牛丼、大盛、つゆだくで

１０．牛丼よりも、愛を大盛、お願いします

５６

　バイトが終わって店を出ると、タバコをくわえながら立ってるオッサンがいる。
　黒っぽいスーツに、白いシャツを首のボタンを一つはずしてる。うむ。醸しだす雰囲気は、まさにザ・ヤ〇ザ。俺特有のフィルターでもかかってるのか、オッサンの周囲だけ、なんだか空気が違う気がする。
　スッと背筋を伸ばし、遠くを見ているような視線には、何が映ってるんだろう。オッサンの姿に、ついつい、足を止めてしまう。

「……帰るぞ」
「は、はいっ」

　俺に気付いたオッサンの一声に、ビクッと体がはねる。さっさと歩いていくオッサンの後をあわてて追いかける。
　俺が若干背が低めだとはいえ、さすがに親子には見えないだろうとは思いつつ、隣を歩く勇気はない。だから、少し後ろを歩いてしまう。
　若い子分くらいには見られるかな？　とか、一人で勝手に考えるけど、自分でも無理がありすぎるってのは、わかってる。
　後をついていくせいで、オッサンが時々振り返っては俺の存在を確認してる。子供じゃないんだし、そうそう迷子になるわけでもないのに、そうやって気にしてくれることが、なんだか嬉しいとか思ってしまう。

　オッサンの車に乗り込んでも、俺たちはたいした会話もない。ムーディーなBGMが心地よくて、無言でいても、その空気はけして重たくない。
　流れていく窓の風景を、ぼうっと眺めながら、ついつい、色々と考えてしまう。
　俺のバイトの日は毎回、牛丼を食べに来て、帰りにはこうして送ってくれる。
　なんでなんだろうって、ずっと不思議に思ってた。確かに、この前、トラブルに巻き込まれたけど、こんなのはしょっちゅう起こることでもないと思う。店だって、今では通常通りだし。
　だから、ここまでしてもらうのが申し訳ないって思いつつ、内心は、すごく嬉しかったりする。でも、その理由がわからない。もしかして、少しは俺のこと……とか、勝手に思って期待しちゃったり。
　チラリと隣に視線を向けると、前だけを見つめている横顔が目に入る。

「……なんだ」

　俺の視線に気づいたのか、オッサンが声をかけてきた。

「な、なんでもないです」

　慌てて、もう一度窓の外へと目を向ける。

「フッ」

　俺の慌てっぷりに、オッサンが小さく笑ったのが聞こえた。

　だめだ……やっぱ、カッコいい。

　気付かれないよう、想いを吐き出すように小さく「ふうっ」と溜息をつく。
　ガラスの反射にオッサンの横顔が映る。前を向いている顔が、いつになく優しく見える。
　その顔を見て、あの女の子の言葉を思い出してしまった。

　昔、結婚してたってこと。

　やっぱり、オッサンは女の人のほうがいいんだろうな。俺みたいな、こんなどこにでもいるような平凡な男が相手にされるわけがない。
　そう思ったら、胸の奥がキュウッと痛くなった。