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第3章
第3章 世界へようこそ 4
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4 帝都へ
「よいせっ」
クローリーは気合入れてマリエッラの体を押し上げた。
途中で購入したロバの上だ。
せめてポニーにでもしてあげたかったが帝都までの旅費が心許ないので少々ケチったのだ。
ロバならポニーの5分の1の値段なのだ。
その分のお金でマリエッラ分の宿泊費や食費を賄うのだ。
クローリーたちが一緒では巡礼者というわけにはいかないので教会のお世話にはなれない。
何より、村娘でしかないマリエッラの足は歩き通しで傷だらけだったのだ。
肉刺が何度も潰れて可哀そうなほどだ。
靴も原形をとどめないほどボロボロである。
もちろんこちらも買い与えた。
結構な出費であるが、クローリーは構成要素の中の小さなダイヤで支払った。
高価な材料を必要とする魔術師ならでは。現金も貴金属も余裕がない時にはとても役に立つ。
「揺れるけど、傷が治るまでは我慢するっスよ」
その様子を見てシュラハトは小さく笑った。
クローリーとはこういう男なのだ。
自分を拾ってくれた時も武具を買ってくれたが、宿泊代が無くなって収入ができるまでは2人仲良く橋の下で寝たものだ。
最後の小銭まで他人に使うことができるのだ。
この時はまだクローリーが一応は貴族の端くれだとは知らなかったが、知っていたら更に好きになっただろう。
こういう領主ばかりだったら、民は幸せだ。
貧しさを他人と共にできる貴族なんてそうはいない。
マリエッラはもの凄く嬉しかった。
贅沢な旅ではないが何かと話しかけてくれ、気を遣われた。
マリエッラの疲労の度合いを見ては休憩したり、あるいは宿屋に連泊したり。
クローリーとシュラハトの2人だけならもっと早く進める行程をゆっくり進んでいったのである。
時折クローリーが無理して買ってくれるお菓子も嬉しかった。
村ではお祭りのような特別な日でしか食べられないようなものも口にできた。
そのくせ、
「オレは乾パンが大好きなんっス」
と、虫が湧いた乾パンを美味しそうに食べた。
岩などの硬いところにとんとんと叩くとウジ虫などが這い出てくるのだ。
そうして綺麗にしてから食べるのだが、たまに虫ごと食べる時もある。
面倒くさいというのもあるのだが。
「虫が湧いたままのチーズも高級品で出回る世の中だから、これはこれで高級乾パンなんス」
と笑っていた。
「まあ。兵隊の食事はそんなものさ」
シュラハトも笑っていた。
それでもマリエッラにそんなものは食べさせなかった。
綺麗なものだけだ。
そのために村があれば必ず寄って新鮮な食糧を買った。
そんなことを繰り返していたために魔法の構成要素はかなり洒落にならない状態になっていたが気にもしてないようだった。
クローリーたちは1ヵ月ほどかけて帝都に到着した。
帝都は帝国創建時以来の力と富の象徴である。
煌びやかな宮殿やステンドガラスが無数に使われた教会や尖塔。
田舎の村から出てきたマリエッラにはお伽の国のようだった。
大通りを大勢の人が行き交い、奇麗な天蓋付きの馬車が走る。
村では荷馬車くらいしか見たことのないマリエッラには全てが驚きに満ちていた。
「んでー。教会本部っていうのはアレらしーんスが」
皇帝宮もかくやと思わせる贅を凝らした教会の前に立った。
皇帝の戴冠式も行われるという巨大な教会は、その前に広大な広場が作られている。
神の代理人である法王の有難いお言葉を民衆に伝えるためのものだ。
文字の読み書きができる人間の少ない帝国では、ほとんどが口頭で伝えられる。
「いや、こりゃ、すげーっスな。受付とかあるっスかねー?」
さすがのクローリーも途方に暮れそうだった。
魔術の学院があるため王都に住んではいるが、帝都とは比べ物にならない。
何もかもスケールが違っていた。
「あー、すんませーん。こちらにルチアさんっていう人がいるらしいんスがー……」
教会本部に出入りする若い神官を捕まえて聞いてみた。
「妹ちゃんが面会に来てるって伝えてほしいんスが」
「……ルチア様に?」
神官はクローリーを見た。
値踏みするような眼でじろじろと見る。
「ルチア様の妹……?」
神官の疑わしげな声に、クローリーはマリエッラを前に出す。
「この子っス。似てるか似てないか判らねーっスが、訊いてもらえれば判るかもしれないっス」
マリエッラはおどおどしつつもぺこりとお辞儀した。
見た感じは埃塗れの薄汚い娘だった。
奴隷や下層民ではないにしても、市民にしては貧しすぎる。
クローリーが衣服にも気を遣ってはくれていたのだが、高級品を買い与えたわけではなかった。
庶民としてはごく普通の格好だ。
「……確認してまいります」
若い神官は少し待つように言うと、そそくさと教会へ入って行った。
「ルチア……様だって……?」
クローリーは神官の言葉に違和感を感じていた。
同じ神官なら『様』はない。
「偉い人なのかもしれねえな」
シュラハトも同じ感想を持った。
法王を呼ぶときにさえ、そんな言葉は使わない。
何かおかしい。そう思った。
少しして若い神官が戻ってきた。
「残念ですが、そのような方はいらっしゃらないようです。何かのお間違えでは?」
慇懃無礼といった態度だった。
「いやいやいや。よく確認して欲しいっス。こんな女の子がアテもなく帝都まで来ないっスよ」
「ですからいませんよ。お引き取りください」
神官は冷たい目をしていた。
「……おめえ、嘘ついてんな」
シュラハトが睨みつけた。
確証はない。ただの勘だ。
それでも異様な感じはしていたのだ。
「……間違いありませんよ。神に誓って」
「そういう言い方が一番怪しいんだぜ?」
押し問答になりかけた瞬間、複数の金属音が聞こえてきた、
鈑金鎧に身を包んだ一団だ。
手にしているのは短めの斧槍。
クローリーたちは知らなかったが、教会騎士であった。
教会が所持する軍事力にして教会本部の衛兵たちである。
「ちょ?……なんなんスか?これ?」
クローリーは慌ててマリエッラを自分の背中に隠そうとする。
「あまり騒がれては困るんですよ」
若い神官が小さく手を振ると、騎士たちが襲い掛かってきた。
「ちょ!……まっ!……ぶなっ!」
クローリーはマリエッラを庇いながら巧みに避けてみせたり、あるいは護身用の小剣で受け流した。
魔術師であるとはいえ腐っても男爵家の跡取りであるクローリーは剣や体術にも多少の覚えはある。
チンピラや山賊相手なら圧倒できるくらいだ。
とはいえ正規の騎士には到底及ばない。
「こいつは流石に不味いっスな」
本来の武器である魔法杖に手を掛けつつシュラハトを見た。
そちらはそちらで大暴れしていた。
向かってくるのは全て敵というのがシュラハトの信条だ。
最初の騎士はシュラハトの大剣の一撃で胸甲をべっこり凹ませて昏倒した。
死んではいない。
鞘が付いたままなのがシュラハトのせめてもの遠慮だった。
「いきなり何しやがる」
シュラハトは2人目の騎士の面を吹き飛ばした。
「何でこんなことに……っと、あぶねっス!」
背後に回った騎士が斧槍を振り下ろそうとする先にはマリエッラがいた。
間に合わない!
そう判断した瞬間には呪文を唱えていた。
魔法の矢すら受け止める防御魔法魔法の盾だ。
詠唱は一瞬で済む。
が、構成要素が無かった。
小さなダイヤモンド。
マリエッラの服や靴やロバを買うために使ってしまっていたのだ。
「……ちっくしょうっ」
クローリーは動いた。
マリエッラを抱き抱えるように。
激痛と鈍痛。
鮮血が噴出した。
斧槍がクローリーの背中に突き立ったのだ。
かなりの深手だ。
「シュラさん!逃げるっスよ!」
意識が途切れそうになりながらも決死の覚悟でクローリーは新たな呪文を唱えた。
火炎爆発球。
クローリーの持つ最大最強の攻撃呪文である。
よほど切羽詰まらないと滅多に使わない危険な呪文だ。
爆炎は衝撃波と共に石畳ごと騎士たちを吹き飛ばす。
鍛え抜かれた騎士たちを一撃で殺すほどではないが、半死半生くらいにはできる。
「もいっぱつ……」
追加の詠唱。
これは煙幕だ。
爆炎と煙で周囲の視界は閉ざされる。
クローリーはそこで遂に倒れかけるが、手が伸びた。
シュラハトの太く逞しい腕がクローリーを捕まえる。
反対側の腕には大剣とマリエッラを抱き抱えている。
シュラハトとクローリーが危険から逃げる時の常套手段なのだ。
何が起きるか分かっていれば、何をすべきか分かる。
いつもと違うのはクローリーが動けない状態だったくらいである。
それでもシュラハトの膂力は並の人間ではない。
成人男性を片手で抱えて走るくらいなんともない。
魔法の煙が晴れるころにはシュラハトたちは広場の外へ逃げ去っていた。
* * *
「クローリーさん!クローリーさん!」
泣きながらマリエッラがクローリーを揺らす。
「あんま揺するな。血止めはしたけど重傷だ」
シュラハトが2人を抱えて逃げ込んだのは、とある橋の下だ。
先に宿を確保してからだったら宿に逃げ込めたかもしれないが、先にマリエッラを教会本部に案内したのが間違いだった。
「とにかく宿をとって、あとは医者だな」
それでも助からないかもしれない。
シュラハトは焦っていた。
重症者と子供どちらか片方だけなら問題ないが、両方となると一人では難しい。
それでもやるしかない。
シュラハトはどちらかを見捨てるようなことはできなかった。
「……っ…けっこう痛いもんスな」
血をだいぶ失って顔面蒼白なクローリーが目を覚ました。
「あ。だいじょーぶっスからね。クロ兄さんは不死身っス」
泣きじゃくるマリエッラの頭を優しく撫でる。
「クロ。ちと待ってろ。すぐにまともなベッド手配してくる」
シュラハトが立ちあがる。
伝のない帝都ではどこまでのことができるかは未知数だがやるしかない。
「……あたしにお姉ちゃんみたいな聖女の力があれば……」
「気にすんなっス。人間って意外と死なないもんス」
「クローリーさん……治って……治って……」
マリエッラは必死に唸る。
「お。おー?痛いの飛んでったっス。マリエッラのはよく効くっスよー」
起き上がって腕を回そうとした。
視界が一瞬暗くなった。
「(これは本格的にヤバいっスな……)」
背中の傷からまた出血したらしく、血糊に乗って体がずるりと滑る。
女の子を庇って死ぬっていう結果なら、なかなか良い人生だったとクローリーは目を瞑った。
「クローリーさんっ!?……誰か……誰か……神様っ………お姉ちゃんっ!」
その時だった。
白く黄色い暖かな光が走った。
マリエッラの掌から放たれたそれはクローリーを包む。
意識が飛びかけていたクローリーが目を覚ます。
背中の傷が塞がり、急速に治っていくのが分かる。
「……何スか……これ?」
自分でも分かった。
傷が治っていることを。
クローリーは恐る恐る背中に手を伸ばした。
やはり。傷はない。
嘘のように、幻のように消え去っていたのだ。
傷跡すらない。
「…………」
驚きの目でマリエッラを見る。
マリエッラも呆然としていた。
「もしかして……神の奇跡ってやつっスか……」
知識としてというよりも都市伝説でしか聞いたことのない神聖魔法。
世の中に神官はたくさんいるが、神聖魔法を使うところは見たことがない。
「あたしも……できた?……お姉ちゃん……」
マリエッラは信じられない気持ちで自分の手を見た。
その腕をシュラハトが強く掴んだ。
「……そいつは滅多に使うもんじゃねえ」
シュラハトの目は子供を見る優しい目つきではなかった。
「よいせっ」
クローリーは気合入れてマリエッラの体を押し上げた。
途中で購入したロバの上だ。
せめてポニーにでもしてあげたかったが帝都までの旅費が心許ないので少々ケチったのだ。
ロバならポニーの5分の1の値段なのだ。
その分のお金でマリエッラ分の宿泊費や食費を賄うのだ。
クローリーたちが一緒では巡礼者というわけにはいかないので教会のお世話にはなれない。
何より、村娘でしかないマリエッラの足は歩き通しで傷だらけだったのだ。
肉刺が何度も潰れて可哀そうなほどだ。
靴も原形をとどめないほどボロボロである。
もちろんこちらも買い与えた。
結構な出費であるが、クローリーは構成要素の中の小さなダイヤで支払った。
高価な材料を必要とする魔術師ならでは。現金も貴金属も余裕がない時にはとても役に立つ。
「揺れるけど、傷が治るまでは我慢するっスよ」
その様子を見てシュラハトは小さく笑った。
クローリーとはこういう男なのだ。
自分を拾ってくれた時も武具を買ってくれたが、宿泊代が無くなって収入ができるまでは2人仲良く橋の下で寝たものだ。
最後の小銭まで他人に使うことができるのだ。
この時はまだクローリーが一応は貴族の端くれだとは知らなかったが、知っていたら更に好きになっただろう。
こういう領主ばかりだったら、民は幸せだ。
貧しさを他人と共にできる貴族なんてそうはいない。
マリエッラはもの凄く嬉しかった。
贅沢な旅ではないが何かと話しかけてくれ、気を遣われた。
マリエッラの疲労の度合いを見ては休憩したり、あるいは宿屋に連泊したり。
クローリーとシュラハトの2人だけならもっと早く進める行程をゆっくり進んでいったのである。
時折クローリーが無理して買ってくれるお菓子も嬉しかった。
村ではお祭りのような特別な日でしか食べられないようなものも口にできた。
そのくせ、
「オレは乾パンが大好きなんっス」
と、虫が湧いた乾パンを美味しそうに食べた。
岩などの硬いところにとんとんと叩くとウジ虫などが這い出てくるのだ。
そうして綺麗にしてから食べるのだが、たまに虫ごと食べる時もある。
面倒くさいというのもあるのだが。
「虫が湧いたままのチーズも高級品で出回る世の中だから、これはこれで高級乾パンなんス」
と笑っていた。
「まあ。兵隊の食事はそんなものさ」
シュラハトも笑っていた。
それでもマリエッラにそんなものは食べさせなかった。
綺麗なものだけだ。
そのために村があれば必ず寄って新鮮な食糧を買った。
そんなことを繰り返していたために魔法の構成要素はかなり洒落にならない状態になっていたが気にもしてないようだった。
クローリーたちは1ヵ月ほどかけて帝都に到着した。
帝都は帝国創建時以来の力と富の象徴である。
煌びやかな宮殿やステンドガラスが無数に使われた教会や尖塔。
田舎の村から出てきたマリエッラにはお伽の国のようだった。
大通りを大勢の人が行き交い、奇麗な天蓋付きの馬車が走る。
村では荷馬車くらいしか見たことのないマリエッラには全てが驚きに満ちていた。
「んでー。教会本部っていうのはアレらしーんスが」
皇帝宮もかくやと思わせる贅を凝らした教会の前に立った。
皇帝の戴冠式も行われるという巨大な教会は、その前に広大な広場が作られている。
神の代理人である法王の有難いお言葉を民衆に伝えるためのものだ。
文字の読み書きができる人間の少ない帝国では、ほとんどが口頭で伝えられる。
「いや、こりゃ、すげーっスな。受付とかあるっスかねー?」
さすがのクローリーも途方に暮れそうだった。
魔術の学院があるため王都に住んではいるが、帝都とは比べ物にならない。
何もかもスケールが違っていた。
「あー、すんませーん。こちらにルチアさんっていう人がいるらしいんスがー……」
教会本部に出入りする若い神官を捕まえて聞いてみた。
「妹ちゃんが面会に来てるって伝えてほしいんスが」
「……ルチア様に?」
神官はクローリーを見た。
値踏みするような眼でじろじろと見る。
「ルチア様の妹……?」
神官の疑わしげな声に、クローリーはマリエッラを前に出す。
「この子っス。似てるか似てないか判らねーっスが、訊いてもらえれば判るかもしれないっス」
マリエッラはおどおどしつつもぺこりとお辞儀した。
見た感じは埃塗れの薄汚い娘だった。
奴隷や下層民ではないにしても、市民にしては貧しすぎる。
クローリーが衣服にも気を遣ってはくれていたのだが、高級品を買い与えたわけではなかった。
庶民としてはごく普通の格好だ。
「……確認してまいります」
若い神官は少し待つように言うと、そそくさと教会へ入って行った。
「ルチア……様だって……?」
クローリーは神官の言葉に違和感を感じていた。
同じ神官なら『様』はない。
「偉い人なのかもしれねえな」
シュラハトも同じ感想を持った。
法王を呼ぶときにさえ、そんな言葉は使わない。
何かおかしい。そう思った。
少しして若い神官が戻ってきた。
「残念ですが、そのような方はいらっしゃらないようです。何かのお間違えでは?」
慇懃無礼といった態度だった。
「いやいやいや。よく確認して欲しいっス。こんな女の子がアテもなく帝都まで来ないっスよ」
「ですからいませんよ。お引き取りください」
神官は冷たい目をしていた。
「……おめえ、嘘ついてんな」
シュラハトが睨みつけた。
確証はない。ただの勘だ。
それでも異様な感じはしていたのだ。
「……間違いありませんよ。神に誓って」
「そういう言い方が一番怪しいんだぜ?」
押し問答になりかけた瞬間、複数の金属音が聞こえてきた、
鈑金鎧に身を包んだ一団だ。
手にしているのは短めの斧槍。
クローリーたちは知らなかったが、教会騎士であった。
教会が所持する軍事力にして教会本部の衛兵たちである。
「ちょ?……なんなんスか?これ?」
クローリーは慌ててマリエッラを自分の背中に隠そうとする。
「あまり騒がれては困るんですよ」
若い神官が小さく手を振ると、騎士たちが襲い掛かってきた。
「ちょ!……まっ!……ぶなっ!」
クローリーはマリエッラを庇いながら巧みに避けてみせたり、あるいは護身用の小剣で受け流した。
魔術師であるとはいえ腐っても男爵家の跡取りであるクローリーは剣や体術にも多少の覚えはある。
チンピラや山賊相手なら圧倒できるくらいだ。
とはいえ正規の騎士には到底及ばない。
「こいつは流石に不味いっスな」
本来の武器である魔法杖に手を掛けつつシュラハトを見た。
そちらはそちらで大暴れしていた。
向かってくるのは全て敵というのがシュラハトの信条だ。
最初の騎士はシュラハトの大剣の一撃で胸甲をべっこり凹ませて昏倒した。
死んではいない。
鞘が付いたままなのがシュラハトのせめてもの遠慮だった。
「いきなり何しやがる」
シュラハトは2人目の騎士の面を吹き飛ばした。
「何でこんなことに……っと、あぶねっス!」
背後に回った騎士が斧槍を振り下ろそうとする先にはマリエッラがいた。
間に合わない!
そう判断した瞬間には呪文を唱えていた。
魔法の矢すら受け止める防御魔法魔法の盾だ。
詠唱は一瞬で済む。
が、構成要素が無かった。
小さなダイヤモンド。
マリエッラの服や靴やロバを買うために使ってしまっていたのだ。
「……ちっくしょうっ」
クローリーは動いた。
マリエッラを抱き抱えるように。
激痛と鈍痛。
鮮血が噴出した。
斧槍がクローリーの背中に突き立ったのだ。
かなりの深手だ。
「シュラさん!逃げるっスよ!」
意識が途切れそうになりながらも決死の覚悟でクローリーは新たな呪文を唱えた。
火炎爆発球。
クローリーの持つ最大最強の攻撃呪文である。
よほど切羽詰まらないと滅多に使わない危険な呪文だ。
爆炎は衝撃波と共に石畳ごと騎士たちを吹き飛ばす。
鍛え抜かれた騎士たちを一撃で殺すほどではないが、半死半生くらいにはできる。
「もいっぱつ……」
追加の詠唱。
これは煙幕だ。
爆炎と煙で周囲の視界は閉ざされる。
クローリーはそこで遂に倒れかけるが、手が伸びた。
シュラハトの太く逞しい腕がクローリーを捕まえる。
反対側の腕には大剣とマリエッラを抱き抱えている。
シュラハトとクローリーが危険から逃げる時の常套手段なのだ。
何が起きるか分かっていれば、何をすべきか分かる。
いつもと違うのはクローリーが動けない状態だったくらいである。
それでもシュラハトの膂力は並の人間ではない。
成人男性を片手で抱えて走るくらいなんともない。
魔法の煙が晴れるころにはシュラハトたちは広場の外へ逃げ去っていた。
* * *
「クローリーさん!クローリーさん!」
泣きながらマリエッラがクローリーを揺らす。
「あんま揺するな。血止めはしたけど重傷だ」
シュラハトが2人を抱えて逃げ込んだのは、とある橋の下だ。
先に宿を確保してからだったら宿に逃げ込めたかもしれないが、先にマリエッラを教会本部に案内したのが間違いだった。
「とにかく宿をとって、あとは医者だな」
それでも助からないかもしれない。
シュラハトは焦っていた。
重症者と子供どちらか片方だけなら問題ないが、両方となると一人では難しい。
それでもやるしかない。
シュラハトはどちらかを見捨てるようなことはできなかった。
「……っ…けっこう痛いもんスな」
血をだいぶ失って顔面蒼白なクローリーが目を覚ました。
「あ。だいじょーぶっスからね。クロ兄さんは不死身っス」
泣きじゃくるマリエッラの頭を優しく撫でる。
「クロ。ちと待ってろ。すぐにまともなベッド手配してくる」
シュラハトが立ちあがる。
伝のない帝都ではどこまでのことができるかは未知数だがやるしかない。
「……あたしにお姉ちゃんみたいな聖女の力があれば……」
「気にすんなっス。人間って意外と死なないもんス」
「クローリーさん……治って……治って……」
マリエッラは必死に唸る。
「お。おー?痛いの飛んでったっス。マリエッラのはよく効くっスよー」
起き上がって腕を回そうとした。
視界が一瞬暗くなった。
「(これは本格的にヤバいっスな……)」
背中の傷からまた出血したらしく、血糊に乗って体がずるりと滑る。
女の子を庇って死ぬっていう結果なら、なかなか良い人生だったとクローリーは目を瞑った。
「クローリーさんっ!?……誰か……誰か……神様っ………お姉ちゃんっ!」
その時だった。
白く黄色い暖かな光が走った。
マリエッラの掌から放たれたそれはクローリーを包む。
意識が飛びかけていたクローリーが目を覚ます。
背中の傷が塞がり、急速に治っていくのが分かる。
「……何スか……これ?」
自分でも分かった。
傷が治っていることを。
クローリーは恐る恐る背中に手を伸ばした。
やはり。傷はない。
嘘のように、幻のように消え去っていたのだ。
傷跡すらない。
「…………」
驚きの目でマリエッラを見る。
マリエッラも呆然としていた。
「もしかして……神の奇跡ってやつっスか……」
知識としてというよりも都市伝説でしか聞いたことのない神聖魔法。
世の中に神官はたくさんいるが、神聖魔法を使うところは見たことがない。
「あたしも……できた?……お姉ちゃん……」
マリエッラは信じられない気持ちで自分の手を見た。
その腕をシュラハトが強く掴んだ。
「……そいつは滅多に使うもんじゃねえ」
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