56 / 56
≪ 春隣(はるどなり) ≫
7
しおりを挟む翠子が教えてほしいとねだり、煌仁が琵琶を教えている。
後ろから覆いかぶさるようにしている煌仁が、翠子の手を取り琵琶を弾く。
「これではあなたが弾いているのと変わらないわ」
ふふっと笑う翠子に煌仁が頬を寄せる。琵琶の音は止まり、するりと翠子の膝から落ちた。
「翠子……わが愛しい妃よ」
指先でそっと顎をすくわれて落とされた唇が重なる。
名残惜しそうに離れた口が、「宮中は辛くはないか?」と聞いた。
まただと、翠子は小さく苦笑する。
入内してまだ半月だというのに、両手の指で数えきれないほど辛くはないかと聞かれている。その都度大丈夫だと答えているのに、心から心配そうに煌仁は眉を曇らす。
(本当に、大丈夫なのに)
祓い姫として初めて宮中に足を踏み入れたときは、口を開けば帰りたいと言っていたのだから、心配するのも無理はないと思う。それにしても心配しすぎだろう。
「少しも辛くありませんよ」
「本当か?」
辛いと言ったら、どうするのだろう。もしかしたら翠子の居住する藤壺に帰してもらえないのかもと思いながら、くすくす笑って答えた。
「本当ですよ」
それでもまだ少し心配そうなので「ここは私の家ですもの」と煌仁の胸にすり寄ると、ようやく安心したように微笑んだ煌仁は、翠子の髪をなでた。
「かわいいことを言う」
「この組み紐、まだ手首に付けているのですね」
「もちろんだ。そなたが作ってくれたのだから」
翠子も煌仁からもらった輝く石を首からさげている。とても外す気にはなれない。同じ気持ちならいいなと思う。
「あ、そうそう。まゆ玉に恋人ができたそうですよ」
「そうか、それはよかった」
「ええ。皆にかわいがってもらえて、まゆ玉は幸せです」
「翠子、そなたも幸せか?」
「もちろんですよ。もちろん、この上もなく――」
それから先の言葉は煌仁に吸い取られた。
口を吸われながら少しずつ横たえられる。夜を迎える度に、幾度となく繰り替え返されてきた甘い行為、唇を離れた次は首筋に下りていき……。
胸の奥が痺れたように震えだし、堪らず翠子は手を伸ばし煌仁の背に回す。すくいとるように煌仁の逞しい腕が、翠子の背中にまわり強く抱きしめた。
初めて口づけを交わした夜、煌仁が言った。
『これが恋か』
溺れそうな熱い想いに、翠子は心を震わせる。
煌仁の胸のなかで。誰よりも心から、翠子は幸せだと思った。
了
0
お気に入りに追加
33
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
想妖匣-ソウヨウハコ-
桜桃-サクランボ-
キャラ文芸
深い闇が広がる林の奥には、"ハコ"を持った者しか辿り着けない、古びた小屋がある。
そこには、紳士的な男性、筺鍵明人《きょうがいあきと》が依頼人として来る人を待ち続けていた。
「貴方の匣、開けてみませんか?」
匣とは何か、開けた先に何が待ち受けているのか。
「俺に記憶の為に、お前の"ハコ"を頂くぞ」
※小説家になろう・エブリスタ・カクヨムでも連載しております
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
毒小町、宮中にめぐり逢ふ
鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。
生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。
しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
あやかし民宿『うらおもて』 ~怪奇現象おもてなし~
木川のん気
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞応募中です。
ブックマーク・投票をよろしくお願いします!
【あらすじ】
大学生・みちるの周りでは頻繁に物がなくなる。
心配した彼氏・凛介によって紹介されたのは、凛介のバイト先である『うらおもて』という小さな民宿だった。気は進まないながらも相談に向かうと、店の女主人はみちるにこう言った。
「それは〝あやかし〟の仕業だよ」
怪奇現象を鎮めるためにおもてなしをしてもらったみちるは、その対価として店でアルバイトをすることになる。けれど店に訪れる客はごく稀に……というにはいささか多すぎる頻度で怪奇現象を引き起こすのだった――?
離縁の雨が降りやめば
月ヶ瀬 杏
キャラ文芸
龍の眷属と言われる竜堂家に生まれた葵は、三つのときに美雲神社の一つ目の龍神様の花嫁になった。
これは、龍の眷属である竜堂家が行わなければいけない古くからの習わしで、花嫁が十六で龍神と離縁する。
花嫁が十六歳の誕生日を迎えると、不思議なことに大量の雨が降る。それは龍神が花嫁を現世に戻すために降らせる離縁の雨だと言われていて、雨は三日三晩降り続いたのちに止むのが常だが……。
葵との離縁の雨は降りやまず……。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
恋愛未経験の翠子と女性に嫌悪感を持つ煌仁との淡い、しかし、力強い恋物語に大変興奮致しました。
まさひろさま、こちらまで読んでいただけてとてもうれしいです。
興奮(笑)良かった。ありがとうございます!