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第3章

第3章 世界へようこそ 11

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11 海賊

 ヒンカの店から種や種芋などを買い込んだクローリーたちはいったん船に戻ることにした。
 為替のまま帝国に戻るわけにはいかないので銀行で金貨に戻すのだが、とても持てる量ではないのでシュラハトたちに手伝ってもらうためだ。
 金貨数万枚というのはそういう量だった。
 あっちの屋台、こっちの屋台とふらふらする沙那を引っ張って港に向かった。 
 焼いた鶏の足にかぶりつく沙那を連れて着いた港はちょっとした騒ぎになっていた。
「何の騒ぎっスかね」
 どうも自分たちは騒動に縁がある。
 そう思わなくもないクローリーだった。
「クローリー!嬢ちゃん!」
 背後からリンザットが声をかけてきた。
 港湾事務所から走ってきたのだ。
「海賊らしいぜ」
「海賊ー?」
 沙那とクローリーが首を傾げた。
 海賊といったら洋上で襲ってくるもの。という思い込みがあった2人である。
「ああ。沖で3隻ほど待ち構えてるらしい」

 軍船が何隻も駐留する港ならともかく、交易港では良くあることだった。
 大きめの港でも常駐する軍船は多くはない。
 確かに分散配置すれば海賊除けにはなるのだが、そもそも軍船は集中運用が基本である。
 体当たりして相手を沈めるか、乗り込み戦闘で占拠するかがこの世界の海戦であった。
 つまり、数を揃えての戦闘が中心になる。
 風を考えなければ陸上の大規模戦闘とそう違いはない。
 帝国が二段櫂船ドロモンを海軍の中心に据えているのは、風を考慮することなく陸戦に近い戦いがしやすいからである。
 そして、ここハイナードには軍船2隻だけが停泊していた。
 3対2というのはあまりにも苦しい。
 軍船が出撃して追い払うということがなかなかできないのはそのためだった。
 すなわち現在できることというと、このまま海賊が立ち去ってくれるのを待つか、軍の援軍が来援するのを待つかのどちらかなのだ。
 
「めんどくさいことになってるっスなー」
 予想以上の収益を得たクローリーはここで一旦、領地へ戻るつもりだった。
 だからこそ金貨満載になった状態で海賊には遭いたくないところではあるのだが、積み込む以前に遭うとは思いもしなかった。
「港の出入り口を抑えれば、洋上で偶然出くわすのを期待するよりも確実ってことなんスかね」
「そうね。私が海賊ならそうするかもね」
 すぐ後ろから落ち着いた女性の声が聞こえた。
「あれを何とか追っ払うっていうか退治できないもんスかねぇ……って、あんた誰スか!?」
 クローリーは半歩後ろから掛けられた女性の声に飛びのいた。
 そこには金属光沢な青銀色のショートカットの少女が立っていた。
 深めに被った青いベレー帽子がだいぶ大きく、頭から盛大にはみ出ている。
 沙那よりも少し小さいくらいの背丈で、やや丈の長いプールポワン姿である。
 普通なら下半身はズボンなのだがストッキングショースだった。
 そのためかプールポワンの裾からガーターベルトがちらりと見えた。

「私はルシエ。こういう者よ」
 腰に下げた小ぶりなレイピアを見せる。
「いや。こういう者って言われても……女だてらに軍人さんスか?」
「いいえ」
 海風が吹くと今にも下着が見えそうだった。
「探検家」
 ルシエの言葉は短い。
 察しろと言わんばかりだ。
「見てもわかんねーっス」
 探検家というのも滅多に聞かない。
 冒険者とは何が違うのか?とクローリーは思った。
 ただ、帝国にもフィールドワークの多い学者などに探検家と自称する者もいることはいた。 

「あなたが海賊と戦うというなら手伝っても良い」
 とんでもないことを言い出したルシエにクローリーは目を丸くした。
「それって、オレに『やれ』って言ってるんスよな?」
「そうは言ってない」
「言ってるのと同じっス!」
 クローリーは苦笑いするしかなかった。
 彼とて手伝うくらいならしても良いと思わないでもないのだが。
「せめて軍も動いてくれるなら……スな」
 クローリーは港を見回す。
 軍船は港の端にある岸壁に2隻。
「うちの船長に頼んでも数は互角っスな。こっちは商船なんスが」
「戦えるの?」
 沙那が心配そうに見上げる。
「冗談じゃねえ。戦うようにできてる船じゃなねえぞ。海賊見たら全速で逃げるだけだ」
 リンザットが憮然として言う。

「じゃあ。私の船も入れると?1隻多くなる」
 ルシエが事も無げに言った。
「なんだなんだなんだ?俺の船は戦闘用じゃねえぞ!?」
「1隻多ければ、1隻自由になれるから有利ってことっスな?」
「待て待て!冗談じゃねえぞ!?」
 リンザットがクローリーの胸ぐらを掴む。
「いや。悪くねえな。こっちが戦闘要員が少ねえことを除けばな」
 シュラハトが呟く。
 ルシエがどれほど戦える人員を連れているのかはわからないが、アダマストール号で戦えるのは実質シュラハトとクローリーしかいないのだ。
「んんー?火をつけるとかはダメなのー?」
 これは沙那だ。
 火攻めは三国志でもお馴染み。
 赤壁の戦いは火で敵の船を焼き払ったのだ。

「そりゃ火船が用意できりゃなあ……」
 シュラハトは実際に火船での戦闘を見ている。
 油と薪を積んだ船の先端に銛のような物を取り付け、体当たりさせて突き刺し、離れないようにして燃やすのだ。
「油かければ良いんじゃないー?」
「油か……」
 ランプに使う油は簡単に手に入るだろう。
 しかし、植物油や獣脂は燃えることは燃えるが常温では着火しにくい。
 芯が必要なのはその為だ。
 だからこそ火船のように発火源が重要なのである。
 火に油を注ぐとはいうが、ばさっと油をかけても火は消えてしまう。
 更に他にも芯になる何か可燃物を必要とするだろう。
「油をいっぱい放り込んでー。クロちゃんの魔法でどかーん!て火をつけるの。それならどーお?」
「お。それならいけそうっスな」
 船には可燃物が多い。
 油を吸い込んだ帆やロープは良い感じに燃えるだろう。
 それ自体がランプの芯のようになる。
「他が囮になってる間にー。余った1隻で火をかけて回るのー」

「で、油をどうばら撒くかっスが……」
「そんなの壷に入れて投げ込めば良いんだよー?パリンて割れたら辺りに散らばるしー」
「結構重そうじゃないスか?」
「あ。それは簡単だよー」
 沙那はクローリーを見上げた。
「このくらーいのロープを縛って振り回して投げると投げやすいよー?」
「ああ。……スリングみたいにするのか」
 シュラハトは合点がいった。
 石などの礫を紐状のもので飛ばす武器だ。
 手で投げるよりは各段に飛距離が伸びる。
「よっぽど大きな壷じゃなければ良い感じに飛ばせると思うよー」
 人力で行う以上、かなり近づくことにはなるが難しくはなさそうに思えた。
 クローリーは少し沙那を見直した。
 戦いには全く不向きな少女だと思っていたからだった。
 実のところ沙那は映画や物語の知識で喋っているに過ぎないのだが。

「ほー?ホントにやるなら油1樽くらい提供するのじゃ」
 後ろにヒンカが立っていた。
 騒ぎを聞きつけて来たのだろう。
 ルシエはヒンカの胸を見て同情するような眼で見た。
「大丈夫。まだ未来はある」
「……何がじゃ?」
 ヒンカはルシエの無礼な視線に睨み返す。
「とにかく。そこらの油よりずっと火がつきやすい上物を1樽やるから取りに来るのじゃ」
「上物だあ?」
「使ってみりゃ分かるのじゃ。重いから妾には運べないがね」
「よし。じゃあ、さっさと行ってみるか!」
「なら私は軍に話を通してこよう」
「おおい!俺の船も数に入れるなあ!」
 各自一斉に散開した。
 素早い行動が出来なくては生きていけない世界なのだ。

 クローリーたちはヒンカの店に戻ることになった。
 ヒンカの倉庫には種などの他に様々な雑貨が置いてあったが、その中にワイン樽のようなものがあった。
 ような~というのは、それが黒い何かを塗りたくったようなものだったからである。
「タールっスかね?」
 その黒いべたつくものを見てクローリーが言った。
「ま。似たようなものじゃ」
 ワイン樽のようなそれはピッチで塗り固められていた。
 船の防水塗料として使われる油だ。
 常温ではほぼ固体になる粘性の材料だ。
「……これ……この匂い?」
 沙那が鼻を摘んだ。
 なんとなくどこかで嗅いだことのある刺激臭。
 ガソリンスタンドだったり、古いストーブだったり。
「石油……?」
 沙那が嫌そうな顔をした。
「やっぱり分かるんじゃな」
 ヒンカが沙那を見て笑った。
「ただし生成も何もしてない生のままだからね。効果は確実とまでは言えないのじゃが」
「古過ぎなければだいじょぶだと思うー」
「最近、砂の国アルサから仕入れたものなのじゃ」

 石油には様々な成分が入っている。
 沙那もあまり詳しいわけではないが灯油はもとより、常温で気化して着火しやすい芳香類が残存していればかなり火はつけやすいはずだ。
 ライターオイルなどに使うベンジンやナフサ……いわゆるガソリンのことだ……など常温着火しやすいものが残っていれば効果的だ。
「石油って何スか?」
「燃える水っていうやつ―。形なんてどうでもいいからテキトーな陶器に小分けしよー?」
「燃える水っスか……」
 絹の国シリカでも産出するものだが砂の国アルサでは薬などとして利用されている。
 クローリーの魔術にも構成要素マテリアルコンポーエントとして使う場合がある。
 固形でないものはあまり使わないので、彼もあまり良くは見ないものだ。
 クローリーたちは封をしてあった樽から、石油を小分けし始めた。
「ちゃんと布で蓋をしてねー」
 布に火をつけて投げれば即席の火炎瓶だ。
 ガソリンで作れれば着火と同時に爆発も狙えるが、そこまでは期待できまい。
 それでもオリーブ油を使うよりはずっとマシだ。。
 もし、ここに賢者セージがいたら……「モロトフ・カクテル!ブフゥ!」と歓喜しただろう。

 クローリーたちは即席火炎瓶を次々作っていった。
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