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第7章 空島世界

第7章 空島世界 5~戦史オタク降臨

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第7章 空島世界 5~戦史オタク爆誕

●S-1:アレキサンダー男爵領/郊外

 空の世界から戻ってきたクローリーたちは忙しかった。
 先ずはクローリーが先頭に立って空港の建設だった。
 空島世界との連絡手段が飛行船だけなのでその発着場の設定は急務なのだ。
 見通しの良い平坦で広い場所を探すのはなかなかに難しい。
 帝国世界の平地は悉く農地として開発されているので意外と空いている土地は少ない。
 何とか確保できたのは貯木場だった。

 森から切り出した木を運河を通して運び、集めて乾燥させる場所だったが少し融通が利きそうになったのだ。
 理由は木材を燃料とする需要が減ってきたからだった。
 それまで主流だったのは灯りや調理の燃料は木材であり、鍛冶に使う材料も木材だった。
 しかし、それが隣国から……やや不本意な理由ではあったが、石炭が流入したことで変化していた。
 火力も持続力も長い石炭は工業化に大きく寄与することになった。
 また、ガスによる街灯のおかげで灯りを取る必要が減っていたこともある。
 何よりも蛮族の森方向に領地が開けたことにより、伐採の拠点が変わったことが大きい。

 確保できた空き地にミスリル鉱で補強したポールを3本立てて、係留するための駐機場にした。
 コントロールタワーというのも烏滸がましいささやかな木製の見張り台が建てられ、旗や発光信号で誘導する設備が作られたもののとても心許ない。
 基本的にエーギル号だけが入出するだけなのでこれでも良かったのかもしれない。
 もっとも、クローリーたちは自作の飛行船をガイウスの作業場で建造中であったのだが。
 狼煙台で焚く煙が目印というものだった。



 シュラハトは建設とは異なる活動を率先して動いていた。
 軍備である。
 とはいえ希望者を募って、500名ほど小さな警備隊を作っただけだった。
 帝国で生きて来たシュラハトだったが一般的な徴兵システムではなく、募兵制度にしたのは先進的な考えだったわけではない。
 新しい流入者もいるアレキサンダー男爵領で徴兵など行ったら不満が溜まる。
 それよりは給与や食事を完全補償した職業として確立した方が良いと判断しただけでしかない。
 同時に異世界召喚者ワタリの持ち込んだ新しい武器も大きな影響を与えていた。
 
 数が足りないのだ。
 鍛冶工場で一丁製造するのも手作業の鉄砲の生産はなかなか進むものではない。
 空島から持ち帰った工具や製造機械も銃の製造には役に立っていないのだ。
 ただ丸い金属の筒を作れば良いというものではないからだ。
 かつてカルト集団が鉄パイプで銃身が作れると思い込んで、立ち入り捜査を受けた時に失敗作の山を発見されたりしたが。
 そのような考えなしで行動するガイウスたちドワ―フではない。
 一つ一つ確実に確認して制作する癖がついていた。
 失敗作はすなわち材料と労力の無駄なのである。

 そして新しい武器を運用する方法が定まっていなかった。
 沙那のいた世界でも銃の運用が安定するまでには数百年かかっている。
 バン!と撃てば良いというのでは戦争はできない。
 ガイウスが製造している銃は火打石発火式フリントロックだろうが火縄着火式マッチロックであろうが、それが初期の雷管着火式パーカッションロックであっても基本構造が変わらないからだ。
 一発射撃するごとに、棒で火薬かすを削ぎ落してから火薬を詰め、弾丸を詰め……という作業が必要である。
 一度発射すると二発目を撃つまでに20秒前後はかかる。
 そして有効射程は100m(実際はもっと短い)でしかない。
 つまり……100mまで近づいてからしか発砲できない。
 
 では、向かい合う相手は100mの距離を近づくのには何秒かかるだろうか?
 オリンピック世界記録の9秒台は無理にしても、武器を持った兵士が10数秒で走り抜けることは無理ではない。
 つまり、次弾装填中までに剣で斬りこまれてしまうのだ。
 事実、銃剣はそのために開発されたものである。
 一発撃ったらそのまま突撃して短めの槍として白兵戦を行うためなのだ。
 とても中途半端な武器なのであった。
 歴史的に見てもアメリカ南北戦争や第一次世界大戦になるまで、これは変化しなかった。
 現代人でなくともその欠点は容易に想像できることから、悩むところだった。


 それまでの帝国の軍制や軍事的な常識からすると、徴兵された兵士は密集陣形による歩兵として使われた。
 充分な調練をする余裕が無い場合は、群集心理による士気を維持するために密集隊形が好まれた。
 長槍を構えて進む方陣は指揮する立場から見ても把握しやすい。
 使う武器がサリッサであろうがパイクであろうが同じである。
 突破されにくく、逃げ出そうものなら目立ってしまって脱走が防ぎやすく、隣に人がいる安心感で兵士は戦えるのだ。
 欠点は、密集隊形はその構成上動きがとても遅いことである。
 進むのも遅いが、方向転換に至ってはナメクジのように遅い。
 騎兵による機動力でどうこうというのは、その遅さ故であった。

 しかし、その方陣こそが騎兵に対する最良の隊形であることも事実であった。
 正面から当たれば騎兵隊など槍衾の餌食になってしまう。
 歴戦の指揮官でもあるシュラハトには当然判っていることだった。
 そして銃兵は一撃目ならどの兵科よりも強い。
 広く展開する横隊での一斉射撃が効果的だった。
 が……それは初弾射撃後の乱戦では容易く突破される脆弱な陣形でもある。
 あちらを立てればこちらが立たず。
 運用にも編成にも迷うのも当然だった。

 そして、シュラハトが憂慮していた最大の理由は、こちらだけいつまでも銃を持っているというわけではないであろうことだった。
 いずれは外に技術が漏れて製造する勢力が現われるだろう。
 なにより、男爵領よりも規模や国力に優れた勢力ならば量産も早いだろう。
 それは彼も望んでいなかった。
 シュラハトが作りたかったものとは当面は数は少なくとも有力な軍事力と周囲に思わせて 侵攻を防ぎたかったのだ。
 それには武器の進化はもとより、他勢力が知らない戦術を持っていると見せつける必要もあった。
 しかし、それが思いつかないのだ。
 銃というのはそれ程のものだった。
 それを解決したのはよりにもよって……。


「スカーミッシュ隊形から始めると宜しかろうでござる。ブヒィっ」
 賢者セージだった。
「何だそれは?……小競り合い?」
 シュラハトは眉を顰めた
 彼はこの男が好きではなかった。
 若いのに運動不足気味の小太りなのも見苦しいが、色んな知識においても子供のような沙那にも劣っている印象だったからだ。
 敬意を向ける理由がない。
「そうか。必ずしも言葉の意味が一致しないでござるな」
 賢者セージは少し考えた。
 基本的に英語に近い言語とはいっても時代によって意味が異なるのは同じだろう。
 ただ、彼の長所は昭和の英語教育を受けていたことだった。
 昭和時代の日本の英語教育は会話には全く向かないが、英語の論文を書いたり読んだりする技術に特化した教育なのである。
 さっぱり喋れないの日本の留学生が、大学での成績がやたらと良いのはそのためだった。
 もっとも……賢者セージはFランク大学卒でしかなかったが。

「絵に書くと、こうでござるよ」
 蝋板にカリカリと描く。
 何やら下手糞な四角と、その前方に豆粒のような点がある。
「…………?」
 意味が判らないという顔でシュラハトは賢者セージを見た。
「拙者たちの世界での銃の過渡期に良く見られた陣形でござる」
「ほう」
「良く訓練されて選抜された兵士がこの点々でござる。少し先行して射撃を行うのでござるブヒ」
 賢者セージがカリカリと線を引いた。
「銃の射撃で混乱したとろこに……こう、従来の方陣が突撃することで一気に突き崩すものでござるな。この段階だとテルシオとも呼ばれるのでござるが」
「銃を突撃の切欠にするのか」
「それもあるでござるが……この編成は練度が上昇すると編成する兵士数を減らせるのがミソでござる」 
「ミソ……?」
 沙那たちがいても未だに味噌は導入されていない。
 大豆があっても製法が判らないので味噌が作れなかったのだ。
 同様に醤油も無いのだ。
 ピンとこなくても致し方ないだろう。

「そこででござる。最終的な進化が……散兵スカーミッシュでござるブヒヒィ」
「最終的……だと?」
 ますます判らない。
「おそらくでござるが。マーチス殿とガイウス殿で進化した銃の開発を企んでいそうなのでござる」
「それがどう関係するんだ?」
「考えてみるでござる。今の銃は射程が100mぽっちでござるが、これが400mとかになったらどうなると思うでござるか?」
「どうって……それだけ遠くから撃てるだけ……あっ!?」
 シュラハトは気が付いた。
「敵が辿り着くまでに何発か撃てるっていう事だな?」
「そうでござる。100mで一発でも400mで4回撃てると大きいでござろう?」
「100mならいざ知らず、400mを走るのは武装した兵士にはかなり辛いしな」
 シュラハトが少し笑った。
 どうやら賢者セージがバカではないことに気付いたのだ。

「そこででござる。射程もでござるが、それよりも装填速度の向上が起きると思うでござるよ。具体的には2~3秒に一発発射くらいに」
「そんなことが起きるのか……?」
「そんなことも何も。拙者たちの世界での下級兵士の銃は1秒間に10発以上発射できるでござるよ。ブヒィ」
 シュラハトは愕然とした。
 その発射速度ならもはや弾幕だ。
 近づくこともできないだろう。
「たぶん、こっちで作れても他所で作るのはなかなか難しいことでござろうし。そもそも重要なのはそこではないのござるよ」
「まだ何かあるのか?」
「それよりも早く出来上がりそうなのが大砲でござるよ」

 銃よりも大きく戦争を変えたのは大砲だった。
 発射速度は遅くとも、巨大な砲丸は方陣に当たれば数人から数十人の兵士を吹き飛ばす。
 目の前で何人もが肉塊になるのを見て、平常心でいられる兵士がいるだろうか。
 これが散弾のような物であれば効果はさらに大きい。
 さらに城壁や防塁を容易く粉砕できるようになれば……。
 城が意味をなさなくなるのだ。

「マーチス殿が馬車で弩砲バリスタを引っ張っていたでござろう。あれが大砲に置き換わるだけでも大変なことでござる」

 賢者セージはコンピューターゲームが広まる過渡期の人物である。
 それ故に彼の知る戦史はアナログのウォーゲームだった。
 欠点が多い故に廃れたが、このアナログウォーゲームの長所は人間対人間であること。
 いわゆるPvPである。
 そのためCPUの思考ルーチンを逆手に取る方法ではなく、将棋やチェスに近い。
 だからこそ敬遠されるようになったものだった。
 そしてユニットの特徴が『速い』『硬い』といった単純なものではないことも良く知っていた。
 経験値を積んでステータスを向上させるタイプのものではなく、目的別に把握して運用することに少し長じていた。
 少しリアル志向といっても良いのかもしれない。

「それと……単種類の兵だけ集中するのは良くないでござる。騎兵の単独運用などは愚の骨頂ブヒヒィッ」

 『機動力』重視の騎兵などと言われるが、実は騎兵は爆発的な破壊力と同時に最も脆弱な兵科であった。
 ゲームでは移動力の高い使いやすいエリート兵なのだが現実はそうではない。
 銃はもとより弩弓にも弱い。
、突進力の大きさの反面、方向転換も弱い。
 前線に並べるよりも予備兵力として待機させて、ここぞという状況に突撃させるものなのだ。
 これが戦車になるとさらに顕著で、戦車を破城槌のように使うのは無能と呼ばれるほどだった。
 
「なので……諸兵科連合コンバインド・アームズを前提に編成するでござるよ、ブホゥ」

 これは現代的な運用思想なので、実はこの状況には似つかわしくはないのだが。
 要は騎兵を運用するときには、随伴歩兵や砲兵を一緒にすることだった。
 突発的な事態にも対応できるような編成で、本来はこの戦闘単位が『連隊』と呼ばれる。
 古くはナポレオン時代からあるものなのだから考慮には値するのかもしれない。
 ただし、現実には随伴する部隊の速度が低いと騎兵の有利さを失うので、全てが騎馬による運用まで考慮しなければならない。
 トラックや装甲車で歩兵を運ぶようになるのはそのためだった。
 戦車に付いて行ける速度を得るためだ。
 機甲師団などと呼ばれるのがそれである。

 なお、余談だが自動車が含まれると燃料も膨大に必要になると同様に、馬が増えれば必要な飼い葉が大量になる。
 つまり……補給物資が大量に必要になる金食い虫の部隊でもあった。
 通常の歩兵を中心にした部隊の最低でも三倍以上の物資が必要と言われるのである。
 強力であることと引き換えだったが、実は賢者セージは少し違った考えを持っていた。
 防衛用にはとっても有利だと。
 自分の領地が傍なら補給はしやすいからだ。

「それらを指揮できる人間を育成しなくてならない気もするでござるが……今は無理でござろうな」
 
 賢者セージはブヒブヒ言いながら思いついたことを並べてるだけだった。
 ただ、言えることは従来の手法ではやっていけないので、将来の変化を前提に編成すべきということだ。
「蘊蓄のほどは私より上かも知れませんネエ」
 というマーチスの言葉がシュラハトの脳裏に思い出された。

「ふん。話だけは聞いてやる」
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