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だって僕は彼がいいのに

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 雲の上に横たえられているように、背中が柔らかい感触に包まれている。鈍痛を訴える頭でそう考えた時、要は眠りの海から目覚めの浜へ打ち上げられた。

「こ、こは……」

 薄暗い中、寝起きの鼻腔を突き抜けたのはむせるような甘い匂いだ。頭がクラクラするほどの匂いの出所は、要が寝かされているベッド脇のテーブルに置かれた香のようだった。

(ひどい匂いだ……それに、何だか……)

 体が熱くてジンジンする。特に下半身が、ゴムのように鈍く重い。それなのに、局部あたりがむず痒い心地がして、要は戸惑った。

「何……?」

 起き上がって自身の異常を確認しようとしたところで、要は自由が利かないことに気付く。視線を少し上にやると、両手首が手錠でベッドの柵につながれていた。

「な……っ」

 拘束されている事実に頭を殴られ、要は真っ青になった。

 何で、どうして。一体誰が!?

 眠る前の記憶を必死で掘り返した要は、美作の家で、彼と泉と食事していたことを思い出した。

「……っそうだ、オレ……っ」

(ワインを飲んでいたら、美作監督に薬を盛られて気を失って……泉は!?)

 そう思った時、部屋の入口が開き、明かりがついた。唐突に明るくなったことで目がくらむ。視界がぼやけているのはメガネを外されているせいもあるだろう。

 焦点を定めるために要が目をすがめると、部屋に入ってきた人物は背の高い美作だと分かった。

「監督! どういうことですか!? これは……外してください、オレ……っ」

「ああ、暴れるとすべて見えてしまうよ?」

 相変わらず紳士のような笑みを携えた美作は、穏やかに言った。
 手錠の鎖をジャラジャラと揺らして暴れた要は、掛け布団のずれた自身を見て驚愕する。

 浮きでた鎖骨も、白い大腿も、美作の目にしっかりと映っている。要は眠っている間に、一糸まとわぬ姿にされていた。

 誰に、とは聞かずとも分かった。美作の、まるでお気に入りの絵画を見るようにうっとりとした視線が雄弁に語っていたのだ。彼が要の服を脱がせたと。

「……っ」

 身体を隠したくても、腕を拘束されているため叶わない。ねぶるような美作の視線を避けようと要は身体を縮こまらせて、一番気になっていることを聞いた。

「……泉はどこですか!? 何のためにこんなこと……。まさか泉まで脱がせて……!?」

 嫌な予感が走り、要は顔色を悪くする。しかし、美作は泉の名を聞くなり鼻にしわを寄せた。

「何故私が忌々しい男を裸に剥かなくてはならないんだ」

「忌々しい……?」

「ああ、忌々しいよ。私のイオの隣に我が物顔で侍っていたのだからね」

「イオって……」

(オレの、子役時代の名前だ……)

 美作から発せられる怒気と垣間見える執着の色に恐怖を感じた要は、彼から無意識に視線を反らした。そして、明るくなった部屋の壁一面を見てしまった。

「――――なん――――何だ、これ……」

 壁紙を埋め尽くすほど、部屋中に幼い要の写真がベタベタと貼られていた。当時の宣材写真や、出演していた教育番組での写真が、引き伸ばされてポスターにされているものもある。

「……っ」

 要は全身に鳥肌が立った。悪寒が走り言葉を失う。恐れおののく要を見下ろし、美作は恍惚の息を吐いた。

「素晴らしいだろう? すべて私の天使の写真だ。そう、君だよ。再会した君は変わってしまったかと不安だったが、美しさは変わらず健在だった」

 コツリ、と杖を突きながら、美作が一歩一歩要との距離を詰めてくる。杖を持った逆の手が引きずっているものに、要は悲鳴を上げた。

「泉!?」

 首根っこを掴まれ引きずられていたのは、泉だった。要の悲鳴に反応した泉は、呻き声を上げる。彼もまた手足を手錠で繋がれており、美作によってソファへ乱暴に投げられた。

 そのまま、腕の長い鎖の部分をカーテンレールと繋がれる。

「う……」

「泉、泉……っ!!」

「ほら、私の可愛いイオが呼んでいる。返事をしたまえ」

 美作は杖を泉の肩に振り下ろした。

「……っやめて! 泉に乱暴なことをしないで!!」

 要の悲鳴と、鈍い打撲音が重なる。美作に杖で殴られた泉が、グリーンアイズを揺らして目を覚ました。

 鼻の曲がるような匂いに顔をしかめた彼は、要よりも冷静だった。部屋を一瞥し、それからベッドに鎖と手錠で繋がれた要を見るなり、泉は美作を罵った。

「腐れ野郎が。本性を現したな」

「躾のなっていない野良犬だ。お前みたいな下賤な輩が、私のイオとずっと隣にいたと思うと吐き気がするよ」

「何だよ。ショタコンじゃねえってか?」

 壁に貼られた幼い要の写真を見て、泉が嘲る。美作は不愉快そうにこめかみをひきつらせた。

「私をカテゴライズする権利など貴様にはない。私は幼いイオだけでなく、今のイオも愛している」

「愛って……貴方が、オレを……?」

 現状を理解するのが恐ろしく、要は恐々と言った。美作は、要が喋るだけで嬉しそうに両手を広げた。

「ああ……! そうだとも! ようやっと君に私の愛を伝えられるね、イオ――――」

「要に触るな!」

 泉が拘束されたまま、美作に吠える。美作は再び煩わしそうに杖を振り下ろした。

「うぐ……っ」

「泉!!」

 美作に杖で頭を殴打され、泉がその場に伏せる。美作は杖を空いた方の手で叩いた。

「そこで大人しく這って見ていたまえ」

「……お前、杖がなくても歩けるのか」

「ああ、私は足が悪いはずだと思って油断していただろう?」

 美作は杖の先で、泉の細い顎を持ち上げた。

「こうして杖をついて歩いていれば、みな先入観からそう思う。だけど本当の使い方はこうじゃないんだ」

 ボクッと再び鈍い音が伝い、要は肩を強張らせる。美作に殴られた泉のこめかみからは、血が頬へと伝っていた。

「……っ泉……! やめてください、監督、泉を傷つけないで……!」

「ああ、ごめんよイオ。君を怖がらせるのは私の本意ではないんだ」

 懇願する要の頬を愛しそうに撫でて美作が言った。

「ただ、愚民が――――聞き分けのないことを言った時には、躾をしなくてはならないだろう? だからぶつことも必要なんだ。分かってくれるね? イオ」

 そのために杖を持ち歩いてるんだよ、と笑顔で言われ、要はひくりと喉を震わせた。

「あ、なたは……何が目的なんですか、こんな……こんなことをして……何が……!」

 裸に剥いた要へ狂気に満ちた表情で愛を囁き、泉を拘束し、何をしようというのか。

「貴方は映画監督だ……大切な主演の泉に暴力を振るって、マネージャーのオレをベッドに縛りつけて……一体どうしようって言うんですか……!」

 美作は目尻にしわの刻まれた顔をキョトンとさせ、それからまるで散歩に行こうとでも誘うような気楽さで言った。

「セックス」

「……は」

「セックスをしようと思っている。一泉の前で、イオ、君とね」
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