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ただ悔しいと僕は泣いたよ

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「なん、何で、録画……」

「私は心配性でね、イオ。約束を違えられては困る。名声を守るためにこれからの出来事を口外されても困るのだよ。さあ、誓っておくれ。イオ。君が愛しているのは私だね?」

 美作の狂気にあてられ、要の唇が震える。血色をなくした頬に、涙が一筋流れた。

「要……っ。いい、俺のことは……!」

 無理やり引きちぎろうとして手や足首に幾筋もの赤い血が滲んだ泉の手を見た要は、覚悟を決めた。

 涙に濡れた瞳で、息も絶え絶えに紡ぐ。

「そう、です……」

「ああ、嬉しいよ……!」

 感極まった様子で、頬をバラ色に染めた美作に首を傾けられる。無理に後ろを向かされたせいで首が痛む。その痛みに目を伏せた瞬間、噛みつくように口づけられた。

「ん……っんー!」

 食べられていると言った方が正しいかもしれない。口内を荒々しくむさぼられ、ジュルジュルと卑猥な音を立てて唾液を吸われる。全身が毛羽立ち、虫唾が走った。

 催淫効果のある香で高められた身体の興奮が、嫌悪感で鎮まる。しかし、ベロリと口周りを舐められている間に、再び陰茎を美作に握りこまれた。

「ん……っ!? あ……っ」

 乱雑な手つきで雁首をなぞられ、根元から強弱を入れて擦り上げられる。

 気持ちが悪い。全然違う。泉の触れ方しか知らない要は、強制的に高みへ昇らせようとする美作の手が気持ち悪くて仕方なかった。彼が触れた部分から、自分が汚れていくように感じる。

 それなのに、香のせいで脳みそは蕩け、快楽を拾おうとする。心とちぐはぐな反応を示す身体が呪わしく、要は泣きじゃくった。

「みな、で……見ないで……っ」

 もう、録画されている事実などどうでもいい。ただ、こんな状況下で反応している姿を泉にだけは見られたくなかった。涙で滲む視界の向こう、女に押さえつけられたまま、唇を噛んで出血している泉が見えた。

 要の先走りが美作の指を伝い、あられもなくさらけ出された股間からにゅぐにゅぐと生々しい音が部屋に響く。耳をふさぎたいのに手錠のせいでそれもかなわず、逆の手で尻穴をほぐされ、要はひたすらに泣いた。

「ほら、イキたまえ」

「う……ぉ、あ、ぁあああっ」

 無理やりしごかれた要は、先端からピュクッと熱い飛沫を飛ばす。ベッドに点々と散った精液が、要には罪悪感のかたまりに見えた。

「ああ、沢山出たね。お味はどうかな」

「い、や……、あ、やだっ」

 赤ちゃんのように仰向かされ、ガパリと足を広げて精液のこびりついた陰茎をまじまじと覗かれる。香のせいでまだ萎えない茎を美作に咥えられて、要はすすり泣いた。尿道に残っていた部分を舌でチュクチュクと吸われるたび、視界が白む。

 胸が裂けそうだ。でも、覆いかぶさられている間は泉にはこんなみっともない姿を見られないで済むと思うことでしか、自分の心を保てなかった。

 しかし……。

「ああ、イオ。素晴らしいよ。私の無垢な天使は男になっていたんだね。とても淫靡な味がするよ。……ほら、ご覧。私も限界だ」

 美作はパンパンに張りつめ、スラックスを押し上げている股間を要に見せつけた。興奮による先走りで、スラックスの一部が濃くなっている。

 チャックの下りる音が部屋に響き、要は断罪の時を待つような気持ちになった。

(嫌だ……嫌だ……)

 屠られる時を待つ家畜のように震えが止まらない。尻の穴にピタリとあてられた熱。その熱さに身も世もなく要は泣いた。

 嫌だ。こんなにもいやだ。

 気持ち悪い。吐きそうだ。助けて。逃げたい。助けて。嫌だ。繋がりたくない。

(泉がいい……!!)

 好きな人の前で犯されるなんて。

 粘膜に押し当てられた肉の感触を忘れたい。罰なのだろうか。泉の気持ちに無頓着でいたことの罰なのだろうか。から回ってばかりいた自分への。

(それなら……泉が、無事で帰れるなら、もう……)

「私を受け入れておくれ、イオ……」

 耳元で呪いの言葉が囁かれる。すべてを諦め、要は力を抜いた。

 その時――――……。

「要に触れるな!! 下種が!!」

 バキィッとカーテンレールが外れる大きな音が鳴り、女たちの悲鳴が上がる。要に覆いかぶさっていた美作の影が消え、ついで美作が要の上から吹っ飛んだ。

 いや、違う――――……。

「泉……っ!?」

 泉により、美作が殴り飛ばされたのだ。ソファまで吹っ飛んだ美作に、女たちはまたも叫ぶ。愕然としていると、要は泉にシーツでくるまれ抱き起こされた。

 渾身の力で殴られたのだろう。吹っ飛んだ美作は鼻から血を流し、顔がひどく腫れあがっている。そのそばには泉の手錠に繋がれていたカーテンレールがひしゃげて落ちていた。

 そして泉の手首と手足には千切れた手錠がぶら下がり、ひどい箇所は皮膚がえぐれ激しく流血していた。

「泉……っ血が……!」

 うろたえる要を無視し、泉は女からスマホを奪う。

「あ、なた……女性恐怖症のはずでしょ……」

 煙のように発せられる泉の怒気に気圧されながらも、女が言った。泉は冷眼を投げて言う。

「ああ、虫唾が走るな。でもそれより」

 泉は美作の放り出されていた杖を拾い、スマホを砕いた。

「好きな相手を泣かせる方が夢見が悪い」

「ぼ、暴力だぞ。訴えるぞ……!」

 両方の鼻の穴から血を流した美作が、激高して言った。

「映画もなしだ! この私を殴るなど……! イオとの時間を邪魔したなど、万死に値する! お前を訴えて暴行罪で捕まえてやる! 世間は落ち目のお前と、権威のある私のどちらを信じると思っ……」

 美作の顔面にもう一発泉の拳がめり込み、彼はそれ以上の言葉を継げなくなった。

「要だけを裸に剥いて、俺を剥かなかったのは失敗だったな。美作」

 ジーンズのポケットに手を突っこみ、泉はボイスレコーダーが起動した自身のスマホを掲げてみせた。

「以前にお前が要に言った言葉が引っかかっていたんだ。『君は変わらないね』だったか。何でお前が要についてそんなことを口走ったのかあの時は分からなかったが、お前が俺よりも要に興味を示していることは何となく気付いてたからな。念のためここに来た時からボイスレコーダーを起動させていて正解だった」

 まさかここまで美作が変態で、泉のいる前で行動に移すとは思わなかったが、と泉は付け加える。

「訴えられるのはどっちだ? 社会的な地位を失うのは俺か?」

 氷のような冷徹さで、泉の声が美作の頭上に降る。泉は歪んだ手錠をむしり取ると、美作の下半身に投げつけた。

「要を泣かせて、ただで済むと思うな」

「……っい、いいのか? 私を訴えれば映画が白紙になるぞ!? お前の芸能人生も終わりだ!」

「終わりなもんか」

 シーツにくるまっていた身体を泉に引き寄せられ、要はたくましい腕に抱き上げられた。

「……っわ……」

「俺のそばに要がいる限り、俺はスターであり続ける」

 突然の浮遊感に慌てていた要は、息を止めた。

 恐怖と悔しさと羞恥で壊れていた涙腺が、またしても緩む。しかし今度は、安堵と嬉しさによるせいだった。

 噎せかえる香が漂う室内で、唯一安心できる泉の香り。泉の首にしがみつき、要は泉の肩に熱くなった目頭を擦りつけた。

「帰ろう、泉……」

「ま、待ってくれ、イオ! 君は私の天使なんだ! 唯一の! 君ほどタイプの子はいないんだよ!」

 下半身を露出したまま、おまけに血だらけの顔で美作が要のシーツに取りすがる。泉が彼を蹴り飛ばそうとしたが、要はそれを制し、侮蔑的な目で美作を見下ろした。

「貴方は、泉の演技力を買ってくれたから映画の話を持ちかけてくれたと思っていました」

「違う! 私は君を助けたくて……! イオのそばにいたくて……!」

「それが侮辱だって、気付きませんか?」

「……な、に……?」

 信仰していた神に裏切られたような顔をして、美作は要を眺めた。

「今のオレは、子役時代のイオじゃない。泉のマネージャーとしての誇りを持った五百蔵要だ。泉こそが世界一のスターだと信じてマネジメントしてきたんだ。泉の才能に目もくれず、権力を行使してオレを手籠めにしようとした貴方を、オレは軽蔑します」

 結局は美作も、奥宮夫人や竜胆と一緒だ。己の権力を乱用し、無理やりに頷かせようとする。要と泉の意志など関係なしに。

「要……」

「……っう、く……」

 悔しい。才能だけでは、努力だけでは足りないと言われたようで。今までの要と泉の努力を否定されたようで、涙が止まらなかった。それでも。

『俺のそばに要がいる限り、俺はスターであり続ける』

 泉は諦めないで輝き続けてくれる。その思いが嬉しくて、要は泉とずっと共に駆けていきたいと思った。
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