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第6章 エルフの船
第6章 エルフの船 5~ミッション・インポッシブル!すっぱい大作戦
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第6章 エルフの船 5~ミッション・インポッシブル!すっぱい大作戦
●S-1:ぺんぎん海岸・飛行船エーギル
「ワシらは慈善事業じゃないから払うものは払ってもらうぞ」
ガイウスは堂々と言い放った。
そりゃそーだ。
クロちゃんみたいな変人ならいざ知らず、高価な商品であるミスリルの加工まで行うとなると安くはない。
ただ、問題があるとすれば違う世界の住人であるルゥやアイリさんに支払う能力があるかだった。
お金と言えば男爵貨幣だけど、まだ領内ですらやっと流通してきたばかりのものを所持しているわけがない。
すると帝国通貨か、交易の基軸通貨であるドカル金貨などがあるけど望み薄そう。
地上と接触を避けてきたという人たちが何を持っているのだろうか。
「……この世界でどこまで通用するかは分からないが、金で宜しいか?」
「お」
「銘柄もシリアルナンバーもこちらのもので済まないが、そこまで管理はされていないだろう?」
「純度さえ確保できていれば喜んで受け取るぞ」
ガイウスは満面の笑みで応えた。
爺ちゃんの笑顔はちょっとキモい。
「50kgほどある。どうだろうか?」
これは大きい。
計算するも嫌になるほどの大金だ。うん。ボクみたいな小市民にはね。
この世界なら現金よりも金塊の方が間違いが無い。
あ、銘柄やシリアルナンバーっていうのはボクの世界だと常識だけど、こっちにはない概念のはずなんだよねー。
むしろエルフの世界がボクの世界と同じようなことをしていることが不思議なくらい。
銘柄って銀行とかそういう発行元だね。
保証してくれるわけだけど、それとシリアルナンバーは紹介するときの番号。
金塊を取引するときは当然ながら照会されて確認の上で取引が原則。当たり前だけど。
ただ、何の保証もない金塊を持ち込んでも相手にされないんだ。
少なくとも金相場の金額では取引できない。
貴金属高価買取とかリサイクルショップに出したって保証のない物に値段は付かないよ。
TVとかで見たことあるなら判ると思うけど、金の採掘場での業者の買取って知ってる?
悲しいほど安いんだ。
ボロボロの1ドル紙幣や現地硬貨を渡されている姿を見たときに、ざっと計算してみたけど……金1グラムが日本円で100円くらいなんだ。
出所の明らかでない金塊なんて、それと変わらない価格で叩かれるのは確実。
だからちゃんとエルフの世界でも刻印が入っているってことなんだろうけど。
帝国世界にそんなものは関係ない。うん。
だって、エルフの世界でボクたちの世界と同じことが行われているってことは、世界の金の量が決まってるからに他ならない。
ボクの世界だと金の量は決まっていて、流通量と潜在埋蔵量がほぼ判ってるからなんだけどね。
実は国の金所有量は国連でも公開されていて、国ごとに厳しく管理されているんだ。
もっとも。本格的な地質調査なんかできっこない帝国世界にはそれはない。
どこかで金が発見されれば「あら、ハッピー」なんだろうと思う。
この世界でドカル金貨が基軸通貨になってるのはそのせい。
あの金貨はこの世界で最も金の含有量が多いからなんだ。
最悪の場合には溶かして金として使うとしても、その含有量の分御価値が保証されるってこと。
ドカル金貨は金の含有量がだいたい80%以上あるから、その分は確実に保証されるってことでもある。
だから信頼度が高い。
これがボクたちの世界にあるような紙幣とかどーなると思う?
。あれ、古いお札を見ればとっても分りやすいけど、銀や金の引き換え券なんだ。
『日本銀行兌換券』とか書いてあるでしょ?
国が銀と交換を保証しますって意味なんだけどね。
ま、銀はすっかり価値が低くなったのでまた違ってくるんだけど。
元々はどの国も金と交換できますっていう金本位制だったんだよね。
男爵貨幣はそういったものに影響されないための貴金属を一切使わない貨幣なんだよ。
それにどういう意味があるかっていうと、ボクの世界の現代の貨幣に近い存在を作ろうとしたってことなんだけどね。
余談だけど、金本位制が無くなったのは20世紀で、もっとも大きな事件は1970年代のニクソン・ショックって言われるドルと金の交換禁止だっていうんだから、割と最近までの話だったりするんだ。
これってシステムが大変革されたとかじゃないんだ。
大量の金を引き出されるのを恐れて次々とどの国も交換を止めたんだよ。
ドルだろうがポンドだろうが大量に出回りすぎてアメリカやイギリスの所有する金を根こそぎ換金されかねなかったから。
小学校でも少し触るけど中学校では社会の授業でやるよね。
金の密輸なんかが判りやすいかも。
溶かして人形とかに作り直せばバレにくいのに、みんな金塊で持ち込もうとする。
それは銘柄やシリアルナンバーが無いと価値がなくなるからなんだ。
でも、そういった面倒くさい縛りが無いのがこの帝国世界。
さすが夢の中だよね。
古代ギリシャやローマよりも原始的な世界な気がするけど、中世ヨーロッパって文明が後退した世界でもあるから……この夢の世界も同じなのかもしれない。
「ずいぶんな量を持ち歩いてるんスなあ」
クロちゃんは感心したような声を出した。
そしてアイリさんたちから少し離れるようにうろうろしはじめる。
こういう時のクロちゃんは何か考えてる。
何かを思いついて、そして確認作業を行うんだ。
「エルフはケーキ良いんスなー」
辺りを観察しながら……警戒と言っていいかもしれない、小さく手招きしてきた。
ボクとシュラハトとマリエッラだ。
何となく懐かしさを感じる組み合わせだ。
そこで目配せをしてくる。
なんとなく集まる4人。
動物園のお猿さんが円陣組んで餌を食べてる姿みたいにも見える。
「……想像以上にヤバいことに関わっちまったみたいっスよ」
「ヤバい?」
マリエッラの返事は疑問形だけど何かを感じ取った感じだ。
「そーっス。……例えば、さにゃ。金塊を持ち歩くのはどういう類の人間だと思うっスか?」
「え。もちろん……お金持ちー!」
ボクは自信満々で答えた。
ぼよんと胸を張る。
クロちゃんは盛大にずっこっけた
吉本の芸人でもああはいくまい。
「……さにゃに訊いたオレがバカだったっス」
「なによぅー!?」
「金塊は非常時に最も頼りなる資産だものねえ」
マリエッラはすでにクロちゃんの言いたいことを理解してるらしい。
ぐぬぬ。
「交易商人ならありえるが……そういう空気でもなさそうだしな」
「やっぱりみんな見当ついてたっスな」
「なによぅー!」
「さにゃの方が判りそうなんスがねえ」
「だーかーらー!どーいうことー!?」
「そのおっぱいくらいの脳みそを期待したかったんスがね」
「えっちー!へんたーい!」
ボクがグーパンしようと振りかぶった時、クロちゃんは呆れたように笑って手を振った。
「万国共通の資産になる金塊っス。それを持ち運ぶ船が煙吹いて落ちてきたんス」
「少なくとも俺たちが今の今まで飛んでるのを見たこともなけりゃ、聞いたことも無ェ」
「偶然とか偶々っていうには如何にもやられましたって感じよねえ」
「……えーっと?」
「つまり、それと判って襲われた可能性が高いってことっス」
だからー。どーいうことー?
「大金を持ち歩くには商船にも見えねェ」
「アイリさんなんかもうアレよねえ」
「ほとんど軍人っスなあ」
あ。
なんかそういう雰囲気ある。
銃の扱いも慣れてたし。
「そして、子供らしくない妙に賢い子供。しかも子ども扱いされるどころ何らかの地位を持っていそうな扱いだなァ」
「オレはこの船を偵察用の船あるいは……何らかの目的を持った使節か何かなんじゃねーかと推測してるっス」
「へ?」
確かにルゥは地位が低そうな扱いではなかったっぽい。
「で、妨害しようとする勢力がいるからやられたんスな」
「でも、それだと敵もおそらく空を飛べるのよねえ」
「あ」
「気付いたっスか?オレたちは飛行魔獣に手も足も出ない立場っス。つまり……」
「その妨害者も空を飛んで戦える可能性が対ってことだな。で、こいつらに手助けしちまった俺たちもそいつらに狙われる可能性も少なくない……ていうか、かなり高そうってことだな?」
シュラハトが頷いた。
さすがシュラちゃん。クロちゃんの考えが分かったみたい。
付き合いが長いせいかな。
でも、ボクだってここまでくれば判るぞ。
「この前攻めて来た怪獣の仲間とかー?」
「かもしれねーし。意外と同じ陣営の対抗勢力とか……もしかしたらオレたちの知らない別の第三勢力かもしれねーんス」
「どっちにしても危険よねえ」
クロちゃんが真面目な顔で頷く。
「オレたちはこの後、どう身を守るか考えないといけないっス」
経済発展ばかりを考えていたボクたちは恐ろしい未来予想図を突きつけられた感じだった。
クロちゃんの不吉な予想にボクは戸惑いつつも何をすればいいか判らなかった。
ボクは外敵が攻めてきたら直ぐに降伏すれば安全!なんてお花畑なことを言いだす学者や政治家が何事もなく生きていけるような国から来たボクにはそういう時の覚悟や対処を考えるなんていう必要はなかった。
これが帝国の他の勢力が攻めてきた話だったら……いや、それもダメだ。
アレキサンダー男爵領の外の帝国世界はとても貧しい。
驚くほど遅れた未来の見えないようなところばかり。
帝国諸侯に占領されるのは良くてもその状態に戻されることであり、被支配者は何も意見できない。
無条件降伏というのは生殺与奪の権利を相手に与えることだって、今、この夢の世界でなら判る。
同じ人族相手ですらそういう感じなのだから、怪獣たちを率いる蛮族相手ならもっと酷いことになりかねない。
ボクみたいなせくしぃ美少女なんて成人指定が付くような目に遭うかもしれない。
でもさ。抵抗するにも相手がどんな存在なのか判らないと何も対処しようがないよね。
どーすればいいんだろう。
ボクも考えがまとまらず何となくウロウロ歩くだけあった。
足元をぺんぎんたちがてちてちついてきてる。
ううん。ボクがこんな感じだとこの子たちも困るよね。
「きゅー」
「きゅきゅー」
そのぺんぎんたちの歩く姿に船内のエルフたちがぎょっとした顔で振りむいてくる。
ん?こんなすごい飛行船とかあるのに、ぺんぎん人形がそんなに珍しいのかな?
「見事な人形ですね」
ルゥが感心したように近寄ってきた。
「自動人形は僕たちの世界でも実用化されていませんから」
しゃがみこんで笑顔でぺんぎんたちに手を伸ばす。
「きゅ」
ぺんぎんたちがぺんぎんソードを構えて警戒する。
「よくできてますよね」
「うん。クロちゃんが作ってくれたー」
「千年の間に一部の魔法技術はそちらの方が発展したものもありそうですね」
「そーなの?」
「人が多く集まれば考え方も多様です。グループごとに進化の方向性が違っても当たり前でしょう」
この子はどこか大人びている。
賢いとかそういうのとはちょっと違う気がする。
どこか色んなことを割り切ったような……。
「ルゥって何の人ー?」
思わず訊いてしまった。
ルゥは小首を傾げて微笑んだ。
「面白いこと訊きますね?」
「んん-。やー。子供っぽくないからー。アイリさんも子供扱いしてないっぽかったしー」
「……そうですね」
その表情にはどこか翳りがあった。
「僕は交渉の窓口というか……生贄みたいなものですから」
「はあ!?イケニエ!?」
「そうなるんじゃないかって意味ですけどね」
何を言い出すんだ。この子は!
「オーウオーウ!これはジェットでござるな?自慢のジェットで敵を討つでござる」
「ジェットで敵は討てまセン。空を飛ぶためのものでスナ」
そこに何か頭の悪そうな会話が聞こえた。
賢者とマーチスだった。
「オウ。あれは粒子ビーム砲でござろうか?マーチス氏は如何に思うでござる?ブヒゥ!」
「いえいえ賢者氏。砲弾の装填機構があるようなのでワタシは超電磁砲のようなものではないかと愚考しまスガ」
「そうでござろうか。実体弾はビーム兵器に劣ると拙者は思うが。主人公機はビーム兵器、モブ敵は実弾兵器というのがセオリーでござるが」
「それはちと古いでスナ。美少女主人公がコインを撃つのが流行したりしまスゾ」
「オウ!美少女主人公とは新しいでござるな」
なんだか気持ち悪い会話にも見える。
これがオタクか!そのうち萌えがどうとか言い出すのだろーか。
ボクの視線に気が付いてマーチスがそそそっと寄ってくる。
そして背を丸めてボクの耳元に囁いた。
「今、絶賛偵察中でして。アホの振りをしておりマス」
「え?」
「賢者さんはああして色々調べ回ってるんデスヨ」
「調べるって何を?」
「この飛行船でスヨ」
「何でさ」
「我々も同様の物が必要になりますから頂ける技術は頂いておくのデス」
「必要?」
「ええ。ワタシですら我々が厳しい立場に置かれつつあるのは自覚しておりマス」
マーチスの目はクロちゃんと同じで真剣だった。
覚悟に満ちている感じもする。
「専守防衛で戦争否定派のワタシですら感じるくらいなのデス。悲しいですが自衛のために我々も同様の武器を手に入れる必要がありマス」
「ちょっとー。でもこの船って……」
「間違いなく戦闘艦デス」
マーチスは驚くようなことを言った。
「彼らはこの船を通報艦と言いました。通報艦というのは植民地や外洋警備の軍艦のことデス。賢者さんは巡洋艦あるいはフリゲートと説明してくれまシタガ」
「……判るの?」
「賢者さんはあれでなかなか博識でスヨ。おそらくこの船が何かの目的をもっていたことも、敵が存在することも予想済みデス」
マーチスはしゃがんでぺんぎんを撫でる。
「きゅ」
喜んでいるようだ。
「この船をコピーして戦える準備をするべく調査中ってことデスナ。たぶんクローリーさんも魔術の面でいろいろ調べてると思いまスヨ」
なんだなんだ。キナ臭い話になって来たぞ。
「ガイウスさんも同様ですよ。タービンエンジンを再現できるように探ってるご様子デ」
「オオーウ!この渦巻機関というやつは正面から見ると車輪の様でござるな!ブフフフゥ」
賢者が殊更に大声で騒いでいた。
あれが演技なら大根もいいとこだ。
「もっともワタシは発電機械の方に興味ありますがネエ。電気は我々の生活向上に役立ちますカラ」
その時何かの咆哮が響きわたった。
一言で言えば怪獣映画のアレ。
ぱぎゃあっ!って感じの。
ボクにはクジラだかゴリラだか判らない怪獣の鳴き声って気がした。
●S-1:ぺんぎん海岸・飛行船エーギル
「ワシらは慈善事業じゃないから払うものは払ってもらうぞ」
ガイウスは堂々と言い放った。
そりゃそーだ。
クロちゃんみたいな変人ならいざ知らず、高価な商品であるミスリルの加工まで行うとなると安くはない。
ただ、問題があるとすれば違う世界の住人であるルゥやアイリさんに支払う能力があるかだった。
お金と言えば男爵貨幣だけど、まだ領内ですらやっと流通してきたばかりのものを所持しているわけがない。
すると帝国通貨か、交易の基軸通貨であるドカル金貨などがあるけど望み薄そう。
地上と接触を避けてきたという人たちが何を持っているのだろうか。
「……この世界でどこまで通用するかは分からないが、金で宜しいか?」
「お」
「銘柄もシリアルナンバーもこちらのもので済まないが、そこまで管理はされていないだろう?」
「純度さえ確保できていれば喜んで受け取るぞ」
ガイウスは満面の笑みで応えた。
爺ちゃんの笑顔はちょっとキモい。
「50kgほどある。どうだろうか?」
これは大きい。
計算するも嫌になるほどの大金だ。うん。ボクみたいな小市民にはね。
この世界なら現金よりも金塊の方が間違いが無い。
あ、銘柄やシリアルナンバーっていうのはボクの世界だと常識だけど、こっちにはない概念のはずなんだよねー。
むしろエルフの世界がボクの世界と同じようなことをしていることが不思議なくらい。
銘柄って銀行とかそういう発行元だね。
保証してくれるわけだけど、それとシリアルナンバーは紹介するときの番号。
金塊を取引するときは当然ながら照会されて確認の上で取引が原則。当たり前だけど。
ただ、何の保証もない金塊を持ち込んでも相手にされないんだ。
少なくとも金相場の金額では取引できない。
貴金属高価買取とかリサイクルショップに出したって保証のない物に値段は付かないよ。
TVとかで見たことあるなら判ると思うけど、金の採掘場での業者の買取って知ってる?
悲しいほど安いんだ。
ボロボロの1ドル紙幣や現地硬貨を渡されている姿を見たときに、ざっと計算してみたけど……金1グラムが日本円で100円くらいなんだ。
出所の明らかでない金塊なんて、それと変わらない価格で叩かれるのは確実。
だからちゃんとエルフの世界でも刻印が入っているってことなんだろうけど。
帝国世界にそんなものは関係ない。うん。
だって、エルフの世界でボクたちの世界と同じことが行われているってことは、世界の金の量が決まってるからに他ならない。
ボクの世界だと金の量は決まっていて、流通量と潜在埋蔵量がほぼ判ってるからなんだけどね。
実は国の金所有量は国連でも公開されていて、国ごとに厳しく管理されているんだ。
もっとも。本格的な地質調査なんかできっこない帝国世界にはそれはない。
どこかで金が発見されれば「あら、ハッピー」なんだろうと思う。
この世界でドカル金貨が基軸通貨になってるのはそのせい。
あの金貨はこの世界で最も金の含有量が多いからなんだ。
最悪の場合には溶かして金として使うとしても、その含有量の分御価値が保証されるってこと。
ドカル金貨は金の含有量がだいたい80%以上あるから、その分は確実に保証されるってことでもある。
だから信頼度が高い。
これがボクたちの世界にあるような紙幣とかどーなると思う?
。あれ、古いお札を見ればとっても分りやすいけど、銀や金の引き換え券なんだ。
『日本銀行兌換券』とか書いてあるでしょ?
国が銀と交換を保証しますって意味なんだけどね。
ま、銀はすっかり価値が低くなったのでまた違ってくるんだけど。
元々はどの国も金と交換できますっていう金本位制だったんだよね。
男爵貨幣はそういったものに影響されないための貴金属を一切使わない貨幣なんだよ。
それにどういう意味があるかっていうと、ボクの世界の現代の貨幣に近い存在を作ろうとしたってことなんだけどね。
余談だけど、金本位制が無くなったのは20世紀で、もっとも大きな事件は1970年代のニクソン・ショックって言われるドルと金の交換禁止だっていうんだから、割と最近までの話だったりするんだ。
これってシステムが大変革されたとかじゃないんだ。
大量の金を引き出されるのを恐れて次々とどの国も交換を止めたんだよ。
ドルだろうがポンドだろうが大量に出回りすぎてアメリカやイギリスの所有する金を根こそぎ換金されかねなかったから。
小学校でも少し触るけど中学校では社会の授業でやるよね。
金の密輸なんかが判りやすいかも。
溶かして人形とかに作り直せばバレにくいのに、みんな金塊で持ち込もうとする。
それは銘柄やシリアルナンバーが無いと価値がなくなるからなんだ。
でも、そういった面倒くさい縛りが無いのがこの帝国世界。
さすが夢の中だよね。
古代ギリシャやローマよりも原始的な世界な気がするけど、中世ヨーロッパって文明が後退した世界でもあるから……この夢の世界も同じなのかもしれない。
「ずいぶんな量を持ち歩いてるんスなあ」
クロちゃんは感心したような声を出した。
そしてアイリさんたちから少し離れるようにうろうろしはじめる。
こういう時のクロちゃんは何か考えてる。
何かを思いついて、そして確認作業を行うんだ。
「エルフはケーキ良いんスなー」
辺りを観察しながら……警戒と言っていいかもしれない、小さく手招きしてきた。
ボクとシュラハトとマリエッラだ。
何となく懐かしさを感じる組み合わせだ。
そこで目配せをしてくる。
なんとなく集まる4人。
動物園のお猿さんが円陣組んで餌を食べてる姿みたいにも見える。
「……想像以上にヤバいことに関わっちまったみたいっスよ」
「ヤバい?」
マリエッラの返事は疑問形だけど何かを感じ取った感じだ。
「そーっス。……例えば、さにゃ。金塊を持ち歩くのはどういう類の人間だと思うっスか?」
「え。もちろん……お金持ちー!」
ボクは自信満々で答えた。
ぼよんと胸を張る。
クロちゃんは盛大にずっこっけた
吉本の芸人でもああはいくまい。
「……さにゃに訊いたオレがバカだったっス」
「なによぅー!?」
「金塊は非常時に最も頼りなる資産だものねえ」
マリエッラはすでにクロちゃんの言いたいことを理解してるらしい。
ぐぬぬ。
「交易商人ならありえるが……そういう空気でもなさそうだしな」
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「なによぅー!」
「さにゃの方が判りそうなんスがねえ」
「だーかーらー!どーいうことー!?」
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「えっちー!へんたーい!」
ボクがグーパンしようと振りかぶった時、クロちゃんは呆れたように笑って手を振った。
「万国共通の資産になる金塊っス。それを持ち運ぶ船が煙吹いて落ちてきたんス」
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「……えーっと?」
「つまり、それと判って襲われた可能性が高いってことっス」
だからー。どーいうことー?
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「ほとんど軍人っスなあ」
あ。
なんかそういう雰囲気ある。
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「へ?」
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「あ」
「気付いたっスか?オレたちは飛行魔獣に手も足も出ない立場っス。つまり……」
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シュラハトが頷いた。
さすがシュラちゃん。クロちゃんの考えが分かったみたい。
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「どっちにしても危険よねえ」
クロちゃんが真面目な顔で頷く。
「オレたちはこの後、どう身を守るか考えないといけないっス」
経済発展ばかりを考えていたボクたちは恐ろしい未来予想図を突きつけられた感じだった。
クロちゃんの不吉な予想にボクは戸惑いつつも何をすればいいか判らなかった。
ボクは外敵が攻めてきたら直ぐに降伏すれば安全!なんてお花畑なことを言いだす学者や政治家が何事もなく生きていけるような国から来たボクにはそういう時の覚悟や対処を考えるなんていう必要はなかった。
これが帝国の他の勢力が攻めてきた話だったら……いや、それもダメだ。
アレキサンダー男爵領の外の帝国世界はとても貧しい。
驚くほど遅れた未来の見えないようなところばかり。
帝国諸侯に占領されるのは良くてもその状態に戻されることであり、被支配者は何も意見できない。
無条件降伏というのは生殺与奪の権利を相手に与えることだって、今、この夢の世界でなら判る。
同じ人族相手ですらそういう感じなのだから、怪獣たちを率いる蛮族相手ならもっと酷いことになりかねない。
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でもさ。抵抗するにも相手がどんな存在なのか判らないと何も対処しようがないよね。
どーすればいいんだろう。
ボクも考えがまとまらず何となくウロウロ歩くだけあった。
足元をぺんぎんたちがてちてちついてきてる。
ううん。ボクがこんな感じだとこの子たちも困るよね。
「きゅー」
「きゅきゅー」
そのぺんぎんたちの歩く姿に船内のエルフたちがぎょっとした顔で振りむいてくる。
ん?こんなすごい飛行船とかあるのに、ぺんぎん人形がそんなに珍しいのかな?
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ルゥが感心したように近寄ってきた。
「自動人形は僕たちの世界でも実用化されていませんから」
しゃがみこんで笑顔でぺんぎんたちに手を伸ばす。
「きゅ」
ぺんぎんたちがぺんぎんソードを構えて警戒する。
「よくできてますよね」
「うん。クロちゃんが作ってくれたー」
「千年の間に一部の魔法技術はそちらの方が発展したものもありそうですね」
「そーなの?」
「人が多く集まれば考え方も多様です。グループごとに進化の方向性が違っても当たり前でしょう」
この子はどこか大人びている。
賢いとかそういうのとはちょっと違う気がする。
どこか色んなことを割り切ったような……。
「ルゥって何の人ー?」
思わず訊いてしまった。
ルゥは小首を傾げて微笑んだ。
「面白いこと訊きますね?」
「んん-。やー。子供っぽくないからー。アイリさんも子供扱いしてないっぽかったしー」
「……そうですね」
その表情にはどこか翳りがあった。
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「そうなるんじゃないかって意味ですけどね」
何を言い出すんだ。この子は!
「オーウオーウ!これはジェットでござるな?自慢のジェットで敵を討つでござる」
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そこに何か頭の悪そうな会話が聞こえた。
賢者とマーチスだった。
「オウ。あれは粒子ビーム砲でござろうか?マーチス氏は如何に思うでござる?ブヒゥ!」
「いえいえ賢者氏。砲弾の装填機構があるようなのでワタシは超電磁砲のようなものではないかと愚考しまスガ」
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なんだか気持ち悪い会話にも見える。
これがオタクか!そのうち萌えがどうとか言い出すのだろーか。
ボクの視線に気が付いてマーチスがそそそっと寄ってくる。
そして背を丸めてボクの耳元に囁いた。
「今、絶賛偵察中でして。アホの振りをしておりマス」
「え?」
「賢者さんはああして色々調べ回ってるんデスヨ」
「調べるって何を?」
「この飛行船でスヨ」
「何でさ」
「我々も同様の物が必要になりますから頂ける技術は頂いておくのデス」
「必要?」
「ええ。ワタシですら我々が厳しい立場に置かれつつあるのは自覚しておりマス」
マーチスの目はクロちゃんと同じで真剣だった。
覚悟に満ちている感じもする。
「専守防衛で戦争否定派のワタシですら感じるくらいなのデス。悲しいですが自衛のために我々も同様の武器を手に入れる必要がありマス」
「ちょっとー。でもこの船って……」
「間違いなく戦闘艦デス」
マーチスは驚くようなことを言った。
「彼らはこの船を通報艦と言いました。通報艦というのは植民地や外洋警備の軍艦のことデス。賢者さんは巡洋艦あるいはフリゲートと説明してくれまシタガ」
「……判るの?」
「賢者さんはあれでなかなか博識でスヨ。おそらくこの船が何かの目的をもっていたことも、敵が存在することも予想済みデス」
マーチスはしゃがんでぺんぎんを撫でる。
「きゅ」
喜んでいるようだ。
「この船をコピーして戦える準備をするべく調査中ってことデスナ。たぶんクローリーさんも魔術の面でいろいろ調べてると思いまスヨ」
なんだなんだ。キナ臭い話になって来たぞ。
「ガイウスさんも同様ですよ。タービンエンジンを再現できるように探ってるご様子デ」
「オオーウ!この渦巻機関というやつは正面から見ると車輪の様でござるな!ブフフフゥ」
賢者が殊更に大声で騒いでいた。
あれが演技なら大根もいいとこだ。
「もっともワタシは発電機械の方に興味ありますがネエ。電気は我々の生活向上に役立ちますカラ」
その時何かの咆哮が響きわたった。
一言で言えば怪獣映画のアレ。
ぱぎゃあっ!って感じの。
ボクにはクジラだかゴリラだか判らない怪獣の鳴き声って気がした。
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ファンタジー
私は小川優。大学生になり上京して来て1ヶ月。今はバイトをしながら一人暮らしをしている。
住んでいるのはそこらへんのマンション。
変わりばえない生活に飽き飽きしている今日この頃である。
「はぁ…疲れた」
連勤のバイトを終え、独り言を呟きながらいつものようにマンションへ向かった。
(エレベーターのあるマンションに引っ越したい)
そう思いながらやっとの思いで階段を上りきり、自分の部屋の方へ目を向けると、そこには見知らぬ男がいた。
「優様、おかえりなさいませ。本日付けで雇われた、優様の執事でございます。」
「はい?どちら様で…?」
「私、優様の執事の佐川と申します。この度はお嬢様体験プランご当選おめでとうございます」
(あぁ…!)
今の今まで忘れていたが、2ヶ月ほど前に「お嬢様体験プラン」というのに応募していた。それは無料で自分だけの執事がつき、身の回りの世話をしてくれるという画期的なプランだった。執事を雇用する会社はまだ新米の執事に実際にお嬢様をつけ、3ヶ月無料でご奉仕しながら執事業を学ばせるのが目的のようだった。
「え、私当たったの?この私が?」
「さようでございます。本日から3ヶ月間よろしくお願い致します。」
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