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閑話:怒るオッサン、夜の街を走る

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 組長には「後で話を聞かせろ」と言われたが、若頭との話の後、組長本人がすぐに外出してしまったせいで、そんな時間は来なかった。

「藤崎さん、お電話っす」
「誰からだ」
「池中組の組長からでして」
「……俺にか?」

 事務所のソファで週刊誌を読んでいた俺に、部下の一人が声をかけてきた。
 池中組の組長とは、先日の先代の祝いの席で挨拶をした時以来のことで、不審に思う。そもそも、俺自身が、今の池中組の組長との接点がないのだ。

「そうっす」

 組長宛でないことに首を捻りながら、受話器を受け取る。

「……藤崎です」
『ああ、藤崎。悪いな。今、大丈夫か』
「ええ、まぁ」

 電話越しに聞こえる声は、先代が若かったらこんな感じだったろう、と思える。落ち着いた感じの声だった。

『今日の夜、時間があるか』
 
 最近は、牛丼屋に行くだけではなく、帰りも共に駅まで行くようになった。その時の不思議そうな顔で俺を見上げるマサトの顔が浮かぶ。

「どういったことで」
『うちの親父の件なんだが』

 先代の件、と言われると、見合いもどきのことを思い出し、眉間に皺が寄る。

「先代がどうかしましたか」
『……詳しい話は会ってからにしたい』

 どこか真剣な声でそう言われてしまうと、俺の方は受け入れるしかない。今日はマサトの顔が見られないことに、内心、がっかりしてる自分自身に気付き、苦笑いする。

「わかりました。どこに伺えば」

 そう問いかけると、池中組のシマの中にあるクラブの名前をあげられた。指定の時間に行くことを伝えて電話を切ると、俺は事務所を出ると自分の携帯を取り出し、電話をかけ始めた。三コール目に出た男の声は、慌てたのか上ずっている。

『は、はいっ』
「あー、圭太か」
『はいっ』

 圭太は今、すっかり楽隠居面している親父の家で、家政夫もどきをしている。薄汚れたグレイハウンドみたいだったのが、今や、飼いならされた大型犬だ。

「今日の夜、時間あるか」
『はいっ、暇っす』

 二十二にもなる男が、ジジイの世話を焼くことで満足しているのもどうかとは思うが、こういった日には助かるのも事実。

「悪いんだが、俺の代わりに牛丼屋行ってくれ」
『牛丼屋……ああっ!あの、チビのいる店っすね』

 圭太はいつのまにか親父から話を聞いていたらしく、たまにマサトのいる牛丼屋に客として何度か食いに行っていたらしい。

「ああ。一応、ちゃんと駅の改札を通るところまで確認してくれ」
『剣さん、過保護っすねぇ』

 確かに、マサトも二十歳の大人の男だが、若頭という前例があるだけに、気が抜けないのだが、それを圭太に言うつもりはない。

「頼んだぞ」
『はいっす~』

 圭太の軽い返事に俺は溜息をつきつつ、通話を終えた。そして池中組の組長の声を思い出すと、漠然とした不安を感じながら携帯を握りしめるのだった。
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