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≪ さやけし君 ≫
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しおりを挟むたとえ相手が若く美しい姫であろうと関係ない。彼女に怪しさがあれば唯泉は見向きもしないはずだ。
「それより篁、今の話をどう思う?」
「やはり物の怪は関係ないのでしょうか。唯泉は『毒じゃないのか』などと恐ろしいことを言いますが、毒見係も、同じものを召し上がった皇女さま方もなんともないのです。やはり物の怪以外にありませんよ」
顔をしかめた篁は身振り手振りで力説する。
「いるんじゃないですか? 別の物の怪が。唯泉だって物の怪のすべてが見えるわけじゃないですって」
煌仁は篁をギロリと一瞥する。
「唯泉の耳に入ったらどうする。他の陰陽師には祓えなかったのだぞ」
ぴしゃりと言われて、篁は大きな体をしょんぼりと小さく屈めた。
「すみません」
篁は密かにため息をつく。
今、宮中は混乱の最中にある。
祓い姫の力がいかほどのものかはわからないが、陰陽師だろうが占い師だろうが、機嫌をとってでも手を貸してもらうしかない。
それは篁にもわかっている。わかってはいるが。
正直気に入らない。
「とにかくひとつずつ見ていくしかあるまい。明日にでも麗景殿に行くと姫に伝えておけ」
「えっ、一緒に行かれるのですか?」
「行くしかないだろう?」
いきなりわけのわからぬ女が出てきて、はいそうですかと女御が受け入れると思うのか。
視線に込めた説教を、渋々ながら篁は受け取った。
「はぁ」
だったらさっき言えばよかったではないか。とは言えない。
篁は肩を落として戻っていく。
(それにしても、どういう風の吹き回しだ)
東宮煌仁は驚くほど女性に冷たい。
結婚しないだけでなく近寄らせないのだ。女官に声を掛けることすら疎ましいと思っている。
それが――。
『そなたは明るい色の十二単がよく似合うな』
彼女を褒めたのだ。
篁は耳を疑った。
口調は柔らかいし、かつてない気遣いを見せていた。
あんなふうに女性に優しくしている煌仁を見たのは初めてだ。
今日だって、ごく普通に話しかけている。祓い姫が一方的に態度を硬化させただけで、彼の態度にはなにひとつ過ちなどなかった。
それでなくても、次々に訪れず殿上人の相手や帝の代行として業務に追われる忙しい時間を割いて会いに来ているというのに。何様のつもりだと、今思い出しても腹が立つ。
(ん?)
慌てた様子で女官が来る。祓い姫の身の回りの世話をする女官だ。
「た、篁さま」
「どうした? 何かあったか?」
「あ、あの。殿下は怒っていらっしゃいましたよね?」
女官はぜえぜえと息を切らしながら「も、申し訳ございません」と謝る。
「おぬしが謝らずともよい。それに殿下は怒ってなどおられぬ」
「えっ?」
ぎょっとしたように目を丸くした女官は「そんなにお怒りなのですか」と、のけぞった。
几帳の裏で控えていた彼女は、言葉を失い絶句していたのだ。
「だから、怒ってないと言っているではないか」
相当混乱しているようで、篁の言葉をそのまま受け取れないのだろう。重ねて言っても、女官はかぶりを振るばかりである。
「そんなはずはございません。表に出せないほどお怒りなんですね。わかりました。なんとかします」
頭を抱えるようにして左右に首を振りながら、女官は篁を通り過ぎていく。
「おぬし、どこに行くのだ。戻るのではないのか?」
「こうしてはおれませぬ、尚侍に相談して対応を決めないと」
ぶつぶつ言いながら歩きだす女官を「待て待て」と捕まえた。
「殿下にはどう言われておるのだ」
「祓い姫さまが過ごしやすいよう、『私だと思って』手を尽くすように言われております」
「なに?『私だと思って』とは殿下だと思ってということか?」
「はい」
「むむ? おぬしが怒っていないかと心配しているのは、殿下への祓い姫の不遜な態度ではないのか?」
「そうではありません。姫さまが気分を害されているのを心配しているのです」
女官は「急ぎますので失礼」とさっさと行ってしまった。
(なぜそこまで)
彼女の使用人に生活の様子を聞いたというが、それで同情しているのか。
確かに貴族の娘が親もなく後見人もなく、自身の不思議な力だけで生きてくるのは大変だと思うし気の毒ではあるが、だからといって。
(ありえぬ)
篁は祓い姫も朱依という女も、最初からどうも苦手だと思った。
美しくはあっても不気味だし態度は尊大である。かわいげなど一切ない。不思議な力があるからといって、仮にも東宮に対するあの態度は許しがたい。
(我らが尊敬してやまない殿下なのだぞ)
隣に控えている朱依という女も、主の注意を促すどころか、主以上に剣呑な目を向けてくる。
思い出すほどに、篁の眉間のしわは深くなるばかりだ。
忌々しさに顔をしかめながら篁は妻戸の前に立った。
「なんだ、もう閉めたのか」
まだ明るいというのに扉は閉じている。軽く叩き「話がある」と声を掛けると、「なんだ」と朱依の声がした。
なんだとはなんだ。
ぷちっとこめかみの血の道が切れそうになったが、ひと呼吸おいて「明日、一緒に麗景殿に行ってもらう」と告げた。
「時刻は?」
うっかりして時刻は聞いていない。
「何時であろうとよかろう。どうせお主らにほかの用事はないのだ」
「ふん。未の刻ならよいが、それ以外はだめだ」
「おい!」
朱依の衣擦れの音が遠くなっていく。
「くそっ。あの女」
やり場のない怒りに思い切り妻戸を蹴り上げようとしたが、扉では音が響き過ぎる。振り返りざまに柱を蹴りつけたが、あまりの痛さに片足を抱えてぴょんぴょんと飛び跳ねた。
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