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第7章 空島世界
第7章 空島世界 1~空島は本当にあったんだ!
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第7章 空島世界 1~空島は本当にあったんだ!
●S-1:空のどこか/エーギル号客室
クローリーや沙那たちは幸運にも軟禁された場所が客用船室だったのが幸いした。
窓があるからだった。
そうでなければ大事な光景を見逃していただろう。
窓といっても古い列車のような大きなものではない。
沙那が知る旅客機のようなモノとも違う。
気圧の変化に耐えられるように円形に作られた小さなものだった。
「ふぅむ。この船は与圧されておるのデスカナ?」
マーチスがコンコンと窓を叩いた。
もちろん叩いただけでは何も判るわけもない。
アイリに対する問い掛けなのだ。
「与圧装置はある」
アイリは驚いたような顔をした。
気圧が変化する高度まで飛行する術のない地上人にそんな知識があるとは思いつかなかったからだった。
「今がどのくらいの高度なのかは判らないが、3000mくらいまでならなくても問題はない。それ以上なら約0・8気圧くらいに保たれることになっている」
「ほうほう。それでは大砲の射撃窓があそこにあって……というと高い高度では砲撃戦はできないのデスナ」
砲撃用の窓が開くところをマーチスはみていた。
かつての帆走軍艦のように側面を開いて甲板上の大砲を使っていたのだから、その認識は正しかった。
つまり与圧装置……圧縮機を使った空調装置のようなものが作動するときには使えないことを意味する。
「改良する工夫はされないのですかネエ」
「……ねーねー?気圧ってなーにー?」
これは沙那だ。
「ああ。年代的に使わない単位ですからネエ。1000倍するとhPaですヨ」
「むむー?」
無理もない。
SI単位が日本で変更されたのは彼女が生まれる前なのだ。
賢者でやっと判る世代だろう。
「あー!何か見えてきたー!」
思考を巡らすマーチスを引き戻すような沙那の声が響いた。
「すごいよー!あれー!島っていうかー……町が空飛んでるのー!」
小さな窓から見えるそれは確かに沙那の言う通りだった。
雲海から姿を現したのは島といって良かった。
ざっと数kmはある巨大な岩石の上半分に建物が密集している。
空島の一つ一つが巨大な都市国家なのだった。
ヨーロッパの古い町によくある旧市街がそのまま空を飛んでいるようなものだ。
ただ、所々に見える建築物の幾つかは沙那たちには馴染みのある近代的なものにも見える。
「これってあれだよねー!?何とかは本当にあったんだー!っていうー」
沙那のテンションは高かった。
「拙者には中から超巨大戦艦が出現しそうな感じに見えるでござるな。グヒホゥ」
賢者は賛意同意しつつも別な何かを思い出していたようだった。
「いやー……スゲーっスな。町ごと空に飛ばすんスかー……」
クローリーもあまりのスケールに圧倒されていた。
彼からすれば人口数万の城塞都市が丸ごと浮いているように思えたのだった。
そして、クローリーは他とは違う部分にも注目していた。
空中港……空港といって良いのかもしれないが、空中に伸びた箱状の搭乗橋に繋がれた飛行船たちだ。
エーギル号を基準に考えると、より気嚢が大きく太めの船体を有しているのは輸送用の船だろう。
逆にエーギル号に似た形状の大小の船は恐らくは戦闘用と見当をつけた。
大きなものはエーギル号の倍以上にも見える。
エルフたちがもしも地上へ戦争を仕掛けたら一溜まりもないなとクローリーは思った。
今見える10数隻の飛行船があれば対空武器のない帝国など軽くねじ伏せることが出来るだろう。
1つの島ですらそれなら……エルフ全体だとどれほどなのだろうか。
「へー。ボク、ちょっと安心しちゃったー!」
沙那がお気楽に笑っていた。
大きな胸の少女はともすると脳が空っぽなのではないかと思えるほどなのだが。
「これで地上に攻めてこないんだからー、エルフって平和的な人たちなんだねー」
クローリーはハッとした。
なるほど。帝国はおろか地上の全世界を制圧できそうな軍事力を全く行使していなかったのだ。
世界征服などとは無縁の思想を持っているのだろう。
だからこそ、彼は判らなくなった。
ならばエルフはどういう意図を持って空中に住み、生活しているのだろうか。
増々わからなくなってきていた。
今までの会話で人間とエルフで心理に大きな差異はないと感じていた。
だからこそ理解できないのだ。
野心のないことが。
エーギル号は速度を落とし、リッチマン配下の船に挟まれて入港していく。
水上の船でも接岸は難しい作業であるはずなのに、どうやってか三次元の位置補正をしながらゆっくりと正確に近づく。
「ほー。光学着艦装置デスナ。大きな各色の信号灯で誘導するのデス」
「ブフゥ。空母の着艦装置みたいなやつでござろうか?」
「ええ。そうでショウ。単純ですが視覚しやすいのデス」
マーチスと賢者がオタク会話をしていた。
クローリーはそれに耳を欹てながら観察していると、接岸経路から上下左右にずれた時には信号灯の色で知らせるらしかった。
実は無線技術が発達していないエルフたちにとっては最も効率的なのだった。
エーギル号はゆっくりと上下し、前進後進を繰り返しながら接岸した。
●S-2:空中都市ライラナー
空中都市ライラナーはクローリーたちには判らないことだったが、普通の空中都市ではない。
エルフ世界の幾つかに分かれた軍管区の一つ、ライラナー軍管区の中心である。
その名のイメージからは軍事色が強い都市のように思えるが、そうではない。
軍管区とは政治軍事共に管理するもので、謂わば州都や県庁所在地のようなものである。
その役割から軍港も併設されてはいるが、そちらが中心ではない。
接岸後、間もなくしてクローリーたちは連行された。
街並みを見学してみたかったが残念なことに軍港内の部屋に連れていかれただけだった。
「こりゃ牢獄へご案内って感じだぜ」
シュラハトが溢した。
とはいえ悲壮感はない。
どこか面白がっているような風さえある。
「高級ホテルのスイートって感じではないわよねえ」
マリエッラも同調した。
危機感を感じているからこその軽口だった。
わりとトラブルに慣れている面々はともかく、沙那のような本来は一般人な仲間の気持ちを沈ませないためにだ。
クローリーたちのいつものスタイルでもある。
「それでもいつも泊まる宿よりはよっぽど清潔な感じはするっスなー」
クローリーも同様だ。
しかし、実のところ沙那にはそれほど悲壮感はなかった。
それは彼女が未だにこの世界を『彼女の見る夢の中の世界』と信じ込んでいるからだった。
ピンチになったらきと目が覚めるはず!なのだ。
「きゅっきゅーっ」
沙那の足元にはぺんぎん隊が彼女を守るように囲んでいた。
「(警備が甘いっスなー……)」
クロ―リーがそう思ったのも当然だった。
ぺんぎんたちは武装解除されていなかったのだ。
確かにエルフから見ればおもちゃを背負ったお人形でしかない。
しかし、ぺんぎん隊の装備は見た目より強力だ。
特に通称ペンギンバズーカは原型が単発銃とはいえ充分な殺傷能力がある。
「(地上の人間を未開人と思ってナメてやがるんスなー……)」
それは事実だった。
未開だからこそ油断をしてはならないはずなのだが……。
未開で無知な人間は野蛮なのだ。
「連中、これから何をするつもりかな」
ヒンカが不安を口にした。
これは仕方名が無い。彼女は荒事の得意な生活をしてきたわけではない。
「普通に考えればまずは取り調べのはずじゃろうが……」
「おそらくは裁判あるいは査問会です」
ルゥが言いにくそうに答えた。
「すべては軍管区長官の判断次第ですが」
「軍管区?……なんとも仰々しい名前じゃな」
ヒンカのイメージではローマ帝国のような行政単位なのだが、ローマ帝国も多くの場合が軍管区長は軍人だったのだ。
「話の判る相手ならいいのじゃが……」
「それはなんとも……」
ルゥが苦笑した。
だが、最も怯えていたのはガイウスだった。
ドワーフの鍛冶職人でしかない彼はそもそも乗船していなければ巻き込まれるはずもなかったのだ。
頼る相手のいない彼は今にも叫びだしそうな面持ちだった。
それをルシエが元気付けようとしていた。
彼女の冷静な声は普段だと安心感を与えてくれるものだった。
「全員、外へ出ろ」
そう兵士に呼ばれた時のガイウスは死刑台に進む囚人のように蒼褪めていた。
●S-3:空中都市ライラナー/会議室
連行される途中を色々観察しておきたかったクローリーの期待を裏切るように、白いだけの窓のない通路を歩かされて大きな部屋に通された。
そこはそこそこの広さはあるものの無味乾燥な印象を与える殺風景な部屋だった。
調度品などない。
長テーブルが幾つかと椅子、数人の青い制服に身を纏った男女がすでに座っている。
クローリーたちが入ると値踏みをするような視線を飛ばしてきた。
賢者は就職面接をイメージした。
彼の時代ならにこやかに交通費と称して数万円が入った封筒などが貰えたが、ここでは期待できなさそうだった
リッチマンは沙那を突き飛ばすようにドカドカと足音を立てて対面側に進み、乱暴に椅子に腰を下ろした。
いちいち音を立てないと気が済まないのだろうか。
「ちょっとお。女の子を押しのけるなんてえ」
マリエッラが睨んだ。
美女が怒ると迫力がある。
だが、リッチマンには通じないようだ。
アイリは中央に座っている人間でいえば40歳くらいの男性を見て驚いた。
震え上がったと言っても良い。
その様子を見た男性は薄笑いを浮かべた。
「マヨール・アイリ。私がここにいるのが不思議かね?」
声は思ったより若く良く通るバリトンだった。
演説に向いていそうな声質だなとクローリーは思った。
「私はライラナー軍管区長官ハウプトマン。略式だが当査問会の議長を務める」
「さいばん?」
沙那がむむと唸った。
「タイホされるよーなことしてないけどー」
「黙れ!」
リッチマンが恫喝する。
沙那は一瞬怯んだが、クローリーが沙那を庇うように前に立つ。
「貴様らは協定違反のドラゴンへの攻撃を行った現行犯なのだぞ!」
「あれはむこーがおそって来たんだよー……」
「きゅっきゅっ」
ぶーたれる沙那を守るようにぺんぎんたちも前に出る。
「先に発砲するところを吾輩が確認したのである!」
「ちょっと。あなた声が大きいのよお。沙那ちゃんが怖がるから止めてくれないかしらあ」
マリエッラもあまり友好的な態度ではない。
仲間に対する思いが強いのだ。
「吾輩のは地声である!」
より声は大きくなった。
田舎によくいるおじさんの様だ。
「協定違反は重罪である!即刻死刑でも良いくらいである!」
「待ってください」
ルゥが手を挙げた。
「元々はドラゴンから攻撃されたのは間違いありません」
「プファエル・ルゥ。発言を許そう」
「はい。ありがとうございます」
相手のリアクションがルゥの場合は少し違うように感じてて、沙那が眉を顰めた。
訊きたいが、答えられそうなのは……アイリの袖を引っ張った。
「ね?その、ぷー……ぷーあるティーってなあにー?」
アイリは袖を引っ張る沙那の手をぺしっと叩いた。
「お茶ではない。司祭のことだ」
「お坊さーん?」
首かっくん。
「静かにしてくれないか」
前に居並ぶ中の女性がくすっと笑った。
ように見えた。
彼女は珍獣でも見るように沙那たちを眺めている。
「ヘル・ハウプトマン。私も発言良いかしら?」
「どうぞ。コンコード理事官」
「ありがとうございます」
女性……コンコードは笑みを絶やさない。
「ドラゴンが先に攻撃してきたと仰ってますけど……リッチマン大佐という目撃者がいてもそう言い張るのですか?」
「いえ。その前の話です」
アイリが答える。
嘘偽りはできない。
唇を一文字に引き締めて、ゆっくりと話す。
「リッチマン大佐と邂逅する2週間と少し前になります。ニューシャティオに向けて航行中にドラゴンの成竜4体に急襲されたのです」
「証明するものは?」
「……ありません」
アイリは項垂れた。
「戦果は?何羽撃墜しましたか?」
「いえ。2体に焼夷徹甲弾を撃ち込み後退させたところで、こちらも全速で撤退しました」
「あら」
「本来は応戦することすら協定違反なのですが、撤退のために相手を怯ませる必要があって止むを得ず交戦しました」
「ふぅん……」
コンコードは目を瞑った。
何か思案しているようでもあった。
「何故すぐに撤退しなかったのだ!」
「……リッチマン大佐。発言は許可を取ってからですよ」
「いや!しかしっ」
コンコードが制止するように手を挙げた。
「……こちらの情報と一部一致します」
「何がだね?」
「ドラゴンの被害状況がです」
コンコードの声は冷静だった。
「今一度……再調査を進めるべきじゃないでしょうか」
査問会は一旦お開きになった。
クローリーたちは再び部屋に閉じ込められたが、今度は少し広い部屋だった。
待遇がちょっと良くなったようにも感じた。
何よりも沙那にとってはトイレが個室になった事と洗浄器が付いていたことが嬉しかった。
とても現代的な生活のような雰囲気を久しぶりに味わった。
●S-1:空のどこか/エーギル号客室
クローリーや沙那たちは幸運にも軟禁された場所が客用船室だったのが幸いした。
窓があるからだった。
そうでなければ大事な光景を見逃していただろう。
窓といっても古い列車のような大きなものではない。
沙那が知る旅客機のようなモノとも違う。
気圧の変化に耐えられるように円形に作られた小さなものだった。
「ふぅむ。この船は与圧されておるのデスカナ?」
マーチスがコンコンと窓を叩いた。
もちろん叩いただけでは何も判るわけもない。
アイリに対する問い掛けなのだ。
「与圧装置はある」
アイリは驚いたような顔をした。
気圧が変化する高度まで飛行する術のない地上人にそんな知識があるとは思いつかなかったからだった。
「今がどのくらいの高度なのかは判らないが、3000mくらいまでならなくても問題はない。それ以上なら約0・8気圧くらいに保たれることになっている」
「ほうほう。それでは大砲の射撃窓があそこにあって……というと高い高度では砲撃戦はできないのデスナ」
砲撃用の窓が開くところをマーチスはみていた。
かつての帆走軍艦のように側面を開いて甲板上の大砲を使っていたのだから、その認識は正しかった。
つまり与圧装置……圧縮機を使った空調装置のようなものが作動するときには使えないことを意味する。
「改良する工夫はされないのですかネエ」
「……ねーねー?気圧ってなーにー?」
これは沙那だ。
「ああ。年代的に使わない単位ですからネエ。1000倍するとhPaですヨ」
「むむー?」
無理もない。
SI単位が日本で変更されたのは彼女が生まれる前なのだ。
賢者でやっと判る世代だろう。
「あー!何か見えてきたー!」
思考を巡らすマーチスを引き戻すような沙那の声が響いた。
「すごいよー!あれー!島っていうかー……町が空飛んでるのー!」
小さな窓から見えるそれは確かに沙那の言う通りだった。
雲海から姿を現したのは島といって良かった。
ざっと数kmはある巨大な岩石の上半分に建物が密集している。
空島の一つ一つが巨大な都市国家なのだった。
ヨーロッパの古い町によくある旧市街がそのまま空を飛んでいるようなものだ。
ただ、所々に見える建築物の幾つかは沙那たちには馴染みのある近代的なものにも見える。
「これってあれだよねー!?何とかは本当にあったんだー!っていうー」
沙那のテンションは高かった。
「拙者には中から超巨大戦艦が出現しそうな感じに見えるでござるな。グヒホゥ」
賢者は賛意同意しつつも別な何かを思い出していたようだった。
「いやー……スゲーっスな。町ごと空に飛ばすんスかー……」
クローリーもあまりのスケールに圧倒されていた。
彼からすれば人口数万の城塞都市が丸ごと浮いているように思えたのだった。
そして、クローリーは他とは違う部分にも注目していた。
空中港……空港といって良いのかもしれないが、空中に伸びた箱状の搭乗橋に繋がれた飛行船たちだ。
エーギル号を基準に考えると、より気嚢が大きく太めの船体を有しているのは輸送用の船だろう。
逆にエーギル号に似た形状の大小の船は恐らくは戦闘用と見当をつけた。
大きなものはエーギル号の倍以上にも見える。
エルフたちがもしも地上へ戦争を仕掛けたら一溜まりもないなとクローリーは思った。
今見える10数隻の飛行船があれば対空武器のない帝国など軽くねじ伏せることが出来るだろう。
1つの島ですらそれなら……エルフ全体だとどれほどなのだろうか。
「へー。ボク、ちょっと安心しちゃったー!」
沙那がお気楽に笑っていた。
大きな胸の少女はともすると脳が空っぽなのではないかと思えるほどなのだが。
「これで地上に攻めてこないんだからー、エルフって平和的な人たちなんだねー」
クローリーはハッとした。
なるほど。帝国はおろか地上の全世界を制圧できそうな軍事力を全く行使していなかったのだ。
世界征服などとは無縁の思想を持っているのだろう。
だからこそ、彼は判らなくなった。
ならばエルフはどういう意図を持って空中に住み、生活しているのだろうか。
増々わからなくなってきていた。
今までの会話で人間とエルフで心理に大きな差異はないと感じていた。
だからこそ理解できないのだ。
野心のないことが。
エーギル号は速度を落とし、リッチマン配下の船に挟まれて入港していく。
水上の船でも接岸は難しい作業であるはずなのに、どうやってか三次元の位置補正をしながらゆっくりと正確に近づく。
「ほー。光学着艦装置デスナ。大きな各色の信号灯で誘導するのデス」
「ブフゥ。空母の着艦装置みたいなやつでござろうか?」
「ええ。そうでショウ。単純ですが視覚しやすいのデス」
マーチスと賢者がオタク会話をしていた。
クローリーはそれに耳を欹てながら観察していると、接岸経路から上下左右にずれた時には信号灯の色で知らせるらしかった。
実は無線技術が発達していないエルフたちにとっては最も効率的なのだった。
エーギル号はゆっくりと上下し、前進後進を繰り返しながら接岸した。
●S-2:空中都市ライラナー
空中都市ライラナーはクローリーたちには判らないことだったが、普通の空中都市ではない。
エルフ世界の幾つかに分かれた軍管区の一つ、ライラナー軍管区の中心である。
その名のイメージからは軍事色が強い都市のように思えるが、そうではない。
軍管区とは政治軍事共に管理するもので、謂わば州都や県庁所在地のようなものである。
その役割から軍港も併設されてはいるが、そちらが中心ではない。
接岸後、間もなくしてクローリーたちは連行された。
街並みを見学してみたかったが残念なことに軍港内の部屋に連れていかれただけだった。
「こりゃ牢獄へご案内って感じだぜ」
シュラハトが溢した。
とはいえ悲壮感はない。
どこか面白がっているような風さえある。
「高級ホテルのスイートって感じではないわよねえ」
マリエッラも同調した。
危機感を感じているからこその軽口だった。
わりとトラブルに慣れている面々はともかく、沙那のような本来は一般人な仲間の気持ちを沈ませないためにだ。
クローリーたちのいつものスタイルでもある。
「それでもいつも泊まる宿よりはよっぽど清潔な感じはするっスなー」
クローリーも同様だ。
しかし、実のところ沙那にはそれほど悲壮感はなかった。
それは彼女が未だにこの世界を『彼女の見る夢の中の世界』と信じ込んでいるからだった。
ピンチになったらきと目が覚めるはず!なのだ。
「きゅっきゅーっ」
沙那の足元にはぺんぎん隊が彼女を守るように囲んでいた。
「(警備が甘いっスなー……)」
クロ―リーがそう思ったのも当然だった。
ぺんぎんたちは武装解除されていなかったのだ。
確かにエルフから見ればおもちゃを背負ったお人形でしかない。
しかし、ぺんぎん隊の装備は見た目より強力だ。
特に通称ペンギンバズーカは原型が単発銃とはいえ充分な殺傷能力がある。
「(地上の人間を未開人と思ってナメてやがるんスなー……)」
それは事実だった。
未開だからこそ油断をしてはならないはずなのだが……。
未開で無知な人間は野蛮なのだ。
「連中、これから何をするつもりかな」
ヒンカが不安を口にした。
これは仕方名が無い。彼女は荒事の得意な生活をしてきたわけではない。
「普通に考えればまずは取り調べのはずじゃろうが……」
「おそらくは裁判あるいは査問会です」
ルゥが言いにくそうに答えた。
「すべては軍管区長官の判断次第ですが」
「軍管区?……なんとも仰々しい名前じゃな」
ヒンカのイメージではローマ帝国のような行政単位なのだが、ローマ帝国も多くの場合が軍管区長は軍人だったのだ。
「話の判る相手ならいいのじゃが……」
「それはなんとも……」
ルゥが苦笑した。
だが、最も怯えていたのはガイウスだった。
ドワーフの鍛冶職人でしかない彼はそもそも乗船していなければ巻き込まれるはずもなかったのだ。
頼る相手のいない彼は今にも叫びだしそうな面持ちだった。
それをルシエが元気付けようとしていた。
彼女の冷静な声は普段だと安心感を与えてくれるものだった。
「全員、外へ出ろ」
そう兵士に呼ばれた時のガイウスは死刑台に進む囚人のように蒼褪めていた。
●S-3:空中都市ライラナー/会議室
連行される途中を色々観察しておきたかったクローリーの期待を裏切るように、白いだけの窓のない通路を歩かされて大きな部屋に通された。
そこはそこそこの広さはあるものの無味乾燥な印象を与える殺風景な部屋だった。
調度品などない。
長テーブルが幾つかと椅子、数人の青い制服に身を纏った男女がすでに座っている。
クローリーたちが入ると値踏みをするような視線を飛ばしてきた。
賢者は就職面接をイメージした。
彼の時代ならにこやかに交通費と称して数万円が入った封筒などが貰えたが、ここでは期待できなさそうだった
リッチマンは沙那を突き飛ばすようにドカドカと足音を立てて対面側に進み、乱暴に椅子に腰を下ろした。
いちいち音を立てないと気が済まないのだろうか。
「ちょっとお。女の子を押しのけるなんてえ」
マリエッラが睨んだ。
美女が怒ると迫力がある。
だが、リッチマンには通じないようだ。
アイリは中央に座っている人間でいえば40歳くらいの男性を見て驚いた。
震え上がったと言っても良い。
その様子を見た男性は薄笑いを浮かべた。
「マヨール・アイリ。私がここにいるのが不思議かね?」
声は思ったより若く良く通るバリトンだった。
演説に向いていそうな声質だなとクローリーは思った。
「私はライラナー軍管区長官ハウプトマン。略式だが当査問会の議長を務める」
「さいばん?」
沙那がむむと唸った。
「タイホされるよーなことしてないけどー」
「黙れ!」
リッチマンが恫喝する。
沙那は一瞬怯んだが、クローリーが沙那を庇うように前に立つ。
「貴様らは協定違反のドラゴンへの攻撃を行った現行犯なのだぞ!」
「あれはむこーがおそって来たんだよー……」
「きゅっきゅっ」
ぶーたれる沙那を守るようにぺんぎんたちも前に出る。
「先に発砲するところを吾輩が確認したのである!」
「ちょっと。あなた声が大きいのよお。沙那ちゃんが怖がるから止めてくれないかしらあ」
マリエッラもあまり友好的な態度ではない。
仲間に対する思いが強いのだ。
「吾輩のは地声である!」
より声は大きくなった。
田舎によくいるおじさんの様だ。
「協定違反は重罪である!即刻死刑でも良いくらいである!」
「待ってください」
ルゥが手を挙げた。
「元々はドラゴンから攻撃されたのは間違いありません」
「プファエル・ルゥ。発言を許そう」
「はい。ありがとうございます」
相手のリアクションがルゥの場合は少し違うように感じてて、沙那が眉を顰めた。
訊きたいが、答えられそうなのは……アイリの袖を引っ張った。
「ね?その、ぷー……ぷーあるティーってなあにー?」
アイリは袖を引っ張る沙那の手をぺしっと叩いた。
「お茶ではない。司祭のことだ」
「お坊さーん?」
首かっくん。
「静かにしてくれないか」
前に居並ぶ中の女性がくすっと笑った。
ように見えた。
彼女は珍獣でも見るように沙那たちを眺めている。
「ヘル・ハウプトマン。私も発言良いかしら?」
「どうぞ。コンコード理事官」
「ありがとうございます」
女性……コンコードは笑みを絶やさない。
「ドラゴンが先に攻撃してきたと仰ってますけど……リッチマン大佐という目撃者がいてもそう言い張るのですか?」
「いえ。その前の話です」
アイリが答える。
嘘偽りはできない。
唇を一文字に引き締めて、ゆっくりと話す。
「リッチマン大佐と邂逅する2週間と少し前になります。ニューシャティオに向けて航行中にドラゴンの成竜4体に急襲されたのです」
「証明するものは?」
「……ありません」
アイリは項垂れた。
「戦果は?何羽撃墜しましたか?」
「いえ。2体に焼夷徹甲弾を撃ち込み後退させたところで、こちらも全速で撤退しました」
「あら」
「本来は応戦することすら協定違反なのですが、撤退のために相手を怯ませる必要があって止むを得ず交戦しました」
「ふぅん……」
コンコードは目を瞑った。
何か思案しているようでもあった。
「何故すぐに撤退しなかったのだ!」
「……リッチマン大佐。発言は許可を取ってからですよ」
「いや!しかしっ」
コンコードが制止するように手を挙げた。
「……こちらの情報と一部一致します」
「何がだね?」
「ドラゴンの被害状況がです」
コンコードの声は冷静だった。
「今一度……再調査を進めるべきじゃないでしょうか」
査問会は一旦お開きになった。
クローリーたちは再び部屋に閉じ込められたが、今度は少し広い部屋だった。
待遇がちょっと良くなったようにも感じた。
何よりも沙那にとってはトイレが個室になった事と洗浄器が付いていたことが嬉しかった。
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