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第4章 富国弱兵
第4章 富国弱兵~3 ワレら!親衛ぺんぎん隊!さにゃ様をお守りせよ―!
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3 ワレら!親衛ぺんぎん隊!さにゃ様をお守りせよー!
みんな忙しく走り回る中で、クローリーは自室で粘土を捏ねていた。
以前にも作った泥人形とほぼ同じだった。
魔力で動かす泥人形制作はクローリーの元も得意とする分野の魔法だ。
欠点は高価な材料を必要とすること。
優れた泥人形ほど宝石を幾つも使う。
ただし、宝石の再利用は可能なので彼が望む種類の魔法でもあった。
不要になれば解体して、また新たなものへと転用する。
テリリンカで作った泥人形の材料も回収済である。
違うのはより高度な泥人形を作るために、かなりの高価な構成要素を必要としていたことだった。
それでも作成する意味はあると考えていた。
しかも緊急に用意すべきと思ってもいた。
「クー、ロー、ちゃーん!」
沙那とマリエッラが元気よく部屋に入ってきた。
本来ならノックするべきなのだが、沙那は傍若無人だ。
曲がりなりにもクローリーは領主で、沙那は客人とはいえ庶民でしかない。
それを気にするクローリーではないが、沙那は封建制度を舐め過ぎている。
「おー?どうしたっスか?」
クローリーが手を休める。
「何か部屋に篭りっぱなしって聞いたからー。ちょっと様子見にー」
「そうスか。あ、うん。ちょーっどタイミング良かったかもしれないっスなー」
「たいみんぐ?」
「これっス」
クローリーは捏ねていた泥人形を見せる。
結構大きい。
人の膝丈ほどあるだろうか。
「のっぺらぼうねえ」
マリエッラが言った。
泥人形はただ粘土を積み重ねた人型だったが、表情も何もない。
つるんとした表面に目になる宝石が埋め込まれているだけだった。
泥人形というより泥饅頭だった。
「それそれ。それっス。どんな形にしようかと悩んでいたんス」
「そのままじゃダメなのお?」
「どうせなら可愛い動物型とかが良いかと思ってるんス」
「犬とか猫はあ?」
「それでも良いんスけど。どうせならさにゃに訊いてみようかと……」
「ぺんぎん!」
沙那が即答した。
「ぺんぎん?……なんか前にも聞いた気がするっスなー?」
「水族館とかに良くいるんだけどー。飛べない鳥さんだよー」
飛べない鳥って何だろうかとクローリーは頭を捻った。
飛べなければ、それは鳥とは呼べないのではないだろうか。
「あのねー……」
沙那は机にあった蝋板を取って、描き出した。
記憶の中にあるペンギン……というよりディフォルメされてボテっとした不思議可愛い生き物だった。
ほぼぬいぐるみ、というよりも子供向けのアニメのキャラクターにしか見えない。
「こーいうー形でー……ぺてぺてって感じでノロノロ歩くのー。かわいいよー!」
円らな瞳というより無表情な真ん丸目は少し不気味だった。
「変わった習性とかは何かあるっスか?」
「むー?」
沙那は考えた。
TVのドキュメンタリー番組の映像とかを思い出そうとする。
「お魚食べるー!」
「そりゃ鳥なら食べるっスよな」
「あ、あと、卵を足の間の袋みたいに皮で包んで温めるよー!」
「足の間っスか?」
「うん。足の間なんだけどお腹っていうかー」
「ふむふむ」
もしも絹の国にいたのならばプロが描いた絵があったかもしれない。
しかし、今分かるのは沙那の話と落書きだけだ。
「なんとなーく分かった気もするっスな。その絵を参考に作ってみるっスよ」
「わー!期待してるー!」
「明日には形になってると思うっスよ」
「じゃあ、明日また来るー!」
「……クロ。泥人形なんて何に使うのお?」
マリエッラが不思議そうな顔をした。
「あー。いつもマリ姉さんにお願いしてるのもアレなんで。ちと考えたんスよ」
「何を?」
「出来たらわかるっスよ。なかなかユーモラスなことになると思うっス」
クローリーはにやりと笑った。
* * *
「さあ。どうっスか?」
翌日、沙那を呼び出したクローリーは自信あり気に胸を張った。
床に並ぶ4体の泥人形。
その姿はバスケットボールに頭と鰭がついた、マスコットキャラのようなペンギンたちであった。
沙那の落書きが原型なのでリアリティよりも可愛さ優先にも見える。
「きゅー!」
ペンギンたちが一斉に鳴いた。
「かわいいーーっ!」
表面に革を被せてあるためにつるんとしている。
水に濡れたペンギンに似ていなくもない。
沙那が走り寄って抱きあげようとする。
「きゅー?」
ペンギンはささっと避けた。
「……逃げた」
沙那が柳眉を顰めた。
「自律行動するっス」
「自分で動くってこと―?」
「そうっスー」
自律行動する泥人形は珍しい。
決まった指示通りにしか動かない方が使いやすいのと、材料費が高額になるためである。
大きな収入が無ければなかなか作れない。
それでもクローリーは元々何とかして作成する必要があると考えていた。
仲間がみんな忙しく動き回っているために、各自単独行動しなくてはならないこともある。
シュラハトもマリエッラもルシエも……もしかしたらヒンカも自分を守る術は持っている。
出会ってから今まで一緒に過ごしてきて、沙那だけが自分で身を守ることが難しい。
普段はマリエッラが一緒についているものの、沙那単独になることもないわけではない。
人が流入して人口が増えつつあるアレキサンダー領は今現在、治安は少し悪化している。
年頃の女の子が一人歩きするのはかなり危険だ。
そこで沙那を守る番犬のようなものを考えていたのだが、探すのも躾るのも時間がかかる。
それならば泥人形が良さそうに思えた。
自律型にしたのは、いざというときに沙那が命令を与えることができない事態に備えてだ。
「良いっスか?お前たち。これからは、このさにゃがお前たちの御主人さまっスよ」
「きゅー!」
ペンギンたちが一斉に敬礼した。
了解ということらしい。
「いつもついて回って、何があってもさにゃを守るっスよ」
「きゅー!」
「……え?」
ペンギンたちが沙那の足元に集まった。
「きゅー」
「きゅ」
「きゅっ」
「きゅー!」
御主人様に群がる犬猫のようだった。
「そいつらはさにゃの護衛っス。毎度誰かを付けるわけにもいかねーっスから。それに人形だとプライベートも安心っス」
「むー?」
沙那は恐る恐る手を伸ばして撫でてみた。
今度は逃げなかった。
むしろ、
「きゅー!」
喜んでいるようだった。
「考える能力は犬猫……よりはマシってところスか。5歳くらいの子供と思えば良いっス」
「へー」
「きゅーきゅーきゅー」
沙那は纏わりついてくるペンギンを見つめた。
沙那の落書きそのままの形なのでなかなか不思議な光景だ。
「自律機能にはオレの性格を転写してあるっスから安心スよ」
「きゅーきゅー」
「性格付けに一番手っ取り早かったんで」
「きゅーきゅー」
「……ね?クロちゃん?」
「何スか?」
「クロちゃんの性格をコピーしてあるって言ったよねー?」
「そうっスー」
「じゃー、これもクロちゃんの性格なのー!?」
沙那がクローリーを睨む。
ペンギンたちは嬉しそうな鳴き声をあげながら、沙那の生足を鰭でぺたぺた撫でまわしている。
「スカートの中も覗こうとするしー」
「きゅーきゅー」
「……冤罪っス」
クローリーがそこまでエッチなのかは謎である。
単に子供っぽい性格付けのせいかもしれない。
* * *
その日からペンギンたちは沙那の護衛役になった。
ぞろぞろと沙那について行く姿は忠犬というよりもカルガモの親子の様だった。
イズミがお湯の供給で沙那の傍を離れているときは、確かにありがたい……のかもしれない?
「♪~♪~♪~」
「きゅっ♪~っきゅきゅっ♪きゅ~♪~」
沙那の歩く後ろをぺたぺたとついて行く4体?匹?のペンギンたちは不気味というよりも牧歌的だった。
一瞬、ぎょっとしてしまう光景だが、ふしぎと笑ってしまう。
それを見た子供たちが面白がって付いてきたりもする。
なんだかわからないが、エルフ娘がまた変わったことを始めたのだろうとしか思われていなかった。
時折、沙那はしゃがんで、ペンギンたちに餌を与える。
魔法の泥人形といっても燃料なしというわけではない。
沙那が魚を食べると言ったので、クローリーはそのようにした。
とはいえ生の魚を持ち歩くわけにいかないので、小魚いっぱいのビスケットにした。
ビスケットなら匂いや腐ったりを気にせずに持ち歩ける。
沙那は自分で作って持ち歩いていた。
たまに集まった子供たちがも欲しがったが、甘味がついていないので美味しくはない。
それでも、ぺんぎんたちにはご馳走である。
「ブッホゥ。つまりこれは、クロい三連星というべきものでござるな」
賢者はその様子を見ておかしな反応をした。
「……1、2,3……4?1つ多いでござるな?あまった1体は真っ赤か青にすれば宜しかろうでござるよ」
「きゅーきゅーきゅーきゅー!」
ペンギンたちは抗議した。
どうやら人語も多少は理解できるらしい。
クローリーが期せずそのようになったのかは不明だが、わりと高性能だ。
こうして、沙那が領内で買い食……もとい巡視に行くときは必ずペンギンたちがついて行った。
沙那が部屋にいる時は戸口で待機しているか、屋敷の庭にある池でぱちゃぱちゃやっているか、あるいは沙那と一緒のベッドでころころしていた。
ほとんどペットである。
マリエッラなどはその様子が可笑しくて、ほっこりとした気持ちにさせられる。
このまま幸せな時間が過ぎれば良いのに。と思った。
ぺんぎんたちが活躍するときは当分なさそうに見えた。
* * *
アレキサンダー領には無数の運河が存在する。
運河といってもスエズ運河やパナマ運河のような巨大なものではなく、ヨーロッパによくある河川を繋ぐ小さな運河と同様である。
人工的に整備された感のある石垣で作られた小さな堀のようなものもあれば、自然の小川のようにしか見えないものもある。
もともと存在する河川や池を小さな運河が繋いで水路網を作っているのだ。
道路よりもはるかにスムーズで、大量の荷物を運ぶことができ、アレキサンダー領の場合は海にまで繋がっている。
当然、橋も多い。
そのために街並みは他の町とは大きく異なっている。
円形の城塞都市とはかなり趣が違う。
更にあちこちに設置されたガス灯が不思議な雰囲気を醸し出す。
近代的というのとも違った、幻想的な光景だ。
沙那はこの風景が嫌いじゃない。
まさに夢の中でしかありえないようなものなのだ。
VRでファンタジーなゲーム世界を歩いているような気分になる。
ところどころに建つ食べ物の屋台がアジア的な印象も与えるが、ヒンカに言わせれば古きアメリカのダイナーみたいなものだということになる。
その沙那が運河に架かる橋の欄干に寄りかかっていると、水音が聞こえた。
何か、大きなものを水面に放り込んだような音だ。
何気なく視線を向けたその先に見えたものは、6~7歳くらいの子供が溺れている姿だった。
運河の縁を歩いていて滑り落ちたのだろう。
恐怖のあまりか、子供は藻掻くことすらできずに沈もうとしている。
沙那はすぐさまに運河に飛び込んだ。
特別泳ぎに長けているわけではないが、水泳が必修科目の日本の中学生だから泳げないわけではない。
すいすいと子供に近づき、抱き上げた。
が、その先は予想外だった。
人が来たことで子供が慌てて抱き着いてきたのだ。
沙那は泳ぐことはできても、水難救助の訓練は受けていない。
溺れた人間は藁も縋る勢いで暴れるので危険なのだ。
子供は沙那の腕に首にと出鱈目にしがみ付こうとする。
これは大変危険な状況だ。
「わっ……ぷっ……」
溺れている人を救助する場合は背後からということを知らなかった沙那は子供に絡みつかれて自分も溺れかけていた。
「クロちゃ……」
出会ったときのように助けてくれるクローリーはここにはいない。
絶望しかけたその時。
ちゃぽんちゃぽんちゃぽん。
次々と飛び込む水音。
そこには真ん丸のペンギンたちが颯爽と泳いでくる姿が見えた。
陸に残った一匹が「きゅーきゅーきゅー!」と激しく鳴き声を上げて、人を呼ぼうとしている。
他の3匹は沙那の元に辿り着き、2人を押し上げる。
泥人形ではあるが、沙那の言葉通りに飛べなくとも泳ぐように作られているからこそだった。
ペンギン自体が浮力を持った浮き輪代わりになる。
何より呼吸をしないのだから何処を掴まれても平気だ。
ぺんぎんたちは2人を登れる浅瀬まで押していった。
「けほけほっ。……助かったー」
咳込みながら沙那は水を吐いた。
子供も同様だった。
どうやら無事らしい。
周りにはペンギンの鳴き声を聞いて数人が集まっていた。
「……大丈夫かい?」
「ま、まあ、何とか。それより、この子を面倒みて」
沙那は集まった人たちに精いっぱいの笑顔を見せた。
ぺんぎんたちは沙那の前に自慢げに整列していた。
各々が誇らしげな顔をしてる……ように見える。
褒めてもらいたそうだった。
沙那は力なく笑うしかなかった。
「よくやったね。キミたち」
「きゅー!きゅっ!きゅー!きゅきゅー!」
* * *
屋敷に戻った沙那はイズミの作る温泉に入った。
運河の水は汚水ではないが綺麗というほどでもない。
一緒にペンギンたちを入れて洗うことにした。
「お礼をあげたいけど、お魚ビスケットも水浸しでふにゃふにゃになってるんだー。ごめんね。後で新しく作るからー」
「きゅ?」
沙那が濡れた服から取り出して見せたお魚ビスケットはボロボロではないが、ふにゃふにゃになっていた。
元々が保存がきくように硬めに焼き上げられているのだ。
「きゅー!きゅっきゅーっ!」
ばたばたばた。がつがつがつ。
ペンギンたちはびしょ濡れのビスケットに殺到して争うように貪り食べた。
「……濡れてても良いんだ?」
「きゅっきゅー!」
ぺんぎんたちは勝利の雄たけびを上げた。
「よし。じゃー、キミたちに名前を付けよー」
沙那はペンギンたちの前で仁王立ちした。
「きゅ?」
「キミはテン」
沙那は次々にペンギンたちを指さした。
「きゅー!」
「キミはジョー」
「きゅきゅっ!」
「キミはヨウ」
「きゅ!」
「キミは……カイ」
「きゅきゅきゅ!」
ペンギンたちは名前がついてどこか嬉しそうだった。
「クロちゃんの性格の一部が転写されてるって言ってたけど……」
沙那は改めてペンギンたちを眺める。
「クロちゃんが子供のころって、こんな感じだったのかなー?」
「きゅきゅきゅきゅきゅーっ!」
ペンギンたちが一斉に裸の沙那に飛びつく。
すりすりと頬ずりしたり、フリッパーでぺたぺた撫でまわしたり。
「……つまり。クロちゃんはすけべでえっちだってことだねー?」
「きゅっきゅっ!」
すりすりぺたぺた。
「へーっくしょんっ!……」
執務室でクローリーは大きなくしゃみをした。
「誰かオレの噂でもしてるんスかねー」
知らずに風評被害を受けているクローリーだった。
「冤罪っス……」
みんな忙しく走り回る中で、クローリーは自室で粘土を捏ねていた。
以前にも作った泥人形とほぼ同じだった。
魔力で動かす泥人形制作はクローリーの元も得意とする分野の魔法だ。
欠点は高価な材料を必要とすること。
優れた泥人形ほど宝石を幾つも使う。
ただし、宝石の再利用は可能なので彼が望む種類の魔法でもあった。
不要になれば解体して、また新たなものへと転用する。
テリリンカで作った泥人形の材料も回収済である。
違うのはより高度な泥人形を作るために、かなりの高価な構成要素を必要としていたことだった。
それでも作成する意味はあると考えていた。
しかも緊急に用意すべきと思ってもいた。
「クー、ロー、ちゃーん!」
沙那とマリエッラが元気よく部屋に入ってきた。
本来ならノックするべきなのだが、沙那は傍若無人だ。
曲がりなりにもクローリーは領主で、沙那は客人とはいえ庶民でしかない。
それを気にするクローリーではないが、沙那は封建制度を舐め過ぎている。
「おー?どうしたっスか?」
クローリーが手を休める。
「何か部屋に篭りっぱなしって聞いたからー。ちょっと様子見にー」
「そうスか。あ、うん。ちょーっどタイミング良かったかもしれないっスなー」
「たいみんぐ?」
「これっス」
クローリーは捏ねていた泥人形を見せる。
結構大きい。
人の膝丈ほどあるだろうか。
「のっぺらぼうねえ」
マリエッラが言った。
泥人形はただ粘土を積み重ねた人型だったが、表情も何もない。
つるんとした表面に目になる宝石が埋め込まれているだけだった。
泥人形というより泥饅頭だった。
「それそれ。それっス。どんな形にしようかと悩んでいたんス」
「そのままじゃダメなのお?」
「どうせなら可愛い動物型とかが良いかと思ってるんス」
「犬とか猫はあ?」
「それでも良いんスけど。どうせならさにゃに訊いてみようかと……」
「ぺんぎん!」
沙那が即答した。
「ぺんぎん?……なんか前にも聞いた気がするっスなー?」
「水族館とかに良くいるんだけどー。飛べない鳥さんだよー」
飛べない鳥って何だろうかとクローリーは頭を捻った。
飛べなければ、それは鳥とは呼べないのではないだろうか。
「あのねー……」
沙那は机にあった蝋板を取って、描き出した。
記憶の中にあるペンギン……というよりディフォルメされてボテっとした不思議可愛い生き物だった。
ほぼぬいぐるみ、というよりも子供向けのアニメのキャラクターにしか見えない。
「こーいうー形でー……ぺてぺてって感じでノロノロ歩くのー。かわいいよー!」
円らな瞳というより無表情な真ん丸目は少し不気味だった。
「変わった習性とかは何かあるっスか?」
「むー?」
沙那は考えた。
TVのドキュメンタリー番組の映像とかを思い出そうとする。
「お魚食べるー!」
「そりゃ鳥なら食べるっスよな」
「あ、あと、卵を足の間の袋みたいに皮で包んで温めるよー!」
「足の間っスか?」
「うん。足の間なんだけどお腹っていうかー」
「ふむふむ」
もしも絹の国にいたのならばプロが描いた絵があったかもしれない。
しかし、今分かるのは沙那の話と落書きだけだ。
「なんとなーく分かった気もするっスな。その絵を参考に作ってみるっスよ」
「わー!期待してるー!」
「明日には形になってると思うっスよ」
「じゃあ、明日また来るー!」
「……クロ。泥人形なんて何に使うのお?」
マリエッラが不思議そうな顔をした。
「あー。いつもマリ姉さんにお願いしてるのもアレなんで。ちと考えたんスよ」
「何を?」
「出来たらわかるっスよ。なかなかユーモラスなことになると思うっス」
クローリーはにやりと笑った。
* * *
「さあ。どうっスか?」
翌日、沙那を呼び出したクローリーは自信あり気に胸を張った。
床に並ぶ4体の泥人形。
その姿はバスケットボールに頭と鰭がついた、マスコットキャラのようなペンギンたちであった。
沙那の落書きが原型なのでリアリティよりも可愛さ優先にも見える。
「きゅー!」
ペンギンたちが一斉に鳴いた。
「かわいいーーっ!」
表面に革を被せてあるためにつるんとしている。
水に濡れたペンギンに似ていなくもない。
沙那が走り寄って抱きあげようとする。
「きゅー?」
ペンギンはささっと避けた。
「……逃げた」
沙那が柳眉を顰めた。
「自律行動するっス」
「自分で動くってこと―?」
「そうっスー」
自律行動する泥人形は珍しい。
決まった指示通りにしか動かない方が使いやすいのと、材料費が高額になるためである。
大きな収入が無ければなかなか作れない。
それでもクローリーは元々何とかして作成する必要があると考えていた。
仲間がみんな忙しく動き回っているために、各自単独行動しなくてはならないこともある。
シュラハトもマリエッラもルシエも……もしかしたらヒンカも自分を守る術は持っている。
出会ってから今まで一緒に過ごしてきて、沙那だけが自分で身を守ることが難しい。
普段はマリエッラが一緒についているものの、沙那単独になることもないわけではない。
人が流入して人口が増えつつあるアレキサンダー領は今現在、治安は少し悪化している。
年頃の女の子が一人歩きするのはかなり危険だ。
そこで沙那を守る番犬のようなものを考えていたのだが、探すのも躾るのも時間がかかる。
それならば泥人形が良さそうに思えた。
自律型にしたのは、いざというときに沙那が命令を与えることができない事態に備えてだ。
「良いっスか?お前たち。これからは、このさにゃがお前たちの御主人さまっスよ」
「きゅー!」
ペンギンたちが一斉に敬礼した。
了解ということらしい。
「いつもついて回って、何があってもさにゃを守るっスよ」
「きゅー!」
「……え?」
ペンギンたちが沙那の足元に集まった。
「きゅー」
「きゅ」
「きゅっ」
「きゅー!」
御主人様に群がる犬猫のようだった。
「そいつらはさにゃの護衛っス。毎度誰かを付けるわけにもいかねーっスから。それに人形だとプライベートも安心っス」
「むー?」
沙那は恐る恐る手を伸ばして撫でてみた。
今度は逃げなかった。
むしろ、
「きゅー!」
喜んでいるようだった。
「考える能力は犬猫……よりはマシってところスか。5歳くらいの子供と思えば良いっス」
「へー」
「きゅーきゅーきゅー」
沙那は纏わりついてくるペンギンを見つめた。
沙那の落書きそのままの形なのでなかなか不思議な光景だ。
「自律機能にはオレの性格を転写してあるっスから安心スよ」
「きゅーきゅー」
「性格付けに一番手っ取り早かったんで」
「きゅーきゅー」
「……ね?クロちゃん?」
「何スか?」
「クロちゃんの性格をコピーしてあるって言ったよねー?」
「そうっスー」
「じゃー、これもクロちゃんの性格なのー!?」
沙那がクローリーを睨む。
ペンギンたちは嬉しそうな鳴き声をあげながら、沙那の生足を鰭でぺたぺた撫でまわしている。
「スカートの中も覗こうとするしー」
「きゅーきゅー」
「……冤罪っス」
クローリーがそこまでエッチなのかは謎である。
単に子供っぽい性格付けのせいかもしれない。
* * *
その日からペンギンたちは沙那の護衛役になった。
ぞろぞろと沙那について行く姿は忠犬というよりもカルガモの親子の様だった。
イズミがお湯の供給で沙那の傍を離れているときは、確かにありがたい……のかもしれない?
「♪~♪~♪~」
「きゅっ♪~っきゅきゅっ♪きゅ~♪~」
沙那の歩く後ろをぺたぺたとついて行く4体?匹?のペンギンたちは不気味というよりも牧歌的だった。
一瞬、ぎょっとしてしまう光景だが、ふしぎと笑ってしまう。
それを見た子供たちが面白がって付いてきたりもする。
なんだかわからないが、エルフ娘がまた変わったことを始めたのだろうとしか思われていなかった。
時折、沙那はしゃがんで、ペンギンたちに餌を与える。
魔法の泥人形といっても燃料なしというわけではない。
沙那が魚を食べると言ったので、クローリーはそのようにした。
とはいえ生の魚を持ち歩くわけにいかないので、小魚いっぱいのビスケットにした。
ビスケットなら匂いや腐ったりを気にせずに持ち歩ける。
沙那は自分で作って持ち歩いていた。
たまに集まった子供たちがも欲しがったが、甘味がついていないので美味しくはない。
それでも、ぺんぎんたちにはご馳走である。
「ブッホゥ。つまりこれは、クロい三連星というべきものでござるな」
賢者はその様子を見ておかしな反応をした。
「……1、2,3……4?1つ多いでござるな?あまった1体は真っ赤か青にすれば宜しかろうでござるよ」
「きゅーきゅーきゅーきゅー!」
ペンギンたちは抗議した。
どうやら人語も多少は理解できるらしい。
クローリーが期せずそのようになったのかは不明だが、わりと高性能だ。
こうして、沙那が領内で買い食……もとい巡視に行くときは必ずペンギンたちがついて行った。
沙那が部屋にいる時は戸口で待機しているか、屋敷の庭にある池でぱちゃぱちゃやっているか、あるいは沙那と一緒のベッドでころころしていた。
ほとんどペットである。
マリエッラなどはその様子が可笑しくて、ほっこりとした気持ちにさせられる。
このまま幸せな時間が過ぎれば良いのに。と思った。
ぺんぎんたちが活躍するときは当分なさそうに見えた。
* * *
アレキサンダー領には無数の運河が存在する。
運河といってもスエズ運河やパナマ運河のような巨大なものではなく、ヨーロッパによくある河川を繋ぐ小さな運河と同様である。
人工的に整備された感のある石垣で作られた小さな堀のようなものもあれば、自然の小川のようにしか見えないものもある。
もともと存在する河川や池を小さな運河が繋いで水路網を作っているのだ。
道路よりもはるかにスムーズで、大量の荷物を運ぶことができ、アレキサンダー領の場合は海にまで繋がっている。
当然、橋も多い。
そのために街並みは他の町とは大きく異なっている。
円形の城塞都市とはかなり趣が違う。
更にあちこちに設置されたガス灯が不思議な雰囲気を醸し出す。
近代的というのとも違った、幻想的な光景だ。
沙那はこの風景が嫌いじゃない。
まさに夢の中でしかありえないようなものなのだ。
VRでファンタジーなゲーム世界を歩いているような気分になる。
ところどころに建つ食べ物の屋台がアジア的な印象も与えるが、ヒンカに言わせれば古きアメリカのダイナーみたいなものだということになる。
その沙那が運河に架かる橋の欄干に寄りかかっていると、水音が聞こえた。
何か、大きなものを水面に放り込んだような音だ。
何気なく視線を向けたその先に見えたものは、6~7歳くらいの子供が溺れている姿だった。
運河の縁を歩いていて滑り落ちたのだろう。
恐怖のあまりか、子供は藻掻くことすらできずに沈もうとしている。
沙那はすぐさまに運河に飛び込んだ。
特別泳ぎに長けているわけではないが、水泳が必修科目の日本の中学生だから泳げないわけではない。
すいすいと子供に近づき、抱き上げた。
が、その先は予想外だった。
人が来たことで子供が慌てて抱き着いてきたのだ。
沙那は泳ぐことはできても、水難救助の訓練は受けていない。
溺れた人間は藁も縋る勢いで暴れるので危険なのだ。
子供は沙那の腕に首にと出鱈目にしがみ付こうとする。
これは大変危険な状況だ。
「わっ……ぷっ……」
溺れている人を救助する場合は背後からということを知らなかった沙那は子供に絡みつかれて自分も溺れかけていた。
「クロちゃ……」
出会ったときのように助けてくれるクローリーはここにはいない。
絶望しかけたその時。
ちゃぽんちゃぽんちゃぽん。
次々と飛び込む水音。
そこには真ん丸のペンギンたちが颯爽と泳いでくる姿が見えた。
陸に残った一匹が「きゅーきゅーきゅー!」と激しく鳴き声を上げて、人を呼ぼうとしている。
他の3匹は沙那の元に辿り着き、2人を押し上げる。
泥人形ではあるが、沙那の言葉通りに飛べなくとも泳ぐように作られているからこそだった。
ペンギン自体が浮力を持った浮き輪代わりになる。
何より呼吸をしないのだから何処を掴まれても平気だ。
ぺんぎんたちは2人を登れる浅瀬まで押していった。
「けほけほっ。……助かったー」
咳込みながら沙那は水を吐いた。
子供も同様だった。
どうやら無事らしい。
周りにはペンギンの鳴き声を聞いて数人が集まっていた。
「……大丈夫かい?」
「ま、まあ、何とか。それより、この子を面倒みて」
沙那は集まった人たちに精いっぱいの笑顔を見せた。
ぺんぎんたちは沙那の前に自慢げに整列していた。
各々が誇らしげな顔をしてる……ように見える。
褒めてもらいたそうだった。
沙那は力なく笑うしかなかった。
「よくやったね。キミたち」
「きゅー!きゅっ!きゅー!きゅきゅー!」
* * *
屋敷に戻った沙那はイズミの作る温泉に入った。
運河の水は汚水ではないが綺麗というほどでもない。
一緒にペンギンたちを入れて洗うことにした。
「お礼をあげたいけど、お魚ビスケットも水浸しでふにゃふにゃになってるんだー。ごめんね。後で新しく作るからー」
「きゅ?」
沙那が濡れた服から取り出して見せたお魚ビスケットはボロボロではないが、ふにゃふにゃになっていた。
元々が保存がきくように硬めに焼き上げられているのだ。
「きゅー!きゅっきゅーっ!」
ばたばたばた。がつがつがつ。
ペンギンたちはびしょ濡れのビスケットに殺到して争うように貪り食べた。
「……濡れてても良いんだ?」
「きゅっきゅー!」
ぺんぎんたちは勝利の雄たけびを上げた。
「よし。じゃー、キミたちに名前を付けよー」
沙那はペンギンたちの前で仁王立ちした。
「きゅ?」
「キミはテン」
沙那は次々にペンギンたちを指さした。
「きゅー!」
「キミはジョー」
「きゅきゅっ!」
「キミはヨウ」
「きゅ!」
「キミは……カイ」
「きゅきゅきゅ!」
ペンギンたちは名前がついてどこか嬉しそうだった。
「クロちゃんの性格の一部が転写されてるって言ってたけど……」
沙那は改めてペンギンたちを眺める。
「クロちゃんが子供のころって、こんな感じだったのかなー?」
「きゅきゅきゅきゅきゅーっ!」
ペンギンたちが一斉に裸の沙那に飛びつく。
すりすりと頬ずりしたり、フリッパーでぺたぺた撫でまわしたり。
「……つまり。クロちゃんはすけべでえっちだってことだねー?」
「きゅっきゅっ!」
すりすりぺたぺた。
「へーっくしょんっ!……」
執務室でクローリーは大きなくしゃみをした。
「誰かオレの噂でもしてるんスかねー」
知らずに風評被害を受けているクローリーだった。
「冤罪っス……」
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