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第3章
第3章 世界へようこそ 2
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2 ハイナード入港
出航して数日、ハイナードの港が見えてきた。
テリリンカが多島海の東の玄関口なら、こちらは西の玄関ともいえる場所だった。
見た感じはかなり大きな島で、厳密には大陸かとは細い通路のような陸地で繋がった半島なのではあるが一般的には島と認識されていた。
テリリンカよりも数倍は大きな島であり、強く歪んだ三日月のような形をしている。
その特異な形状から停泊に向いていたために港として発展したのだという。
巨大な入り江のような湾は嵐や強風といったものや大波などから船を守ってくれる絶好の地形だった。
なによりテリリンカと大きく違うのは、見渡す限りの船、船、船であった。
あちこちの国から来たであろう、様々な形状の船が多数入り乱れている。
最も多いのは絹の国の生粋が浅く幅の広い大型の帆船だった。
そう。ここは絹の国の一部でもあるのだ。
絹の国から派遣された総督が治める地ではあるが、都からはるか遠くに位置しているので不思議な自由闊達さがあった。
どことなく無国籍な雰囲気である。
何よりクローリーを驚かせたのは『色彩』である。
石造りの建物が多い帝国と違って木造の建物がやたらと多い。
その多くが赤や緑や派手な色で塗り飾られていたのだ。
どことなく灰色や白色の帝国とは雰囲気がまるで違う。
そして彼が知る王都の港でも見られないような大量の船と賑わい。
王都の数倍はあるだろうか。
「賑やかな所っスなあ。ここが都なんで?」
接岸しつつあるアダマストール号で、船酔いからもうすぐ解放されると感じたクローリーが訊いた。
「いや。違うぜ。俺らはこの辺りまでが縄張りなんだが……もっと先に行けば絹の国第二の港って謂われているジャンカンがある」
リンザットが傍で解説してくれた。
「第二っスか」
「ああ。ジャンカンは俺も数えるほどしか行ったことはないが、ここの5~6倍は船が集まるぜ」
「……これのっスか!?」
「そうだ。第二でそうなら、絹の国の都はどれだけすげえのか想像もつかないぜ」
「はー……」
クローリーは溜息しか出ない。
今、目の前にしているハイナードの繁栄ですら帝国全体のそれを上回っているだろう。
話半分にしてもこのレベルの港が複数あるというだけで絹の国の強大さがわかる。
「絹の国は無いものはないっていうくらいものが集まる場所だしな」
「これでよく帝国まで攻めてこなかったっスなあ」
「言ったろ?」
リンザットが笑う。
「無いものがないっていうくらい豊かだと。征服する野心よりも国内を発展させる方に意識が行くのさ」
「なるほど。そうっスかー……」
クローリーは少し想像がついた。
帝国内は貧しいから奪い合いをする。
豊かならその必要がないのだ。
「金持ち喧嘩せずってやつっスな」
もちろん絹の国でも貧困層はいるだろう。
それでも帝国よりは遥かにマシな状況のような気がする。
「だからな。帝国がテリリンカとかに手を出そうとしたのが怖いのさ」
リンザットは数日前のことを思い出す。
「こんな規模の大国が危機を感じて全力で攻め込んできたらどうなると思う?帝国が勝てる道理なんてないのさ」
クローリーは首肯した。
豊かさは軍事力に転用されると凄まじい。
装備も食料も資金があれば大量に用意できるのだ。
帝国は広大でクローリーも隅々まで行ったことがあるわけではないが、帝国三代王朝の王都が翳んでしまうような地方都市があるというだけでその大きさが想像できた。
「とんでもねー世界っスなあ……」
素早く展開できる変わった形状の帆を立てて急加速していく絹の国の交易船を見ながら、上陸したら気分転換になる飲み物が欲しいなとクローリーはぼんやりと考えていた。
クローリーはひたすらぼんやりしていた。
揺れる視界の中で海鳥が急降下していく。
「地方都市でこれっスか……」
自分のアレクサンダー領もこのくらい発展した街にしたい。そう思った。
昔から考えてはいるが、いったいどうすれば良いのだろう。
税を重くすれば収入は増える。それは確かだ。
しかしそれは父からの……というよりも彼自身の信条とは逆行してしまう。
帝国の領主の多くは、庶民が豊かになると反乱を起こす温床になるから締め上げなくてはならないという。
たしかに余裕ができれば企む者もいるだろう。
反乱が起きる場合の首謀者のほとんどは最底辺の農民などではなく、そこそこ富裕な市民や豪農だった。
税は様々な形で徴収される。
一つ一つは少額ながらすべて合わせると膨大なものになる。
支払いが出来なければ様々な強制労働が課された。
生活が苦しくなって娘を売るなどは飢饉の度に起きた。
領主は領主で領地の経営と上納に苦しく、庶民よりはだいぶ豊かでも余裕はなかった。
戦争による略奪が横行しているのはそのためだった。
それでも足りなくなると重税で領民から収奪するのだ。
それが当たり前の世の中ででクローリーが始めたのはインフラ整備だった。
領主が最も嫌がるのはインフラの整備と維持である。
支出は膨大なのに収入にはならないからだ。
生活基盤の向上によって巡り巡って税収を増やすことにはなるのだが、支出に対して収入の伸びは微々たるものだった。
その結果、街道整備などは最も嫌われて放置されていた。
帝国創成期は大規模な石畳の街道があちこちに作られた。
今も幾つかは帝都や王都周辺に残ってはいるが、多くは放置して荒れるに任せてある。
石畳が剥がれた凸凹の街道は雨が降れば泥濘になり、馬車を走らせるのも大変だ。
道が悪ければ物流は滞る。
クローリーの父の代から領地の交通を湿地帯であることを利用した水運主体に整備していったのも街道整備の費用を嫌ったからだ。
それでも隣接した領域や王都へなどは街道を使わなくてはならない。
自領だけで全てを賄うことができるわけではないので止むを得ない。
税制を整理して全体的な税率を他領よりも少しばかり安くしてはいるために経営は常に火の車だった。
クローリーが駅馬車業を始めたのはそんな中であった。
確実に手紙が届くようにする信用を得ることもだったが、比較的整備されている街道とルートを確認することも目的であった。
街道整備がされている領地はそれだけ安定していることでもある。
馬車が走れるほどに整備されているなら尚更である。
車輪屋などと揶揄されているが、道中の状況を見て参考にできる領地経営方があれば採用しようというものでもあった。
目の前の港町の賑わいを見ていると不思議な気持ちになる。
これだけの人が集まるのなら税収もかなりのものだろう。
しかし……税金だけで可能なのだろうか。
強制的ではなく、領民が自主的に納めたくなるような、魅力ある何かが必要ではないのか。
何も思いつかない。
そういえば豊かな社会を作っているエルフの世界ではどうなっているんだろうか。
考えれば考えるほどわからない。
クローリーの船酔いの頭では何も思いつきはしない。
そこに、ぺたっと濡れたタオルが掛けられた。
疲れた目がひんやりとする。
「冷てーっス」
クローリーがタオルをどかすと、そこには沙那の顔があった。
心配そうに覗き込んでいる。
「ほんとにだいじょーぶ?もうちょっとだからがんばってー」
逆光の中で沙那の胸が揺れる。
普段は子供っぽいのだがこういう時は女性らしさを感じる。
「……あー……ありがとっスな」
クローリーはゆっくり身を起こした。
「可愛らしいわねえ」
離れたところで2人の様子を眺めていたマリエッラが微笑む。
「あのままクロのお嫁さんになってくれないかしら」
「そりゃなんとも……」
上陸の準備として平服の腰に長剣を付けながらシュラハトは呆れた。
「ありゃあ父娘っていうか、良くても兄妹って感じだしなあ……」
「そーお?割とお似合いだと思うけどお」
マリエッラが不満そうに口を尖らせた。
「まるで近所のお節介おばさんだぜ」
「ちょっとお……」
「それに、だ」
シュラハトは首をコキコキと鳴らす。
「あの娘を安全なところに置きたいって考えてるんだろうけど」
「それのどこが悪いの?」
「お前自身がそうされた時のこと、忘れてねえか?」
「っっ……」
「人は自分で自分の道を選ぶしかねえんだよ」
マリエッラは昔のことを思い出して少し心が痛んだ。
出航して数日、ハイナードの港が見えてきた。
テリリンカが多島海の東の玄関口なら、こちらは西の玄関ともいえる場所だった。
見た感じはかなり大きな島で、厳密には大陸かとは細い通路のような陸地で繋がった半島なのではあるが一般的には島と認識されていた。
テリリンカよりも数倍は大きな島であり、強く歪んだ三日月のような形をしている。
その特異な形状から停泊に向いていたために港として発展したのだという。
巨大な入り江のような湾は嵐や強風といったものや大波などから船を守ってくれる絶好の地形だった。
なによりテリリンカと大きく違うのは、見渡す限りの船、船、船であった。
あちこちの国から来たであろう、様々な形状の船が多数入り乱れている。
最も多いのは絹の国の生粋が浅く幅の広い大型の帆船だった。
そう。ここは絹の国の一部でもあるのだ。
絹の国から派遣された総督が治める地ではあるが、都からはるか遠くに位置しているので不思議な自由闊達さがあった。
どことなく無国籍な雰囲気である。
何よりクローリーを驚かせたのは『色彩』である。
石造りの建物が多い帝国と違って木造の建物がやたらと多い。
その多くが赤や緑や派手な色で塗り飾られていたのだ。
どことなく灰色や白色の帝国とは雰囲気がまるで違う。
そして彼が知る王都の港でも見られないような大量の船と賑わい。
王都の数倍はあるだろうか。
「賑やかな所っスなあ。ここが都なんで?」
接岸しつつあるアダマストール号で、船酔いからもうすぐ解放されると感じたクローリーが訊いた。
「いや。違うぜ。俺らはこの辺りまでが縄張りなんだが……もっと先に行けば絹の国第二の港って謂われているジャンカンがある」
リンザットが傍で解説してくれた。
「第二っスか」
「ああ。ジャンカンは俺も数えるほどしか行ったことはないが、ここの5~6倍は船が集まるぜ」
「……これのっスか!?」
「そうだ。第二でそうなら、絹の国の都はどれだけすげえのか想像もつかないぜ」
「はー……」
クローリーは溜息しか出ない。
今、目の前にしているハイナードの繁栄ですら帝国全体のそれを上回っているだろう。
話半分にしてもこのレベルの港が複数あるというだけで絹の国の強大さがわかる。
「絹の国は無いものはないっていうくらいものが集まる場所だしな」
「これでよく帝国まで攻めてこなかったっスなあ」
「言ったろ?」
リンザットが笑う。
「無いものがないっていうくらい豊かだと。征服する野心よりも国内を発展させる方に意識が行くのさ」
「なるほど。そうっスかー……」
クローリーは少し想像がついた。
帝国内は貧しいから奪い合いをする。
豊かならその必要がないのだ。
「金持ち喧嘩せずってやつっスな」
もちろん絹の国でも貧困層はいるだろう。
それでも帝国よりは遥かにマシな状況のような気がする。
「だからな。帝国がテリリンカとかに手を出そうとしたのが怖いのさ」
リンザットは数日前のことを思い出す。
「こんな規模の大国が危機を感じて全力で攻め込んできたらどうなると思う?帝国が勝てる道理なんてないのさ」
クローリーは首肯した。
豊かさは軍事力に転用されると凄まじい。
装備も食料も資金があれば大量に用意できるのだ。
帝国は広大でクローリーも隅々まで行ったことがあるわけではないが、帝国三代王朝の王都が翳んでしまうような地方都市があるというだけでその大きさが想像できた。
「とんでもねー世界っスなあ……」
素早く展開できる変わった形状の帆を立てて急加速していく絹の国の交易船を見ながら、上陸したら気分転換になる飲み物が欲しいなとクローリーはぼんやりと考えていた。
クローリーはひたすらぼんやりしていた。
揺れる視界の中で海鳥が急降下していく。
「地方都市でこれっスか……」
自分のアレクサンダー領もこのくらい発展した街にしたい。そう思った。
昔から考えてはいるが、いったいどうすれば良いのだろう。
税を重くすれば収入は増える。それは確かだ。
しかしそれは父からの……というよりも彼自身の信条とは逆行してしまう。
帝国の領主の多くは、庶民が豊かになると反乱を起こす温床になるから締め上げなくてはならないという。
たしかに余裕ができれば企む者もいるだろう。
反乱が起きる場合の首謀者のほとんどは最底辺の農民などではなく、そこそこ富裕な市民や豪農だった。
税は様々な形で徴収される。
一つ一つは少額ながらすべて合わせると膨大なものになる。
支払いが出来なければ様々な強制労働が課された。
生活が苦しくなって娘を売るなどは飢饉の度に起きた。
領主は領主で領地の経営と上納に苦しく、庶民よりはだいぶ豊かでも余裕はなかった。
戦争による略奪が横行しているのはそのためだった。
それでも足りなくなると重税で領民から収奪するのだ。
それが当たり前の世の中ででクローリーが始めたのはインフラ整備だった。
領主が最も嫌がるのはインフラの整備と維持である。
支出は膨大なのに収入にはならないからだ。
生活基盤の向上によって巡り巡って税収を増やすことにはなるのだが、支出に対して収入の伸びは微々たるものだった。
その結果、街道整備などは最も嫌われて放置されていた。
帝国創成期は大規模な石畳の街道があちこちに作られた。
今も幾つかは帝都や王都周辺に残ってはいるが、多くは放置して荒れるに任せてある。
石畳が剥がれた凸凹の街道は雨が降れば泥濘になり、馬車を走らせるのも大変だ。
道が悪ければ物流は滞る。
クローリーの父の代から領地の交通を湿地帯であることを利用した水運主体に整備していったのも街道整備の費用を嫌ったからだ。
それでも隣接した領域や王都へなどは街道を使わなくてはならない。
自領だけで全てを賄うことができるわけではないので止むを得ない。
税制を整理して全体的な税率を他領よりも少しばかり安くしてはいるために経営は常に火の車だった。
クローリーが駅馬車業を始めたのはそんな中であった。
確実に手紙が届くようにする信用を得ることもだったが、比較的整備されている街道とルートを確認することも目的であった。
街道整備がされている領地はそれだけ安定していることでもある。
馬車が走れるほどに整備されているなら尚更である。
車輪屋などと揶揄されているが、道中の状況を見て参考にできる領地経営方があれば採用しようというものでもあった。
目の前の港町の賑わいを見ていると不思議な気持ちになる。
これだけの人が集まるのなら税収もかなりのものだろう。
しかし……税金だけで可能なのだろうか。
強制的ではなく、領民が自主的に納めたくなるような、魅力ある何かが必要ではないのか。
何も思いつかない。
そういえば豊かな社会を作っているエルフの世界ではどうなっているんだろうか。
考えれば考えるほどわからない。
クローリーの船酔いの頭では何も思いつきはしない。
そこに、ぺたっと濡れたタオルが掛けられた。
疲れた目がひんやりとする。
「冷てーっス」
クローリーがタオルをどかすと、そこには沙那の顔があった。
心配そうに覗き込んでいる。
「ほんとにだいじょーぶ?もうちょっとだからがんばってー」
逆光の中で沙那の胸が揺れる。
普段は子供っぽいのだがこういう時は女性らしさを感じる。
「……あー……ありがとっスな」
クローリーはゆっくり身を起こした。
「可愛らしいわねえ」
離れたところで2人の様子を眺めていたマリエッラが微笑む。
「あのままクロのお嫁さんになってくれないかしら」
「そりゃなんとも……」
上陸の準備として平服の腰に長剣を付けながらシュラハトは呆れた。
「ありゃあ父娘っていうか、良くても兄妹って感じだしなあ……」
「そーお?割とお似合いだと思うけどお」
マリエッラが不満そうに口を尖らせた。
「まるで近所のお節介おばさんだぜ」
「ちょっとお……」
「それに、だ」
シュラハトは首をコキコキと鳴らす。
「あの娘を安全なところに置きたいって考えてるんだろうけど」
「それのどこが悪いの?」
「お前自身がそうされた時のこと、忘れてねえか?」
「っっ……」
「人は自分で自分の道を選ぶしかねえんだよ」
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