出てこないイズミまでが顔を出した。
「あれ、みて」
「あれって?」
紗那はイズミの視線の先を目で追った。
境内の中に別に小さな社があった。
何というのか紗那には判らないが、小さな社がいくつもあるのは珍しくはない。
大抵はその神社に祭られている神様に関係するものであることが多い。
そこには、丸いバイキングの盾のようなモノがぶら下がっていた。
すっかり薄汚れてはいるが、かつては彩色されていたものらしく、剥げかけた赤い塗料のようなものも見える。
何か見たことがあるようなないような。
「……鍋の蓋。落し蓋とか?」
紗那は首を傾げた。
「にぃ」
モモが鳴いた。
「変な感じする」
イズミが少し険しい顔をした。
「だいたいこういう昔の怪しいものって、今見ると変なものばかりなんだよー」
興味のない人から見れば、たいていが変なものではある。
「ダーツの的とかも、こんな感じだよねー」
TVのバラエティ番組に登場するプレゼント当てのダーツにも見えなくもない。
「あれ?……でも、これ、どっかで見たようなー?」
紗那は罰当たりなことに『それ』を指で突いてみた。
ぼっ。
一瞬、輝く虹色の光。
「あ」
沙那は齧り付くようにガン見する。
かすれた模様をじぃっと見る。
何か文字のようなものが……。
「ふひっ」
笑いが込み上げてきた。
「み、見つけたー!第2部スタート!」
「?」
「にぃ」
「イズミちゃん、モモ、えらいっ!そーゆーことかー!」
沙那はそっくり返るように笑った。
爆笑といって良い。
「どういうこと?」
イズミの方が困惑していた。
「変な匂いがしてるだけだったけど……」
「ふっふっふー。これをよく見よ!」
丸い盾なのか的なのか判らないものを荒々しく鷲掴みする。
「これ、前に見たルーレットに似てるでしょー?」
「ルー……あ……」
イズミも紗那の言わんとすることが理解できた。
「ボク、判っちゃったんだなー。この後の展開がね」
沙那が触るたびに、虹色の光が瞬く。
「これってさ。あの、どこでもドアだよね?きっとー。ということは、今度は便利なチート・アイテムをもっていって、あっちで科学力のパワーで無双するパターンじゃないかなーって」
「どんな?」
「戦闘機とかミサイルとかー!これはすごいよー!」
「さな」
イズミは何気なく訊いた。
「さなは、それを使うのが得意なの?」
「……使うどころか、ニュースで見たくらいしかしらないけどねー」
当然だった。
武器といっても、銃すら日本で許可を取るのは簡単ではない。
自衛官や警察官なら少しはあり得るくらいだろうか。
現代人の紗那は刀すら使えない。
いや。包丁の使い方すら怪しいくらいだ。
「やっぱ、便利アイテムしかないかー。マーちんとかヒンカばーちゃんとかがいればいろいろ思いつきそうなんだけどー」
紗那の言う面白仲間たちの顔が浮かんだ。
だいたい、本物の拳銃だってきちんとした使い方が判るわけじゃない。
引き金引けば良いんでしょ?くらいなのだ。
分解整備なんて無理無理無理だ。
夢の中でもなければあんなに上手く銃を扱えるはずはなかった。
いや、しかし。
ここは夢の中だと考えればワンチャンあるかもしれない。
「だいたい、てっぽーとかミサイルとかスーパーやホムセンで売ってなかったしねー」
とりあえず、現実っぽい世界に来る前の生活を思い出そうとした。
足りないもの……いっぱいありすぎて困る。
そもそも電気のない世界で使えるモノは限られてくる。
現代のツールは電気に依存しすぎている。
「キャンプ用品とかー。サバイバルできそうなものは使えるハズ!」
クローリーとシュラハト、マリエッラの4人で旅していた時にも、キャンプ用品が欲しかったくらいだ。
とはいえ、絶対的なアドバンテージのあるモノって何だろうか。
電気、ガス、石油などを使わないとなると……。
知恵熱が出そうだった。
今まで役に立ったのはないがっただろうか。
石鹸にリンスに……。
「あ」
紗那はハッとした。
「知識だ!」
高度な技術や機械、学力などを背景にしなくても役立つもの。
紗那が思いついたのは「こどものずかん」だった。
小学校低学年を対象にしたものなら、あちらでも受け入れやすいかもしれない。
子供でも理解しやすいような言葉で、図解入りで説明されているからだ。
失敗が多く動く時もあるという気まぐれ蒸気機関にしたって、色々書いてあった。
気がする。
確か『こどものずかん』全集の『こうつう・くるま・でんしゃ』にあった。
飛行機の翼の原理とかも書いてあったから……と考えると夢が広がった。
「よーし。ボク、チートしちゃうぞー!」
沙那はスクーターに向かって駆け出した。
彼女が見落としていたものに、古い苔生した石柱があった。
ススキに埋もれて隠れてはいたが。
そこには『くるわ』神社の文字と共に漢字が書かれていた。
車輪、と。
どうやらそれで『くるわ』と読むらしかった。
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