醜い屍達の上より

始動甘言

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-2 and half year その1

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 教祖、と聞くとおおよそは他を動かし自らは座すと思われがちだがそうではない。教祖は聖人でも無ければ、神通力の持ち主でもない。教祖は所詮ただの人だ。旧石器時代だろうがスマホが栄えている現代だろうがそこは変わらない。
 「ふむ」
 私はとある探偵事務所に来ていた。頼よる瀬と書いて頼瀬らいせと読むらしい。
 なぜ情報収集にネットを使わないか。この場合はネカフェにでも行けば情報は集まるだろう。しかし、確証は得られない。
 現代において最も価値のあるものは誤差0%の確証がある情報だ。絵空事と言われるかもしれないが、事実そうであろう?フェイクニュースやAIに画像加工と騙される要素が大量にあるものが波のように押し寄せる中でただ一つだけ間違っていないと判断できる正確無比な情報があれば、そこに一体どれほどの安心感と価値観が生まれるだろうか。
 (なればこそ)
 探偵というのは情報の正確性で勝負している。裁判の証拠のような情報の誤差が許されないものから浮気調査のような噂からスタートしなければいけないもの、果ては言伝で聞いたものから犯人を追わなければいいけないものまで多岐にわたる。百聞は一見に如かず、実際に調べたという証拠を前にして物申せる輩は馬鹿と言える。
 そして使えるのは探偵の消息が消えればある程度確証が生まれるという部分だ。警察は情報に嘘を混ぜるから信用は出来ないし、マスコミはマスゴミだ。だが探偵はどうだ、依頼した内容に真っ直ぐ突き進む。射た矢が途中で落ちれば何かあると思うだろう?それと同じだ。そのせいで軒並み数が減っているのだが。
 私は扉を開けて中に入る。
 「・・・・・・・・いらっしゃい」
 部屋の正面には質素な客間用の机と一対のソファ、窓際に事務用のオフィスデスク、反対側に給湯室が見える。どこからどう見ても普通の探偵事務所だ。窓際のオフィスデスクの椅子に一人の男が座っていた。そして椅子を回転させ、こちらを睨みつける。
 聞いた話だと30そこらと聞いていたが、本人はどこからどう見ても50代前半の壮年にしか見えない。髪はまとまった73で服はYシャツを着ているがネクタイをしていない。今は暖かい日が増えてはいるもののまだ冬だ、クールビズには早すぎる。そして目の奥に光が無く眉間に深い皴が入っている。
 「依頼を頼みたい」
 ここにはとある噂があった。どこかで神子と接触した可能性があるというものだ。マユツバかもしれないが、探偵と聞いて実際に目で見たくなった。単なる好奇心に近いが使えるかどうかは見極めておきたい。もちろんその反対ならば先に始末するのも手だが。
 「・・・・・・・・・そうかい」
 探偵は髪を搔きながらデスクの引き出しを開いて一枚の紙を取り出す。そこに何かを書き込み、私の正面のソファに座った。
 「どうぞお座りください」
 「・・・・・・・・・・・・・・」
 私は静かに椅子に座る。
 「まずはこの契約書にサインが必要だ」
 覗き込むといくつかの説明が書いてある。内容は依頼の成否に保証が出来ないこと、もし何らかの理由で探偵業務に付いていく場合は自己責任になるといった当たり前のことがつらつらと書かれている。だが、最も大事なことが書かれていない。
 「この紙に依頼を引き受けるかどうかが書かれていないのだが、何か理由があるのか?」
 契約書には依頼を受ける条件などが一切書かれていない。あるのはそれ以降のもの説明のみだ。明らかに最初の選択に『断る』が付属していないのは明らかに異常だ。男は小さくため息をつく。
 「このご時世で断る理由があるとお思いで?」
 額に青筋が出来る感覚がした。なるほど、不況だからか。受ける依頼は何であろうと受ける、そうじゃないと食っていけない。殊勝な理由だが、致命的な失敗をしている。
 「気に喰わんなぁ、その態度は」
 『依頼』は確かに相手に頼むことだが、そういうのに対して『信頼』は必要不可欠だ。だのにこの男からは『信用』どころか相手に対して『(仕事を渡)してもらっている』という気持ちが一切感じられない。
 「それが人に依頼を聞く態度だと思うのか、貴様」
 「・・・・へぇ。これはこれは」
 探偵はくっくっくと笑いながら私の前に置かれた紙を引き寄せる。だが、私は紙を強く叩いて阻止する。
 「なんの真似だ?依頼人に対してその態度は一体どういう風の吹き回しだ?」
 「どういう?何を言っているんですか?」
 探偵は肩を竦めて紙から手を放す。そして私を鼻で笑う。
 「貴方はたった今依頼をしたではありませんか」
 「・・・・何を言っている?」
 「『貴方から依頼を受けない』という依頼ですよ」
 堪忍袋が切れた音が聞こえた。私は立ち上がり、探偵を睨みつける。
 「貴様!そんな屁理屈で私を脅そうと言うのか!!」
 しかし探偵は私を睨み返す。その眼光は鋭く、一瞬ひるみそうになる。
 「脅しているのはどちらかな」
 「ーーーーーーーー!!」
 「高圧的な客が数多くいたが、それでも困る表情を会話の何処かに見せました。困っているから依頼する。当然ですね」
 探偵は立ち上がり、懐から安物のタバコを出す。出したのが最後の一本だったのだろう箱を握りつぶしてからライターで火をつける。
 「だからあえて断る選択肢を廃してるんです、うちの探偵事務所は。相手が良くも悪くも困っている訳なんですから。その後に何があろうとも私は解決するために尽力します。当たり前ですよね、困ってるわけなんだから」
 探偵の口調は変わらないものの、言葉の中から怒気が混じるのが分かる。
 「貴方は本当に困ってやってきたのか?そんなの目と態度で分かります。貴方はただ確証が欲しくてやってきたんでしょ、ネットとかニュースとかのやっすい情報じゃなくて高級マンションがひっくり返るぐらいの高い正確な情報を」
 そして探偵は口からドッと煙を吐き出して、灰を灰皿に落とす。
 「ウチはね、『情報の売店』じゃないんですよ。困っている輩が信用を金で買って依頼してくる『探偵事務所』なんです。命懸けのスゴイ辛い仕事なんです。だから服の中にある金をここに出して買えるものは何一つありません。持っていても売りもしません」
 探偵は事務所の玄関を開けて、私にどうぞと帰るように促す。
 「・・・・・・・・・・・・・・」
 私は探偵の態度に呆れていた。これが客に対する対応だと言うのか。金がないのであろう、なぜ素直に受けない?例え私が教祖であると知らなくても懐にあるものの厚さを理解しているのであれば受けるに越したことはないであろう、なぜ素直に受けない?バカなのか、いやバカならば素直に受けるのであろう。ああ、そうか。これはアレだ。

 「時間の無駄だったようだな」

 私は持つものを変えた。
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