16 / 131
第2章
第2章 多島海 4
しおりを挟む
4 温泉のせい
「わー。結構、本格的ーっ!」
沙那が感嘆の声を上げた。
なぜ階段があるのかと思ったら、女湯は覗けないように高い位置にあるのだった。
彼女の知る日本の温泉郷にも劣らない作りにかなり驚いた。
手早く服を脱ぐとさっさと脱衣所を出てくる。
入浴時に躊躇なく裸になれるのは日本人らしい気質だった。
この世界でタオルを湯船に入れてはいけないのかは判らないが、そこは習慣である。
ごく自然に掛湯をして、割と大きな円形の浴槽に足を入れる。
気分はちょっとワイルドな健康ランドだ。
そして立ち込める湯気の先には……先客がいた。
浴槽の縁に並んだ岩に腰掛けてぼんやりとこちらを見ている少女。
沙那に負けず劣らず、膝まであるような軽くウェーブのかかった薄青色の長い髪をそのまま垂らしている。
濡れた髪が体に巻き付くように要所要所を隠している。
沙那より少し年上くらいか。
それでも沙那並みに発達した胸はかなり珍しい。
「あ。こんにちはー!」
沙那が元気よく声をかける。
あまり人見知りしないのが沙那の長所だ。
「……」
しかし少女は視線を沙那に向けた程度で、無言でじっとしている。
「い、いーお湯だねーっ」
沙那は愛想笑いしてみた。
恥ずかしがり屋さんなのかな?と思った。
比較的おとなしい日本人でも会釈くらいは返すものなのに、とも思った。
「あたしが……見えるの……?」
きゃんゆーしーみー?
短く簡単な言葉だ。
駅前留学のCMみたいだなと沙那はどうでもいいことを考えた。
「だ、だいじょーぶ!全部は見えてないからっ!だいたいおなじようーなものしかないから気にしないっ!」
「……見えてない?の?」
「ボク、そっちの趣味ないから安心安全だからー!」
「…………?」
「おっぱいは、ご、互角!差はないよっ!」
「…………」
少女は不思議そうに沙那を見つめ続けた。
「そ、それ以上は見てないっ!見てないからねーっ!?」
「さにゃちゃん。独り言……?」
少し遅れてマリエッラが入ってきた。
「一人漫才か何かと思ったりもしたけど……」
マリエッラは腕で前を隠しつつ腰を屈める。
「にゃ?」
「岩に向かって何か話しかけてるように見えたから」
「にゃ?にゃ?にゃ?」
沙那が首を傾げる。
入浴用にアップに纏めたピンクブロンド色の髪から跳ねた部分がピョコピョコ揺れた
「……先客の人が」
沙那は少女を指さした。
「……どこに?」
マリエッラが訊き返す。
「ここに。ボクみたいなおっぱいの子が……」
「いないと思うけど」
「にゃにゃ!?」
沙那は少女を凝視した。
そしてマリエッラを見た。
「見えない?」
「見えないと思う」
少女が応える。
「あたし……精霊だから」
「にゃあ!?」
「普通は見えない。あなたは何で見えるの?……エルフだから?」
「にゃにゃにゃーっ!?!?」
沙那は不思議なポーズをとった。
理解が追い付かない。
「精霊って……何の?」
恐る恐る尋ねる。
「泉の。……より正確に言えば温泉の精霊」
「……おばけ?」
「おばけ、違う。精霊」
「え。ええええええええええええーっっ!?」
沙那はついに不思議な踊りを踊った。
その様子にマリエッラがまじまじと沙那を見つめる。
「もしかして。……何か見えてるのぉ?」
「うん!おばけ!」
「おばけ違う……」
沙那が目をグルグル回す。
ぽくぽくぽく……ちーん!
「おーけー。精霊。うん。でも、ダウトっ!」
沙那は少女にぐいっと顔を近づけた。
「精霊はもやもや。形があるのは妖精。おーけい?」
「……じゃ、妖精」
少女の声は平坦だ。
「じゃ、って何ー!?じゃ、って」
「そっちが理解しやすい方で良い」
「うにゃ~~~~~~っ!?」
沙那が頭を抱える。
その様子にマリエッラも何かを理解した。
「……さにゃちゃん。妖精が見えるのねぇ」
「らしいーっ!?でも、裸っ裸っ!」
マリエッラは目の前で起きている状況を笑わない。
「妖精は、自分を見てもらいたい相手にだけ姿を見せるというわよぉ」
「え……」
沙那はまじまじと少女を見つめる。
「……この妖精さんは、ボクに裸を見せたいってことー?痴女!?」
「……それ違う」
少女はほんの少しだけ困惑したようだった。
「クロちゃーん!!」
沙那は浴槽から身を乗り出して、数メートル崖下の男湯に向かって叫んだ。
「きゃー!さにゃのえっちー!痴女っスー!」
「ちがーうっ!」
手で体を隠してクネクネするクローリーに木桶を投げつける。
「ってーか。どーしたっスか?丸見えになるっスよー?」
「聞いて聞いてーっ!上に妖精さんいたのーっ」
「妖精?」
「そー!裸の女の人ーっ!」
「うお!?何それ、見たいっス!……あ、さにゃはどうでも良いスが、マリねえさんは是非」
「ちょっと来てっ!」
沙那が手をぶんぶん振った。
「……それやったらマリねえさんに殺されるっス」
「……妖精なあ」
「おんや?船長何かご存じスか?」
「いんや。そういう伝説があるって話は聞いたことあるなあと思ってな」
「ほー?」
クローリーは上できゃあきゃあ何か叫んでいる沙那を無視してリンザットを見る。
冒険者であるクローリー以上に各地を見聞してきたであろう船乗りには色んな情報があってもおかしくはない。
もっとも、船乗りの話の多くは酔っ払いの与太話であるのだが。
昔は船乗りの法螺話でしかなかった人魚の実在が確認されたりなどの事例もあるのだ。
「今のテリリンカの礎を作ったテリューは、島の精霊と契約して街を作ったってな」
「精霊と……契約っスか……どんな?」
「さあ?お伽噺さ」
リンザットは凝った首を回した。
「精霊がいたとしても、人間と何を約束するってんだ?契約ってのはお互いメリットがあって成立するんだぜ?」
「……ま、そりゃそーっスな」
「意外と、さにゃが子供だったかとか?」
シュラハトがつまらなさそうに口を挟む。
「だいたい俺の故郷じゃ、精霊とか妖精は子供にしか見ることができないっていうぜ」
「おー。なるほどっス!たしかに子供っスな」
クローリーは合点がいったというように手を叩いた。
その間抜けな様子を見ながら、シュラハトは顔を温かい濡れたタオルで拭う。
どこか遠くを見るような目だった。
「わー。結構、本格的ーっ!」
沙那が感嘆の声を上げた。
なぜ階段があるのかと思ったら、女湯は覗けないように高い位置にあるのだった。
彼女の知る日本の温泉郷にも劣らない作りにかなり驚いた。
手早く服を脱ぐとさっさと脱衣所を出てくる。
入浴時に躊躇なく裸になれるのは日本人らしい気質だった。
この世界でタオルを湯船に入れてはいけないのかは判らないが、そこは習慣である。
ごく自然に掛湯をして、割と大きな円形の浴槽に足を入れる。
気分はちょっとワイルドな健康ランドだ。
そして立ち込める湯気の先には……先客がいた。
浴槽の縁に並んだ岩に腰掛けてぼんやりとこちらを見ている少女。
沙那に負けず劣らず、膝まであるような軽くウェーブのかかった薄青色の長い髪をそのまま垂らしている。
濡れた髪が体に巻き付くように要所要所を隠している。
沙那より少し年上くらいか。
それでも沙那並みに発達した胸はかなり珍しい。
「あ。こんにちはー!」
沙那が元気よく声をかける。
あまり人見知りしないのが沙那の長所だ。
「……」
しかし少女は視線を沙那に向けた程度で、無言でじっとしている。
「い、いーお湯だねーっ」
沙那は愛想笑いしてみた。
恥ずかしがり屋さんなのかな?と思った。
比較的おとなしい日本人でも会釈くらいは返すものなのに、とも思った。
「あたしが……見えるの……?」
きゃんゆーしーみー?
短く簡単な言葉だ。
駅前留学のCMみたいだなと沙那はどうでもいいことを考えた。
「だ、だいじょーぶ!全部は見えてないからっ!だいたいおなじようーなものしかないから気にしないっ!」
「……見えてない?の?」
「ボク、そっちの趣味ないから安心安全だからー!」
「…………?」
「おっぱいは、ご、互角!差はないよっ!」
「…………」
少女は不思議そうに沙那を見つめ続けた。
「そ、それ以上は見てないっ!見てないからねーっ!?」
「さにゃちゃん。独り言……?」
少し遅れてマリエッラが入ってきた。
「一人漫才か何かと思ったりもしたけど……」
マリエッラは腕で前を隠しつつ腰を屈める。
「にゃ?」
「岩に向かって何か話しかけてるように見えたから」
「にゃ?にゃ?にゃ?」
沙那が首を傾げる。
入浴用にアップに纏めたピンクブロンド色の髪から跳ねた部分がピョコピョコ揺れた
「……先客の人が」
沙那は少女を指さした。
「……どこに?」
マリエッラが訊き返す。
「ここに。ボクみたいなおっぱいの子が……」
「いないと思うけど」
「にゃにゃ!?」
沙那は少女を凝視した。
そしてマリエッラを見た。
「見えない?」
「見えないと思う」
少女が応える。
「あたし……精霊だから」
「にゃあ!?」
「普通は見えない。あなたは何で見えるの?……エルフだから?」
「にゃにゃにゃーっ!?!?」
沙那は不思議なポーズをとった。
理解が追い付かない。
「精霊って……何の?」
恐る恐る尋ねる。
「泉の。……より正確に言えば温泉の精霊」
「……おばけ?」
「おばけ、違う。精霊」
「え。ええええええええええええーっっ!?」
沙那はついに不思議な踊りを踊った。
その様子にマリエッラがまじまじと沙那を見つめる。
「もしかして。……何か見えてるのぉ?」
「うん!おばけ!」
「おばけ違う……」
沙那が目をグルグル回す。
ぽくぽくぽく……ちーん!
「おーけー。精霊。うん。でも、ダウトっ!」
沙那は少女にぐいっと顔を近づけた。
「精霊はもやもや。形があるのは妖精。おーけい?」
「……じゃ、妖精」
少女の声は平坦だ。
「じゃ、って何ー!?じゃ、って」
「そっちが理解しやすい方で良い」
「うにゃ~~~~~~っ!?」
沙那が頭を抱える。
その様子にマリエッラも何かを理解した。
「……さにゃちゃん。妖精が見えるのねぇ」
「らしいーっ!?でも、裸っ裸っ!」
マリエッラは目の前で起きている状況を笑わない。
「妖精は、自分を見てもらいたい相手にだけ姿を見せるというわよぉ」
「え……」
沙那はまじまじと少女を見つめる。
「……この妖精さんは、ボクに裸を見せたいってことー?痴女!?」
「……それ違う」
少女はほんの少しだけ困惑したようだった。
「クロちゃーん!!」
沙那は浴槽から身を乗り出して、数メートル崖下の男湯に向かって叫んだ。
「きゃー!さにゃのえっちー!痴女っスー!」
「ちがーうっ!」
手で体を隠してクネクネするクローリーに木桶を投げつける。
「ってーか。どーしたっスか?丸見えになるっスよー?」
「聞いて聞いてーっ!上に妖精さんいたのーっ」
「妖精?」
「そー!裸の女の人ーっ!」
「うお!?何それ、見たいっス!……あ、さにゃはどうでも良いスが、マリねえさんは是非」
「ちょっと来てっ!」
沙那が手をぶんぶん振った。
「……それやったらマリねえさんに殺されるっス」
「……妖精なあ」
「おんや?船長何かご存じスか?」
「いんや。そういう伝説があるって話は聞いたことあるなあと思ってな」
「ほー?」
クローリーは上できゃあきゃあ何か叫んでいる沙那を無視してリンザットを見る。
冒険者であるクローリー以上に各地を見聞してきたであろう船乗りには色んな情報があってもおかしくはない。
もっとも、船乗りの話の多くは酔っ払いの与太話であるのだが。
昔は船乗りの法螺話でしかなかった人魚の実在が確認されたりなどの事例もあるのだ。
「今のテリリンカの礎を作ったテリューは、島の精霊と契約して街を作ったってな」
「精霊と……契約っスか……どんな?」
「さあ?お伽噺さ」
リンザットは凝った首を回した。
「精霊がいたとしても、人間と何を約束するってんだ?契約ってのはお互いメリットがあって成立するんだぜ?」
「……ま、そりゃそーっスな」
「意外と、さにゃが子供だったかとか?」
シュラハトがつまらなさそうに口を挟む。
「だいたい俺の故郷じゃ、精霊とか妖精は子供にしか見ることができないっていうぜ」
「おー。なるほどっス!たしかに子供っスな」
クローリーは合点がいったというように手を叩いた。
その間抜けな様子を見ながら、シュラハトは顔を温かい濡れたタオルで拭う。
どこか遠くを見るような目だった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ちょっとエッチな執事の体調管理
mm
ファンタジー
私は小川優。大学生になり上京して来て1ヶ月。今はバイトをしながら一人暮らしをしている。
住んでいるのはそこらへんのマンション。
変わりばえない生活に飽き飽きしている今日この頃である。
「はぁ…疲れた」
連勤のバイトを終え、独り言を呟きながらいつものようにマンションへ向かった。
(エレベーターのあるマンションに引っ越したい)
そう思いながらやっとの思いで階段を上りきり、自分の部屋の方へ目を向けると、そこには見知らぬ男がいた。
「優様、おかえりなさいませ。本日付けで雇われた、優様の執事でございます。」
「はい?どちら様で…?」
「私、優様の執事の佐川と申します。この度はお嬢様体験プランご当選おめでとうございます」
(あぁ…!)
今の今まで忘れていたが、2ヶ月ほど前に「お嬢様体験プラン」というのに応募していた。それは無料で自分だけの執事がつき、身の回りの世話をしてくれるという画期的なプランだった。執事を雇用する会社はまだ新米の執事に実際にお嬢様をつけ、3ヶ月無料でご奉仕しながら執事業を学ばせるのが目的のようだった。
「え、私当たったの?この私が?」
「さようでございます。本日から3ヶ月間よろしくお願い致します。」
尿・便表現あり
アダルトな表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる