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◆悪魔の嫌がらせ
思い出のレストランバー 1
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『キ、キライ、専務なんか――キライです』
『そうかそうか』
くすくす笑ながら彼は腰を打ちつけた。
絶対に狂わされたりしない。
必死に耐え、手で口を抑えたが、漏れる喘ぎを止められなかった。
『はっ……あ、――うっ』
しまいには、嫌と言いながらしがみつき。
『杏香、ほら、キスはしないのか?』
キスに応え、挙げ句の果てには『もっと』とせがみ。
『嫌いなんだろ?』とからかわれ。
『どうする? 今日はイカなくてもいいのか?』
もう少し、あとほんの少しというところで、指先の動きやを止められる。
焦らされて、狂ったように『好き、好きだから』と言わされ。
『ごめんなさい。ごめんなさい』と謝って。
ようやく与えられた絶頂に泣く私を、彼は強く抱きしめて……。また、何度も――。
(なんでこうなるの)
自宅のお風呂場で、曇った鏡に映る自分の体に杏香は驚愕していた。
胸や首筋。あらゆるところにつけられた赤い痕に絶望し、頭を抱える。
ビーフシチューを食べたことは覚えている。ケーキも食べた。彼が買ってきたケーキだった。
それは二種類のチョコレートケーキで、片方はブラックベリーとチョコレートのムースにサンドされたブリュレやらが何層にもなっている甘酸っぱいケーキ。もうひとつは表面がチョコレートの光沢で輝いていたほろ苦いビターチョコのケーキ。どちらもエレガントで小さくて、既に昼間ケーキを食べているのにという罪悪感を忘れさせるような、それはそれは魅力的なフォルムだった。
彼はビターチョコレートの方をほんのひと掬い食べただけで、残りを杏香にくれた。両方とも悶絶するほど美味しくてひとしきり『美味しい!』と唸ったのも覚えている。
彼のマンションに着いたのは午後の三時頃だったはず。でも不覚にも寝てしまって、彼に起こされたときはもう、窓の外が暗くなっていた。
おかげで調子が狂ってしまったのだ。
『とりあえず食べよう。話はそれからだ』
彼にそう言われて食事の用意をして席に着いたとき、ふと、坂元から聞いた話を思い出した。
最近彼は食が進まないらしいと。
あらためて彼を見ると、なんだかちょっと頬の辺りが痩せたように思えた。どうしたんだろう?と心配になり、つい気持ちが沈んでしまった。
どんな状況でも食事は美味しく頂きたいというのが杏香の信条である。
言いたい文句も沢山あったけれど、まずは美味しく食べてほしい。ひと口でも多く。心の中でそう願った。
『ちょっとでいいから付き合え』と彼がグラスに注いだワイン。じゃあちょっとだけと口にしたワインは、ほんのりと甘くてとても美味しかった。
でも、彼には甘すぎたらしい。
一口だけで『甘いな』とグラスを置いた彼は、別のワインを開けた。
捨てられてしまうのが勿体ないやらで、ついつい飲んでしまったのだ。『無理しなくていいんだぞ』と彼が言ったにもかかわらず。
嘘みたいに美味しかったのだ。すべてはあのワインがいけなかった。
途中からはよく覚えていない。
『明日は休みだろう? 別に襲ったりしないから安心しろよ』
ふらふらになりながら『そんなことわかってますっ!』とか『やっぱり帰る!』とか騒いで、宥められて。
ひとりじゃ心配だからと一緒にバスルームに行って、泡風呂にしてはしゃいで、体を洗ってもらっているうちに、ついつい甘えて……。
『やめてっ、くすぐったい』
後ろから抱き抱えるような体勢で。
『こら、暴れるな』
くすくす笑う彼が耳を舐めるようなキスをした。
『あっ……』
快楽のスイッチを押されて、電流のように走り抜けた甘い刺激に体をよじらせて。
掬うように胸を掴まれ、揉みしだかれながら首筋にキスを繰り返されて、胸の先を転がされ……。
それから先はもう、ずぶずぶのドロドロだ。
杏香はハッとしてブルブルと左右に首を振る。
動きを思い出している場合じゃない。
『杏香、あの男は誰なんだ?』
甘いキスの合間に彼は聞いてきた。
『あのひとはぁ、助教授でぇ、せっかくお茶に誘ってくれたのにぃ』
ペシペシと彼の胸を叩いた。
普段は不愛想で怖い彼も、抱き合っているときは蕩けるほど優しい。
叩いたところで笑うだけで怒らないし、甘いキスをするだけだ。何度も何度も、私が『好き』だと言うまで、ただ何度も……。
明くる、日曜の朝。
まだ寝ている彼をおいて、逃げるようにマンションをあとにした。
結局、ラウンジにいたあのイチカ食品の令嬢はなんだったのかも聞かずじまいだ。
――でも、そんなことはどうでもいい。
問題は、せっかく遠のいたはずの彼との距離が、また少し戻ってしまった。
少しどころか、二歩進んで三歩下がった気さえする。
『そうかそうか』
くすくす笑ながら彼は腰を打ちつけた。
絶対に狂わされたりしない。
必死に耐え、手で口を抑えたが、漏れる喘ぎを止められなかった。
『はっ……あ、――うっ』
しまいには、嫌と言いながらしがみつき。
『杏香、ほら、キスはしないのか?』
キスに応え、挙げ句の果てには『もっと』とせがみ。
『嫌いなんだろ?』とからかわれ。
『どうする? 今日はイカなくてもいいのか?』
もう少し、あとほんの少しというところで、指先の動きやを止められる。
焦らされて、狂ったように『好き、好きだから』と言わされ。
『ごめんなさい。ごめんなさい』と謝って。
ようやく与えられた絶頂に泣く私を、彼は強く抱きしめて……。また、何度も――。
(なんでこうなるの)
自宅のお風呂場で、曇った鏡に映る自分の体に杏香は驚愕していた。
胸や首筋。あらゆるところにつけられた赤い痕に絶望し、頭を抱える。
ビーフシチューを食べたことは覚えている。ケーキも食べた。彼が買ってきたケーキだった。
それは二種類のチョコレートケーキで、片方はブラックベリーとチョコレートのムースにサンドされたブリュレやらが何層にもなっている甘酸っぱいケーキ。もうひとつは表面がチョコレートの光沢で輝いていたほろ苦いビターチョコのケーキ。どちらもエレガントで小さくて、既に昼間ケーキを食べているのにという罪悪感を忘れさせるような、それはそれは魅力的なフォルムだった。
彼はビターチョコレートの方をほんのひと掬い食べただけで、残りを杏香にくれた。両方とも悶絶するほど美味しくてひとしきり『美味しい!』と唸ったのも覚えている。
彼のマンションに着いたのは午後の三時頃だったはず。でも不覚にも寝てしまって、彼に起こされたときはもう、窓の外が暗くなっていた。
おかげで調子が狂ってしまったのだ。
『とりあえず食べよう。話はそれからだ』
彼にそう言われて食事の用意をして席に着いたとき、ふと、坂元から聞いた話を思い出した。
最近彼は食が進まないらしいと。
あらためて彼を見ると、なんだかちょっと頬の辺りが痩せたように思えた。どうしたんだろう?と心配になり、つい気持ちが沈んでしまった。
どんな状況でも食事は美味しく頂きたいというのが杏香の信条である。
言いたい文句も沢山あったけれど、まずは美味しく食べてほしい。ひと口でも多く。心の中でそう願った。
『ちょっとでいいから付き合え』と彼がグラスに注いだワイン。じゃあちょっとだけと口にしたワインは、ほんのりと甘くてとても美味しかった。
でも、彼には甘すぎたらしい。
一口だけで『甘いな』とグラスを置いた彼は、別のワインを開けた。
捨てられてしまうのが勿体ないやらで、ついつい飲んでしまったのだ。『無理しなくていいんだぞ』と彼が言ったにもかかわらず。
嘘みたいに美味しかったのだ。すべてはあのワインがいけなかった。
途中からはよく覚えていない。
『明日は休みだろう? 別に襲ったりしないから安心しろよ』
ふらふらになりながら『そんなことわかってますっ!』とか『やっぱり帰る!』とか騒いで、宥められて。
ひとりじゃ心配だからと一緒にバスルームに行って、泡風呂にしてはしゃいで、体を洗ってもらっているうちに、ついつい甘えて……。
『やめてっ、くすぐったい』
後ろから抱き抱えるような体勢で。
『こら、暴れるな』
くすくす笑う彼が耳を舐めるようなキスをした。
『あっ……』
快楽のスイッチを押されて、電流のように走り抜けた甘い刺激に体をよじらせて。
掬うように胸を掴まれ、揉みしだかれながら首筋にキスを繰り返されて、胸の先を転がされ……。
それから先はもう、ずぶずぶのドロドロだ。
杏香はハッとしてブルブルと左右に首を振る。
動きを思い出している場合じゃない。
『杏香、あの男は誰なんだ?』
甘いキスの合間に彼は聞いてきた。
『あのひとはぁ、助教授でぇ、せっかくお茶に誘ってくれたのにぃ』
ペシペシと彼の胸を叩いた。
普段は不愛想で怖い彼も、抱き合っているときは蕩けるほど優しい。
叩いたところで笑うだけで怒らないし、甘いキスをするだけだ。何度も何度も、私が『好き』だと言うまで、ただ何度も……。
明くる、日曜の朝。
まだ寝ている彼をおいて、逃げるようにマンションをあとにした。
結局、ラウンジにいたあのイチカ食品の令嬢はなんだったのかも聞かずじまいだ。
――でも、そんなことはどうでもいい。
問題は、せっかく遠のいたはずの彼との距離が、また少し戻ってしまった。
少しどころか、二歩進んで三歩下がった気さえする。
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