高司専務の憂鬱 (完)

白亜凛

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◆将を射んと欲せば

三年前の秘密 14

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 零れたのは本音だろう。

 絵恋は少し懐かしそうな目をして窓の外を見つめ、ほんの少し想い出に浸るようにコーヒーを口にした。

 とはいえ今日は想い出話をしにきたわけじゃない。喉を潤したところで本題に入った。

「あの人がね、新しいホテルチェーンを展開するとかなんとか言っていたわ」

「そういや、既存の事業のほうは軒並み業績を上げてきているな」
「フフッ。よく知っているわね」

 颯天はニヤリと口元を歪める。

「ホテル王の名前を取り戻すって言ってるわ。ようやく三年前の借りを返せそうよ。これで、あなたのお父さまもあなたを婿に出すことを考え直すんじゃないかしら」

 絵恋はふと思った。
 颯天はマリアと本当に結婚するつもりでいたのだろうか、と。

 彼が愛や恋で結婚を決めるとは思えないし、その結婚に必要性を感じれば迷わず実行するだろう。たとえ相手がいけ好かない女でも。

 絵恋が知っている彼ならば、そうである。

「あなた、あの子と結婚するつもりなの?」
 なんとなく聞いてみた。

 タナカなら十分利用価値がある。マリアと結婚すれば、彼は業界一位二位のホテル企業との契約を一挙に手に入れることができるのだ。ところが――。

「あの子って?」
「マリアよ?」

「するわけないだろう?」
 彼は、そう吐き捨てた。にべもない返事である。

「そうなの? タナカを手に入れられるのに?」

「俺は結婚したい女と、結婚するよ」
 颯天ははっきりと断言した。

「――え」
 言葉の意味が図りかねた。

「もしかしているの? そんな人が」

「ああ、ちょっとな。見つけたんだ」

 驚いた絵恋は目を丸くする。
「颯天が結婚したい気持ちってどんな気持ちなの?」

「ん? うん、そうだなぁ」

 俯きがちに顎に指先をあてて考え込んだ彼は、ふと思い当たったように顔をあげた。

「あいつは俺のもの。他の男には指一本触れさせない。ま、そんな感じだな」

 アハハと絵恋には珍しく声を上げて楽しそうに笑う。

「じゃあ、その彼女が嫉妬深かったらどうするの?」

 そう聞いた理由は、彼は束縛されるのをなによりも嫌うと知っているからだ。

「むしろ執着させたいな」

 コーヒーを飲みながらそう答える彼は、楽しそうだがふざけているようには見えない。

 なんと。恋愛には無縁だった男が、誰かにどっぷりと執着しているというのか。
 信じられない思いで絵恋は颯天を見つめたが、それはそれで彼らしいとも思えた。

 いつだって自分の気持ちに正直なこの男は、運命の番(つがい)を見つけたのだろう。

「そもそも女は物じゃないわよ、失礼ね」

 そう言いながら絵恋は再び弾けたように笑った。
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