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第9章 竜の世界

第9章 竜の世界 6~HELL's RAINBOW

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第9章 竜の世界 6~HELL's RAINBOW

●S-1:竜の国/水晶宮

 クローリーは日記というより研究報告書兼使用説明書になっていた長い文章に目を通した。
 個人的な感想も多く、書いた者によってだいぶ癖があるのでなかなかに読み難い。

「あーうーん。輪っかの数字は微調整用のダイヤルみたいっスな」

 数字はまさにルーレットのようだった。
 1から36までの数字と、0、それと00がついている。

「アメリカン・スタイルでスナ」

 マーチスが言った。
 36までの数字は何処の国や地域でも同じだが、0だけのものと、00まであるもの、あるいは000まであるものがある。
 0と00があるのはアメリカのスタイルだ。

「ルーレットなら、0も00も親の総取りなのデスガ、この場合はどうなるんでしょウネエ」

「失敗なだけじゃなーいー?]
 沙那が首を傾げた。
「元に戻るとかランダムとかー」

「違うみえーっスな。00にモノを置くらしいっス」
 クローリーは日記を閉じた。
「行く先の世界に由来するモノを置くってあったっスよ」

「なにそれー?」

「行く先に関わるモノと言っても……私たちのように召喚された者は何か持っている可能性は低いぞ」
 ルシエの顔が強張った。
 一緒に飛ばされてきた服などはすべて処分してしまっている。
 元の世界由来の物自体を持っていない。

「拙者は愛用のシャツがあるでござるな。この愛らしいラ●ちゃんのお姿が……」
 賢者セージはもはや擦り切れて元の絵が判別しにくいくらいになった、鬼娘のイラストの描かれた自分のTシャツを指さした。
 色もすっかり落ちてしまっている。
 かろうじてビキニ姿の鬼娘なことだけが判別できる。

 「ふぅむ。なら、さにゃはあの、薄くてちっちゃいくしゃくしゃぱんつとかが良いかもっスな。あれは元の世界じゃなければ作れなさそうで……いてぇぇぇっ」
 クローリーはジャーマンスープレックスをくらった。
 彼にとってはご褒美かもしれない。

「クロちゃん変態すぎるー!スマホで良いでしょ!スマホー」
 沙那はスカートのポケットから、すでに電池切れで久しく動かないスマホを取り出した。
 最新の高級機ではなく、国産の激安品だ。
 特に節約しているわけではなく、大学生の姉に買ってもらったので遠慮して、一番安いものを選んだためだった。
「電池があってもここじゃ使えないけどー」

「ほうほう。何でござるかな?あれは?」
 賢者セージは不思議そうにスマホを目で追った。
 彼の時代は携帯どころか、ポケベルでさえ業務用しかなかった時代なのだ。
 せいぜいが移動用の自動車電話や、それを取り外したハンドバッグ・サイズのものしか知らない。

「携帯電話にインターネットもつながるものでスヨ」

「いんたー……?」

「全世界に繋がるような通信網でスナ。僻地でも人工衛星を通じて連絡が取れるのデス」

「衛星……でござるか!?」
 賢者セージの時代はまだほとんど軍事専用回線でしかなかった。
 民間向けのパソコン通信もあったが、ほとんどマニア用でしかない。
 そもそもスマホが当時のパソコンより圧倒的な性能のコンピューターであることも想像できない。
 彼にとっては特撮番組や映画のSF的な通信機なのだ。

「電話料金が高い国ではあまり普及してなかったですシナ」
 

「じゃー。置くよー」
 沙那は躊躇なく00の番号の上にスマホを置いた。
 垂直のホイールなのに、なぜか吸い付くように物が固定される。
「でー。どうすれば良いのー?」

輪っかホイールを回すらしーっスな」

「やはり舵輪ではないのか?」

「いや。車輪だろ。あれは」

「へー」
 沙那がぐるっとホイールを回す。
 度胸の良さもここまでくると凄まじいが、夢の中と思い込んでいる沙那に恐れるものはない。

「ちょっ!いきなり動かすんじゃねーっス!」
 慌ててクローリーが手を伸ばす。
 ……が、沙那の残像をすっと通過しただけだった。
「いっ!?」

 沙那は虹色の光に包まれて、忽然と姿を消したのだった。
  



●S-2:竜の国/水晶宮

「いきなり消えたっスよ!?」

「落ち着きなさい。クロ」
 そう声をかけるマリエッラも心なしか顔が青ざめている。

「今までも同じじゃったよ」
 オフィオン声は冷静だ。
 何度か経験があるからだろう。

「大丈夫なんスか?戻ってこれるんスよね?」
 クローリーの狼狽えようは驚くほどだった。
 ここまで焦ったクローリーを見るのはシュラハトやマリエッラにもなかった。

「さっきも言ったはずじゃ。今のところ戻ってきたものはいない。そもそも一方通行であるしな」
 オフィオンからすればクローリーの慌て具合が理解できない。
「あの娘が成功か失敗かをこちらに伝えてくれれば助かるんだがな」

「どうやって!?さにゃは魔法も使えないんスよ!」
 
「それはあの娘の知恵と勇気と運次第だろう」


「なんてこった……」
 クローリーは崩れ落ちた。
 まさにorzのポーズだ。

 ドラゴンたち以外の、その場にいた全員に微妙な空気が流れた。
 未知の、おそらく魔法。
 それも理論も何も判らないものの発動は予想がつかない。

 古代の大魔法の罠などとどう違うのだろう。

「オレ、追いかけてくるっス!」
 がばっと立ち上がったクローリーがホイールに手をかける。

「待て!落ち着けクロ!」
 シュラハトが背後から羽交い絞めにした。
 さすがにシュラハトのような大男を振り払えるほどの力は、クローリーにはない。
 
「よく見やがれ。あの娘が置いたブツが消えてなくなってるだろうが!」
 シュラハトが顎で示す先には、沙那が置いたはずのスマホの姿もなかった。
 一緒に消えてしまったかのようだ。

「条件が違ったら魔法の効果も違うはずだろ?」

「放すっス!シュラさん。さにゃのようなアホの娘じゃ何ともならなくても、魔術師のオレがいれば少しは違うかもしれねーっス!」
 魔術師とは思えない力で前に進もうとする。
 だが、シュラハトを振りほどけるような膂力がある人間はそうはいない。

「しっかりしやがれ!」
 驚くほどの力で振り払いかけたクローリーをシュラハトが殴りつけた。
 さすがのクローリーも2mほど吹っ飛ばされて、ひっくり返る。


「良く検証もせずに発動条件をぺらぺら喋ったお主が悪い」
 ヒンカがたしなめる。
 中身ははるかに老人であるはずだが、小柄な美少女が怒りの形相をすると迫力があった。
「お主がやるべきことは慌てふためくことではないぞ」

 よろよろとクローリーが起き上がる。
 左頬にはシュラハトの拳の痕が赤くなっている。

「魔術師なら魔術師らしく、調査して、塾考して、対策を考えるのじゃ!」

「……」

 クローリーは痛む頬を押さえつつ、ゆっくりと立ち上がる。
 冒険者でもあるクローリーならば、そうすべきなのは理解していた。
 
「少し冷静さを失ってたみたいっスな」

「そうね。これからがクロの出番ってことね。さなちゃんの無事を確認するためのね」
 マリエッラは優しい口調だ。 
 叱るだけじゃない、母親ポジションが必要だからだった。
 彼女も混乱しているが、努めて冷静でいようと努力していた。
「これからが忙しいわよ。あたしも手伝うけど」

「そーっスな」
 クローリーはゆっくりとシュラハトに向き直る。
「シュラさん」

「ん?」

「オレに気合入れるために、反対側も殴って欲しいっス」
 何かを決した男の顔だった。

「そうか」
 シュラハトは頷く。
「俺の故郷ではな。右の頬を殴られたら……左の頬にも」

「やってくれっス」

「三段蹴りをお見舞いしろといってな……」
 ゆっくりと左脚を振り上げる。

「って!?それ、オレ、死ぬっス!タンマ!タンマ!」

 クローリーは逃げ出した。


 その後ろ姿を見ながら、シュラハトが笑った。

「さーて。厄介だぞ、これは」




●S-3:飛行船ディルクロ艦橋

 一ヵ月が経過した。
 大雑把な使用法以外のことは判らなかった。
 
 日記の内容の検証データは、全て未確認で推測が書かれているだけだった。
 つまり、何も判らない。
 だからこそ、代々の消えたエルフたちは自らの体で実験をしたのだろう。
 それ自体も推測の域を出なかったが。

 結局、できたことは何もない。
 やむを得ず、何か進展や変化があったら連絡してもらうことをオフィオンに託し、いったん帰国することにした。
 
 帝国の魔術学院やその図書館で調査すれば、異世界召喚の儀式について調べれば……あるいは?
 と頼りない糸を手繰るように情報を集めることにしたのだった。
 空島エルフの方からも調べてもらうことを、コンコードにお願いもした。

 だが、雲をつかむような話だ。

 それで何とかなるくらいなら、今までのエルフの誰かが回答に辿り着いていたはずなのだ。


「きゅ~」
 ぺんぎんたちが悲しげな鳴き声を上げた。
 仕えるべき対象の沙那についていくことができなかったのだ。
 作り物とは思えない感情の豊かさは、沙那の影響によるものなのだろうか。

 4体のディフォルメされたペンギンたちは、それぞれが司令席に座るクローリーに近づいて慰めようとしてた。
 一応は創造主である。
 クローリーがかなりの費用を掛けて作り出した、魔法の泥人形でしかないのに、だ。

「大丈夫。なんとかして見せるっスから」
 
 自分でも根拠のないことを言っているのは理解しているが、気休めの言葉しか出ないのだ。
 そして、自分にも言い聞かせる。
「さにゃは悪運強いっスから。あれで結構、元気かもしれねーっス」



「11時方向!下方に軍勢が見えます!」

 船員の叫び声が響いた。
 慌てて、ルシエが双眼鏡を取り出す。
 
「あれは……蛮族だ」

 大鬼族オーガを前面に押し立てた、蛮族の集団が隊列を組んでいた。
 進先は推定……アレキサンダー男爵領。

「くっそ、この忙しいときにあいつら……」
 クローリーが吐き捨てるように言った。
 帝国辺境の戦闘貴族である彼にとって、蛮族との戦いは義務である。
 逃げることはできない。

「そういや。……あいつらもこの世界じゃ異形の存在っスな。もしかしてあいつらも元は異世界から来訪……いや、来寇してきた存在ってことはねーんスかね」

「推測は後だ」
 シュラハトがルシエを急かす。
「急いでくれ。今、男爵領軍には指揮官がいない」

「シュラさん。リシャルがいるっス。オレの10倍は優秀な男っス。そう簡単にはやられねーっスよ」

「どんな優秀な指揮官がいても一人じゃできないこともある。急いだほうが良い」
 シュラハトはこの中では最も戦闘経験が多い。
 指揮官としてもだ。
 一人で苦戦するのは経験済みだ。
 
 あの時は……沙那の暴走で助かったのだったが。
 シュラハトは首を横に振った。
 どうやら自分も沙那に何か期待している部分があるようだった。

「ま、さにゃが帰るところを失くしちまうわけにもいかねーっスしな」


 あら。
 マリエッラは思わず笑ってしまった。
 沙那が帰る場所?
 元の世界ではなく、男爵領を指していることに気付いたのだ。


 沙那はここに帰ってくると思っているのだろう。
 クローリーにとっても沙那が一緒にいるのが当たり前のような感覚になっているのだ。

「ふぅん。あたしのくっつけ作戦が実を結びかけてきたみたいねぇ」


 飛行船は魔動推進機を出力全開にして、男爵邸へと急ぐ。
 今はもう、あそこがみんなの家なのだ。
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