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≪ 可惜夜(あたらよ) ≫

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 次の日、約束通り煌仁は迎えに来た。

 煌仁と翠子は先に行く牛車に、後ろの牛車に、篁と朱依が乗った。

「まず宮中から出て、途中で着替えて変装するんだよ」

「変装、ですか?」

「ああ、姫は、そうだな、さしずめ貴族の女房。私はいつも播磨守だ」

「播磨守?」

「ああ、播磨守は友人なんだ」

 考えてみれば彼は東宮だ。おいそれと市を歩いていい身分ではない。

 でもまさか変装するなんて。

 考えただけで楽しくなってくる。

「手を出してごらん」

「え?」

 ――昨日握られた手を今日も?

 どきどきと胸が鳴り、戸惑いで手を出せずにいると煌仁は薄い絹の小さな布を見せる。

「そなたのために持って来たんだ。さあ、手を出して」

 言われた通り手を出すと、煌仁は翠子の手にぴったりの絹の袋を被せた。

「これで大丈夫だろう? 直接触れないで済む、魔物が寄ってこないように唯泉が術をかけてくれた」

 すべすべして、手袋はとてもさわり心地がいい。

 色も淡い薄紅色で可愛らしい。

 うれしくて翳してみた。指が透けてきれいだ。

「ありがとうございます」

「よかった」

 今更ながら顔を隠すのを忘れていた。

 慌てて扇を上げて口元だけを隠そうとして、それも止めた。どうせ何度も見られている。昨日は舞う姿まで見られているのだ。

 恥ずかしいけれど彼ならばいいと思う。なんとなく、自分を知ってほしいような気がした。

「昨日は天女が舞っているかと思ったよ。本当に。とてもきれいだった」

 馬鹿にしているなんて冗談でも思えないほど、彼の瞳が熱を帯びているような気がして、翠子は素直に礼を言った。

「ありがとうございます」

「私の琵琶で、そなたが舞う。いつか見てみたいな」

「……あ、そうですね。そのうち」

「本当か?」

「え、ああ……。はい。あっ、私が宮中を去る時にでも」

 言ったそばから、ちくちくと胸が痛んだ。

(あれほど帰りたかったのに、どうしちゃったんだろう)

 ちらりと煌仁を見れば、なにを思うのか彼は無言のまま見つめ返してくる。翠子は慌ててまた瞼を伏せた。

 目に留まった手袋をもぞもぞと動かしてみた。

「あの……、お礼に」

「ん?」

「次の満月にでも、手袋のお礼に舞います。お礼になるかどうか、わかりませんが」

「おお、そうか! それは楽しみだ」

 次の満月はいつと考えて、数日後だと気づいた。

「雲が出ていても、雨が降っても関係ないぞ」

 うれしそうな煌仁につられて笑う。

「はい。わかりました約束します」

 くすくす笑いながら、貝合わせの礼や冊子の礼も。なにひとつ礼をしていないと気づいた。

「煌仁さまは、なにがお好きなのですか?」

「好きなもの?」

「ええ」

 わくわくと胸を弾ませて、翠子は煌仁をじっと見た。

 一体なにが好きなのだろう。琵琶以外はひとつも想像できない。

「うーん」

 答えない煌仁はしまいに考え込んだ。

「どうしたんですか?」

「考えたことがなかったからな」

 ――え?

 それってどういう……。

 結局答えを聞く前に着替える場所に着いた。
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