僕の大好きなあの人

始動甘言

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幸せな終わり

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 神子は回空堂の教えの最高到達点と言える。
 神子になるものは激しい修行と激しい忍耐の末に出来上がる、などと言えばどんな聖人だろうとそれをするだろう。分かりやすい明確な目標を立てれば誰だってそうなれると思うからだ。
 要は平等さが必要なのだ。教えは平等の上にあるからこそ太陽のような暖かな魅惑を放つ。逆に不平等の元に置けば路傍の石以下のタンカスと同じように感じてしまう。
 「―――――――――でも現実は違う」
 長い、長い、呼吸の後。現実世界では一体何秒が過ぎたのだろうか。1秒だろうか、2秒だろうか。もしくは1未満の時間だろうか。
 (知ったことか)
 長いのは事実なのだ。具体例なんぞ最早必要ではない。
 「神子は神子なんだ。水銀を飲もうが、世界の果てを見ようが変わらない。なあ、分かるだろ?」
 「・・・・・・・・・・・・・」
 目の前の男は喋らない。けれど目に見えるほど汗をかいている。
 なるほど、時間を稼いでいるのだ。後ろの『冗』たちの歩幅は黒い線の塊が故に速くはない。僕は喋りこそすれど身体を動かそうとはしていない。だからの沈黙、会話としては間違いに近いのに今の状況においては正解に近い。
 「なんてね」
 僕は手を前に出して、『冗』の一体を指名する。誰だったかは知らない『冗』は僕の指した先、教祖に近い男の足を黒い線で刺した。
 「ぐあっ!?」
 「意外か?意外なわけないだろ。お前らの信じた神の子がこんなことが出来ないでどうする」
 僕は指で空に円を書く。丁度ゴルフボール程度の円。『冗』はその通りに男の足を抉った。
 「ぎあああああああああああああああああ!!!!!!!????????????」
 「喚くなよ。似たようなことやってた仲だろ、僕らは」
 男はその場で声こそ上げど転がったりのたうち回ることはしなかった。『冗』たちが既に彼を取り囲んでいるのだから。
 「最後に聞かせて欲しい」
 僕は『冗』たちにどいてもらい、倒れる男の前に立つ。息を荒げながらも必死にこちらを睨みつける男の目には、恨んでやるとか殺してやるみたいなものを感じた。何をいまさら。
 「聞かせてくれよ」
 僕は彼の抉られた足を思い切り踏みつける。苦悶の声を漏らす彼の両手を指差して『冗』達にしてもらう。
 「聞かせてくれよ。聞かせてくれよ。聞かせてくれよ。聞かせてくれよ」
 淡々と。作業みたいに。踏みつける。
 黒いズボンだったからよく見えなかったけど、血がブシュウと小さく噴き出し、体重をかけて踏みつけているからか硬かった肉が柔らかいマットみたいになってきた。元から骨なんてなかったかのように思えてしまう。
 「やめろぉ・・・やめろぉ・・・・」
 「あ?やめろだって?」
 まるで自分がいじめられているかのようなそんな男の態度が酷く気持ち悪いものに感じた。お前がしてきたことと同じことをしているのに、お前がしてきたことと同じことをされたら弱いものになっていいのか?ああ、気持ちが悪い。吐き気がする。
 「みんな、持ち上げてもらえる?」
 『冗』達は教祖に近い男を持ち上げてくれた。
 「あーそうだね、こう、大の字にバッと広げてくれると助かるかな」
 ちゃんと指示すると彼らはちゃんと広げてくれた。
 「うん、そうそう。そんな感じ」
 「やめろ!私を殺せばどうなるか分かっているのか!!」
 おっと、急に権力を盾に吠え始めたぞ。そんなナヨナヨの権力が使えたってどうなるんだい、どうにもならないだろうが。
 「はぁ・・・・」
 僕は『冗』の数体に男に近付くように指差す。
 「なんだ、何をする!?私に何をするというんだ!!!???」
 「あら。ここまで見てるのに察しがつかないのか。思った以上に歴史を知らないみたいだね」
 男は大の字に広げられた状態で恐怖の顔を浮かべる。
 「お前は救うと言って痛めつけた。嘘をついたんだ。針千本飲まさなきゃ」
 「――――――!!?????―――――――――――!!!!??????」
 『冗』の一体に顎を開かせて、他の数体の腕を一気に突っ込ませた。結果は、想像にまかせる。

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 これでこの辺りはもう回空堂の人間は入らないだろう。店長やバイトリーダーもこれで助かる、はずだ。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 振り返るとそこには一体の『冗』がいた。『彼女』だ。何度も見ていたから分かる。でも、顔も、声も、髪の色やスタイルも、好きだった料理さえ思い出せない。でも、この感情だけは残した。僕は『彼女』を愛している。それだけは変わらない。
 「ああ」
 ため息のように愛が漏れる。美しいとは言わない。愛らしいとも言わない。だが、この胸の奥から席溜めたきた思いが僕の中から言葉を吐き出させる。
 「愛している、初めて見た時から貴方を」
 僕は彼女に近づくように命令する。けれど彼女は動かなかった。それだけで頬が緩み、顔に血が上るのが分かる。目を大きく、大きく開く。
 まだいてくれた!これがどんなに嬉しいことか!
 「ああ!ああ!」
 もはや言葉はいらない。僕は黒い線の塊になった『彼女』に抱き着いた。
 「――――――――――――――――――」
 『彼女』は何も言わない。けれど僕に向ける線は無かった。抱きしめた『彼女』は僕に線を向けなかったのだ。
 「―――――あ、そういえば」
 ふと、我ながら珍しいことに、思い出した。『彼女』は部屋に僕を連れて行く前、こんなことを言っていた。
 「実は私ね、キスすらしたことなんだ」
 『彼女』は照れくさそうにそんな可愛いことを言っていた。
 「ねぇ」
 僕は『彼女』にささやく。
 「キスしよう」
 もはや『冗』になってしまった『彼女』には口などない。でも人型は保てている。本来顔があるはず所は黒い真珠みたいにのっぺりと、そしてすべてを反射していた。
 

 遠くで何かが一斉に鳴る音が聞こえた。夜遅い時間だった、流石にこんな時間に教会のベルはなるはずがなかった。
 でも、僕にとってはそれが僕らを祝福しているかのように聞こえたんだ。


  こうして、僕は『彼女』を手に入れた。


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