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◆将を射んと欲せば
三年前の秘密 12
しおりを挟む颯天が戻ってきたのは予定通り午後四時だった。
「お疲れ様です。コーヒー淹れましょうか?」
「ああ」
彼の薄い微笑みに、なんて素敵なんだろうと、うっかり心を動かされ、浮足立つ自分にまたガッカリする。これはある種の地獄なんだろう。迷い込んだ無限ループのなかで足掻き身悶える女を酒の肴に笑っているのが高司颯天なのだ。
一喜一憂する杏香とは違って、彼は変わらぬクールぶりをみせ黙々と仕事をこなしている。忙しいのだから当然だが。
悶々としながら仕事をするうちに、あっという間に退社時間になった。
帰り支度を終えて立ち上がろうとしたちょうどそのとき、颯天の内線電話が鳴る。
すぐに終わりそうなら帰る挨拶だけして帰ろうと待っていると、「応接室に案内して」と、彼が答えている。
来客のようだった。
電話を切った颯天に、「コーヒー出しましょうか?」と聞くと、彼は「いや大丈夫だ」と答えた。
「では、お先に失礼します」
「お疲れ」
帰りがけだからと遠慮したのだろうかと思いながらエレベーターが到着するのを待っていると、チンと音を立てて昇ってきたエレベーターの扉が開く。
案内の受付女性の後ろから降りてくるのは、薄く色のついたサングラスをかけている女性だった。
どこかで見た覚えのある、美しい女性である。
頭を下げながら、ふと思い出した。彼女は女優の津吹絵恋だ。
エレベーターにのった杏香は、絵恋の残したと思われるコロンの香りを追い払うように手のひらをパタパタをさせて、ムッとしながら一階ボタンを連打した。
「モデルの次は女優さんですか」
(なーにが『俺を信じろ』よ。女ったらし!)
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