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9.俺と母親の幸せの形

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 暗いアパートの部屋。玄関のドアを静かに閉めようとしたところに、背後で居間の電気が灯った。みわ子がパジャマにカーディガンを羽織って現れた。ちょうど寝るところだったのかもしれない。

「あら、今日は早かったのね」

 確かに、いつもは電車の時間もあるせいで、もう少し遅くに帰宅しているし、みわ子だって寝てることがほとんどだ。
 食器棚からグラスを取り出したみわ子が、台所の蛇口をひねる。静かな部屋の中に、コポコポと水の音が響く。

「車で送ってもらった」
「あらっ、もしかして、昨日の人?」

 キュッと蛇口を締めると同時に、目をキラキラ輝かしながら、俺のほうに目を向けるみわ子。

 ――若頭が武原さんの息子って知ったら、どう思うんだろう。

 そんなことがチラッと頭をよぎる。全然二人は似ていないから、想像もしていないに違いない。

「違うよ、別の人」
「あら残念」

 本当に少し残念そうな顔をして、グラスの水を一気に飲み干すと、みわ子は自分の部屋に戻ろうとした。

「あのさ」
「ん~?」

 その背中に声をかけると、みわ子が振り返る。
 いつも若く見られることが多いけど、寝る前だから当然化粧は落としている様子は、今日は少し疲れて見えて、年相応に見える。

「みわ子は再婚とかしないの?」
「何よ、突然」

 若頭が一人で盛り上がってた姿を思い出して、つい聞いてしまった。みわ子は大きく目を見開いて俺を見る。
 
「いや、ほら、昨日の人のこととか、気にしてるみたいだし」
「嫌ねぇ。そりゃ、あんだけイケメンだったら、普通に気になるでしょ」
「それだけ?」
「それだけよぉ、ほら、アイドル的な?」
「本当に?」

 俺がしつこく聞くと、みわ子は腕組みしながら苦笑いする。

「もう、政人ったら。こんなおばさんを誰が相手してくれるっていうのよ」
「でもさぁ……」

 言うほど、おばさんじゃないって、息子の俺は思う。とりあえず、脂ぎったおっさんと若頭は、みわ子のこと気に入ってたわけだし。

「なぁにぃ? それとも、あんたが誰か紹介でもしれくれるっての?」
「えっ、いや、そういう訳じゃないけど」
「もう今更、結婚とか、いいわよ。あとは、あんたが幸せになってくれれば、十分よ。それより、早いとこ、お風呂に入って寝なさいよ」
「あ、うん」

 みわ子はそう言うと、大きく欠伸をして部屋のほうへと戻っていく。
 玄関先で立ち尽くしてた俺は、店での嬉しそうな顔の若頭を思い出す。あのイケメンヤクザがみわ子と結婚したりしたら、俺の義理の親父になるわけで……。

「……ないわぁ」

 思わず声にしてしまった。そもそも、親父とか思えないだろ。年、近すぎるし。
 それと同時に、オッサンの姿を思い浮かべる。オッサンとみわ子。二人は会ったことすらないのに、それが妙にお似合いに見える。
 俺とオッサンが並んでも、ただの大人と子供にしか思えない。む、むしろ、親子にすら見えるかも?
 俺は一人勝手に想像して、ズンッと落ち込んでしまう。
 そもそも、俺の片思いだ。叶うはずもない。

「馬鹿だよなぁ……」

 吐き出すように呟いた俺は、重い足取りで自分の部屋へと向かうのだった。
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