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◆新しい恋をしましょう
社外恋愛の罠 4
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「あの、専務はやはり、なにも言わないのですか?」
「ええ、まぁ……ああいう方なので」
坂元は言葉を濁した。
『まあな、いつまでも遊んでいられないし、潮時だ』と聞いてはいたが、言葉尻だけで彼の本音は見えない。ならば聞いていないと同じだと思っている。
「そうですか」
杏香はひとつ細い息を吐く。
まったくもって彼の気持ちはわからない。そこまで感心がないとするなら、どうしてあんなに怒るのだろう?
もしかしたら、別れたわけじゃないと思っているのかとも考えたが、でもそれはないだろう。マンションを出たあの日以来、彼は誘ってこない。メッセージすらないのだ。
それはそれとして、別れを切り出したのは彼ではなく自分のほうである。
別れを告げた理由を言うならば――。
「そもそも……」
杏香は想い出を探った。
心の中で、ひとつひとつの出来事がストンストンと整理されていく。
「私から誘ったんです」
自分が誘って専務が受け入れてくれて、いつしか彼の部屋にまで行くようになった。彼になにか強要されたわけでもないし嫌な思いをさせられた覚えは一度もない。
去年のクリスマスの彼の態度に傷ついたが、あれは違う。
気持ちが落ち着いた今なら、あの時なぜあれほど傷ついたのかがわかる。
彼とちゃんと付き合いたいとかそんな気はないと言いながら、自分はどこかで彼の愛情を求めていた。それを見透かされてしまったから傷ついたのだ。
本当にそんな気がないならば、怒ったとしても傷つきはしなかった。
最初からわかっていたのに、いつの間にか期待してしまっていた浅はかさを、彼は指摘しただけ。
隠していた気持ちが彼にわかってしまったから、彼に捨てられる。別れを決意したのは、そう思ったからだった。捨てられる前に自分から別れを切り出せば多少なりとも傷は浅く済む。
「きっかけを作ったのは私なので、私から身を引きました」
こうして言葉にすると全てがその通りで、なんの言い訳のしようもないと思った。
原因はすべて自分が作った。
あの日、酔った勢いで彼を誘わなければ、赤い糸はずっと交わらなかった。専務と平社員という接点のない関係のまま、こんなふうに悩まずに済んだ。
「私と彼とは、いつかお別れしなきゃいけないと最初からわかっていましたし。坂元さんだから言うわけじゃないんですが、彼はなにも悪くないんです」
その通り。彼には少しの落ち度もない。
今の彼がどんなに横暴でも、それはまた別の話である。
「最初からわかっていたとは?」
「それは、その――。私は平凡な家庭で育った普通のOLですし。彼にも最初から真剣に付き合うつもりはないって釘をさされていたので」
坂元は時折うなずきながら聞いている。
「それで、あなたが別れを告げたとき、彼はなんと?」
「『そうか』って、それだけです」
言いながらあの夜を思い出してちょっと心が痛んだ。
その気持ちをごまかすように、杏香は口角を上げて目を細めながらニッと笑顔を作る。
「あっさりとしたもんですよ」
思わずそんな言葉が漏れた。責めるつもりはないが、この一年間は、彼にとってなんだったのだろうと思う。
「わかりました」
坂元は音を立てずに両手を合わせて頷いた。
杏香が報告した内容に納得したのだろうか。なんの感想も漏らさない。坂元は、そうですね、とすら言わなかった。
それでも、言い終えた杏香はホッとしていた。
今の短い話だけで十分、彼をよく知る坂元なら、事の次第を理解できるだろう。
釘を刺してから受け入れたのも彼らしいと思うだろうし、ひと言で別れを受け入れたのも彼らしさだと思ったに違いないから。
なにはともあれ、坂元に言ったおかげで、自分と彼とはもう終わったんだと再認識できた。その事実は変わらないのだと、沈んだ気持ちで杏香は納得した。
悲しいが、それが現実なのだ。
「ええ、まぁ……ああいう方なので」
坂元は言葉を濁した。
『まあな、いつまでも遊んでいられないし、潮時だ』と聞いてはいたが、言葉尻だけで彼の本音は見えない。ならば聞いていないと同じだと思っている。
「そうですか」
杏香はひとつ細い息を吐く。
まったくもって彼の気持ちはわからない。そこまで感心がないとするなら、どうしてあんなに怒るのだろう?
もしかしたら、別れたわけじゃないと思っているのかとも考えたが、でもそれはないだろう。マンションを出たあの日以来、彼は誘ってこない。メッセージすらないのだ。
それはそれとして、別れを切り出したのは彼ではなく自分のほうである。
別れを告げた理由を言うならば――。
「そもそも……」
杏香は想い出を探った。
心の中で、ひとつひとつの出来事がストンストンと整理されていく。
「私から誘ったんです」
自分が誘って専務が受け入れてくれて、いつしか彼の部屋にまで行くようになった。彼になにか強要されたわけでもないし嫌な思いをさせられた覚えは一度もない。
去年のクリスマスの彼の態度に傷ついたが、あれは違う。
気持ちが落ち着いた今なら、あの時なぜあれほど傷ついたのかがわかる。
彼とちゃんと付き合いたいとかそんな気はないと言いながら、自分はどこかで彼の愛情を求めていた。それを見透かされてしまったから傷ついたのだ。
本当にそんな気がないならば、怒ったとしても傷つきはしなかった。
最初からわかっていたのに、いつの間にか期待してしまっていた浅はかさを、彼は指摘しただけ。
隠していた気持ちが彼にわかってしまったから、彼に捨てられる。別れを決意したのは、そう思ったからだった。捨てられる前に自分から別れを切り出せば多少なりとも傷は浅く済む。
「きっかけを作ったのは私なので、私から身を引きました」
こうして言葉にすると全てがその通りで、なんの言い訳のしようもないと思った。
原因はすべて自分が作った。
あの日、酔った勢いで彼を誘わなければ、赤い糸はずっと交わらなかった。専務と平社員という接点のない関係のまま、こんなふうに悩まずに済んだ。
「私と彼とは、いつかお別れしなきゃいけないと最初からわかっていましたし。坂元さんだから言うわけじゃないんですが、彼はなにも悪くないんです」
その通り。彼には少しの落ち度もない。
今の彼がどんなに横暴でも、それはまた別の話である。
「最初からわかっていたとは?」
「それは、その――。私は平凡な家庭で育った普通のOLですし。彼にも最初から真剣に付き合うつもりはないって釘をさされていたので」
坂元は時折うなずきながら聞いている。
「それで、あなたが別れを告げたとき、彼はなんと?」
「『そうか』って、それだけです」
言いながらあの夜を思い出してちょっと心が痛んだ。
その気持ちをごまかすように、杏香は口角を上げて目を細めながらニッと笑顔を作る。
「あっさりとしたもんですよ」
思わずそんな言葉が漏れた。責めるつもりはないが、この一年間は、彼にとってなんだったのだろうと思う。
「わかりました」
坂元は音を立てずに両手を合わせて頷いた。
杏香が報告した内容に納得したのだろうか。なんの感想も漏らさない。坂元は、そうですね、とすら言わなかった。
それでも、言い終えた杏香はホッとしていた。
今の短い話だけで十分、彼をよく知る坂元なら、事の次第を理解できるだろう。
釘を刺してから受け入れたのも彼らしいと思うだろうし、ひと言で別れを受け入れたのも彼らしさだと思ったに違いないから。
なにはともあれ、坂元に言ったおかげで、自分と彼とはもう終わったんだと再認識できた。その事実は変わらないのだと、沈んだ気持ちで杏香は納得した。
悲しいが、それが現実なのだ。
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